2011年3月
『睡眠』  Mar. 31, 2011 ▲Top
 夜寝られないと言う人の話をよく聞きます。私の場合は横になればすぐ寝てしまいます。 但し、一眠りの時間は大体60分位の単位で目覚めますので、昼寝等はその単位で心地よく 目覚めます。夜の睡眠ならその繰り返しで朝まで寝ていることになります。睡眠を分析すると 4つの段階があるそうです。第1期はうとうとと眠る時期で、何か刺激があれば目覚め、何も なければ其のまま眠る第2期に入ります。しかしまだ浅い眠りで容易に目が覚めます。第3期 は更に眠りは深くなり、色々の刺激が起こってもほとんど影響を受けません。さらに眠りは しだいに第4期に入っていきます。これは眠り始めて1時間ぐらいの時期に相当する事が多い ようです。私の場合この4期の頃が第1期の頃に戻っていて、昼寝の時は容易に目覚める事も 出来る様で、更に何もなければ次の第2期に続きその繰り返しが朝まで続いているようだ。 第4期を過ぎて目覚める場合は、いつも満足な眠りを感じて起き上がることが出来ます。

『液状化現象』  Mar. 30, 2011 ▲Top
 東日本大震災で地震と津波を受け、更にその後発生した福島原発の放射能汚染等で 多くの被災者が出て問題になったが、一方では液状化現象で被害を受けた千葉県浦安市 がある。かねてから地震が原因で、液状化によって地すべりが発生したり、道路の陥没 や山の斜面がずれて大きな災害が起きてきた。今回浦安で起きた液状化現象では、 海を埋め立てて開発された大きな住宅都市が、大変な問題を表面化している。建物が 傾き、地中に埋設してあった上下水道が無残に破壊され、生活のインフラ設備が壊滅 状態になった。多くの住宅で上水道が使えなくなり、下水道システムが破壊された為、 排水が出来ずトイレが流せないと言う大問題が起きてしまった。被災地を復旧させる 為には、液状化で緩んでしまった地盤を基礎から再構築し直さねばならない大問題である。

『骨の老化』  Mar. 29, 2011 ▲Top
 人の脊椎は、普通32〜34個の錐体と呼ばれる骨で形成されている。脊椎は一般的に背骨と言われて いる部分を指し、動物の身体を重力から支える役割を持っている。動物を脊椎の有無によってヒトを 含む脊椎動物と無脊椎動物に分けることは古くから行われてきた。錐体と錐体の間には椎間板と言う 弾力性のある組織や柔らかい髄核で成り立っていて、関節全体の回転を良くしたり、屈折等をスムース に行うことが出来るようになっている。他の関節と同じように骨の老化現象は、まづ関節の軟部組織 である椎間板から起こります。骨の老化と共に椎間板の水分が失われて弾力性を失い、薄くなると 錐体と錐体に圧迫されて変形してきます。この現象が腰部変形性脊椎症です。錐体が変形して多く 見られるのは、ふちが尖って突き出てくる骨棘形成です。椎間関節にもゆるみが生じるなど不安定に なり、周囲の靭帯や筋を傷め、神経を刺激して痛みが起こりやすくなる。こうして関節の痛みは徐々に 起こり始め、それが慢性的な痛みになり老化が進んできます。

『もしもし』  Mar. 28, 2011 ▲Top
 離れた相手とコミュニケーションを図るのに電話は便利な存在である。電話機の発明は1876年の グラハム・ベルで、1877年アメリカから初めての輸出先として日本に2台の電話機が輸入されている。 1878年日本製のベル式電話機1号が完成している。電話を掛ける時、誰もが無意識に「もしもし」と 話しかける。「もしもし」とは何の意味があって、何時から使われるようになったのだろう。実は、 日本に最初に電話機が入って来た頃は高級官僚や実業家が主な利用者で、彼らは「おいおい」と 呼びかけ、「はい、ようござんす」と返答していた。当初の電話は交換手が介在して繋いでいた為、 繋ぐ相手に失礼のないように「申し上げます」と言っていたことから「もしもし」が通話の 最初の言葉になったと言われている。最初の「もしもし」が使われなかったら他にどんな言葉が 生まれていたか考えてみると面白い。

『震災被災者援助』  Mar. 27, 2011 ▲Top
 東北地方太平洋沖地震直後、被災者の規模を伝えるニュースで、数千人という過小な 数字を発表するのに対して直ぐ、私の予測は万人を超えると見ていた。初期の数字は 目に見えている範囲で判断していたが、被災地の広さから考えて、もっともっと多いと 考えたのは当然の予測だった。現在の発表では死者・行方不明者が計2万7490人となって いるが、不明者とは遺体が発見されていないだけで、その殆どは津波に浚われて海中に 沈んでいる死者と思う。地震と津波で破壊された住居は約24万戸超と見られている。 宮城県・岩手県の被災者の為の仮設住宅が準備出来る迄、最大計約2万4千人を秋田県が、 受け入れると表明。被災者らを出来るだけ居住地域ごとに同じ施設に入ってもらい、 移動のバスも秋田県が用意する等、配慮すると言う。地方行政同士が助け合う暖かい話だ。

『放射能被爆』  Mar. 26, 2011 ▲Top
  不幸にして想定外の大津波を受けて、次々とトラブルが続いた福島原発だが、爆発以来 温度上昇が収まらない3号機で作業中の作業員が強い放射能を被爆したと言う。何故か一番 危険な作業現場で、しかも放射能の警報が鳴っている中、作業を続けていて被爆している。 誰が考えても放射能が一番高い最前線の作業員が、被爆対策も不十分な装備で仕事を続けて 居たのは理解できない。専門の管理者はその作業現場で何を管理していたのだろう。聞くと 被爆した作業員は、放射能で汚染された水溜りの中を、防水も施されていない短靴で作業を 行い、靴の中は長時間の作業で水が溢れていた。中でも酷いのは両足に放射性物質が付着し、 ベーター線で熱傷を受けていたと言う。差し詰め管理者も責任を問われるが、何よりも危険 意識の欠如している作業者は何を考えていたのかその神経を疑いたい。

『ドライマンゴー』  Mar. 25, 2011 ▲Top
drymango.jpg  フィリッピンへ旅行するとお土産は、誰にも喜ばれるドライマンゴーを必ず買ってくる。 ドライマンゴーには、βカロテン、ビタミンA・C、食物繊維が豊富に入っている健康食品だ。 また、黄色の色素にはフラボノイドの一種でもあるエリオシトリンが含まれている。 そのまま食べても美味しいが実はプレーンヨーグルトと混ぜて食べるととても美味しい。 お土産用として売られいるドライマンゴーには世界的にも有名なフィリピン・セブ島産 マンゴーにとても人気がある。マンゴーの木は常緑高木で樹高は40m以上に達するものだ。 生のマンゴーにはウルシオールに似たマンゴールというかぶれの原因となる物質が含まれて いるため注意が必要である。痒みを伴う湿疹などのかぶれ症状は食べてから数日経って発症 ・悪化する場合があり、ヘルペスなどと誤診されることもある。

『土葬問題』  Mar. 24, 2011 ▲Top
 欧米では、死者を埋葬するのに土葬するのはごく当たり前だが、日本では古くから焼却して お骨を埋葬するのがしきたりだ。しかし東日本大震災で多くの犠牲者を出した市町村では大勢の 死者を火葬するには設備の限界から、1日数体しか対応できない。更に火葬する為の燃料の入手 もままならない現状で苦慮している。南三陸町では火葬が間に合わないので土葬する為に山林を 伐採して330人を埋葬できる土地を確保したが、これに応じる遺族はないと言う。 町の遺体収容所には275体が並べられているが、町の火葬場が復旧していないので、遺体を搬送 出来る人に限り隣の市で火葬を受け付けているが、燃料不足で遺体の引き渡しも進んでいない。 町は身元を確認した犠牲者の遺族に希望があれば2年後に、改めて火葬するとしている。

『原子力発電』  Mar. 23, 2011 ▲Top
 今回の東北地方太平洋沖地震による大津波の被害を受けて起こった福島原発の 事故は、考えられるあらゆる現象を想定して設計され、絶対安全と言われる設備 から起こった。しかし今回の現実は「想定外の自然現象」だったと言い訳された。 怖い原子炉から発生する放射能に2重3重の防護体制が引かれていると説明して きたが、結果は実に無残に爆発破壊されてしまった。原子力安全委員会委員長は 過去に「非常用ディーゼル発電機が2個とも起動しない事態を想定をしたのでは、 原発はつくれない」と言い切ってきた。しかし今回の津波で受けた浸水で2台 の発電機が破壊され冷却水の補給が出来ず炉芯が加熱爆発炎上に至ってしまった。 世界中の発電施設は原子力に頼ることが主流になると考えられて来ただけに安全 基準の大幅な見直しが世界的に必要になってきた。

『義援金』  Mar. 22, 2011 ▲Top
 東北地区で起きた大地震と大津波で被災した人たちに募金をと、町のあちこちでボランティアの 人達が義援金集めをしている。咋日は私も近くのスーパーマーケットの前で、募金箱をもっている 人達がいたので、財布からお金を出して募金箱に入れた。そして改めてその集団を見直すと、私の 好きでない共産党旗を持った集団だった。恐らく募金する前に確認していれば、別の集団にしたかも、 だが既に入れてしまったので諦めた。同じ募金するなら、日頃から真面目な人達の募金箱にした かった。ニュースによると、東京の立川駅前で自作のダンボール箱で手作りした募金箱を設置し、 複数の通行人から"善意の浄財"を集めていた。何となく悪人の雰囲気を感じて観察していた男性 が見ている前で男は募金箱の中の現金を取り出し、近くの自動販売機で清涼飲料水を買おうとした。 一部始終を見ていた男性はすぐに男を問い詰め交番に突き出したところ、自分で金を使う為の募金 活動だった。人の善意を利用する許し難き「義援金詐欺男」だった。

『マシュマロ』  Mar. 21, 2011 ▲Top
 マシュマロって変な食べ物だと思いませんか? 口に入れてみると、なんだかふわふわと 頼りない固さで、口を動かすとそれだけで溶けてしまう感じだ。マシュマロを食べると背が 伸びると言う話を信用しますか? マシュマロの成分はコラーゲンを含むゼラチンです。 人間の身長は骨の長さで決まりますが、骨にある骨端線と呼ばれる軟骨によって形成される。 この骨端線が、身長の骨の伸びることに直接関係している。骨端線にある軟骨芽細胞が、骨の 主要成分のひとつであるコラーゲンを分泌することによって、骨の先端部分が形成されて行き、 骨自体がどんどん伸びると言う仕組みだ。また、マシュマロを毎日10個食べるとしわが取れて 若返ると言います。理由はマシュマロに含まれるゼラチンが肌に良い訳でコラーゲンが関節等 の働きを良くして、体が良く動くようになり若返るからだと言われています。

『奇跡の救出か』  Mar. 20, 2011 ▲Top
 19日の朝のニュースを聞いていて、大津波の災害を受けた宮城県気仙沼市で午前9時ごろ、 若い男性1人が被災から8日ぶりに救出され市内の病院に搬送されたが命に別条はないと言う。 被災現場で生存率が急激に低下するとされる被災後72時間(3日間)の壁を百時間以上も超え、 大震災発生から実に約186時間ぶりの"奇跡の生還"と報道されていた。発見した陸自の報告 では、発見した建物は1階が津波で半壊状態になった建物の2階部分で毛布に包まって居る所を 発見された。すぐ気仙沼市内の病院に運んで診察を受けたが特に外傷も無く血圧、脈拍は安定。 容態は衰弱が激しくショックで正常な会話が出来なかったと言う。しかし、午後になって両親の 話では、被災直後から家族と共に避難所で過ごし、18日の午後から家を見に行くと避難所を出て 帰って来なかったのだ。偶々自宅に帰ったところで体調を崩し眩暈がして倒れていたもの。 陸自の救出は、本当なら被災後8日ぶりの生還と言う筈だったが幻の記録で終わった。

『続・福島原発』  Mar. 19, 2011 ▲Top
福島原発  大震災で被害を受けた福島第1原子力発電所は最初の爆発から危機が続き、今もって連鎖から 抜け出せない。原子炉が破壊されて多くの住民が放射能を被曝する大惨事を避けられるかどうか、 瀬戸際にある。政府や東京電力の情報収集や情報提供も要領が悪く、避難指示が出ていない地域 から一部住民が疎開し始めた。当初経済産業省・保安院の発表では、国際原子力事象評価尺度で レベル4と発表していたが、訂正してスリーマイル島並みのレベル5に相当するとの暫定評価 を発表した。ヘリコプターから水を投下して、燃料棒を冷やす作戦も、上空の放射線量が強く 作業は行き詰った。子ども達が強い放射線を被曝すると、甲状腺がんなどを起こしやすいので 子どもや妊婦を優先的に避難させる方法を講じなければならない。放出された放射性物質は原発 から半径30キロメートルを超える地域まで、微量ながらも広がりつつある。屋内退避の対象で ある半径20〜30キロメートル圏内には約14万人の住民がいる。万一の事態も想定し、広範囲の 住民避難や医療提供の準備も急が無ければならない。

『福島原発』  Mar. 18, 2011 ▲Top
 福島原発の危機は一向に解決の兆しは見えない。3号炉の冷却の為にヘリコプターから海水の 投下を試みているが、果たしてどの程度の効果を果たしているのかも確認できない。作業には 大型のヘリコプターで上空から放出しているが、乗組員は強い放射線量を浴びる危険度の高い 作業で、実際にどの程度の水が核燃料プールに届いたかなどは全く不明だ。現状ではこれ以外 の方法でプールに海水を運ぶ方法も無く、核燃料プールにある燃料棒を完全に水に浸すには、 約500トンの水が必要だと言われている。昨日、上空から海水を投下したのは計4回で、合計 約30トンと、目指す総量から言えばまだほんの微量だ。しかし兎に角あらゆる方法で冷却水の 補給を行わねばならない訳で、今後地上からも強力な能力を持つ放水車からの放水を続けて 一刻も早く放射能危機からの脱出を図って欲しい。

『福島原発事故』  Mar. 17, 2011 ▲Top
 東北地方太平洋沖地震が原因で始まった福島原発1号機から4号機まで次々と起こった爆発火災等の危機 は留まるところを知らない。此の侭、燃料の被覆管が破れて炉心が破壊し、放射能を含んだ水蒸気や放射 性ガスが外部に放出された米スリーマイル島原発事故又は旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の再現もあり 得る。チェルノブイリ原発では、汚染区域にいた人達を中心に多数の被曝者がでて、多くの犠牲者も発生 した。今回政府は半径30km圏内の住民を避難させたが、実はもっと広い範囲の人にも危険はあり得ると の憶測から一部東京エリアの住民もより遠い地域へ脱出を始めた。今後避難する時は放射線物質を吸い込 まないように、ぬれタオルで口と鼻をふさぎ、長袖の服や帽子で体全体を守る。雨などが降った場合は、 屋内に入るなどして濡れないようにする。屋内では、放射性物質が入りこまないように、窓・ドアを閉め て換気扇とエアコンも切る。放射線を通し難いコンクリートの建物に入れば確実だ。放射性物質が付着し た場合、着衣を脱げは約9割の放射性物質は除去できる。

『国難』  Mar. 16, 2011 ▲Top
 昨日、津波で流された女性70歳が大槌町の民家から救出された。地震発生から約92時間 ぶりの救出だった。女性は病院に運ばれ手当てを受けたが幸い命に別状はなかったと言う。 災害発生から暗い、悲しい話ばかりの中、明るい話題に触れてほっとした気分だった。 今回の大災害の復興には多額の財源が必要になるが、民主党の岡田幹事長は2011年度予算案に 盛り込んだ子ども手当の上積み分や、高速道路無料化に必要な経費を、東日本巨大地震の 復興財源に充てる事を表明した。これに対応して自民党の谷垣氏も「包括的な災害復旧支援 立法を考える必要がある」と提案した。財源に関しては「国債発行だけで間に合うのか。 国民にも協力しないといけないという気持ちもある」と増税案を時限立法措置の可能性にも 言及した。この災害までの与野党の対立関係は、国難を乗り越えるべく初めて手を携えて 復興を図る意識が芽生えたのだろうか。この難局でババを引かない為、自民党の菅降ろしの 動きはしばらく封印するしかないだろう。

『福島第1原発』  Mar. 15, 2011 ▲Top
 3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震に始まった巨大津波と同時に起こった福島第1原発のトラブルは 日を追う毎に大きくなってきた。当初の1号機に続き、3号機も相次いで爆発が起きた。最初1号機の周辺で、 ウラン燃料が核分裂して発生する「セシウム」や「ヨウ素」という放射性物質が検出されたことから、1号機で 炉心にある核燃料の一部が溶け出たとみた。1号機では原子炉を冷却するために水を注入し続けたが、水の高さ は下がり続け、核燃料棒を束ねた燃料集合体が大きく露出した。急遽海水の注入を行ったが、翌13日になって 3号機でも、原子炉の熱を除去するポンプが停止し、炉内に水を供給できなくなった。ポンプの停止は初歩的な ミスと思われる燃料切れだという。更に14日になって、2号機も冷却機能が失われ炉心が殆ど露出したことが判り 原子炉建屋壁面に水素ガスを抜くための処置をとりガス排気量を増やした。更に1,3号機で取ったと同じ海水の 注入を行い対応しているが新たに又、1号機の水位がまた下がってしまったと言い出した。これだけ大きな問題に なった全ての原因が、冷却ポンプの燃料切れと言うのが信じられないことだ。

『おら強盗だ!』  Mar. 14, 2011 ▲Top
 40年ほど前、仕事の関係で山形県最上郡真室川町に数年間住んでいたことがある。会社に近い 場所に空き家を借り、自分達でリフォームして転居した。当時我が家は私と小学校2年の息子と 5年生の娘と妻の4人暮らしだった。近所には町営住宅が隣接していて子供たちにとって同級生 の友達はすぐ出来たが、言葉の違いは我が家にとって一番大きな問題だった。標準語からは大きく 異なり、更に強いなまりが加わって、言葉の理解がとても困難だった。子供達は学校で話す言葉が判ら なくて授業が面白くないとこぼしていたが、やがてすぐ慣れた。妻も町へ買い物に出ての会話には 随分苦労した様だ。近所の人達は土地を知らない妻を気遣って付き合いをしてくれたが、意思疎通は 難しかった。ある雪の降った夜、私の留守を知らない近所の男性が、酒の席に私を誘おうと玄関を 開けて入ってきた。初めて見る顔に妻はどちら様ですかと聞いた処、男は強い訛りで「おら強盗だ!」 と言ったと言う。妻は驚いて子供達を呼んで、すぐ玄関を閉めたそうだが、後で子供たちに聞くと その人は同級生の後藤さんのお父さんだと言うことだった。後藤さんは、ややひげ面で少し怖い顔に 見えたので「後藤」ではなく「俺は強盗だ!」と訛って聞こえてしまったのだ。後で後藤さんには 妻の軽率な対応を謝ったが、「後藤」と「強盗」の聞き違いで大変失礼してしまった事件だった。

『津波の恐怖』  Mar. 13, 2011 ▲Top
 今回の東北地方太平洋沖地震で、地震の震度が9.0と言うこれまでの記録を超える大きさに驚いたが 何よりもその後に発生した津波の恐ろしさをテレビの中継をみて驚愕した。最も被害を受けた岩手、宮城 地区の海岸線には、地震発生後30分程度で津波が襲ってきたと言う。情報を確かめる迄も無く逃げた人は 間に合ったようだが、逃げ遅れた人達は津波に飲み込まれて被害を受けたようだ。三陸海岸はリアス式 地形から、複雑な海岸線を持っているが、海から押し寄せた津波は狭い海峡や地形に迫るとき、その水位 は一段と高さを上げる為、咄嗟に高い建物の上層階なら大丈夫と思って避難した人達の常識を超えていた。 潮の引いた後、4階建ての屋上には、流れてきた漂流物や車等が残されていたのはその津波の凄さだった。 中継のアナウンサーが、元はここに街があったのだと言う場所は瓦礫以外は何も残されていなかった。 更地の様な平地に唯一残っているのは、コンクリート製の建物だけだった。気象庁によると被害が大き かった地域の検潮所では、回線の切断や停電の影響で観測データが入手できない状況が続いていて、今も 津波の高さなどは計測できていないと言う。

『東北地方太平洋沖地震』  Mar. 12, 2011 ▲Top
 昨日も午後からフィットネスクラブへ行き、いつもの通りプールで1000mを泳ぎサウナへ入った。 サウナに設置されたテレビは丁度三陸沖で発生した巨大地震による、大津波の発生を報じていた。 津波の高さは10mを予測していて、数日前の50cmの津波との大違いに驚いて注目した。ニュースを 報じていた東京のテレビ局も震度5の地震の大きさを報じ怪我人や死者も出ていた。やがてカメラは 釜石港の津波の凄さを実況中継し始めた。港の船と共にコンテナーと車等はひとたまりも無く流され そのまま町に押し寄せて建物も押しつぶしながら上陸した。原因となった地震の震度は8.8とこれ迄の 記録にない大地震だった。総てのテレビ局は地震と津波の報道に切り替え、アナウンサーは総て ヘルメット着用でマイクを握っていた。結局、地震発生から深夜に至るまでの総ての放送番組は 報道一本に徹底された。震源地はポイントではなく、広い地域に分かれて余震が続き、首都圏の 交通機関は総てストップした為、帰宅できない都民の多くは都内の宿泊場所を求めて路頭を迷った。 余震は今日も続くと予測されているが、被災者の確認が進めばその数は数万人を越えると思われる。 一刻も早い救助と復旧を図らなければならない。被災者の無事を祈念すると共に、不幸にも今回の 震災でお亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

『抜歯の後』  Mar. 11, 2011 ▲Top
 一昨日の抜歯のあと、歯茎からの出血がなかなか止まらなかった。病院では治療の後 口一杯にガーゼを丸めて噛ませてくれた。ガーゼは出血を吸収するので、口を空けると 真っ赤に血を吸ったガーゼが覘き不気味な顔に見えた。半日近くガーゼは口の中に置い てあったが、口の中の唾液も吸うので、適当な時期を見計らって取り出した。暫くは 傷跡から血が滲んでいたがいつの間にか止まった。最初の夕食は口の中の傷に優しい おかゆを作ってもらった。食後に飲む痛み止めと化膿止めの薬は忘れず服用したが、 翌日の昼頃には、口の中もすっかり落ち着いていたので、普通の食事も食べたし薬を 飲むのも忘れてしまった。昼過ぎ頃、薬を飲み忘れていた事を思い出し慌てて飲んだが 一定時間毎に飲むべき抗生物質を切らした結果は、薬の効果があったかどうか判らない。

『抜歯』  Mar. 10, 2011 ▲Top
 10年程前、左奥歯が期間を置いて3本が虫歯状にやられて金属を被せて治療した。 しかし、それもやがて根元近くで虫食いになったのか、金属の付け根辺りから折れて 取れてしまった。しかし、歯茎には根っこが残っていたが、治療した医者が手抜きを したのか、そのままにしてブリッジの入れ歯をつけていた。最近歯医者を別の所に 代えて治療を受けていたら、その歯根の残った歯茎は放っておくと良くないからと 徹底的に取り除くことにして、昨日その施術を受けた。過去の体験から、歯に麻酔を 掛ける時の最初の針を刺す瞬間がとても痛かったのを思い出し、一瞬身構えた。 しかし今回の医者は、口の中で何か作業をしている感じはしたが、全く痛みを感じる 暇も無く、15分ほどで施術は終わった。残っていた3本の歯根は総て取り除いたと言う。 治療法が進んだのか、医者の腕がいいのか、思ったより痛みのない抜歯術に感謝した。

『兄弟の再会』  Mar. 9, 2011 ▲Top
 私の兄弟は、男ばかりの6人兄弟だった。残念ながら次男は数年前肝臓癌で亡くなっている。 兄弟夫々が3歳差なので、大学生時代は両親にとって長男から5男が卒業するまでは何時も二人 の学費がダブル負担で大変だった。3男は両親の経済的理由から国立以外は進学を認めない と言う制約を3男自身が決めた。6男まで全員が大学卒業で両親は学費の捻出から解放された。 兄弟の真ん中に生まれた3男は家庭を持っても、上下の兄弟に何時も気配りをして気遣っていた。 両親が亡くなって以来、兄弟は夫々の家庭を中心にバラバラになっていたが、フィリッピンで 事業を成功させた3男が、兄弟を一同に集めてゴルフ大会の企画を言い出したところ、2月の 季節が雨も少なく最高と言うことで、2月22日にフィリッピン集ることになった。残念ながら 6男だけが仕事の関係で参加出来なかったが、23年ぶりに4人が集り4日間のゴルフ大会が成功 した。久しぶりの兄弟再会は昔話に花が咲き、4日間はあっという間に過ぎた。最後はこんな 機会を毎年行いたいとの話が纏まり、お互いが元気で居る限り今後も実現させていきたい。

『薬の飲み方』  Mar. 8, 2011 ▲Top
 最近はあまり病気をしない方なので薬を飲むことあまりない。たまにお腹の調子が悪い時に 正露丸を飲んだり、ビオフェルミンを飲むことがあるが、継続して飲むほどではない。 昔は薬と言えば粉末が普通で、飲む時喉に引っかかるので、オブラートに包んで飲んだ物である。 薬はオブラートに包まれているので、容易に喉の奥まで通過して飲み込むことが出来た。最近は 殆どが錠剤型に固められていて、簡単に水と一緒に飲み込むことが出来る。一般的なのは糖衣錠 と言って、薬の表面を砂糖などで覆って飲みやすくされている。飲み込んだ薬は胃腸まで運ばれて 吸収されるのだが、昔の粉末の時は胃に達したところで溶けてしまい、胃に刺激が強すぎるものが 多かった。錠剤に固めたものは、胃では簡単に溶けず、更に腸まで届いて溶ける様に工夫された。 胃で溶けてしまった場合、薬の成分が強すぎて副作用を起こすものもあった。飲み込んだ薬が 少しずつ溶けて、一日中効果的な薬の効き目を果たすように工夫されたものもある。粒が大きいからと 固めた薬をつぶして飲む人もいるが、副作用や薬の効果が出なかったりするので、飲み方の注意が 必要である。

『肩こり』  Mar. 7, 2011 ▲Top
 1月のハワイ旅行の際、飛行機の冷房が右肩に当たり続けて居たことが原因で、昔、悩まされた 50肩がぶり返した。肩が痛くて腕を上げられない症状が続き、寝返り打つ時は右腕を左手で引っ 張って動かしてやらないと寝返り出来なかった。痛みが激しい時は肩を温めるのが一番効果的だ。 しかし、それ程痛む肩なのだが、不思議にゴルフのスイングには支障なく肩を回すことが出来た。 肩こりの原因が、ゴルフスイングで動かす筋肉とは異なるのだろう。普通、肩こりの起きる理由は 生活上の原因が多く、洋服が重過ぎるとか枕や布団が合っていないとか、冷房の冷やしすぎ等の 理由で肩こりが起こっている例が多いという。局部を冷やすと血液の循環が悪くなり回復を遅らせる のでお風呂や温湿布などで温めるのが良い。 また、肩を動かすと血流が良くなって周りの組織や 筋肉が軟らかくなる。今回フィリッピンで2週間の滞在中に合計8回のゴルフに痛みは問題なかった のは幸いだったが、相変わらず肩が冷えると痛む肩こりの治療は改めて対策が必要だ。

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