2008年8月
『不可解な離党届』  Aug. 31, 2008 ▲Top
 姫のトラ退治として一躍有名になった姫井由美子参議院議員は、何を思ったか突然、 民主党に離党届を出し、新党「改革クラブ」に加わる事を表明した。改革クラブに代る ことを決めた理由は、「キャスチングボートを握る小さな政党の存在で、政局が変わる かと思った」。しかし改革クラブが将来、自民党の受け皿になる可能性があると解った ので、翌日に思いとどまったと言い訳した。元々政治をどこまで理解をしているか訳の 判らない新参者が、新党に煽てられて自分がキャスティングボードになれるかと思い上 がった挙句の事なのだろう。離党届けを受けた民主党の強い説得で、簡単に元の鞘に 納まっただけの事だ。慌てたのは「改革クラブ」で、新党設立要件を満たす予定の人員 が4人に減り、政党としての要件を満たさなくなった。互いに早とちりの結果前代未聞の 恥ずかしい事件だった。

『ストーカー』  Aug. 30, 2008 ▲Top
月亭可朝  昔ギターを抱えて「ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで」と歌う漫談をする芸が受けて、 話題になっていた男が居た。しばらくテレビに出てくることが無かったので、すっかり忘れていた。 有名人がストーカー騒ぎでテレビの話題になることも珍しくはないが、この漫談家は大阪府警に ストーカー規制法違反容疑で逮捕されていた。約7年交際していた50代女性に繰り返し電話を かけ、女性の勤務先にも手紙を送るなどし、復縁を迫ったという。報道陣の取材に対し得意の ギター漫談風にその事実関係を応えていたが、今回の事件について、「不倫してきて、その結果 警察に御用やで〜♪ 7年間嫁はんを裏切ってきたお仕置きやおまへんか〜♪」と何の反省も無く 歌っていた。典型的な古い芸人タイプだったという人も居るが、困った男だ。

『水不足の危機』  Aug. 29, 2008 ▲Top
 今、瀬戸内地域の上水道の水がめが枯れかけて、水不足が問題になっている。 特に松山地域に水を供給する石手川ダムの水位が異常に減少していると言う。 数十年前までは、水不足の危機等を問題にする人は殆どいなかった。しかし、 20世紀になって地域の人口が爆発的に増加した結果、一気に水不足の危機が 顕在化してきたのだ。東予地区でも、西条市は地下水が豊富で水都市と言う程 で、市内半数の家庭は自家用の井戸で飲料水を得てきたが、今は自噴が無理となり 、揚水機を回しても水が上がらない井戸が増えていると言う。「水不足」について WEBで検索してみると、旱魃などにより農業用水の取水制限や水道水の給水 制限などが行われることをいう。河川が少ない離島や降水量の少ない瀬戸内海 沿岸地域がその対象に上げられていた。一方関東地方では一時的に降った雨でも あちこち冠水騒ぎが起きている。少しは四国へ雨を回して欲しいのだが・・・

『墓参り』  Aug. 28, 2008 ▲Top
 娘と孫がお盆過ぎに帰ってくることが判っていたので、お墓参りは控えていた。どうせ 兄弟、縁者が大勢お参りに来るはずなので、お盆から少しずらせた方がいいかと考えていた。 予想通りお墓に行って見ると最近の天気続きで、花瓶の水が切れお花はすっかり萎れていた。 たっぷりお水を差し、手入れをし直した。お盆の間に墓前に供えたお菓子が、カラスか動物 に荒らされて散らかっていたので、お墓の周りのゴミを片付けて綺麗にした。お線香を立て 孫と一緒に般若心経を唱えて手を合わせた。我々の墓参りが終わるのを待っていたように、 急に空が暗くなり雨が降り出したのは、日頃の心掛けがよほど良かったのだと納得した。

『孫の帰省』  Aug. 27, 2008 ▲Top
 毎年夏休みに孫が帰省してくるのを楽しみにしている。日頃は埼玉と四国に離れ離れで、 たまに電話か携帯メールでやり取りしている程度なので、老夫婦にとって年に1度の再会は とても楽しみだ。息子達には子供が居ないので、娘の所の二人の女の子だけだ。上の子は、、 大学を卒業して就職してしまったので、今年、高校生になった下の孫と娘が帰省して来た。 何時もは、一緒に遊べる珍しいところへ、連れて行くプランを幾つか準備している。一番 喜ばれるのが、魚釣りだ。埼玉県と言えば、海なし県なので、海釣りがお気に入りなのだ。 昨日は弁当を作り、近くの港に釣りに出かけた。天気は雨の予報が出ていたが、何時ものこと ながら、少々の雨は無視して濡れながら釣るのは慣れている。釣果は小鯛、チヌ、アジ、はぜ、 たこ等、五目釣りだった。釣った魚は刺身や天ぷらにして、賑やかに夕食の食卓を楽しんだ。

『今治市の山火事』  Aug. 26, 2008 ▲Top
 一昨日の夕方から燃え始めた今治市の山林火災は、一夜おいても消火出来ず、 2晩目を過ごした。火災の直接原因はまだ解っていないが、この夏は雨不足が続き、 市の水不足が問題になっていた矢先だった。火災が起きている山林から直線距離 にして40kmも離れている我が家のベランダからも、時々赤く炎が上がるのが見えた。 思い起こすと、今から63年前の戦争末期、8月5日の今治空襲で、米軍のB29に よる焼夷弾攻撃を受けて、今治全市が焼き尽くされた時も、疎開先の新居浜市上部 地区から見えた夜の火災は、とても近くに見えて、あたかも新居浜市内が攻撃され たと見まがうほどで、火災の恐怖を感じたことを思い出した。幸い火災はほぼ収束に 向かっているという。これ以上の被害が広がらないことを祈りたい。

『北京五輪閉幕』  Aug. 25, 2008 ▲Top
 開会前は、色々な問題を提起され、厳重な警備が敷かれた中、大会の運営はほぼ スムーズに終了した。開催国、中国は金メダル51個を獲得して国別で初の1位となり、 17日間のスポーツの祭典は幕を閉じた。日本からは、過去最多の576人の選手団を 編成し、日本のメダル獲得数は金9、銀6、銅10で総数は25個だった。前回アテネ五輪 の金16個、総数37個には及ばなかった。北京へ出発前、星野監督は金メダル獲得を 宣言しながら惨敗したことについて、責任を痛感しているとし「期待されながらそれを 裏切った。おれは何を言われても甘んじて受けるし、風当たりも受ける」と語っていた。 星野ジャパンと名乗っての戦いぶりは、これが日本で高給を取る一流プロ選手の軍団 かと言う根性の無い試合振りで、全国民を敵に回したに違いない。星野監督は優秀な 選手を多く連れて行きながら、勝つ為の人選より、五輪後のことを考えた使い方をした のは、何のための戦いだったか、余りの無責任と認識不足にあきれ果てた。

『北京オリンピック』  Aug. 24, 2008 ▲Top
 期待したオリンピックの競技も、殆ど終わってしまった。一番感動したのは男子400mリレー だった。元々陸上競技で日本が勝てる種目など無いと思っていたけど、準決勝で2位に 入った時、もしかするとと期待させられた。36歳と言う既にロートルといわれる浅原が、 やる気を出している姿に引かれて、注目していた。運良く強豪の米国や英国がバトン ミスで消えていた幸運もあったが、決勝で見事3位の銅メダルを獲得には心底感動した。 女子ソフトボールでは、ピッチャー上野が3連続試合に続投して、見事金メダルを取った のも感動物だった。男子平泳ぎの北島選手が100m200mで金メダルもさることながら 400mリレーでも、見事銅メダルを取ったのも感動した。男子体操では、鞍馬で2度落ち、 吊り輪から落ちたにも関わらず、その後の演技で、銀を取った男子団体体操も素晴らしかった。 反対に、口だけだった、反町ジャパン、星野ジャパン、男子バレーはホントに失望したが、 総体的に女性が頑張ったと言う印象だった。

『医療過失』  Aug. 23, 2008 ▲Top
 先日、産科医が癒着胎盤の剥離手術で患者を出血死させたのは、医者の医療過失として 死亡した患者の親から訴えられた裁判があった。医学的には胎盤剥離で出血多量が予測 出来た時点で、子宮摘出に切り替えるべきだったと主張している。通常子宮は女性にとって 一番大事なもの。手術中の緊急時に、多少の出血が見られるから子宮を摘出したと言えば 逆に、患者から何故大事な子宮を摘出したかと訴えられかねない。結果は不幸にして出血が 止まらず死亡に至ったもの。医者に全てを任せて結果を問われていては、命を預けられた 医者も、神様ではないので全ての命の保障は出来ない。天命ならばどうしようもない。親族の 無念は判るが、医者を訴えても、死者は蘇らないことを理解すべきだ。幸い判決は医者の 無罪が認められたが同業医者の不安は高まったと言う。只でさえ産科医不足と言うのに、 こんなことで訴えられていては、益々医者のなり手がなくなっていく。

『ソフトボール女子が金』  Aug. 22, 2008 ▲Top
 日本は1次リーグ、準決勝と連敗した米国に対し、エース上野が連日の連投ながら最後迄力を 振り絞って完投し、米国を3-1で破って悲願の初優勝を果たし、日本の金メダルは9個となった。 日本は20日の準決勝と3位決定戦で計21回、318球を投げた上野由岐子が連投の疲れも見せず、 米国の強力打線を1点に抑えたきった。その上野を支える打撃陣は、三回に狩野亜由美の適時 内野安打で先制し、続く四回には山田恵里が高めの球を思い切り叩きソロ本塁打で加点した。 七回には相手守備の乱れに乗じ、更に貴重な1点を加えた。日本の勢いに押された米国は小さな エラーを幾つか重ねるその合間を縫って日本が競り勝った。日本女子ソフトチーム悲願の「金」 おめでとう。

『代理出産』  Aug. 21, 2008 ▲Top
 夫婦にとって、家系を残す子供の誕生は何よりも待ち望んでいる問題だ。 しかし、不幸にしてお互いどちらかの身体に起因した問題で、子供が産めない 事が判った時、何としても問題の解決を模索するのは当然の帰結なのだろう。 人工授精はこれまでも多く取られてきた方法だが、夫の精子、又は妻の卵子と、 第3者の種を受精卵まで持ち込み、他人のお腹を借りて出産する方法もある。 最近話題になったのは、子宮の無い娘夫婦の受精卵を母親の子宮に移植し、 遺伝的には「孫」に当たる子どもを60歳の母親が代理母となって子供を出産。 当然ながら高齢なので、最後は帝王切開で無事出産し親子共に健康だと言う。

『なでしこジャパン』  Aug. 20, 2008 ▲Top
 鳴り物入りで、北京へ入った反町ジャパン男子サッカーは、無残に全敗で終わった。 女子については、期待はしていなかったが、準々決勝の強豪中国との試合を初めて見て、 男子サッカーより見応えがあった。地元開催の強豪中国に2−0で快勝し、女子代表 史上初の五輪4強入りを果たした。準決勝はFIFAランク1位の米国と対戦。前半17分 にFW大野忍のゴールで先制したものの、前半41、44分の失点で逆転され、後半にも 点を追加されたが、最終残り僅かの時間に執念でゴールを果たし2―4ながら敗れた。 相手の得点はゴールサイドからのクロスを放ちGKが一瞬手を当てたが、身長が及ばず、 ゴールを許したもの。キーパの身長が、もう10センチ高ければ防げたゴールだった。 銅メダルを懸け、21日の3位決定戦ではドイツと対戦するが、アメリカ戦で最後に見せた 根性で是非頑張って銅を取って欲しい。

『女子マラソン』  Aug. 19, 2008 ▲Top
 オリンピックが近づいて来た時、一番楽しみに待っていたのは、女子マラソンだった。 アテネに続き2連覇が期待された野口みずきが、直前まさかの出場辞退に日本国中衝撃 を受けた。アテネ以来4年間練習を重ね、北京での2連覇を狙っていた。しかし練習中に 体調の不良を訴え、診断の結果左太ももの肉離れなどの具合が思わしくないため欠場 を決断した。エースの野口が欠ける事が判り、補欠となっていた森本友(天満屋)もけが の療養中とあり、結果的に日本代表は土佐礼子と中村友梨香の2人に委ねられた。 本番では後半の粘りに定評のある土佐玲子に期待していたが、心配していた外反母趾が 10キロすぎから痛みが酷くなり、それ以降は激痛で足がつけない状況となった。25キロ 地点にいた夫の薦めもあり、無念の棄権の判断をした。野口の欠場が重圧になったのでは ないと、本人は否定するが、日の丸を任されて弱音を言えない中、無理をしての出場だった ことは間違いない。悔し涙の土佐にはご苦労様と言ってやりたい。

『脱水症』  Aug. 18, 2008 ▲Top
暦の上ではもう秋だと言うのに、相変わらず残暑の厳しい日が続いている。台風接近 が影響して、各地に雷雲が発生し、所により激しい雨も降るが、ダム湖の水量は余り 満たしてない現実もある。この時期気をつけなければならないのは高齢者の脱水症だ。 加齢変化により基礎代謝量が減少し、特に筋肉・皮下組織等における備蓄水分量が 減少している。更に口渇中枢の感受性が低下して、のどの渇きが感じにくくなり、水分 補給が疎かになる傾向が起こる。その結果、食欲低下、疲労感、脱力、立ちくらみ、 意識障害、血圧低下、頻脈なども出現しやすい。高度な脱水では,血圧や尿量が保てる ようになるまで、急いで補給することが必須なので、周りで気をつけてあげることが 大切だ。

『世界最速男』  Aug. 17, 2008 ▲Top
 北京オリンピック陸上男子百メートル決勝で、ジャマイカのウサイン・ボルトが9秒69の 世界新記録で優勝した。準決勝までの走りを見ていたが、毎回トップで走り抜けていて、 いずれも、ゴール前20m辺りでダントツの1位と見るや、力を抜いて流して走っていた。 それでも、10秒程度の速さであった。準決勝2組目の、ジャマイカのアサファ・パウエルが 9秒91の1着で決勝に進んだところで、金メダル争いはパウエルとボルトの接戦かと思っていた。 しかし、本気で走ったボルトの決勝戦は、やはり中盤辺りでトップに出ると、加速がついて、 パウエルも含めた2位以下を数メートル離し、ゴール直前では、またも準決勝の時と同じく、 両側に競合する相手が居ないと見るや、力を抜いてゴールした。しかし、そのゴール前 20mから力を抜いて走っても、表記の9秒69の世界新記録だった。もしボルトが最後まで 全力で走ったら、9秒切って8秒台もありえる可能性があった。凄い選手が現れたものだ。

『孫の帰省』  Aug. 16, 2008 ▲Top
 毎年夏休みは、普段は埼玉に住む娘と孫が、四国へ帰って来るのを楽しみに している。孫達も段々高学年になり、夏休みの部活等で自由が利かなくなった。 無理して帰省しても、短い休みでは、ばたばたと忙しい夏を過ごすことになる。 今年は、娘と下の孫とだけだが、いよいよ来週四国へ帰ってくることが決まった。 普段は老夫婦だけの家の中、片付けも程々で、家中は乱雑なのだが、いざ孫達 が帰るとなると、寝床作りに重い腰を上げて、部屋の片づけが始まった。但し 立秋を過ぎたとはいえ連日の暑さ、窓を開け放していても、押入れの中の片付け 作業は汗まみれ。一仕事する度に風呂場で、汗を流し、また始めると言う繰り 返しだが、これも孫に会えるという楽しみの一つなのだ・・・。

『終戦記念日』  Aug. 15, 2008 ▲Top
 8月15日は日本が無条件降伏を受け入れ、天皇陛下の玉音放送が行なわれた日、 この日を一般に終戦記念日としている。私が小学校4年生の夏だった。疎開先の 泉川小学校で、ラジオから聞こえる天皇陛下が、「朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒテ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」と言う言葉に悔し涙を流して聞いた。 陛下の言葉を判り易く言うと、事態の趨勢に従い、堪えがたいことを堪え、忍び難い ことを忍んで、将来のために平和への道を選んだとの事である。それからの日本は、 戦後の復興に、大変な苦労をして、今日の繁栄を取り戻したのである。しかし、戦地 では終戦を知らされず、一人グアム島で隠れて過ごし、28年後に発見され、帰国し た時の第一声が「恥ずかしながら、生き永らえて帰って参りました」という横井庄一 さんや、フィリピン、ルバング島で一人戦い続けた小野田寛郎少尉は、29年後に やっと終戦を迎えた彼らにとっては長い戦争だった。

『目薬の点眼』  Aug. 14, 2008 ▲Top
 4月中旬に、左目に出来た腫瘍(翼状片)の摘出手術をして以来、4ヶ月が過ぎた。 手術直後は、切除した傷跡を縫った糸が痛くて、瞬きが辛かったり、抜糸後の充血 が、なかなか引かず先行きどうなるかと心配していた。手術後病院への通院は無い 代わり、目薬は数か月分たっぷり貰っていた。1日4回の点眼をただ繰り返すだけで 回復は遅遅としているように感じていたが、さすがに日にち薬とはよく言ったもので、 このところ、あれほど充血が続いていた白目が、回復して昔の白目になって来た。 目薬は、まだあと1ヶ月分くらい残っているが、多分それがなくなる頃には、ほぼ 完全に充血は収まることだろう。手術後凸凹していた眼球表面も、今ではスムース な球面に戻っているのも、自然の治癒力の驚きだ。

『水泳』  Aug. 13, 2008 ▲Top
 オリンピック水泳で、北島選手が100m平泳ぎで世界新記録の金メダルを取った。 アトランタの後、長い間不調の時期を過ごし、北京オリンピックへの対応に悩んだ 時期も有った。オリンピック直前に話題となったスピード社の水着問題もあり、世間 の注目の中、見事に復活した北島には感動した。私自身も普段プールで泳いでいる ので判るが、人と競って早く泳ぎたいと思うと、焦りからやたらと水を掻けば進むと 思いがちだが、一度の水かきの後、実は出来るだけ身体を真っ直ぐに伸ばして、 水中を進むほうがスピードが延びるのだ。ばたばた水を掻くことは、逆に水の抵抗を 受けて、スピードが落ちることになる。北島はその点、他の選手より少ないストローク 数で、速い泳ぎを実現していた。昔パワーのハンセンが、試合後半をストローク数で、 北島を圧倒していた時代があった。当時の北島は、それにつられて逆に負けていた。 今回は、その気持ちを抑えて、少ないストロークの省エネ泳法が功を奏した賜物だった。

『柔道』  Aug. 12, 2008 ▲Top
 かって柔道は、日本のお家芸と言われてきた。日本で生まれ育った格闘技に礼儀作法を 加えて、長い間伝統を守ってきた。その技と伝統を世界に広め、オリンピック競技にまで 採用されてから、柔道のルールは日本の伝統から外れ、外国人に有利な内容に変わって しまった。審判の判定もさることながら、例えば柔道着は、襟首を取られると不利なので、 外国勢の柔道着は厚くて硬くて容易に手で掴めないと言う。日本選手は技を掛ける為、相手 を捕まえようとするが、捕まえられず技が掛けられない。また外国勢は、帯を緩く締めていて 直ぐ前がはだけるが、注意を受けても直さない。やっと襟を捕まえても、緩くて技が掛からない。 その点、日本選手は基本的にしっかり帯を締めているので、相手の技は容易に喰ってしまう。 試合では逃げる相手を捕まえようと追いかけるが、消極的試合態度と取られ減点を取られる。 相手は不利になると直ぐに場外に逃げるので、その焦りから試合は後手後手に廻ってしまう。 今のままでは柔道はもう昔の柔道ではない。見ていて楽しい競技ではなくなった。

『猛暑』  Aug. 11, 2008 ▲Top
 立秋を過ぎた先日、小田原市で、突然川の鮎が大量に死んでしまった。理由は余り の猛暑に川の水温が30度を超えてしまった為と思われる。市の職員が1500匹を 超える死んだ鮎を回収し焼却処分にしたという。連日の暑さは尋常じゃなく、折から の甲子園での高校野球選手も大変な死闘を続けていることになる。先日松山市では 高校の部活で、脱水症状を起こした生徒が意識不明の重態になり、病院に担ぎ込ま れたが、治療の甲斐なくそのまま死亡したとの記事もあった。くれぐれも暑さを軽く 見ないことと、十分な水分の補給をする事が大事だ。

『オリンピック開会式』  Aug. 10, 2008 ▲Top
 北京オリンピックがついに始まった。世界中が注視する開会式をテレビに釘付けで観た。 事前の予想では、テロなどの妨害を心配の余り十分な準備も出来ず、式典の進行 にトラブルが起きないかと心配していた。満席の会場の観客も整然と見守る中を、 式典は史上最大規模の最新技術を駆使して始まった。会場上部を一周する巨大な スクリーンを使い、更に広いグランドを巨大なデジタル画面にして、その上で何千人と 言う若者達が、一糸乱れずマスゲームを演じていた。スピード溢れる動きと、次々 繰り出される仕掛けは、見るものを圧倒し、驚嘆させた。聖火が点火される瞬間は、 会場の誰もが想像していなかった感動的で大規模な点火の仕掛けだった。巨大な 聖火台に火が灯る瞬間、北京市内中に仕掛けられた花火も一斉に花開きその規模 には圧倒された。まさに大国中国ならではの感動的な開会式だった。

『長崎原爆の日』  Aug. 9, 2008 ▲Top
nagasaki.jpg  8月9日は長崎原爆の日だ。昭和20年アメリカは6日の広島に続いて、長崎に 2発目の原爆を投下した。広島の原爆はリトル・ボーイと呼ばれたが、長崎の原爆 はファット・マンと呼ばれている。広島の原爆はウラン爆弾であったが、長崎のは プルトニウム爆弾で広島より強力で、TNT火薬21000トン分の威力とされている。 日本は広島の原爆時点で降伏を決断すべきだったが、本来制度上政治に口出 しの出来ない天皇陛下に敢えて意見を求めた。昭和天皇は無論即無条件降伏 すべきだと意見。その方針がアメリカに通知され、15日ようやく戦争は終結した。 日本政府が決断を躊躇していた間に、卑劣なソ連は不可侵条約を破棄して日本 に宣戦布告。わずか一週間の参戦のどさくさで、北方領土を持って行った。

『北京オリンピック』  Aug. 8, 2008 ▲Top
olympic  いよいよ今日から北京オリンピック開催だ。中国国内では色々な問題を抱えたまま始まるが、 チベット問題の人権、民主化、大気を初めとする環境汚染、四川大地震の後始末、交通渋滞の 緩和、毒入り餃子を代表とする食品安全、衛生改善といった課題が山積している。 間際になって「トルキスタン・イスラム党」と名乗る組織による爆破テロも発生している。 中国当局が最重視する安全確保にも不安を抱えたままの本番突入だ。五輪関係者は 「これほど不安材料を指摘され続けた大会は過去に例がない」と語っている。 開催中にこれらの問題が、参加している選手の身に降りかかり、競技に影響する ことのない「平和の祭典」であるよう望みたい。

『雨』  Aug. 7, 2008 ▲Top
 このところ、毎日暑い日が続いている。そのせいで日中の暑さが急激な上昇気流による 雷雲が起き、午後過ぎに局地的集中豪雨の降る事が多い。降り過ぎると一昨日の東京の様に、 下水道の水が一気に溢れて、プロの下水作業人たちでも逃げる間もなく流されている。 ましてや、一般市民が川遊び中に、増水した水で救助される話題も人事ではない。 しかし、局地的集中豪雨では人身に被害を与えるほど降るのに、肝心の水がめは渇水 騒ぎで、困っている地域が多いと報道されている。四国でも吉野川水系など2次 取水制限を行っているが、水ひとつとっても自然のバランスって難しいものだ。

『続:今日の一言』  Aug. 6, 2008 ▲Top
 昨日の一言に、最近書く話題に困っている話を書いたら、早速読者の方から、ご意見を 戴いた。昔の一言は、本当に一言で書いていた。数行なので読むのに苦労がなかったし、 本当に読んでいたが、最近の傾向は長い文章が多くて、読むのに努力がいる。読むという より見ているという感覚だという。長い文章は書くほうも大変だけど、読む側にもに忍耐が 必要なのだろう。本当の一言なら、ひと目で読み切れるし、理解もし易い。昔の一言は、 その点、数行の単位だったが、最近の傾向は15行を超える長さで、ひと目では読み切れ ない。読む読まないと言うより、見た目で、読む気力を失くするようだ。意見を読んで私の 悩みは一気に解決した。兎に角、読者に読み甲斐を感じさせる長い文章を書けなくなって 行き詰ったと思っていたが、それは自分だけの思い込みだった。今日から意識して一言の 短い文章で済ませることにしよう。でも、やっぱり今日の文章も長めだったかな(反省!)。

『今日の一言』  Aug. 5, 2008 ▲Top
 毎日、何かを書き続けるというのは、誠に大変な努力が要る。既に7年間も続けると 2000個以上の題目を話題にしている訳で、もう種がなくなるという極限が来ている。 どうしても話題が思いつかない日は、苦肉の策で、記念日を調べて、それを話題に 取り上げてきた。時の話題では、新しい問題があれば書き、新しい解釈が起きれば 何度でも話題に取り上げてみた。ただ、社会問題や、国際問題には、あまり個人的 な拘りをもった書き方は避けてきた。読者の反応にはいろいろあり、面白いという 声と訳の判らない、支離滅裂と言う内容の意見もあった。確かに書いた本人ですら、 何を書こうとしたのか判らない文章もあり、どうしても気分が乗らない日もあった。 この先この一言をいつまで続けられるか、疑問を感じ始めている。新しいテーマを 思いつくまでは、何とかもうしばらく頑張って続けてみる。

『箸の日』  Aug. 4, 2008 ▲Top
 8月4日は語呂合わせで箸の日だ。箸はアジアとその周辺の文化圏で発達した 食事用具と言える。日本・中国・モンゴル・朝鮮半島・東南アジアなどで箸を使用 するが、素材は様々で竹・木・象牙・アルミなど色々な素材が国により使い分け らている。最近ではプラスチツクの箸もかなり出回っている。中国など中華料理を 食べる時に出される箸は、プラスチックの丸棒のような箸で、太くて長いのが特徴。 韓国では、細くて短い金属性で、慣れない日本人には使い難いという人が多い。 日本では料理人の使う菜箸を除けば、木の箸が主流で、輪島塗・会津塗・津軽塗 などといった塗り箸が多くの家庭で使用されている。麺類等を食べる時は、塗り箸 よりも木の箸や竹箸の方が滑らずに食べやすくて便利である。なぜか追放運動が 起きてしまった割り箸だが、そもそも通常の材木としては使用できない端材や 松ヤニを採取した後の松などを捨てずに有効利用して生産しているもので、資源 の無駄遣いでは無く、逆にリサイクル商品なのに誤解されていると思われる。 森林を育てるために間伐は不可欠だが、間伐材の値段は安く、輸送費も出ない ことから、必要な間伐が出来ていない森林は全国的に見ると多い。実際間伐材が 森の中で放ったらかしにされているところが多いが、 「国産の割り箸」とは、その 間伐材を使用したものなのだ。

『ハサミの日』  Aug. 3, 2008 ▲Top
hasamikanon.jpg  毎年8月3日を語呂合わせで「ハサミの日」と、国際美容協会の会長をされていた山野愛子 により提唱され、東京都港区芝の大本山増上寺の聖鋏観音像に、勤めを果たし終えたハサミ を集めて塚に納め、ハサミ供養法要が厳修されている。ハサミが世界で最初に発明されたのは、 約3500年前の青銅器時代だと言われている。紀元前1000年頃の古代ギリシアのものとされる はさみが発見されており、古代から使われていたと考えられている。2枚の刃をU字型のバネで つないだ握りバサミのような構造は、現在のものとほとんど変わらず、英国から中国に至るまで、 各地で同様なハサミが発掘されている。 「握りバサミ」は、別名「和バサミ」とも言われているように、世界各地に使用していた痕跡が残って いるものの、現在はほとんど日本でしか使われていないというが、和裁の仕立物・刺繍など細かい 仕事に適している。 日本に西洋式のハサミが入ったのは鉄砲と同じく種子島からだと言われて いる。江戸時代になって、髪結いや植木屋、生け花、呉服店などでハサミが広く使われるようになり、 江戸後期には播州や越後、美濃、越前などに専業のハサミ鍛冶が生まれた。 これは、大きくて重い欧米式のラシャ切り鋏から、日本人に使い易いように刀鍛冶であった吉田 弥十郎と言う人が改良したものだ。弥十郎は欧米式のハサミに日本刀の持つ鋭さを与え、ハサミ 全体の軽量化を図り、独自のハサミを作り上げた。これが現在の日本のハサミの原型とされている。 日本のハサミの刃の部分は、日本刀の技術を駆使して鍛えられている為、世界でも有数の切れ味 を誇るという。このラシャ切り鋏を改良した物が、理容界で使われている特殊な形の理髪鋏である。 (写真は聖鋏観音像)>

『大洲城』  Aug. 2, 2008 ▲Top
ozujo.jpg  先日、大洲のうかい見物に出かけた機会に、復元なった大洲城に行って見た。10年ほど前、 当時参加していた異業種交流会の企画で、大洲のうかい見物に来たことがあるが、その当時 はまだ、大洲城は昔の城跡のままで、今の天守はなく周りの石垣等が残っていただけだった。 大洲城は、鎌倉時代の末期、伊予国の守護宇都宮豊房の築いた地蔵ヶ岳城が始まりと言われ ている。激動の戦国時代を経て、小早川隆景が伊予を平定した後、戸田勝隆、藤堂高虎、脇坂 安治が相次いで城主となり、4層4階の天守を中心とした本格的な城郭に整備されたものだ。 元和3年米子から加藤貞泰が入城し、以後、明治維新を迎えるまで加藤氏が6万石の城主と してこの地を治めていた。明治維新後、幕藩体制が崩壊し、明治21年に天守を取り壊された。 しかし、4棟の櫓は解体を免れ、国の重要文化財に指定され、城跡も県史跡に指定され今日 まで大切に保存されてきた。天守が姿を消して百十余年。復活した姿は大洲市民の永年の夢 と熱意の賜物だ。工事は、本丸跡に4層4階の天守を築き、現存する重要文化財の台所櫓と 高欄櫓を結ぶ 多聞櫓を復元した。史料の詳細な分析に基づき正確な復元が行われ、戦後 初めて木造の4層4階天守を復元した。しかも19.15mという天守の高さは、本来建築基準法で 木造では認められないものながら、大洲市の熱意と努力で二年近い折衝を経て、保存建築物 として建築基準法の適用除外が認められ、復元に至った。現在複元された木造天守としては 日本一の高さを誇っている。(写真は復元された木造天守)

『八朔』  Aug. 1, 2008 ▲Top
hassaku.jpg  今日から8月。旧暦では8月1日を、八月朔日(ついたち)略して八朔(はっさく)と呼ぶ。普通に 八朔と聞くと柑橘類のハッサクを思い浮かべる人が多いと思う。この日徳川家康が初めて江戸 城に入場した日として、八朔は江戸幕府の重要な祝日とされていた。また八朔は「二百十日」、 「二百二十日」(立春から数えた日数)とならんで台風の襲来が多い三大厄日とされ、収穫を前 にした農家でも豊作祈願の行事を行い、江戸時代には八朔を記念日として武家から町民まで、 祝いの行事を行っていた日に当たる。今では八朔も旧暦より現行暦で言われる事が多く、昔の ような行事もほとんど行われなくなった。この時期になると早稲の穂が実るので、古くから農民 の間で、初穂を恩人などに贈る風習があった。そんなことから、田の実の節句とも言い伝える。 この「たのみ」を「頼み」にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている人に、その恩を 感謝する意味で贈り物をすることが流行しだしていた。『園太暦』によると南北朝時代には俗習 とみなされながらも,貴族社会において主筋の人々に品物を贈与し返礼物をもらうことがすでに 定着していた。貴族間に、この風潮を浸透させたのは、武家社会の同様の風で、武家の間では 『吾妻鏡』の1247年の条にこのことを禁止していることから判る様に、鎌倉時代中期には八朔の 贈答が一般化していた。現代ではこの時期お中元を贈る風習があるのはこの名残だろう。

Home