2009年8月
『政権交代』  Aug. 31, 2009 ▲Top
 第45回総選挙の投票結果が判明した。選前の予想でも民主の優勢は報じられていたが、開票が 進むにつれ自公の零落ぶりは目を覆うばかりだった。長年の政権与党として議席数を独占し保守 王国と言われてきた地方でも、民主の議席は確実に伸びて、自民の議席は失われた。生き残った 者も、辛うじて比例区の併せ業という瀬戸際が多かった。選挙終了前の出口調査の段階で、民主党の 当確者が圧倒的に多いのに比べ、自民元首相経験者や閣僚経験者が続々落選相次ぎ、海部、町村、 中川、武部、山崎、赤木、小池、久間、野田、堀内、中山、笹川や、北側、冬柴、太田等、公明の ビッグネームも相手候補の民主に喰われ得票は伸びなかった。また、小泉チルドレンは郵政民営化の 批判を浴びて殆ど落選してしまい、自民党の選対本部の、これまでの甘いおごりが全て暴露された。 結局、国民にとって今迄の自公連立政権に対し嫌気が差した訳であるが、300議席超を取った民主党も 元はと言えば自民党出身者であり、この政権交代が全くの冒険では無いと考えてのことだと思う。

『衆議院選挙』  Aug. 30, 2009 ▲Top
 いよいよ今日が第45回総選挙の投票日となった。自公政権の継続か、政権交代で政治が変わるか。 長らく続いた自公政権に対し、政権交代を迫る民主党なのか、国民の審判は今夜には結果が出る。 郵政選挙で大勝利した小泉政権から引き継いだ福田、安倍首相はよたよたでバトンを麻生首相に、 その間に世界中を巻き込んだ経済不況で国民の生活不安は頂点に達した。今回の選挙予想では、 民主党政権に期待をかける無党派層が大きくリードしていると報じられている。自公政権維持をめざし、 麻生首相も精力的に飛び回って応援演説をしていた。我が地にも来県して、演説会場に誘われたが 参加は断わった。これまで失言癖の多い麻生さんの話を聞くと、またどんな失言をするかと不安で、 何となく聞きたくなかった。別に麻生さんの応援演説を聞かなくても、候補者個人を応援する気持ちに 変化が起きる訳ではないからだ。さて新しい政権に対し景気対策、子育て支援、雇用の確保、医療の 充実等、課題は山積している。主張したマニフェストを忠実に実行し、国民の期待を裏切らない政治を してもらいたいものだ。

『焼き肉の日』  Aug. 29, 2009 ▲Top
 今日は語呂合わせで焼肉の日だそうだ。若い頃は焼肉は大好きで、子供たちを連れて良く 焼肉食べ放題の店に行ったものだが、年と共に肉料理は敬遠することが多くなった。無論 食べ過ぎてメタボになることも気になるが、何よりも歯が弱ってきて、肉を噛むより魚の方が 食べるのが楽だというのもあると思う。焼肉の起源は日本だと思っているが、アメリカ等 では、バーベキューやステーキと言う、肉を焼く料理はある。最近では韓国の焼肉料理も盛んで 焼肉は韓国文化と思い込んでいる人が多いようだ。焼肉の原点は日本で、戦前には捨てるか 肥料にするしかなかった臓物肉を焼いて食べたのがホルモン焼きの始まりである。ホルモンを 焼いて食べる習慣は朝鮮にはなく、このようにしてホルモン焼きは日本で始まったものだ。 戦後、ホルモン焼きの屋台が盛んになって行く中、新宿でミノやセンマイといったホルモンの他 ロースやカルビなどの精肉を用いる店が出来ると同時に、在日の朝鮮人達が経営する店が増え、 プルコギを直訳した「焼肉」が用いられたのが、焼肉の発祥は朝鮮だと言うことになっている。

『新型インフルエンザ』  Aug. 28, 2009 ▲Top
 昨年豚から始まったインフルエンザウイルスが、感染を繰り返すうちに変異して人に対して罹る 新型インフルエンザとして、世界中に蔓延してきた。新型インフルエンザとは、これまで毎年流行を 繰り返してきた通常のインフルエンザウイルスとは抗原性が全く異なる新型のウイルスが出現する ことにより、およそ10年から40年の周期で発生している。新型インフルエンザは人類の殆どが 免疫を持っていないために、人から人へ容易に感染し、世界的なパンデミックが引き起こされる。 本来風邪を引くのは寒い冬に流行するのが常だが、今年の新型インフルエンザは、夏場に流行 しているところが怖い。このまま冬に突入すると、更に感染は本格化し、大きな健康被害とこれに 伴う社会的影響が懸念される。日本では新型インフルエンザ対策を国家の危機管理に関わる 重要な課題と位置付け、流行に備えた準備を早急に進めているが、この冬必要とされるワクチン の総量が間に合わない可能性があり、輸入品に頼るには安全性の保証に政府が苦慮している。

『のりぴー』  Aug. 27, 2009 ▲Top
 この所、毎日のTVニュースは覚せい剤関係の同じ話題ばかり繰り返されて、いささか食傷気味だ。 デビュー以来清純派歌手酒井法子としてお茶の間で親しまれてきたのりぴーがその話題の本人だ。 その酒井法子の夫が覚せい剤所持罪で逮捕されて以来、自分も愛用していた事実がばれるのを 隠す為、体内から排出される期間を逃亡して逃れるなど、およそ清純派とはかけ離れた実像を晒して しまった。逮捕拘留されてからの取調べも、中々真実を話さず検察側の捜査は難航してきたようだ。 一方、夫の高相祐一容疑者は、妻のこともべらべら喋り、二人の告白内容は大きく食い違っていた。 拘留期間が長引いた事も影響したか、やっと最近は真実を話すようになり、覚せい剤の使用時期が 数年前からと白状し始めた。ただ、逮捕時に体内には覚せい剤の残留分が発見され居ない事が、 検察側に弱みが残っている。でもこのままでは、酒井法子の現役復帰はあり得ないので、一刻も早く 真実の全てを吐露して、早く裁きを受けるのが得策と思うのだが、彼女は一体何を考えているのだろう。

『酒酔い運転』  Aug. 26, 2009 ▲Top
 相変わらず交通事故の報道に、酒酔い運転の末、交通事故を起こし其の侭逃げると言う卑劣な ニュースが多い。昨日は警視庁警視が飲酒運転と当て逃げで逮捕されたと言う。本来なら道交法違反で 取り締まる側の警察官がこれでは、全く世の中どうなっているのかと思ってしまう。今、飲酒運転撲滅 運動をしている最中に、この警視、東京都の青少年・治安対策本部の交通安全対策課長や築地署交通課長 を務めるなど、交通捜査のベテラン警察官だったと言うからあきれて物が言えない。また福岡県小倉では 国道を逆走して対向車に衝突、女性にけがをさせ逃走した巡査部長を逮捕した。この容疑者は事故を起した後 車を放置し歩いて事故現場を離れ、約200m先の道路脇に座り込んでいたのを110番で駆け付けた飯塚署員が 見つけた。呼気検査を拒否したため県警が令状を取って血液検査を実施した。結果、酒気帯び運転の基準値の 約4倍に当たるアルコールを検出。しかし「車は盗まれたもので、自分は事故と関係ない」と容疑を否認。 被害者に頭部打撲などのけがをさせたのに救護措置を取らなかったと言うから卑劣な警官が居たものだ。 我々市民でも酒飲むときは、車は絶対に乗らない。以前は自転車なら乗ったことはある。しかし最近では 自転車の酔っ払い運転も違反と言われ、タクシーに乗るか歩く等して法律を守っている。法の番人が酒酔い を隠す為、被害者を放り出して逃げる様では、特に厳罰にすべきである。

『やり投げ』  Aug. 25, 2009 ▲Top
 第12回世界陸上選手権ベルリン大会の、男子やり投げ決勝で村上幸史が2投目に82m97を投げて 見事銅メダルを獲得した。女子マラソンの尾崎選手の銀に続く2個目のメダルだ。この種目での日本 選手の入賞は22年ぶりで、それ迄は6位が最高で銅は初めてだ。今回の村上は予選で日本歴代2位 となる83メートル10をマークしていたが、決勝でその自己ベストに近い成績を出せたのは素晴らしい。 槍の重さは男子が800g、女子が600g。やりの長さは、男子が2.6〜2.7m、女子が2.2〜2.3mで意外に 軽いのに驚いた。村上は中学まで野球少年で、四国では名の知れた本格派右腕は、複数の甲子園 常連校から誘いがあったと言う。投球練習では球速154Kmを計測した事がある。しかしそれらを断り、 槍投げの元高校総体覇者だった体育教師の勧めで、愛媛・今治明徳高から投擲界へ入ったもの。 四国で村上と言えば、村上水軍として名を馳せた名門の血筋だ。これからも活躍を期待しよう。

『トライアスロン』  Aug. 24, 2009 ▲Top
 鉄人レースとも呼ばれる水泳・自転車・マラソンをこの順番で連続して行う競技を、あちこちの自治体 などが開催し、全国から多くの体力自慢が参加して行われている。日頃鍛えた肉体の限界を試す機会に 命を懸けて戦うのだ。昨日三原市沖の佐木島で行われた「トライアスロンさぎしま大会」で70歳の男性が 溺れているのを発見され、ライフセーバー等に助け揚げられたが、間もなく死亡した。医師の診断では 死因は虚血性心疾患だった。大会実行委は70歳以上の出場者には事前に医師の健康診断書の提出を 義務づけており健康状態に問題はなかったという。 虚血性心疾患とは、心臓の筋肉への血液の供給が 減ることや途絶えることを虚血といい、狭心症と心筋梗塞の2つをまとめて虚血性心疾患と呼んでいる。 私も狭心症の持病を持っていて、時々その症状に苦しむ事があるので、このニュースを見て人事でない 気がした。昨日プールでいつものように1km泳いだ後、久しぶり狭心症の症状を感じた。慌てて更衣室 に戻り、常時財布に入れている常備薬のニトロ舌下錠を咥えて数分で納まったが、危機一髪だった。 前日猛暑の中をゴルフで疲れた身体を労わることなく、何時ものプールへ来た事が悪かったと思う。 私も74歳、日頃肉体を鍛えているからと自分の身体を過信するのが如何に危険かと言う事を痛感した。

『白虎隊の日』  Aug. 23, 2009 ▲Top
 慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いにより戊辰戦争が勃発した。会津藩は旧幕府勢力の中心と 見なされ、新政府軍の仇敵となった。会津藩では軍を年齢により白虎・朱雀・青龍・玄武の4つの班に 分けていて最年少の白虎隊は16歳から17歳までの少年で編成されていた。白虎隊は本来は予備 兵力で隊員数はおよそ340名程度とされた。彼らが装備していた火器は旧式銃で、火縄銃よりは ましというレベルの装備で、新政府軍の装備に対しては著しく劣っていた。会津藩は鶴ヶ城を死守 するべく努めたが、圧倒的な物量の新政府軍に対して防衛戦略の拙さも重なり、城下防衛に組織 された白虎隊の劣勢は如何ともし難く各所で苦戦を強いられた。この日、飯盛山にいた白虎隊の 隊員が、城下の町に火の手が上がったのを、若松城が落城したものと誤認し総勢20名が自刃した。 一命を取り留めた飯沼貞吉を除く19名が死亡。実際には城は落ちておらず、途中はぐれた庄田保鉄 らはその後、鶴ヶ城に入城し西本丸を守った。籠城戦は1ヶ月続いたが最終的に会津藩は降伏した。

『トンネル』  Aug. 22, 2009 ▲Top
tonel.jpg  日常生活で、何気なく山の中のトンネルや、地下トンネルなどを利用するがトンネルには入口と 出口の区別があるのか話題になった。簡単な答えは、入った側が入口で、通り抜けて出た側が 出口と言う。でもそれでは人によって入口と出口が替わってしまう。トンネルの建設関係や工事 関係者は、その路線の起点に近い側が入口で、終点側が出口と区別している。と言うことは、 上り電車は、出口から入って、入り口から出るという変な言い方になってしまうが可笑しいですね。 ではトンネルの定義とは、地上から目的地まで地下や海底、山岳などの土中を通る人工、または 自然に形成された土木構造物であり、断面の高さあるいは幅に比べて軸方向に細長い地下空間 を言うのだそうだ。

『直感と推理』  Aug. 21, 2009 ▲Top
 昔、高校時代の物理の先生が授業の中で難しい理論の説明をするとき、上手く表現できないと すぐ、「直感と推理」で判るだろう? と誤魔化していた。確かに物理の場合下手な説明よりも理論 的な現象は、過去の経験から推理がつくので、判るだろうと言われれば、何となく判った気がした。 その直感とは、人間のカンの一つで、一見非科学的なもののように思われる。しかしよく言われる カンが働くとは、よくある現象だし極めて大事な事だと思う。社会的な立場での指導者等は直感的に 価値判断の出来るカンと推理力を養わなくてはいけない。では、そうしたカンはどうしたら持つことが 出来るのだろうか。これはやはり経験を重ね、修練を積む過程で養われていくものだ。昔、武道の達人は 相手の動きをカンで察知し、先の動きを推理し、切っ先三寸で身をかわした。そこに至る迄には、血の にじむような修行を繰り返した結果であろう。そのように指導者としての経験を積む中で、厳しい 自己鍛錬によって、真実を直感的に見抜く正しいカンというものを常に養っていかなくてはならない。

『衆議院選挙』  Aug. 20, 2009 ▲Top
 国会を解散した後、長い空白期間を置いて、ようやく衆議院選挙戦がスタートがした。 少し涼しくなったとはいえ、残暑厳しいこの時期に、街宣車のうるさいスピーカー音は 余計暑さを感じてしまう。我々には既に投票すべき候補者が決まっているので、その他 の候補者の宣伝はたんなる雑音にしか感じない。相手候補をけなす演説は、自らの印象を 悪くしている事に気付かないのか、聞く側にとってはとても不愉快な気分を増長している。 今回の選挙は野党による政権交代なのか、与党の主張する政策選択なのかが争点だが、 与党の生ぬるさに些か飽きてきた国民が、思い切って野党に軍配を挙げられるかが見物だ。 昨日から不在者投票も始まったが、私達も投票日まで待つことなく早めに不在者投票を 済ませて、街宣車の騒音を気にしなくて済む作戦に出ようと考えている。

『昼寝』  Aug. 19, 2009 ▲Top
 最近、年とともに起きてる時の思考能力に衰えを感じるようになった。特に集中力の持続 時間が短くなった。パソコンに向って、キーボードを押し続けて2時間も過ぎると、頭がボケて きて、誤字脱字が多くなり、何度も戻って打ち直しをしなければならなくなる。目は起きている が頭の中の、思考能力は完全に睡眠状態に近いのだ。そんな時はすぐ脇のベッドに飛込む ことにしている。当然直ぐ熟睡状態に入り、30分程で目が覚め、頭の中は完全にクリアされ、 先ほどの続きは見事にこなすことができる。昼寝の効用は頭脳明晰、明らかに効いている。 通常生活の夜の睡眠時間は5時間程で目覚める。目覚め感覚は満足なのでそのまま起きる。 しかし、朝食後は少し眠くなるので、ソファーで少し横になり暫く休んで日常生活の活動をする。 正午に昼食を摂り、食後30分程昼寝すると体調は凄く快適だ。その足でプールへ出かけ 1000m泳いで来る。帰宅後やはり30分程昼寝して午後の活動に備えるが、深夜まで快調だ。 こうして、一日の中で適当な間合いで昼寝を取り入れ、適度に疲れを取ることで快適な生活を 楽しんでいる。

『制汗デオドランド』  Aug. 18, 2009 ▲Top
 私は汗かきだ。特別暑い訳でもないのに、緊張すると脇の下から流れるように汗をかく 事がある。また、とても辛いキムチ等食べると、冬でも額から粒のような汗が吹き出るのだ。 毎日フィットネス倶楽部に出掛け、水泳の最後にサウナで汗をかいた後、冷たい水でシャワー を浴びてから家に帰るが、家に着くまでに吹き出た汗で、いつもシャツはびしょ濡れだ。 最近娘の所で、体験したのがシャツクールと言う小林製薬の製品だが、スプレーをシャツに 吹き付けると、即座に体中が冷えて汗が引のだ。製品説明では衣類から10cm以上離して衣類 全体に均一にスプレーする。シャツに塗布された冷感成分(メントール)が汗をかく度に ひんやり気持ちいい冷感を与えてくれるのだ。スポーツ選手などが、運動の後、これを塗布 すると、全身から汗を奪い快適な気分になれる。調べてみると他にも色々な製品のある事が 判り、今愛用しているのは、デオドランドボディペーパーと言うもの。それはアイスシトラス と言う制汗剤が浸されたペーパーで身体を拭くと、汗を発散させると共に爽やかなミントの香り で快適な気分になれる。入浴の後これで身体を拭くと、数時間はとても爽やかに過ごせる。 お陰で、最近はスポーツの後も嫌な汗をかかずに、快適な気分で過ごせるようになった。

『体重管理』  Aug. 17, 2009 ▲Top
 日常的な健康管理には、食べ物や運動に気を使い、体重計測や血圧管理などは 毎日行っているフィットネス倶楽部の器具を使って測定し、管理カードに記録している。 1年前の今頃は体重がやや太めの68kgあり、目標値の65kgを3kgほど超えていた。 昔から夏場はスタミナ維持を気遣って栄養のあるものを食べるせいか体重が増える 傾向はあるが、やはり管理幅を超えるようだと、食事制限などで気をつけている。 その後、体調に問題なく65kgの体重に戻っていたが、冬場の今年2月になると、逆に 体重が63kg台に下がり、もしかして身体に異常が起きて痩せているのかと心配した。 しかし問題なく、いつの間にか65kgに戻っていた。記録している体重の変動幅は、 プラスマイナス1kg程度は、バラつきの範囲だが2kg以上の変動には、つい気になって しまう。最近の食事は肉類より野菜の量を増やしたせいか、毎年夏場は体重が増えて いたのが、この数日体重が減少して63.kgに痩せて来た。当たり前だが気にしている。

『エルニーニョ』  Aug. 16, 2009 ▲Top
 エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米のペルー沿岸にかけての広い海域で 海面水温が平年に比べて高くなり、その状態が1年程度続く現象のこと。逆に、同じ海域で海面水温が 平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼んでいる。ひとたびエルニーニョ現象やラニーニャ現象 が発生すると、日本をはじめ世界中で異常な天候が起こると考えられている。 今年気象庁は、相次いで起きる豪雨災害に、東北地方の梅雨明け宣言を断念したと言う。日照時間は 記録的な短さで、農家では日照不足により作物に大きな影響が出ている。今夏日本で続いた天候不順の 原因はエルニーニョ現象が、太平洋高気圧の張り出しを弱らせた上に、偏西風を南下させて、寒気を 呼び込んだのが原因と見ている。8月になっても高気圧の張り出しは弱いままで、これにより日本の南 わずか700キロの近海で台風9号が発生、接近し兵庫県などで豪雨被害を与えている。 今年の北・西日本の日本海側の7月の日照時間は戦後最短を記録した。今後もぐずついた天候が続き、 集中豪雨が起こる可能性があると予測されている。

『終戦記念日』  Aug. 15, 2009 ▲Top
 今日は終戦記念日。1937年日中戦争が始まり1945年に太平洋戦争の終戦までに、 戦争の犠牲となった国民は兵士を含めて330万人にものぼった。戦争の末期が近づき 連合国軍は日本の無条件降伏を迫るポッダム宣言が7月26日に発表された。この時 日本が素直に受け入れていれば、広島原爆も長崎原爆も攻撃を受ける事は無かった。 しかし日本政府は一旦「黙殺する」と声明した。ところがこの「黙殺」は海外では「無視」 と誤訳されて8月6日広島に原爆投下。更にソ連は日ソ不可侵条約を破って9日に参戦。 この日長崎にも原爆投下。これにより日本はどうにもならないところに追い込まれた。 ポッダム宣言受け入れを主張する東郷外相に対し、阿南陸相らは抗戦を主張、結論が 出せず、昭和天皇の判断を仰いだ。天皇は即座に東郷外相と同じ意見だと言い、この 侭では日本国が無くなってしまう。ここは忍び難きを忍んで降伏するしかないと答えた。 日本がどんなに蹂躙されたとしても種子の一粒でも残れば再生は可能だと決断した。 1945年8月15日正午、NHKラジオは天皇陛下の肉声により日本の全国民に日本が 戦争に負けたと放送した。これを太平洋戦争の終結としてこの日を終戦記念日とした。

『国民皆泳の日』  Aug. 14, 2009 ▲Top
 私は毎日の日課で、フィットネスクラブのプールで泳いでいるが、今日8月14日は国民皆泳の日だ。 それは1953年に日本水泳連盟が国民の体力増進を狙いに制定している。先日ローマで行われた 世界水泳選手権に同道した古橋廣之進・日本水泳連盟名誉会長が急逝されたが、彼が日大時代、 47年の日本選手権400m自由形で4分38秒4の世界新を出したのをはじめ800m、1500m等の種目で 合計33回も世界新を樹立。49年にロサンゼルスで開かれた全米選手権でも次々に世界記録を塗り 替え、米国メディアから「フジヤマのトビウオ」と呼ばれて称賛された。またNHKの河西三省アナの 歴史的な実況放送として名高い1936年のベルリンオリンピック女子200m平泳ぎ決勝実況放送で、 あっ前畑リード、勝った!勝った!勝った!勝った!勝った!勝った!前畑が勝った!前畑が勝った! 前畑が勝った!前畑が勝ちました!前畑が勝ちました!前畑が勝ちました!前畑の優勝です。 前畑の優勝です。ほんの僅か、ほんの僅かでありましたが、前畑優勝。前畑日章旗をあげました。 と勝ったを24回も繰り返した実況中継は後々の語り草で、録音されたレコードは今も残されている。

『かき氷』  Aug. 13, 2009 ▲Top
kakigori.jpg  相変わらず暑い毎日が続いている。家の中で静かにしているだけでも汗が吹き出してくる。 こんな時、暑さを解消する方法として、かき氷はとても効果的に汗が引いていく。以前に買った はずの自家用かき氷の道具を見失っていたので、昨年の夏は近くのスーパーでかき氷のパックを 買ってきて食べていた。先日押入れで発見、以後は暑い日や、フィットネスから帰ってきた時 等に活躍している。好きな食べ方は、金時のあずきを底に敷き、コンデンスミルクをたっぷり掛けた ミルク金時だ。急いでかき氷を食べると、ツ−ンとこめかみが痛くなる。あまりの痛さに、暫く痛みに 堪えて我慢しながらまた食べるのだ。実は氷によって口の中が急激に冷やされると、脳が極端な 刺激を痛みとして感じてしまうために起こるもの。現実に刺激を受けた口中ではなく、額やこめかみ に痛みを感じるのは、関連痛といって神経が混乱を起こした結果なのだとか。今年もまだ暫くは、 かき氷製造機が活躍を続けそうだ。

『お盆』  Aug. 12, 2009 ▲Top
 日本の習慣としてお盆の行事が行われる時期だが、会社等もその時期に併せてお盆休みが始まる。 お盆は古代インドから中国を経て、飛鳥時代に日本に伝わったと言われている。もとは「非常な苦しみ」 という意味の梵語「盂蘭盆会(うらぼんえ)」を略したもの。日本の古代信仰や農耕行事と仏教が結びつき 迎え火や送り火で、祖先の霊が行き来する道筋を照らし、お盆の間は、供物や盆踊りなどで祖先の霊を 慰める行事として伝わってきた。全国的に大多数の人がお盆に墓参りをするのが恒例となっている。 お供えには精霊馬と言って、キュウリとナスビに割り箸を刺して馬と牛に見立てたものを飾る。キュウリは お盆の時に、少しでも早く迎えられるようにとの願いで馬に見立てている。ナスは牛の見立てで、荷物を 乗せて楽に帰れるようにと言う意味が込められていると言う。

『台風9号』  Aug. 11, 2009 ▲Top
 太平洋上で発生した台風9号の日本接近で、日本列島の太平洋側に大雨が降り、 全国各地に大きな豪雨災害が発生した。私達の住む愛媛県東予地方にも2日続きで 激しい雨が降った。夕刻上流ダムの放流を知らせるサイレンが鳴り響き、5年前に襲った 台風21号が市内各地の山崩れや河川が氾濫し、大きな災害を受けた事を思い出した。 夜の間は、万一の台風情報に緊張して待機したが、幸い大きな被害情報は無かった。 夜明けと共に、近くの河川の状況を視察に行ったが、河川の水量はやや多いという程度 で安心した。しかし台風の上陸とは全く関係ないと思われる兵庫県の作用町では町の 河川が過去に経験の無い増水により、町役場の判断で住民に避難指示を出した。所が 真っ暗闇の中避難をした人達は、途中の水流に流されて被害に会い、多くの死者を 出したが、避難出来ずに仕方なく家に閉じこもった人達は助かったと言う。この町では 緊急の判断を迫られた時、積極的な避難には犠牲を伴い、消極的な対応が犠牲者を 出さずに回避できたと言う皮肉な結果が出てしまった。

『夢』  Aug. 10, 2009 ▲Top
 普段はよく熟睡する方なので、夢を見ることは少ない。本当はたまに見ているかも知れないが、 少ないと思うのは、起きた時には、見た夢を思い出すことがないからである。時々目が覚める 直前に、この夢は覚えておこうと思うときがある。実は昨夜見た夢はとても不思議な夢で内容を ブログに書くと面白いと、夢の中で思いながら目が覚めた。しかし起きてしまうとそれが何だったか、 全く思い出せないのだ。夢の中ではとても面白いと感じたはずだし、目覚める直前まで意識して 居たのに、目が覚めた瞬間にすっかり忘れているのだ。面白い事に夢の中でも、いつも起きると 忘れるのだと知っているので、一生懸命ヒントまで考えて覚えて置く様な工夫をしていたのだが、 起きてしまうと不思議にヒントも思い出せないのだ。よく昨夜見た夢を、得意に話をする人が居る。 私には出来ない事だが、何故覚えて居られるのか不思議でしようがない。秘訣などあるのだろうか。

『覚せい剤』  Aug. 9, 2009 ▲Top
 一昨日の大原麗子の孤独死報道で驚いたばかりだった。その少し前までニュースの中心だった 酒井法子は、夫で自称プロサーファーの高相祐一容疑者の、覚せい剤取締法違反容疑で現行犯 逮捕劇の後から5日間も行方不明で大騒ぎになっていた。悲運の妻として同情の目で心配して いた酒井法子が、一転麻薬所持容疑で指名手配されたという情報に変わり、これまた寝耳に水 の大騒ぎになった。自宅マンションの家宅捜査で、覚せい剤の吸引器具から検出されたDNA型 が酒井容疑者のものと一致した。この報道で逃げ隠れ出来ない犯罪容疑者として追い詰められた。 美人で清純な印象を持っていた酒井容疑者が、夫の逮捕と言う事件の発端から、逃げ回っていた 理由が覚せい剤所持違反と判ってみると、見かけとは違ったしたたかさを感じてしまった。 度々表面化する芸能界の麻薬事件は、こうして見るとまだ影に隠れた部分が多くあるのだろう。

『ギラン・バレー症候群』  Aug. 8, 2009 ▲Top
 大好きだった女優の大原麗子さんが、一人で亡くなっていたと言う。しかも死後2週間も 経っていたというから、末路が余りにも悲しい。彼女は以前から病気を患っていて病名が ギラン・バレー症候群と初めて聞く障害だった。実は少し前にWEB友になったばかりの Nさんが、ギラン・バレー症候群だと聞いた時、初耳のこの病名の事はよく理解出来なかった。 しかし今回のニュースで、大きく取り上げられて、初めて大変な難病だと判った。症状として は運動神経の障害が主であるが、軽度の感覚神経障害も起こし、手足が動かなくなる。 ただし、片側の手足が動かなくなる脳卒中と異なり、両手両足が動かなくなる。殆どの患者 は顔面もマヒし、目を閉じられなくなったり、呂律がまわらなくなり、ものが二重に見えたり、 食事がむせたり、呼吸ができなくなって息苦しくなると言う難病だ。 治療法の免疫グロブリン療法は機能予後の改善のため、現在では早期から大量投与する ことが行われている。他に血漿交換療法として血中の抗体や補体を除去するのが欧米では 主流で、 免疫吸着療法とは血中の抗体や補体を除去する方法だが、いずれの治療法が 効果的かについての明らかな根拠はないと言う。

『立秋』  Aug. 7, 2009 ▲Top
akinokumo.jpg  今日8月7日は立秋だ。上空を見上げると何となく雲が高い位置に見えるようになって来る。 夏の雲は入道雲に代表されるように縦に湧き上がっている。夏の雲は熱い太陽に熱せられた 地表から激しい上昇気流が起こり大きな雷雲を作る。気象学的には「対流不安定」といい 鉛直方向に対流が起こる。この為、夏は 晴天が多く、時折降る雨は対流不安定な雲から 降るにわか雨だけになる。それに対して秋の雲は水平に薄く広がるのが特徴だ。夏が過ぎて 太平洋高気圧の勢力が弱まるってくると、低気圧が日本列島を通過していくようになる。 この時に見られるのが秋の雲である。この秋の雲が見られるようになると、夏の間の高気圧 の力が弱くなった証拠でもある。立秋になると、暦の上では秋が始まり、暑中見舞いも残暑 見舞いになる。しかし、一年の内で最高気温は立秋を過ぎてからの残暑の時期が多く、夏の 暑さはまだ暫く続く。

『原子爆弾』  Aug. 6, 2009 ▲Top
 今から64年前の8月6日午前8時15分、世界で初めて原子爆弾が広島上空に落とされた。 この日原爆を載せた米軍のB29爆撃機が編隊を組んで、土佐湾から四国山脈を越えて燧灘 を渡った。向った先は広島市だった。当時小学4年生だった私達親子は、新居浜市の東田に 疎開していて、裏山の斜面部に掘った防空壕から上空を飛ぶ爆撃機の編隊を見上げていた。 何時ものように、近くの高射砲隊から上空の飛行機目掛けて数発打ったように覚えている。 しかし悲しい事に10000m以上の高度を飛ぶB29の高さにはとても届かない空脅しだった。 それでも届かないからと諦めるのでなく、例え脅しと判っていても、市民としては気が済んだ。 後日、広島に落とされた爆弾はピカドンと言う、新しい爆弾で、一瞬にして広島全市は灰に なったと伝わってきた。それが世界初の原子爆弾「リトルボーイ」だ。熱線と衝撃波によって 街は壊滅し約14万人の死者を出した。その後原爆症等の死者を含めると、犠牲者は25万人 以上にのぼった。この日、広島市では原爆慰霊祭で世界平和を祈念するアピールを宣言し 燈籠流しが行われる。

『先輩』  Aug. 5, 2009 ▲Top
 夕食が終わって、何となく一服している時、突然電話が鳴った。出て見ると、昔の会社の 先輩からだった。私が大学卒業後、入社した当時職場は違ったが、1歳年上の彼はまだ夜学の 大学に通っていて、何かと声を掛けてくれた。その後も、事業所が離れた場所に分かれても 筆まめな彼は、季節ごとのハガキは欠かしたことが無かった。その会社も私が自己退職して 25年も経つが今も続いている。電話は少し前に頂いたハガキに、返事が無かったが、 もしかして私が体調でも崩して寝込んでいるのでは無いかと心配しての電話だった。 長い付き合いだが、今迄大抵の連絡は手紙で、電話での確認は今回初めてだった。 私の体調を気遣っての電話に恐縮したが、その真意は、お互い共通の先輩が、最近体調を 崩していて、もしかすると先が心配なのだと知らせてきたのだった。そして、まだ先輩が お元気なうちにお手紙か、電話で一言お見舞いした方がいいのではとの事だった。この方は こうして何時も先輩・後輩に気使いしているのを知って、自分のノー天気な無神経さに 心から反省した。

『夜釣り』  Aug. 4, 2009 ▲Top
 梅雨がやっと明けたが、しかし天気は不安定で毎日のように、にわか雨が降っていた。 出掛ける時に雨は降っていなくても折り畳み傘はいつも持ってないと不安に感じていた。 昨夜は、今年久しぶりに夜釣りに出かけた。天気が悪いと言っても昼間の紫外線は強く 夜の方が涼しくて日焼けの事も心配はない。先日の新聞情報では小あじが釣れている と書かれていたので、餌はアミエビ300円を準備した。潮汐は22:20満潮と言う上げ潮を 狙った。雨の影響で海の水は濁っていて、ゴミの浮遊物も多かった。竿を出して狙いの 小アジは、一投目からすぐ来たが、群れが小さいのか続かない。積極的にこませを入れ たが、時々1〜2匹が釣れる程度だった。何箇所か場所を替えたが、結局魚の居場所は 限られていた。3時間近く掛けて20匹程釣れたところで納竿した。今年のアジはまだ 本格的に岸壁には付いていないようだが、懲りずにまた出かけて見よう。

『古橋広之進』  Aug. 3, 2009 ▲Top
 今まさにローまで行われている世界水泳で、日本選手が金メダルを狙って戦っているが、 ここまで日本の水泳界を強力に引っ張ってきた、功労者の古橋広之進が亡くなった。 かって太平洋戦争に負けた日本が、戦後復興の食糧難時代に、400メートル自由形と 1500メートル自由形で世界記録を樹立し、フジヤマのトビウオと世界中を沸かせたのが 古橋広之進だった。残念ながら、戦争直後の日本は、IOC、FINAに加盟出来 なかったので、彼らの全盛期にオリンピックの出場はできず、世界記録は33回も出しながら、 ようやく出場できたオリンピックではメダルをとることができなかった。 古橋の日大時代同級生の友人で、生涯のライバルであった橋爪四郎は、古橋に誘われて ロサンゼルスでの全米水泳大会に出場し、この大会で世界新記録を出している。「何度も、 世界新記録を出して優勝できないのは、自分ぐらいだろうと」と語る橋爪は、この大会でも 世界新記録を出したわずか数分後には、その新記録を古橋に破られている。引退後は母校 日大の教授を勤めた。85年に日本水連会長に就任し、水泳界の競技力向上に努めた。 88年ソウル五輪で鈴木大地、92年のバルセロナ五輪で岩崎恭子を優勝させるなど日本水泳界 の立て直しに尽力した。

『エレベータ』  Aug. 2, 2009 ▲Top
 高層階の建物にはエレベータは必要不可欠な乗り物である。私のマンションは10階建てなので、 当然エレベータは設置されている。建築後20年を過ぎ建物も含め、エレベータ等の設備も大分 傷んできていると思われる。幸い、当初からメンテナンス会社との契約で、毎月の定期点検は 欠かさずやっているので、これまで事故は起きていない。ただ、ニュース報道等ではエレベータに 関する事故はよくあるので、居住者として当然日頃から利用方法に関して十分注意はしている。 先日、外出する時、部屋のドアーにカギを掛け、キーホルダーを手にしたままエレベータに 乗った。エレベータのドアが閉る瞬間、何故か手元が不安定になり、キーホルダーを足元に 落とした。エレベータのドアと建物の間には、多少の隙間があり一瞬危なく隙間から落ちる かと思ってゾットした。幸いカギは床の上の絨毯の端に止まり、ドアの隙間には落ちずに 助かった。以前、このドアの隙間から下を覗くと遥か下の穴底まで見えて、万一何かを落すと、 下まで落ちて回収は不可能だと思った事があり、その時とても不安を覚えた。今ではエレベータ に乗るとき、大事なものを手に持たないよう、予めポケット等にしっかり仕舞い込んでから 乗るように用心している。

『花火大会』  Aug. 1, 2009 ▲Top
naiyagara.jpg  昨夜は第52回新居浜市納涼花火大会だった。例年市内中央を流れる国領川河川敷の平形橋と 敷島橋の間で行われている。打ち上げが行われる河川敷の近辺は路上駐車は元より車の乗入れは 一切制限され、自転車も手押し走行が求められる。発射される打上げ花火は毎年5000発を超えて 四国屈指と言われてきた。市内の協賛企業が競い合って費用を負担し今年は豪快に7500発だった。 市内の放送塔からは、花火は19時30分から行われる事を朝早くから放送されていた。気象庁も、 梅雨が明けたと宣言された日だが、夕方花火の打上げが始まる1時間ほど前に小雨がぱらつき、 開催の不安を感じさせた。既にゆかたを着て花火を観覧しようと集まる市民の気持ちが通じたか 発射時間には雨も上がり僅かに吹く川風が心地よかった。定刻合図ののろしが打ち上げられ、 打上げが始まった。真っ暗な夜空に次々と打ち上げられる花火は、集まった観衆をうならせた。 予定された花火は21時に華麗な仕掛け花火ナイヤガラの滝を最後に無事終了した。

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