2010年3月
『エッフェル塔』  Mar. 31, 2010 ▲Top
 今から121年前の1889年3月31日にフランスで312.3mのエッフェル塔が完成している。 設計者はギュスターヴ・エッフェルと言い高層建築上の空気力学の専門家だった。 フランス革命100年目にあたる1889年開催の第4回パリ博覧会に合わせて万博委員会は そのシンボルとして世界一の建造物を計画、それに応募した彼の提案が採用された。 エッフェル塔は2年2ヶ月と言う速さで完成し、建築に当たって死者は一人も出なかった。 日本でも1958年にアナログテレビ放送のためのアンテナタワーとして関東一円に電波が 届く高さとして333mの東京タワーが建設された。この鉄塔の設計には最上部では風速90m にも、関東大震災の2倍の震度にも耐えられる設計だと言う。今回2年後のデジタル放送 の完全移行に合わせて、墨田区に建設中の東京スカイツリーが3月29日に東京タワー の高さ333mを超えて暫定日本一ののっぽの鉄塔となった東京スカイツリーは更に2年後に 完成すると高さ634mとなり、自立式鉄塔としては世界2位となる予定だ。

『同級会』  Mar. 30, 2010 ▲Top
 戦前の学校教育制度では、6年制の尋常小学校を卒業した後、進学を希望するなら5年制の旧制中学校に 進むか、就職または家事手伝いなら2年制の高等小学校に進学していた。私の母親等はそうだった。 終戦後、新しい学校教育法の下で、義務教育は6年制の小学校の後に3年制の新制中学校が加えられ、 所謂63制の義務教育制度が始まった。その新制中学校が新設された時の最初の入学生が私達だった。 新制中学の3年間を終えて新制高校も我々が最初の1年生としてスタートした記念すべき年代だった。 その新制中学卒業の同級会が今年60年目を迎えることになるので、卒業後全国に散らばっている同級生を 地元に集めて記念の同級会にしようと準備を始めた。まず名簿作成を始めたが、全生徒187名、死亡者35名、 住所不明者42名。結局住所判明の男子47名、女子68名の合計115名に案内を出すことになった。 但し、これまでの同級会にいつも参加してきたのは30名前後だったが、60年目の節目には一体何名位 集まるか興味が深い。

『肉の日』  Mar. 29, 2010 ▲Top
 毎月29日は肉の日として、日頃の価格より安売りしている店が多い。私も若い頃は何よりも 肉料理が好きで、この日は忘れず肉料理をリクエストしていた。しかし年取った今は肉よりも 魚料理の方が好きだ。肉料理と言えばステーキだが、初めてアメリカへ行ってレストランに 入った時、何を頼めばいいか判らず、メニューの写真を見て、ティーボーンステーキというのを 注文した。出てきたステーキは確かにT字形の骨のついたステーキだったが、ボリュームの多さ にはうんざりして、半分ほど食べた所で残してしまった。こんなに大量の肉を日頃から食べている アメリカ人の身体が大きい理由が判った瞬間だった。あれ以来懲りて、レストランでステーキを 頼む時にはティーボーンステーキは頼んだ事が無い。

『焼き芋』  Mar. 28, 2010 ▲Top
 子供の頃は、貴重な食料として庭でサツマイモを栽培していた。取り入れた芋は掘り出したままの姿で 保存して、日常の補助食料にしていた。小さな弟達が多かったので、庭掃除などで枯葉など掃き集めると おやつ代わりに庭先で焚き火をして、芋を焼いて食べた。昔からサツマイモは甘くて大好きだった。当時 町の路地では屋台や軽トラックに専用の釜を積み売り歩く姿は、日本の冬の風物詩のひとつであった。 売り歩く時は、「いーしやぁーきいもー、おいもー」といった独特の節回しで放送するのが定番で、焼き釜の 排気圧で「ポー」という汽笛の音を鳴らすのもあった。その売り声を聞くと、100円玉を持って買いに行った のが懐かしい思い出だ。今日は久しぶりスーパーの野菜売り場を覘いて回っていて、おいしそうな金時いも を見つけたので買ってきた。焼き芋のおいしい食べ方は、石焼き芋が一番だが普通の家では無理なので、 ラップに包んで電子レンジでチーンするか、ホイールで包んでトースターで焼いて食べるなどしていたが、 何気なく電子レンジのプログラムを調べていたら、焼きいもの料理法があった。初めて試してみたら、時間は 掛かったが、表面に焼き目も出来て石焼焼き芋風のもが出来た。昔の石焼芋を思い出すような出来栄えだった。

『風呂の日』  Mar. 27, 2010 ▲Top
 昨日26日は風呂の日だった。毎年今日の一言はこの日のネタに風呂の話題を多く書いてきた。 今では、どこの家にも家庭風呂があるのは当たり前だが、昔は内湯があるのは余程の金持ちだ。 庶民は町の銭湯に行くのが当たり前だった。子供の頃は大きな湯船の銭湯が楽しくて好きだった。 最近の私は、フィットネスクラブに行くのが日課なので、運動が終わった後サウナに入って汗をかき シャワーで汚れを流して帰るので、我が家で風呂に入る事は殆ど無い。夫婦二人きりの生活なので 私の入らない湯船に、家内一人が湯を入れて入るのは勿体無いと、殆どシャワーだけで済ませて いるらしい。風呂好きの家内には可愛そうだがもう20年も続いているので不満も無く過ごしている。 昔から一人で入る風呂は身体に良くないと言われているが、水道水に含まれている塩素は色々な ものと結びついて酸化作用を起こすと言う。肌に触れた新しいお湯は、肌を酸化=老化させてしまう。 昔からの「さら湯は身の毒」とか「一番風呂は馬鹿が入る」という考え方もこの事を指すのだろう。

『勧誘電話』  Mar. 26, 2010 ▲Top
 これまでは電話が鳴って受話器を取ると、相手を気遣ってまず自分の名前を名乗るのが習慣だった。 電話に出た私が誰かと判れば気持ちよく話が展開できると思っての事だった。ところが最近それを 逆手に、私の名前を確認しているのでいきなり親しそうに、名前を入れて保険の勧誘や、オール電化の勧め など長々としゃべる者が多い事に気づいた。最初は私の知人かと思い違いする程の話し振りに、ところで 貴方様はどなたでしたかと聞くと、初めての者で有る事が判る。電話の話は既に契約済みの保険勧誘だったり、 住んでいる私のマンションがオール電化住宅と知らずに電化器具の売込みだったりと、無駄な勧誘電話に 悩まされる事が多かった。最初にこちらが名乗ってしまった為に、相手の電話セールスに情報を与え 過ぎた事を反省して、今は受話器を取っても、相手がしゃべり始めるまで何も言わないようにしている。 これは相手に何の情報も与えない為、話の切り出しと展開に工夫が必要で、無駄な長電話防止に効果が あったと思う。お陰で相手が話し始めた途端に目的が判り、素早く話題を打ち切る事が出来るようになった。

『電気記念日』  Mar. 25, 2010 ▲Top
 今日3月25日は電気記念日だ。日本で初めて電灯が灯されてから132年が経ったことになる。 この日東京虎ノ門の工部大学講堂で、電灯の明かりが灯されてその開業式が行われている。 この頃はまだエジソンによる白熱電灯が発明される前だった。電灯が光を出すフィラメントには 当時色々な材料が試されていた。たまたま思いつきで、エジソンが持っていた日本製の扇子の 竹の骨を削って、フィラメントととして使ってみたら、それまで10時間位しか持たなかったフィラメント の寿命が極端に伸びたということでエジソンが有名になった。電灯のフィラメントが長持ちする 様になったのは、ガラス管の中に閉じ込めて中を真空にしたことで、フィラメントの酸化や劣化が 少なくなり実用化されるようになって行った。しかし長らく白熱電灯を作り続けてきた東芝もついに 製造中止にしたニュースが数日前に報道されたが、更に長寿命化した発光ダイオード等に世代 交代してきた。

『USBメモリー』  Mar. 24, 2010 ▲Top
 最近USBメモリーの保存容量が大きくなり、更に価格も安くなって、ますます利用の 範囲が広がってきた。コンパクトなのでどこにでも持って歩ける手軽さから、重要なもの もUSBメモリーに頼りすぎていた。先日フィリッピンまで行って、弟の会社のホームページ の更新を引き受けてきた。帰国以来暇を見ては作業を続けてきて、昨日はほぼ完成の 所まで漕ぎつけていた。後はNETに乗せて現地の確認を取る予定が、朝チェックしたら 何故か、USBメモリーの中が参照できない。中身がフォーマットされていませんって? そんな筈は無いだろうと、何度も調べたが、どうやらUSBのFATが壊れた様だ。 どうにもしようが無いので諦めたが、もう一度最初からやり直しになってしまった。ハード ディスク等の様に回転部分が無いので、故障することは無いものと安心していたが、 これはショックが大きい。努力が報われない今はとことん落ち込んでいる。参った!

『黄砂』  Mar. 23, 2010 ▲Top
 一昨日飛来した黄砂は、大きく視界が阻害されて今年最大の規模だった。沖縄では海上に 出ていた釣り船の視界が利かなくて船の位置が判らなくなって大騒ぎしたと言う。黄砂とは 中国奥地のタクラマカン砂漠やゴビ砂漠等の乾燥地域で、強い風によって数千メートルの高さ まで巻き上げられた砂や・微粒子等が偏西風に乗って日本に迄飛来し、大気中に浮遊または 降って来る現象のことを言う。これまで黄砂の現象は自然現象であると考えられてきたが、 最近発生するその頻度と被害状況から、これまでの未開発地域へ広がりつつある過放牧や 農地転換による土地の劣化との関連性が上げられている。風によって大気中に舞い上った 黄砂は、発生地域周辺の農業や生活環境に大きな被害を与えるばかりでなく、大気中に浮遊し、 黄砂粒子を核とした雲の発生・降水過程を通して地球全体の気候に影響を及ぼしている。 また、日本近海へも広く降下して、海面表層のプランクトンへのミネラル分の供給を通して海洋の 生態系にも大きな影響を与えているのではないかと研究が進められている。

『ゴルフスイング』  Mar. 22, 2010 ▲Top
 ゴルフを始めて以来50年以上になる。始めた頃は家の近くに広い空き地があり、6番アイアン 1本とロストボール30個程を買って毎日練習していた。スイングについてはプロの写真集を見て、 自分なりに正しいと思う振り方を身に付けた。当時若かった事もあり、柔らかい身体を生かして 大きなスイングが出来ていたと思う。あの頃は今のクラブに比べ、貧疎な道具だったが、よく 飛んでいた。60歳を超える頃には飛距離が落ち始めたが、メタルウッドが流行して飛距離を カバーしてくれる様になった。しかし70歳前後の頃には、肉体の衰えからかスイングが小さくなり 飛距離の低下を道具ではカバー出来なくなって行った。改めてスイングの回復を試みているが 往時の様な大きなアークは望みえず、コンパクトなスイングでヘッドスピードの向上を図っている。 最近ビデオを撮って見ると、インパクト迄の振りの後は殆ど止まっていて、飛ばない理由が判明、 身体の衰えを自ら納得するしかない事が判ってきた。

『お萩と牡丹餅』  Mar. 21, 2010 ▲Top
 春分の日の今日は、彼岸の中日で、3日後の24日が彼岸明けとなる。春の彼岸にはぼたもちを 戴くのが慣わしだった。因みに秋の彼岸はおはぎを戴いた。でも、もともと彼岸に食べるものは 同じ様に餅を小豆餡で包んだものを言い、春は牡丹の季節、秋は萩の花の季節に合わせて 呼び分けていたもの。しかし最近は店先で売られているものの殆どがおはぎと記されている。 人により、こしあんがおはぎで粒あんがぼたもちとか、米粒が残っているのがおはぎで、完全に 餅になっているのがぼたもちとか、大きいのがぼたもちで、小さいのがおはぎと言い、果ては 全てひっくるめて高級なものが、おはぎ等、地域により人により言い方が分かれてきたもの。

『禁煙条例』  Mar. 20, 2010 ▲Top
 禁煙運動も徐々に広まってきて、公共の場所での喫煙は殆ど不可能になってきた。喫煙者に とって世の中が段々狭くなってきた感じだ。神奈川県では海水浴場での禁煙にする条例案が 可決された。たばこを吸うのは喫煙場所に限られ、5月に施行され今年の夏から禁煙化する。 条例は、たばこの火や煙の影響から水着姿の海水浴客を守り、吸い殻の散乱を防ぐのが狙い。 罰則は当面見送り、3年後に見直しする規定を設けた。海の家などの屋内施設は、4月施行の 受動喫煙防止条例で規制することになる。確かに屋内での禁煙箇所は増えたが、喫煙者の 意識の低い点は、外で吸うなら良いだろうと、外で吸うのはいいが、吸殻を溝に捨てたり道路で 踏み潰してそのまま平気でいる態度は困ったマナー違反だ。今回の神奈川県条例も、海岸で 吸う位なら非喫煙者に煙害を与える訳ではないと思うだろうが、砂浜に捨てられた吸殻が一番 迷惑な問題であることを理解するべきである。

『桜前線』  Mar. 19, 2010 ▲Top
 ニュースなど見ていると、ボツボツ桜前線の話題がのぼってくる頃となった。 前線と聞くとなんとなく気象用語のように聞こえるが、気象庁の正式用語にはない。 但し、1963年に気象庁のお天気相談所が新聞等のマスコミ向けに用いたのが始まり。 正式には開花(満開)等期日線と呼ぶ。開花時期が来ると、各地で桜の開花予想日や 満開予想時期を発表するが、それらの日付を結んでいくと、天気図の気圧等高線に似た 形になることから桜前線と呼ぶようになった。桜の開花に関しては数百年の記録もあり、 気候の変化傾向と農作物の収穫との因果関係を知るのにとても便利で、昔は農民が その年の稲の実り具合を、桜の咲きぶりで占って来たと言う。

『高齢者の免許更新』  Mar. 18, 2010 ▲Top
 運転免許証の更新は、運転免許証に記載されている有効期間内(誕生日から1ヵ月後)に行わなくてはならず、 この期間を過ぎた場合は運転免許証は失効するので注意が必要と、定められている。現在、70歳以上の ドライバーには、免許証更新時に「高齢者講習」を受講することが義務づけられている。これにより、視力や 運転操作について問題がないか診断し、実際に車を運転して自身の運転技能についての理解をするように 定められている。更に75歳以上のドライバーは、高齢者講習の前に「講習予備検査(認知機能検査)」を 受けることが必要となっている。家内は76歳での免許証有効期限は3月14日だが、まだ免許の更新が終わって いないので心配して聞くと、高齢者講習が4月5日だと言う。明らかに免許期限を過ぎてしまうのだが、実は 講習を受ける自動車教習所の申込者が多くて、その順番待ちで遅れているが警察の確認済みだと言う。 法律が実態に即していないしわ寄せがこんな所に現れて、期限の過ぎた免許証がまだ有効だと言うおかしな現実だ。

『お彼岸』  Mar. 17, 2010 ▲Top
 昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言います。3月の春分の日と9月の秋分の日のことを それぞれ彼岸の入りと呼び、この頃太陽が真東から上がって真西に沈むことから、 西方極楽浄土の信仰と結びつけて季節の区切りにして来た。彼岸とはあの世を指し 亡くなったご先祖さまを敬い、供養するという意味から、お墓参りをして来た。 彼岸は、梵語の波羅密多の漢字訳の「到彼岸」からきた言葉で「迷いの世界から、 悟りの世界(極楽浄土)に到る」という意味である。 彼岸の日には仏壇やお墓を綺麗に掃き清め、また団子をつくって供えることで仏様の 功徳があると言われている。

『鯛の鯛』  Mar. 16, 2010 ▲Top
tainotai.jpg  鯛の鯛って聞いたことありますか? いつも尾頭付きの鯛を食べる時には、必ず探し出して 綺麗に取り出すことにしている。写真に見る通り骨の形がいかにも鯛の形をしている様に見える ところから鯛の鯛と言われてきた。江戸時代の粋な遊び心から生まれた言葉であり、鯛の鯛は 鯛の肩甲骨と烏口骨の二つがつながって出来ている。この骨は胸鰭を支えたり、動かしたりする のに使われ、魚の種類ごとに形が異なるので、近縁の魚を分類するときにも利用されている。 江戸時代の書物等にも「鯛中鯛」として記されている。特にマダイの物が形も美しく、昔から珍重 されてきた。鯛と同じ様な形をしていて、肌身離さず持ち歩くと金運に恵まれるという言い伝えがある。

『居眠り』  Mar. 15, 2010 ▲Top
 歳をとった最近の事だが、何か集中して仕事していても、ある程度の時間が経つと 集中力が続かなくなってきた。目は開いて確かに仕事をしていたのだが、実は自分でも 何をしているのか判らなくなり、そのままの状態でいつか目を瞑って仮眠状態に入って いる事がある。ふと我に返えると僅かの時間でも仮眠状態に入っていたことに気づくのだ。 寝ていた事に気が付いて、改めて気を取り直して仕事を続けても長続きしなくなっている。 そんな時、身体のサイクルは完全に睡眠時間が来ているので、我慢して起きる努力する より寝たほうが効率は良い。僅か10〜20分でも寝ると、疲れた脳は完全にクリアされる。 そんな時、軽い睡眠で済ませたほうが調子良く、長く寝るとかえって調子が悪くなる。 昨日もパソコンをしながら椅子に座っていたがいつの間にか寝ていた。改めてベッドに 横になると、20分程で目が覚めた。後は夜中まで脳の働きも、目もくっきりと覚めていた。

『ホワイトデー』  Mar. 14, 2010 ▲Top
 ホワイトデーは、バレンタインデーにチョコレートなどをもらった男性がお返しとしてクッキーを 贈る習慣であるが、そもそもバレンタインデーのチョコもホワイトデーのクッキーのお返しも全て 日本だけの習慣で、欧米では行われていない。これらの習慣を作ったのは日本の菓子業界の 作戦にすっかり乗せられて常習化したものだ。もともと、バレンタインデーの由来は、269年に ローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日である。2月14日は世界 各地で男女の愛の誓いの日とされている。欧米でも恋人やお世話になった人にチョコレートを 贈ることはあるが、決してチョコレートに限ったものではなく、またバレンタインデーに限ったこと でもない。日本ではバレンタインデーが定着するに従って、製菓業界がお返しをする日を作っては どうかと1978年、全飴協の全国総会で「キャンデーを贈る日」として制定され、1980年に第1回の 全国規模のホワイトデーが開催されたのが最初だった。最近では、デパートなどが食品以外の 贈り物なども販売促進しており、菓子業界では、駅やデパートでの手焼きクッキーなどの販売も 売り上げを伸ばしている。

『サンドウィッチ』  Mar. 13, 2010 ▲Top
 3月13日がサンドウイッチの日と知っていましたか?。2個の「3」が「1」を挟んでいることからそう言う ことになったと言うが本当なのかな?サンドウイッチの発明者は、トランプ好きのイギリスのサンドイッチ 伯爵が、ゲームをしながら食べられる物として考案されたと言うのが一般的である。 サンドウィッチ伯爵は、トランプのクリベッジが大好きで、食事にかける時間も惜しむ程だった。そこで、 ゲームの合間に片手で食事が取れるよう、パンに色々な具を挟んだものを用意させていたことから、 いつしかこれが一般にも受けて大好評となり、これをサンドイッチと呼ぶようになったと言われている。 しかし、パンに具を挟んで食べるという料理自体は、古代ローマのオッフラ、インドのナン、中東のピタ、 メキシコのタコスやブリート等、古くからあったものであるので、伯爵の発明と言うのは俗説だと言う。

『お水取り』  Mar. 12, 2010 ▲Top
 奈良では2月堂のお水取りが済めば春がくると言われて1250年以上一度も休むことなく続く伝統行事である。 奈良・東大寺の二月堂で12日に行われる「お水取り」は、3月12日深夜に若狭井という井戸から観音さまに お供えする「お香水」を汲み上げる儀式が行われる。この行を勤める練行衆の道明かりとして、毎晩7時に 行なわれる「お松明」は、長さ約6mにもなる大松明を童子と呼ばれる人がかつぎ、練行衆はその後について、 二月堂のお堂へ入って行きます。夜毎、大きな松明に火がともされ、参集した人々を湧かせます。このため 「修二会」は「お水取り」・「お松明」と呼ばれるようになった。また二月堂の名もこのことに由来している。

『ココナッツ』  Mar. 11, 2010 ▲Top
 熱帯の国ではおなじみの、高いやしの木が沢山生えている。ゴルフ場では暑い直射日光を避けて木陰を求めて何気 なくやしの木の下に陣取ることが多かった。現地の人に聞くと、やしの木の下は、とても危険だと言う。我々無知な 人間は、なんとなく日陰を求めていつの間にかやしの木に近づいているが、実は高い木の上にはココナッツ(椰子の実) が、たわわについている。しかも、その実はしっかり付いているようでも、簡単に突然の風や自然現象で落ちると言う。 ご存知の通りココナッツはとても硬い殻で覆われているので、万一頭に落ちると、大怪我をする可能性がある。 現実によくけが人が出るようで、たびたびキャディさんに注意された。でも自然に落ちたココナッツに穴を開けて ストローを刺して飲むと、おいしい簡易飲料水となる。汗をかいた身体にはたまらない飲み物だった。

『体重の減量』  Mar. 10, 2010 ▲Top
 日頃から自分の体重コントロールに気遣い、運動とメタボ防止の為フィットネスクラブは欠かさず 毎日通い続けている。始めた頃は、肝臓病から療養中だったこともあり、やや太り気味の67〜68kg台と メタボ状態だった。運動を始めて間もなく64kg台まで下がり、20年以上体重は安定して64〜65kgを、 持続してきた。偶に数日旅行したり都合で運動を休むこともあっりすると、体重が1〜2kgの範囲で 増えることもあった。しかし数日の間に安定して65kg台に戻っていた。最近海外旅行後の体調異変で 眩暈がする症状が気になっていたが、何故か体重も減少して、この数日63.5kgと痩せている。昨年の 今頃も、同じように突然63kg台に下がって心配したことがあるが、気がつくと数日で65kg台に戻った。 体重は増えると気になるが、痩せるのも病気じゃないかと心配である。体重の変動に気をつけている。

『怖い国』  Mar. 9, 2010 ▲Top
 先月は約2週間フィリッピンへ出かけて来た。帰国後色々な人達と会うと話題はその 旅行中のことになった。殆どの人は、フィリッピンに関する認識では犯罪の多い国とか 殺人の話とか、生活環境の悪い国と言う印象だった。しかし、現実はそんな事は無い 平和な国である。逆にフィリッピンの人達と話をすると、日本の方が怖いと言われた。 日本には訳の判らない凶悪な人達が居て、人の集まる秋葉原等でナイフを振りかざして、 無差別に人を刺して回る怖い所だと言う話をされた。確かにどちらの国も、特異な事件 が起きるとニュースとして世界中に配信されてあたかも、その国の日常的な出来事と 勘違いしている。日本で起きた事件のニュースも、さも日常的に多発している事の如く 感じているのだ。今の日本は、職も無いホームレスが町に溢れ、飢えた人達が炊き出しに 並び、凶悪な犯罪の可能性が限りなくある危険な国であるのは事実で、決して他人事ではない。

『散髪の日』  Mar. 8, 2010 ▲Top
 3月8日は語呂合わせで散髪の日としている。普通の男性なら1ヶ月に1度は散髪して小奇麗にする。 散髪代は、店によって料金はいろいろ設定されていて、ピンからキリまである。昔からある古いタイプ の散髪屋には3000円〜4000円と高い料金を取る店もある。丁寧に鋏だけで1時間近く掛けて仕上げる。 この手の散髪屋は、仕事の間中近隣で起きた世間話でお客を飽きさせない。お客は大抵長年の馴染み客だ。 以前私の行きつけだった店の主人は、魚釣りが好きで、暇があれば自分で釣行した情報を得意気に話す。 またお客の話を加えた釣り情報も豊富で、その話を聞くのが楽しみで通っていた。散髪代は3500円程度 と高めだったが、現役時代は情報料として高いとは感じなかった。年金生活になってからは、もっぱら 安い散髪屋を探し、最近はシャンプー付1000円と言う店を愛用している。私の場合スポーツ刈りなので、 素早く切りそろえて15分程度で終わるのが、気に入っている。先日フィリッピンでも散髪を体験したが、 僅か100円なので洗髪も無くカットだけだがとても早くて上手だった。散髪は早くて安いのが一番だ。

『夢の中』  Mar. 7, 2010 ▲Top
 昨日、町へ自転車で買い物に出かけた。何時もの通り自転車を止めたとき、しっかりと 鍵を掛けたはずだった。買い物を済ませて自転車のところに戻ってみたら、自分の自転車が 見つからない。盗まれたか、もしかして止めた場所を思い違いしているかと、通ってきた道を 探して回った。しかし思いつく限りの場所を見て回ったが、どうしても見つからない。時間は どんどん経って行くのを気にしながら探したが、判らず仕方なくあきらめて家に帰ってきた所で、 目が覚めた。なんだ夢の中の出来事だった。それにしても昨夜の夢は、見つからない自転車を 一晩中探している夢だったのだ。何時もなら朝の5時頃には目覚めるのに、夢の中で長い時間 必死に探した為か、目が覚めたらすっかり夜が明けた7時半だった。こんな遅くまで目が 覚めなかったのは病気の時以外初めての経験だった。

『マリガン』  Mar. 6, 2010 ▲Top
 先日フィリッピンのゴルフコンペで初めてマリガンと言うとても変わったルールを体験した。 元はアメリカで始まったようだが、接待ゴルフ等で相手が「最初の一打が不満なら罰則無しで 打ち直しできる」という特別ルールだ。大体朝の一打は身体が馴染んでいないところから失敗 する事が多いのを、第1打に限りペナルティー無しに打ち直しを認めるというもの。その代わり、 マリガンの権利を得る為に、コンペ等の参加費に加えて最初にマリガン保険を払って置くのだ。 失敗無くスタート出来れば、保険金は没収されるが、万一OBやトラブルショットなら、堂々と マリガンを宣言して罰無しで打ち直しが出来るのだ。最近では、マリガンは米国だけでなく 日本にも広まっているらしい。米国のコースには、1番ホールのティグランドの横に「マリガン ・ルール禁止」と書いてあるところもあると言う。因みにマリガンとは最初にルールを作った 人の名前で、以前アイゼンハワー米元大統領も同じようなプライベート・ルールをつくったこと から、アイゼンハワー・ルールとも言われているそうだ。

『キャビンアテンダント』  Mar. 5, 2010 ▲Top
 日本航空「JAL」の経営が大幅な赤字を抱えて、経営破綻し再建中である。 日本で初めて客室サービスを担当するスチュワーデスの誕生したのが、1931年 3月5日だった。当時は日本女性憧れの職場であり、現在でも多くの航空会社で 活躍している。現在は名称もキャビンアテンダントと呼ぶようになっている。 今でも難関のスチュワーデスだが、エア・ガールという名で東京航空輸送会社が 募集した日本初のスチュワーデス採用試験も、とても厳しいものだったと言う。 140人の応募者のうち、130人は1次試験で落ち、最後の試験まで残った者は、 わずか8人だった。この8人は最終試験で実際に飛行機に乗り、健康状態や 顔色まで調べられた。そしてこの日、数々の難関を突破して見事に通過した 3人のスチュワーデスとしての合格者が発表されたのだった。

『日焼け』  Mar. 4, 2010 ▲Top
 2週間のフィリッピン滞在中毎日ゴルフ三昧の旅で、日焼けした顔は自分でも びっくりするほど日焼けした。顔の内で一番日焼けが激しいところは鼻の上と 耳だった。ゴルフのプレー中は帽子を被っているので、目から上の額辺りは 日陰を受けて、やや日焼けを免れていたが、メガネから下は、見事に焼けて 鼻の部分は、一時は黒いというより赤くやけどの様な症状だった。耳は真っ黒 く焼け、表面は薄皮のようにめくれて剥がれていた。初日から3日目辺りで 日焼けもピークを過ぎ、顔の中でまだらに焼けていた部分も均一に焼けてきて 本当の黒人の如く焼けた。帰国した当時、顔の黒さは他の人と比べて目立った ようで、すれ違った大抵の人は怪訝な顔で振り返ってまで見直していた。 帰国後10日経ち、肌の色もやや落ち着いてきて、元の顔色に戻りつつある。

『ひな祭り』  Mar. 3, 2010 ▲Top
 今日、3月3日は女の子の節句で、お雛様を飾り、お祝い事を行う風習が残っている。 なぜお雛様を飾るようになったかの歴史を遡っても、はっきりとした起源は判らない。 日本に古くから言い伝えられているのは、平安時代の京都で既に平安貴族の子女の雅びな 「遊びごと」として行われていた記録が現存していて、もとは京都のものであったとされている。 更に江戸時代になると、女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、 飾られるようになった。この頃から3月の節句には、お祓いをして雛人形を飾るようになった。 この時代から三月の節句の祓に、雛祭りを行うようになったと推測されている。もっとも、 この時代には飾り物としての形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合い が強くなり、武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具のひとつに数えられるようになった。 その為、自然と華美になり、より贅沢なものへ流れてきたようだ。

『弥生3月』  Mar. 2, 2010 ▲Top
 寒い寒いと言っている内に、いつの間にか弥生3月がやってきた。 梅や桜等の花がつぼみをつけて、花開く準備が始まる時期になった。 古い暦の読み方は3月を弥生と呼び、草木がいよいよ生い茂る月 「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が縮まって「やよひ」となった。 この時期になると、草木の開花時期でもあるが、学校では春休みを 設けて、新しい学年に向けて準備が始まる。昔の古代ローマ帝国 では独自の暦を持っていて、年の始まりは3月としていて、閏年の 2月、暦の最終日に日にちを調整していた名残がこれである。 3月の呼び名には花月(かげつ)、嘉月(かげつ)、花見月 (はなみづき)、 夢見月(ゆめみつき)、桜月(さくらづき)、暮春(ぼしゅん)等もある。

『食生活』  Mar. 1, 2010 ▲Top
 まだ若くて子育て中の頃は、子供たちの健康な体を作るために食事のメニューには肉類 を主体としたものを食べていた。外食する目的も焼肉やバーベキューなど、一家で楽しみ ながら食べるのが目的だった。年取って子供達も居なくなった家庭では、積極的な肉料理 はすっかり影を潜め、マーケットに食材を買いに行っても魚類を物色するようになっている。 年老いた体は固い肉を噛むよりも、歯に優しい魚類が食べやすくなった。魚にはDHAが 豊富で、特に脂の乗った旬の魚は、DHAが倍増すると言われている。 なかでもお奨めはイワシ、カツオ、マグロ、サンマ、ブリといった背の青い魚だ。 ボケ防止で頭が良くなる効果を期待する場合の魚の摂取量は、DHA量にして毎日0.5〜1.0g 程度が目安だ。その量はイワシなら2尾、マグロのトロなら2切れ、ブリで1切れ、サバなら半身、 サンマ1尾に相当する。生で食べた場合のDHA量を100%とすると、煮たり焼いたりすると80%、 油で揚げると50%にまで減少してしまう。DHAを無駄なく摂取するには刺身が最高と言う事になる。

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