2010年8月
『バカチョンカメラ』  Aug. 31, 2010 ▲Top
 昨日、大学時代の同級生からのメールに、私の今日の一言を毎日読んでいるが、去る8月1日の 今日の一言に書かれた文章にバカチョンカメラという言葉があるが、差別用語なので、使わない 方が良いと書かれていた。問題の元になったコンパクトカメラはレンズに被写界深度の深い広角 レンズがセットされ、カメラの使い方を知らなくても、絞りやシャッタースピードの調整を気に することなく写せるカメラを指し、コンパクトカメラの使いやすさを究極まで高めて、バカでも チョンと押せば写せるカメラの別称である。バカチョンとは、そんな背景から命名されたもので、 バケーションカメラ「vacation camera」の発音を間違えたと言う説。絞りやシャッタースピード 等を考えることなく「バカでもチョンとシャッターを押せば撮影出来る」の意味と言われている。 ところが何故か「チョン」は昔朝鮮人を侮蔑した言葉だと言い出した人達がいて誤解を招いたもの。 「ちょん」は、つまらない人・取るに足らない人のことを拍子木のチョンと言う音になぞらえた 別称であり、日本語として古くから使われている。語源的には朝鮮人を蔑む意味は全くないのだ。

『夜中の出来事』  Aug. 30, 2010 ▲Top
 今年の夏は、今迄に記憶が無いほど猛暑日が続いているが、部屋の中に居ても 汗が浮かぶ不快な感じだ。ベッドに横になっても肌着がべっとりまとわりつく。 寝付くまでタイマーを効かせたクーラーと同時に、弱い回転の扇風機も回す など、合わせ技で睡眠を取っている。夜中になれば涼しくなる事を期待しての タイマーなのが、現実はタイマーが切れた瞬間、暑さで目が覚めてしまう。 仕方なく改めて夜中にタイマーを再セットし直す。寝苦しさを我慢してやっと 寝付かけた頃、辺りの静寂を打ち破る救急車のピーポー音が家の近くで止まった。 何事か気になったが、やっと寝付きかけたのが勿体無いので、そのまま寝た。 翌日のニュースが気になったが、救急車の駆けつけた場所、理由は不明だった。 面倒でも起きて確認すべきだったかと後悔したが、実はどうでもいい事だった。

『焼肉の日(8/29)』  Aug. 29, 2010 ▲Top
 語呂あわせで今日は焼肉の日だ。焼肉は鉄板の上で肉と野菜などを焼きながら 食べるのが普通だが、誰にも簡単に料理が出来ることから人気がある。 焼肉の材料は昔の日本では鹿や猪などを食べていたが、明治以降は欧米の文明 が影響するようになって牛肉を食べる習慣が伝わり、日露戦争では牛肉が優先 されて戦地に送られた。その反面国内では豚肉が代用品として食べられたと言う。 牛肉の中では松坂牛の評価が高いが、一般の肉屋で売っている松坂牛の殆どは 松坂で解体された牛の事で、本物の松坂牛は高価で庶民的ではないそうである。 松坂牛は但馬産のメス牛に限り、神戸牛は但馬産の雄の去勢した牛を飼育したもの。 現在では神戸牛の殆どは淡路島で飼育されている。和牛の3大ブランドとは松坂、 神戸牛に続けては飛騨牛、近江牛、能登牛、前沢牛などを言う人が多い。

『カーナビ』  Aug. 28, 2010 ▲Top
 私の車に搭載しているカーナビはもう10年以上使っている。使用する地図ディスクは 買った当初に付属していた全国版と、その後購入した四国・中国地区版を持っている。 自分の運転する地域が四国地区なので、当然日頃ナビにセットしてあるのは地域版だ。 先日、久しぶり埼玉まで出かける時、目的地を入れようとすると地図がセットされていないと の表示があり、慌てて全国版のCDと取り替えて目的地を入力した。いよいよ高速道路の 走行を始めたが、所々で新しい道路が新設されていて、地図に無い空間を走行する区間が あったが、現実にはあまり混乱はなかった。しかし困ったのはこの10年近い間に埼玉県内 の道路は大幅に変わっていて、ナビの表示は殆ど真っ白い地図の上走っていて、ナビを見て 走る事が不可能だった事である。改めて最近の道路が如何に改良新設されたかを認識した。 今後新しい全国版の地図CDの入手を迫られた旅行だった。

『高速道のガソリン代』  Aug. 27, 2010 ▲Top
 昔、高速道路に入る前にガソリンを満タンにするのが、ガス欠トラブルを避ける為の鉄則 と言われていた。当初高速道路内のガソリン代は、一般のスタンドの平均的な価格で全国統一 価格が設定されて無用の価格競争が行われないようになっていた。従って、高速道路に入る 前に、無理に満タンにすることも無かった。今回四国から埼玉までの長距離を運転するのに、 一応一般のスタンドで満タンにして高速道に入った。しかし長い道中の事、途中で燃料補給が 必要となったので、適当なSAで価格を気にせず給油した。清算したレシートを見たら、 一般道路のスタンドより1割以上高い事に驚いた。認識を新たにした帰路、それでも高速内の SAは高いなりに統一価格と思っていたら、別のSAは一般並みに安い価格で売られていた。 昔は兎も角、現在は高速道路内のガソリン価格は、地域毎の事情によって全国統一価格は 廃止されている事を初めて知った。

『お盆の渋滞』  Aug. 26, 2010 ▲Top
 今年の夏は、埼玉の娘が孫を連れて久しぶりの里帰りに老夫婦を喜ばせてくれた。 事前の約束で、帰りは私が車で埼玉まで連れて帰ることにしたが、ETC割引が適用 されるお盆休みとあって、道路の渋滞はいつもより多いことは覚悟していた。四国を 出発する時間を、金曜日深夜とし早朝までに関西圏の通り抜けを狙ったのが功を奏し、 瀬戸大橋、名神から中央道に入るまで殆ど渋滞に巻き込まれること無く通過できた。 予想では、多少の渋滞があれば、諏訪湖SAに着く頃、名物のハイウエー温泉に入れる と考えていたが、あまりにもスムースに走行して8時に着いた為、10時オープンの温泉 には2時間早く、入浴は諦める事になった。結局所沢に到着するまで高速道路が渋滞で 停滞することも無くスムースに走れたが、到着してから見たテレビのニュースでは、 走った道路は数十キロの渋滞と報じていた。運よく選んだ走行時間帯が良かったのだ。

『昔の我が家』  Aug. 25, 2010 ▲Top
 先日のこと、久しぶりに所沢市内を車で走る機会があったので、昔住んでいた家が その後どうなっているのか見てみたいと思った。長年住んだ家を処分して四国の故郷に 帰ってもう25年になる。その後どうなっているか興味があり昔の記憶を辿って行って見た。 しかし、当時は家もまばらだった道路の両側はびっしりと店が並び、目印にと思った 昔のマーケットは跡形も無く別の建物が建ち、何処を曲がれば昔の我が家に行けるのか 判らず混乱しているうち、曲がるべき角を行き過ぎていた。改めて別のルートから記憶 を辿って、やっと元の家の前に着いた。建物は当時のままの板壁とペンキの色は同じ だったが、玄関の右側にあった車庫が建て増しされた部屋になり、左側の庭に車庫が 移されていた。表札を見ると、見覚えのある名前で、同じ団地の昔からしっかり者の 事業家だった。多分事業が成功し、家族の為に買い取った物と思われた。最初は昔の 隣人達に会って挨拶くらいと思っていたが、25年の無沙汰がその思いを留めた。

『サンダル』  Aug. 24, 2010 ▲Top
 毎年夏の暑い時期はサンダルを愛用している。サンダルなら素足で履けるし、 足が蒸れる事も無く快適だ。先日、長年愛用してきたサンダルの寿命が来たのか、 サイドを決めるベルト部分が切れて履けなくなったが、接着剤で破損箇所を繋ぎ 何とか再生できた。その日は魚釣りにフェリーで島に渡り、岩場を伝って 釣り場に向かった。岩場は予想以上に険しくサンダルは強い負荷を感じた。 案の定その内、接着剤で直したベルトが再び切れて、サンダルは見事に バラバラになってしまった。がちがちの岩場を歩くにはしっかりした履物が 不可欠なのに、バラバラに壊れたサンダルはもう役には立たなかった。 壊れたサンダルで岩場を歩くのは最悪だった。後悔先に立たずとはこのこと。 足の裏を切り傷だらけにしながら車に引き返し、運よく積んであった長靴に 履き替えて家に帰った。あの岩場からよく無事に帰れたと思う。

『高速料金土日割引』  Aug. 23, 2010 ▲Top
 2009年3月28日より実施されている、高速道路の休日特別割引が 適用されて以来、一度はその恩恵に預かりたいと願っていた。 その内容は、ETCを装着している普通車は、土祝日の全時間帯で、 地方部の高速道路をどれだけ走っても料金を1000円にするというもの。 今回2年ぶり夏休みに埼玉から四国へ帰省する孫に、夜行バスで来れば 帰りは爺のマイカーで埼玉まで連れて帰るからと約束していた。約束通り 8月13日深夜愛媛を出発し、瀬戸大橋を経由し岡山から山陽道、名神で名古屋へ 向かい、中央道の諏訪湖を回って翌14日10時八王子から圏央道入間JCで降りた。 全行程800kmを12時間で走破し、支払った高速料金は2550円と期待以上に安かった。

『クーラー』  Aug. 13, 2010 ▲Top
 いよいよ今日から娘と孫を乗せて、埼玉まで長距離ドライブする日になった。 以前からの約束で、埼玉から四国まで夏休みに遊びに来てくれたら、帰りは責任を 持って、送っていくからと決めてあった。暑い夏の間の移動は、他人の間に挟まって 旅行するのが、いかにも億劫だから、毎年そんな甘い口実で誘ってきた。僅か1週間 だったが、やはり我が娘や孫と過ごせた日々は楽しかった。ところがこの数日、私の 車のクーラーが不調なのだ。車を発進させてしばらくはクーラーが効くが、途中から 暖かい風になり、最後は暖房になってしまう。一昨日は窓を開けて風を入れなければ 暑くて大変だった。すぐ修理工場に持ち込んだが、冷却パイプの詰まりで簡単ではなかった。 何とか原因を見つけて部品を取り寄せ修理中だが、今夜の出発までに間に合うかぎりぎり のところだ。最悪はレンタカーを借りて走るしかないかと考えていた。神様お願いします。

『東洋のマチュピチュ』  Aug. 12, 2010 ▲Top
tohnaru.jpg  私が小学生時代の昔に、夏休みの自由研究で、山に自生しているコケの採集で 歩いて登ったことのある別子山の東平に行って見た。ここは最近、鉱山跡地の景観を 東洋のマチュピチュとして、観光客を集めているので孫の勉強の為でもあった。 別子銅山全盛時は、鉱山鉄道が走っていたが、廃坑になってからは狭い山道の道中は 危険との隣りあわせと思っていた。しかし初めて車で登って見ると、今では要所要所に 車のすれ違いの出来る交わし場所が作られていた。お陰で問題なく反対方向にすれ違う 車とのやり取りが出来、新居浜市内からおよそ1時間程で目的の東平ゾーンに着いた。 観光地化した東平ゾーンは立派に整備され、宿泊客も泊められる設備も出来ていて、 車の駐車スペースも広く作られていた。鉱山跡地には歴史資料館や銅加工の出来る マイン工房などがあり、多くの市民が観光に訪れていた。

『続 湿潤治療』  Aug. 11, 2010 ▲Top
sune.jpg  一週間ほど前、向う脛に打ち身の怪我をして出血をした。先日のテレビで見た湿潤治療 では、傷口が分からないほど完全治癒するという話を聞いていた。脛の傷口はすぐに水で 洗って、傷口サイズのサランラップを貼り付けて、軽く包帯で止めておいた。 3日目くらいには、傷口は、怪我した皮膚の一部が赤い状態だったが、痕は比較的綺麗に治り つつあるように見えた。その時の写真が左側の様子だった。順調に直りつつあったところからの 処置を間違えたようで、右側の状態は本日の状態だが、その後貼ったサランラップは、不精して 足の周りを一周するような大きなラップを貼ったことから、全体に赤い斑点の出た汗疹の湿疹 状態で、慌てて医者に見せたら、大変な事だと叱られた。症状は治るどころか、治療のやり直し が必要なほど、酷い傷が残った。医者からは即座に湿潤治療をやめて、特別処方の薬を付ける様に 指示されたが、手遅れで症状はより悪くなって、脚が腫上がってしまった。これから先の治療は 医者に任せるしかなくなった。とんでもない事になったものだ。

『娘の帰省』  Aug. 10, 2010 ▲Top
 2年ぶりで埼玉の娘と孫が、夏休みを利用して帰省してきた。仕事を持ち、趣味の テニスの試合の合間を縫って帰ってくる娘にとっては、忙しい日程だったようだ。 前日のテニスの試合で、万一勝ち残れば試合放棄は出来ないので、夜行バスに乗る 時間に間に合うかどうかを心配していた。炎天下の試合で決勝戦は2週間延びて 都合よく間に合った。久しぶりの娘の帰省に興奮して、前夜寝る時間が遅くなり、 朝6時到着のバスの出迎えに心配しながら寝た。迎えの日の朝、目が覚めた瞬間、 既に6時20分と気づき、寝過ごした後悔しながら家内を起こしてバス停に向かった。 車を走らせながら、娘に電話で寝過ごした事を連絡したら、なんと、道中の豪雨で バスの運行が遅れて、約1時間の延着だった。お陰で慌てることなく迎えが間に合った。 バスの到着で、抱えきれないほどのお土産と共に我が家は一度に賑やかになった。

『夏祭り』  Aug. 9, 2010 ▲Top
 昨日は午後4時から、第30回にいはま夏祭りが市内昭和通り及び登り道商店街を 会場として行われた。今年は30回目の記念大会とあって、瀬戸内界隈で毎年太鼓祭りを 開催している観音寺市、川之江市、伊予三島市の各地太鼓祭り実行委員会の協賛を得て 初めて夫々を代表する太鼓台も参加してにぎやかに行われた。昼過ぎには各太鼓台の 組み立てを終えて、多くの市民が夫々特徴のある太鼓台を見学し、カメラに収めていた。 祭り開始の定刻と同時に、登り道の大会本部前を中心に、各太鼓台のデモンストレーション が行われ、また日が暮れてからは提灯をつけた夜太鼓として、かき比べが行われた。 これまで見た事もなかった、観音寺や三島地区の太鼓台は、新居浜の激しい動きの 太鼓台とは似ても非なる女性的に穏やかな運行で、夫々の歴史の違いを感じた。

『熱帯夜』  Aug. 8, 2010 ▲Top
 最近の日本は、ヒートアイランド現象が影響して熱帯夜が続き、さらに長期化しているようだ。 熱帯夜と呼ぶ表現は気象庁が名づけた用語で、夕方から翌朝までの最低気温が摂氏25度以上のこと。 昔の記録を調べてみると、東京で一日の最低気温が25℃以上となった日数は、1930年代〜1940年代 はほとんどが年間10日以内なのに対し、1990年代以降は年間30〜40日に達することも珍しくない。 また昔は本州では、7月から8月位までだったが、近年では6月下旬から9月半ばまで続く事もある。 昨夜は余りの暑さに、明け方までクーラーと扇風機をつけたまま寝た為か、朝起きたら喉を痛めていた。 もういい加減に熱帯夜が収まって欲しいものだ。

『体力』  Aug. 7, 2010 ▲Top
 これまでは毎日1000m泳いでいる事を人に自慢する事が多かった。確かにプールへ 通うようになって、もう22年以上になるが、初期の頃は今より20歳以上若かった事も あり、毎日2000mは楽々と泳いで平気だった。その頃は自分と同じレーンで泳ぐ女性達 に負けることなく泳いでいたが、最近は周りで泳ぐ女性の速度がやたら気になり 同じ速さで泳ぐのも苦痛になってきた。折り返す時、後ろの人の位置を確認して、 次のターンまでに追いつかれると判断したら、一旦やり過ごす事が多くなってきた。 昔は、女性に追いつかれることは殆ど無かったが、若い女性の中で明らかに自分より スピードが早く、3〜4ターンで一度やり過ごす女性が増えている。悔しいが明ら かに自分の体力の衰えを感じるが、老齢による自然現象とはいえ情けないと思っている。

『同窓生』  Aug. 6, 2010 ▲Top
 フィットネスクラブで、ある人から私を知っていると言う女性の名前を聞いた時、 私の大学時代を過ごした同じ東京で、彼女の下宿先の目黒まで会いに行ったことも 思い出した。当時の顔はうろ覚えながら思い浮かぶので会えば判ると思っていた。 私がプールで泳ぐ時間帯に彼女も来てるという話から気をつけて居たが、何日過ぎ ても記憶にある顔と遭遇することはなかった。彼女も私を見分けられないと言う 話だった。数日前、話の仲介者が今なら彼女がトレーニングしていると言う場所へ 行ってやっと会えた。55年ぶりにお互いの思い浮かべた姿イメージは違っていたのだ。 その顔なら何度も会っていたが判らなかった。話をすると記憶が戻り、彼女は同じ 高校の後輩だった。学校を卒業後、私の大学の先輩と結婚したが今は死別していた。 健康維持の為に娘とフィットネスに来るようになったとの事。今は毎日会うと懐かしい 昔話をするようになった。

『湿潤治療法』  Aug. 5, 2010 ▲Top
 先日テレビを見ていて、初めて知った事だが従来の治療法では怪我や、やけどをした場合、 すぐ消毒して、傷口にガーゼを当てて、包帯を巻くという方法が一般的だった。ところが テレビで紹介する治療法は、我々の常識を覆すように、傷口から血が出ていれば、まず水で よく洗い、上からサランラップを載せて、テープ等で止めるだけでよいというもの。もし 火傷の場合でも同じ方法で良いという。最近の流れでは「傷の消毒は厳禁!」と言うのだ。 これは閉鎖湿潤ラップ療法(うるおい療法)と呼び消毒薬は決して使わない。消毒薬は細菌 を殺す薬であるが、それは人間の正常な細胞も損ねる毒薬でもある。傷を消毒すると言う事は、 傷を治そうとしている人間の細胞をも殺すことになり、かえって傷の治りが遅くなる。傷口を 洗浄した後ラップ等のフィルムを当てることでキズを常に湿らせた状態にし、人間が持っている 自然治癒能力を最大限に活かすことが出来るのだ。昨日思わぬ事で向う脛を打って出血する怪我 をした。テレビを思い出してすぐ傷口を洗ってラップで包んで置いた。さて傷口の治癒はどんな 進行をするのか今後の治癒結果を楽しみにしている。

『ビール』  Aug. 4, 2010 ▲Top
 暑い一日を過ごしたあと、食事を前にして飲む冷えたビールの味は、思わずうまい! と叫びたい気持ちになる。喉にしみるようなホップの味がたまらない。枝豆をつまみ、 チーズをかじりながら、しばし至福の時を過ごす瞬間だ。但し我が家では晩酌の習慣 はない。ビールの買い置きも精々360mlの缶ビールが冷蔵庫に数本入っている程度。 酒類を飲むのは嫌いではない。むしろ好きな方だが、毎日飲むのは体に良くないと、 自制しているので、何かあるときなど偶に飲む時は楽しんで飲むようにしている。 ビールの飲み方は缶ビールのプルトップを空けて飲むのではなく、ジョッキに注いだ ビールを一気に喉に流し込む飲み方が好きだ。缶ビールはなかなか一気に飲むのは 難しく、どうしても途中で何度か息継ぎが必要になる。その点ジョッキなら息継ぎなし 一気に飲めるあの勢いが大好きだ。だから我が家では、缶ビールもグラスかジョッキ に移し替えて飲む事にしている。

『LED電球』  Aug. 3, 2010 ▲Top
 最近LED電球の人気が少しずつ上がってきている。寿命が白熱電灯に比べて半永久的と言われる ほど長寿命で、消費電力量も9割減だと言う省エネ製品だ。ただ、売り出し当初は8千円前後と高価で、 その後価格を下げたとはいえ3千〜4千円とまだまだ高くて庶民が初期投資するには考え込んでしまう ところが問題だった。そこで西友が売り出すのが台湾製で1770円と大幅に安くして話題を集めている。 売り出すのは「アーベインLED電球」で、白熱電球の60ワットに相当する明るさながら、使用時の 二酸化炭素の排出量を通常品より9割減らした。寿命は4万時間。同製品の使用で電気代が約9分の1 に減らせるとしている。西友は大量一括仕入れによって、安価な価格を実現している。これで庶民の 普及速度は一気に上がるかもしれない。

『互換バッテリー』  Aug. 2, 2010 ▲Top
 私の使用しているデジカメはパナソニックとニコン、ビデオカメラはソニーとビクター だが、旅行などに持っていく場合や長時間撮影の為に、夫々予備の電池を常備している。 メーカー純正リチュームイオン電池は、とても高いが、中国製のROWAブランドは格別 安価なので、かって夫々に対応した互換バッテリーを通販で2個ずつ購入した事がある。 購入して最初の数回は、フル充電して使えば問題は無いように感じていた。しかし何故か 間も無く消耗が早くなり、そのうちフル充電しても、すぐ電池切れするようになった。折角 予備に持って行っても、安心して使えない事が分かった。「安物買いの銭失い」とは昔から 言われているが、まさに中国製リチュームイオン電池は、詐欺に近い性能と悟った。その後は 少し高いが腹を決めて、夫々メーカー純正の電池を買い直したが、それらは安心して使って いる。但し純正とは言え、使用時間と共に充電後の電池消耗はやや早くなった事は仕方ない と思っている。因みに中国製リチュームイオン電池は、今ではいづれも長時間充電しても全く 使用出来ない完全なゴミと化している。

『花火の写真』  Aug. 1, 2010 ▲Top
 今年も花火大会が終わったが、花火写真の難しさに匙を投げた。実はいつもの事ながら 自分の日ごろ愛用しているカメラは、ただ写すだけならバカチョンと言われるものなので 殆ど問題なく撮れる。しかし、芸実的とか効果的な写真を撮ろうとしても、バカチョンの 機能が邪魔して上手く撮れないのだ。花火の写真が思うように撮れない理由は、自動的に 焦点を合わせる機能が、写したい花火の閃光を瞬間的に捕らえきれないでボケたり一瞬遅れたり して、期待した写真に仕上がらない。人様の写真を見ると、実にタイミングよく綺麗に花火の 閃光の軌跡が撮れていて素晴しい。私の腕もさることながら使っているカメラが違うのだろう。 今回もビデオとデジカメを2台ずつ準備したが、据えた3脚のセットした方向に花火の閃光が 入ってなかったり、焦点が合っていなかったり。2堵を追うもの一頭も得ず、全て失敗した。 静止画の写真に使えるものは一枚も無かったので、ビデオだけ採用したけど、これも結局は 編集でカットして繋いだがピントのずれた失敗シーンばかりだった。来年はどうしよう・・

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