2008年7月
『内藤大助』  Jul. 31, 2008 ▲Top
naito.jpg  昨夜は、世界ボクシング協会(WBA)と世界ボクシング評議会(WBC)のフライ級ダブル タイトルマッチ各12回戦が、東京・代々木第1体育館で行われた。外出していた関係で、 前半のWBAチャンピオンの坂田健史(協栄)対挑戦者同級3位の久高寛之の試合は見 落としたが、アナウンスの結果は3―0の判定で下し、4度目の防衛を果たしていた。 続くWBC王者、内藤大助(宮田)とWBC13位、清水智信(金子)の試合は、テレビの前 に陣取って内藤の応援をした。何時の試合もそうだが、内藤の試合は見ていて決して格好 は良くないのが特徴とも言える。日頃の練習量は相当のものと言われているが、絶えず 前傾姿勢で、相手の下から下から、一見、がむしゃらに突き進んでいくスタイルが特徴だ。 昨夜も、格好いい清水のアウトボクシングに対し、フェイントを掛けながら、前へ前と突き進む 内藤は、途中4回と8回に発表された採点結果は、何れも清水がリードしていた。内藤側は 焦れば焦るほど、清水の繰り出す的確なパンチが目立ち、このまま判定に持ち込まれると 絶対に不利と感じられた。残りラウンドも無くなる、10ラウンド目、開始から内藤は必死に手を 出し、ロープ際に追い詰めた清水に、パンチを当て1度目のダウンを奪った。ここまでの判定 で絶対優位と思っていた清水は、出会い頭のパンチでダウンを奪われ、床を叩いて悔しがった。 しかし、立ち上がった清水に内藤は情け容赦ない連射で、ついにレフェリーストップ。内藤の KO勝ちとなった。試合後、内藤は自分の不細工なボクシングをしきりに反省していたが、 自分が劣勢となれば、逆にいい試合が出来るとも評価していた。やはり最後はチャンピオン としての意地を見せた好試合だった。

『大洲の鵜飼』  Jul. 30, 2008 ▲Top
ushou.jpg  友人に誘われて、大洲の鵜飼見物に出かけた。大洲の鵜飼といえば、岐阜・長良川、九州・ 三隅川と並ぶ日本三大鵜飼のひとつと言われ、伊予の清流肱川で行われている。大洲の鵜飼を 有名にしたのが、平成17年に全国で2番目の女性の鵜匠が誕生したことだ。全国に鵜匠 は50人程度。大洲には4人の鵜匠がいるが、佐々木コズエさんは全国で2人目の女性鵜匠。 鵜匠暦は3年。また、夫の佐々木長治さんは、コズエさんの鵜匠の先輩であり、夫婦では初めて という。大洲鵜飼は、昭和32年に観光事業として「大洲観光うかい」を創業したのが始まりだ。 我々は鵜飼見物当日の昼ごろ、大洲城下の旅館砥屋に荷物を解き、夕刻まで風呂等に入り 一服の後、旅館手配のタクシーで肱川上流の、うかいレストプラザの乗船場に向かった。そこには 旅館仕立の屋形船に、飲物と豪華な料理が準備され、手漕ぎの船頭が待ち構えていた。周りが 暗くなる頃まで、屋形船に揺られながら酒と食事を楽しみ、鵜飼舟の下ってくるの待つ。やがて 「来た来た!」との船頭の声に上流を見ると、かがり火を明々と灯した船が下ってきた。船頭が 艪をこいで鵜船と並走するように屋形船を進めていくと、「今晩は、お待たせしましたー!」と元気 な女性の声。女性鵜匠の佐々木コズエさんだ。鵜匠の操るのは元気な鵜が5羽。鵜は水に潜って 捕らえた鮎を頭から丸呑みしている。鵜は、右へ左へと移動するので、鵜匠が鮮やかな縄さばき の見せどころだ。鵜匠は素早く鮎を捕まえた鵜の手縄を引いて船の上にあげ、首の根元を掴むと、 捕らえたばかりの鮎を口から吐き出させる。鵜飼観光は、複数の屋形船が順番に場所を交代して 鵜飼の様子を見学し、大洲城下で下船し鵜飼見物が終了した。(写真は女性鵜匠佐々木コズエさん)

『北京オリンピック』  Jul. 28, 2008 ▲Top
 2008年の8月8日から8月24日までの間、中国の首都北京を主な会場として開催予定の 第29回夏季オリンピックである。アジアで夏季オリンピックが開催されるのは1988年の韓国 ・ソウル大会以来20年ぶり、中国では初開催である。開会式は2008年8月8日午後8時8分 に行われる予定。8と言う数字に拘るのは中国では縁起の良い数とされている。日本で言う 末広がりのようなものだろう。北京での開催は2001年にモスクワで開かれた第112回IOC総会 での投票により、イスタンブル、大阪、パリ、トロントの4都市を破り、開催地に内定した。 当初パリやトロントの招致提案の方が、技術的により優れているとされていたが、サマランチ 会長を代表とするIOCは商業的な観点から、世界一の人口を持つと共に、近年経済成長 著しい中国でオリンピック開催を実現させることに特に意欲的であったと言われている。 北京オリンピックの特異な点は、本来のオリンピックなどの大きな国際大会ならば、決勝は 午後に行われるが、北京では、競泳全種目、体操の団体総合・個人総合の決勝は午前中 に行われる予定である。 その背景には、アメリカ合衆国のテレビ局の強い要求があったと言う。 アメリカのNBC放送が、アメリカ国内における放送独占権を持っていて、北京オリンピックの 運営費の半分近くをテレビ放送権料として支払っており、同局がその費用を支払わなければ、 開催出来ないと言われる。アメリカでは競泳、体操も人気が高く、高い視聴率が望める為、 アメリカの夜の時間帯に生中継する為に、北京の午前時間に決勝が行われるように、IOCに 要求した。更に今大会より国際映像は全種目・全競技のすべてが画角16:9のハイビジョンで 制作される予定。北京オリンピックには、環境問題や人権問題に加え、観戦マナーなど、 倫理観問題等があり、世界中が関心を寄せているが、無事の開催を期待したい。

『花火大会』  Jul. 27, 2008 ▲Top
hanabi20.jpg  夏の風物詩として何処の町にも花火大会が付き物だ。日中の暑さが和らぐ夕方 から会場の河原に、浴衣姿の若い女性や、夏休みになった子供達が集まってくる。 毎年同じ会場で行われることから、それぞれの場所取りには、何時もの定位置が、 有るようで、まだ日の高いうちから、シートを広げ、置石で場所取りをしている家族 も多く見受けられた。花火の写真を狙っているカメラマン達は、会場の中で一番 カメラアングルの良い場所に、数台の三脚を据えて、準備を整えていた。私も毎年、 撮影に出かけているが、貧弱なデジカメの所為もあり、一度も満足できる写真を 撮れたことが無い。今年も例に漏れず、せめてホームページに載せられる写真を 取りたいと出かけ行った。これ迄の失敗原因は、撮影の設定がいい加減で絞りと シャッタースピードをAFで写していた。 絞りが利いているときは、当然シャッタースピードが遅くなるので、手ぶれ現象から、 花火の尾が揺れて失敗だった。今年は三脚を用意したが、シャッターを押す為の レリーズが見つからない。普段使わないので、何処に仕舞ったか、判らず急遽 近くのカメラ屋に買いに行ったが、在庫は無かった。仕方なく三脚に据えたカメラの シャッターは手で押した。しかし押した瞬間に全てぶれていた。もう一つ失敗は、 三脚を設置した場所が、花火に近すぎた為、花火が打ち上がるたびに、カメラの 方向を変えないと駄目だった事、そしてファインダーに巧く入りきらない等、今年も 写した写真はどれも気に入らないものだった。

『充電池』  Jul. 26, 2008 ▲Top
 普段、デジカメやビデオカメラなど、何時でも使えるようにと、暇さえあれば充電して セットして置くようにしていた。しかし、毎日使う訳ではないので、フル充電しておいて 使うまでに、数日から数週間経っている場合があるが、何故か使い始めると直ぐに 電池の表示値が下がり、電池の消耗が進んでいることがあり、不思議に思っていた。 最近、買ったビデオカメラは、結構使う機会が多いので、一緒にスペア電池も買って、 長時間使用にと準備した。お陰で万一電池の消耗が進んでも、スペアの電池交換 で、対応できるので安心できるようになった。ところが取扱説明書に書いてあった のは、電池は機器に装てんしたままだと、自然放電が早いので、出来るだけ使用 しない時は、外しておくことが良いと書いてあった。これまでの知識では、機械に 電池を入れたままでも、電源を入れない限り、電池の消耗は皆無と思い込んでいた。 しかし現実には電池の入れっぱなしは、予想以上に放電していることを理解した。 確かに、フル充電した電池を、機器に装着しないで置いて、使う時に入れると、 電池のインジケーターは、フル充電を示している。しかし、同じ時期に充電して、 機器に入れっぱなしにした電池の表示は、僅かながら放電していることが証明 され、それ以来、充電後も電池は使う時まで別に外しておくようにしている。

『扇風機』  Jul. 25, 2008 ▲Top
senpuki.jpg  毎日暑くて、些かうんざりしている。若い頃なら、喜んで海や山へ出かけたものだが 年をとったこともあり、暑い太陽の下に出たくない気持ちが先で、家に閉じこもっている。 日中は、暑いのでクーラーを点けるが、出来るだけ我慢できる時は扇風機で済ませている。 扇風機の歴史は19世紀後半、モーターの発明と同時にアメリカで発売されている。 私も、小学生時代、手作りのモーターに羽をつけて、扇風機を自作した経験がある。 日本では東芝の前身である芝浦製作所がゼネラル・エレクトリックの技術で明治27年に 発売したものが最初と記録されている。当時のものには電球を備え付け、電源を入れると 羽が回ると共に電球が点灯するものであったと言う。また川崎重工業の前身である 川崎造船所は、左右だけで無く上下の首振りも同時にする扇風機を発売している。 扇風機を回したまま寝てしまうと、おなかを冷やして体調を崩したり、局部的に長時間 風圧のストレスを受けるため気分が悪くなる事がある。夏場にエアコンなどをつけたまま 寝て風邪を引いてしまうことも起きるが、扇風機でも同じことなので注意が必要だ。 代謝がゆるやかになる夜中には、人間の体は気温の変化に対して敏感になり、体温が 落ちやすいという。また、締め切った部屋で一晩中扇風機を回すと、その周囲の気温を 下げて、寝ている人に低体温症を発生させ体調を崩す元になる。寝た後はタイマーを効か せて、自然に任せるのが無難である。

『せみの鳴き声』  Jul. 24, 2008 ▲Top
semi.jpg  子供達の夏休みが始まったようだ。我が家には子供は居ないが、朝早くから外を駆け回る 子供達の元気な声と蝉の鳴き声で目が覚める。外が暗い間は静かだった公園の木々から、 一斉に蝉の鳴き声が聞こえ始めると、夜が明けたことを知らせてくれる。我が家の近くでは 鳴き声からアブラゼミとミンミンゼミと思われる種類だろう。少し時期がずれるとつくつくぼうし の鳴き声も混じってくる。鳴き声や鳴く時間帯は種類によって異なり、種類を判別する有効な 手がかりとなる。日本に分布するセミ類ではクマゼミは午前中、アブラゼミやツクツクボウシは 午後、ヒグラシは朝夕、ニイニイゼミは早朝から夕暮れまで等と言う。夏に活躍する蝉とは言え 真昼の暑い時間帯に鳴くセミは少なく、比較的涼しい朝夕の方が多くの種類の鳴き声が聞かれる。 アブラゼミと呼ばれる謂れは、「ジジジジー」「ジージー」という鳴き声が、油で揚げる時の音に 似ていることから付けられたと言う。「ミンミンゼミ」や「ツクツクボウシ」のように鳴き声のまま でなく、「油」に喩えられている点は珍しい。それは、翅に油の染みに似た紋があることや、 他のセミに比べて油っぽい印象があることも影響したのだろう。かつてアブラゼミはほぼ全国的 に普通に生息していたが、近年、夏の暑さが厳しくない都市では軒並み数を減らしている。 また、夏の暑さの厳しい都市でも一部生息数を減らしている例があり、そういった都市では アブラゼミの代わりに他のセミが多くなっていることも多い。今は東京ではミンミンゼミ、 大阪ではクマゼミが主流だと言われている。

『鳩の被害』  Jul. 23, 2008 ▲Top
 先日の日曜日のこと、外出から戻ってくると妻が血相を変えて、マンションの下の階の方から 洗濯機の置き場の所に水漏れがしているとの苦情が有ったと報告があった。下の部屋を見て 来た家内の話では、洗濯機の排水口から漏れたと思われる水が、下の部屋の壁際を濡らして いたとのこと。早速我が家の洗濯機を置いてある場所をチェックしてみた。一応洗濯機を置く為 のプラスチック製受け台が置かれていて、その中に正常に洗濯機は設置されていた。洗濯機の 排水ホースはその受け台の排水栓に差し込まれる様になっているが、どうやらそこが抜けていた 可能性はあった。しかし、それも受け台で、周りに水が飛び散らない様高い縁で囲ってあり、 問題は無いはずだった。念の為、床に置かれている受け台を外してみた。受け台の排水口 の下の、床に合せて排水パイプが設置されていたが、どうやらゴミが溜まっていて、それが漏れ の原因の一つとも考えられたので、周りを綺麗に掃除し、再度受け台をセットし直した。更に、 洗濯機に接合する水道コックの辺りを弄っている内、ここからも僅かな漏水があり、元の部品は 老朽化していたので、水道設備関係の店に出かけて、新しい部品を買い求めて交換した。 全ての見直しをした後、テストに洗濯機を回し、排水の終了まで試した後、下の階の住人に確認 をしたところ、どうやら水漏れは解決したようだった。当初のクレーム時に、我が家の床には目立った 水漏れ現象は無かったので、真実の原因は分からないままだ。ただ言える事は、この騒ぎで狭い 洗濯機周りの清掃は10年以上したことが無かったのを、部品を取替え、綺麗に掃除するきっかけ になった事だ。

『水道工事』  Jul. 22, 2008 ▲Top
 先日の日曜日のこと、外出から戻ってくると妻が血相を変えて、マンションの下の階の方から 洗濯機の置き場の所に水漏れがしているとの苦情が有ったと報告があった。下の部屋を見て 来た家内の話では、洗濯機の排水口から漏れたと思われる水が、下の部屋の壁際を濡らして いたとのこと。早速我が家の洗濯機を置いてある場所をチェックしてみた。一応洗濯機を置く為 のプラスチック製受け台が置かれていて、その中に正常に洗濯機は設置されていた。洗濯機の 排水ホースはその受け台の排水栓に差し込まれる様になっているが、どうやらそこが抜けていた 可能性はあった。しかし、それも受け台で、周りに水が飛び散らない様高い縁で囲ってあり、 問題は無いはずだった。念の為、床に置かれている受け台を外してみた。受け台の排水口 の下の、床に合せて排水パイプが設置されていたが、どうやらゴミが溜まっていて、それが漏れ の原因の一つとも考えられたので、周りを綺麗に掃除し、再度受け台をセットし直した。更に、 洗濯機に接合する水道コックの辺りを弄っている内、ここからも僅かな漏水があり、元の部品は 老朽化していたので、水道設備関係の店に出かけて、新しい部品を買い求めて交換した。 全ての見直しをした後、テストに洗濯機を回し、排水の終了まで試した後、下の階の住人に確認 をしたところ、どうやら水漏れは解決したようだった。当初のクレーム時に、我が家の床には目立った 水漏れ現象は無かったので、真実の原因は分からないままだ。ただ言える事は、この騒ぎで狭い 洗濯機周りの清掃は10年以上したことが無かったのを、部品を取替え、綺麗に掃除するきっかけ になった事だ。

『水難事故』  Jul. 21, 2008 ▲Top
 子供達の夏休みに入り、各地で水難事故が起きている。私も10年ほど前、孫二人が夏休みで 四国へ遊びに来たとき、海へ連れて行って、あわや水難事故になるかと肝を冷やしたことがある。 その日は海水浴と魚釣りを兼ねて、今治市の頓田川下流に出掛けた。到着と同時に、川沿いの 堤防上にパラソルとテーブルをセットし、足元で魚釣りを始めた。子供達はすぐ釣りに飽きて、近く の砂浜から大型の浮き輪を浮かべ遊び出した。我々は魚釣りをしながら子供達には、危険なので 沖へ出ないように声を掛け、時々は位置を確認していた。しばらくして見ると子供達の浮き輪が、 明らかに岸から沖に向かい流されていた。子供達に岸に帰る様に大声で呼びかけたが子供達の 力では既に及ばなかった。すぐ水着に着替え、浮き輪を目指して泳ぎ始めた。しかし、流れは速く、 中々追いつけずとても焦った。横で見ていた娘もいつの間にか水着に着替えて、私の横を泳いで いた。とても長い時間泳いだ気がしたが、娘と共に何とか浮き輪までたどり着いた。浮き輪は既に 岸から相当沖に流されていた。しかしこの場合の離岸流は、予想以上の速度で岸から離れて行き、 多くの水難事故の原因を作っている。離岸流とは、海岸から沖に流れる局地的な強い流れを言い、 秒速2メートルにも達し、一度流されると逆らって泳ぐことは困難とされている。巻き込まれたら流れ に逆らって波打ち際へ戻ることはまず不可能で、離岸流に逆らって泳ぐことは、水泳のオリンピック 選手でも困難と言われている。一般的に、一旦、海岸線と平行方向へ泳ぎだし離岸流から脱出して から海岸に向かえばよいと言われているが、実際に離岸流により沖合に流されると、パニックとなり そのような冷静な判断は難しくなる。私達もまずは真っ直ぐ岸に向かわず、少し横に方向を変えて から岸に近づくコースを取り、何とか岸にたどり着いて助かった。

『資源保護』  Jul. 20, 2008 ▲Top
 昔から、良く魚釣りに出かけるが、最近感じる事は、魚が昔ほど釣れなくなったと言うか、 居なくなった。魚にもシーズンがあり、良く釣れる場所と、時期とがあり、今の時期なら あそこに行けば、何が釣れると見当を付けて餌と仕掛けを用意して出かけたものだ。 準備が良ければ、期待に違わず相当の釣果があった。だが何時の頃からか、海の地形 の変化と共に、魚の種類まで変わり、釣果が悪くなっている。新聞やテレビの釣り情報 を見て出掛けても、現実は違っていることも多い。理由は収録の時期と、放映の時期 に差があるのか、時期遅れの場合もあるようだ。最近は猟師も魚を求めて高い燃料代 を使い、大仕掛けの漁具を使って漁をしているが、やはり、年々魚は減っていると言う。 魚も自然の海で、勝手に育っているのではない。住処と餌を求めて移動しているので、 農業で言う農園のような、魚を栽培する漁業をしないと、乱獲するだけでは、魚が居なく なるのは当然の仕組みだろう。アマチュアの釣り人口も増えて、マナーも悪くなり、昔の 釣り人は未成熟の魚は、海に返して成長を待つ余裕があったが、最近は釣れた魚は 根こそぎ持帰るのも問題とされている。

『漁業補償』  Jul. 19, 2008 ▲Top
 先日、全国漁業協同組合連合会(全漁連)など主要十七漁業団体の約二十万隻が一斉休漁の統一行動 を行った。恐らく史上初めての出来事ではないかと思う。港の漁船が一切漁場に出漁しなかったので 町の魚市場から、新鮮な魚は姿を消していた。全く皆無ではなかったのは、前日の漁で捕れたものや、 冷凍物、輸入物が店先に出ていたのだ。ただ何時もの新鮮な近海物は無かった。それは漁業者による 初の「全国スト」であった。低迷する漁業者の問題を、原油高が一気に噴出させた。漁船に多く使われる A重油は五年前の三倍にもなっている。その半面、魚の値段はほとんど変わっていない。コストがその まま反映されない流通構造もある為、漁に出るだけ赤字が嵩む事になる。「自助努力ではどうにもなら ない」というのもうなずける話だ。漁民側が緊急に求めているのは原油高騰分の価格補てんや税制上の 優遇措置であるが、政府は「漁業者だけに補てんするのは難しい。現行予算の枠内で基金を活用した 対策などを講じる」と慎重な構えだ。漁業者にとっては魚の価格を適正なレベルまで引き上げたいという 思惑もあるのだ。ただ、問題は魚の値上げは、消費者の魚離れを引き起こしたり、安い輸入肉類へ走る 可能性がある。現状回復には、収益性の高い漁業への構造転換だ。沿岸での栽培漁業の推進、若い 後継者育成や、協業化も省エネ型漁船などの技術開発のほか、水産資源の回復、国際競争力のある 経営主体の育成などを考えていかなければならないところにきている。

『土用』  Jul. 18, 2008 ▲Top
 7月19日から8月6日までは土用にあたり、その期間を「暑中」と言うことは先にも書いた。 土用は本来、年に4回あり、立春・立夏・立秋・立冬の前の約18日間をそれぞれ土用というのだが、 現在では夏の土用だけを言うようになっている。土用の日に鰻を食べるようになった事の由来には 諸説あり、学者である平賀源内が発案したという説が一般的である。江戸時代、商売がうまく 行かない鰻屋が平賀源内の所に相談に行った。源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると 夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。 すると、物知りとして有名な源内の言うことならということで、その鰻屋は大変繁盛した。その後、 他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したと言うもの。 同じような説に、大田蜀山人が「神田川」という鰻屋に頼まれ、「土用の丑の日にうなぎを食べたら 病気にならない」という内容の狂歌を作って宣伝したという説もある。その他の説では、文政年間、 神田泉橋通りにある鰻屋「春木屋善兵衛」のところに、藤堂という大名から大量の蒲焼が注文され、 「子の日」「丑の日」「寅の日」の三日かけて蒲焼を作ったが、「丑の日」の鰻だけが変質しなかった といった説もある。「万葉集」の大伴家持の和歌には、「ウナギを食べて健康を維持しよう」といった 内容のものがあり、当時「土用の丑の日」という言葉は存在しないが、土用の丑の頃をさしている ため、古くからの言い伝えを元に、平賀源内や大田蜀山人がキャッチコピーにしたとも考えられる。 また、地方によってはうなぎに限らずその他の「う」のつく食べ物を食べる習慣もある。これには 夏バテ対策として、スタミナのある「馬(肉)」や「牛(肉)」、また胃に優しい「瓜」「うどん」 「梅干」などが選ばれているようだ。

『右足首捻挫』  Jul. 17, 2008 ▲Top
 30年ぐらい前、仕事の関係で山形県でも雪の多い真室川町に住んでいた時代がある。 冬場になると家の周りは深い雪に覆われ、生活にも不自由が多かった。雪が止むと、 子供達と雪かきに精を出して生活道路の確保が必須だった。休みの日は子供達と裏山の 斜面の雪を踏み固めて、自分達専用のゲレンデを作り、スキーを楽しんだ。ある時、家から 少し離れたところにある、昔は本格的だったスキー場へ出かけた。既に手入れがされて いないので、斜面は深い雪が積もっていて、近所の子供達が遊んでいるところ以外は、 スムースに滑れるほどではなかった。斜面の傾斜はあるが、滑り始めると直ぐ雪に 埋もれてしまう状態だった。しばらく遊んでいるうち、雪の下に隠れていたブッシュに右足 を取られて、頭から雪に潜ってしまった。すぐ子供達に引き出してもらったが、転んだ時 右足首を捻って、激しい捻挫を起こした。痛い足を庇いながらも何とか車を運転して家に 帰り、足首を見たら、薄黒く内出血していた。しかし日曜日の夕方でもあり、町の病院は 休みなので、痛みを我慢して翌日病院へ行った。捻挫の後1日放置した為、既に足首周り は大きく腫れあがり、ギブスも付けられず、包帯だけで固定した。2週間ほどで包帯を取り 歩けるほどに回復したが、捻挫した足はその後遺症が残り、冬場の寒い時期になると、 湯たんぽ等で暖めてやらないと我慢が出来ないほど辛い。夏場の暑い時も、扇風機の 風が足首に当たると、痛みを感じるので、靴下を履いて寝るほど影響が続いている。 捻挫の影響で、足首付近の神経や毛細管が切れて、正常な血流が行われなくなった ものと思うが、あれから30年、こんなに長い間苦労が続くとは思っていなかった。

『暑中見舞い』  Jul. 16, 2008 ▲Top
 アメリカや英国など西洋社会にはない習慣として、日本独特の風習に暑中見舞いがある。 暑中とは、7月19日から8月6日までの土用の期間を「暑中」といい、この時期に出す夏の 挨拶状のことを暑中見舞いという。この期間は二十四節気中の「大暑」とも重なる酷暑の 時期にあたり、江戸時代には夏負けを防ぐ食べ物等をみやげに持参した。大正時代に入り、 はがき等郵便による暑中見舞いのやり取りが習慣化する様になった。これは年賀状と同様、 明治時代以降の郵便制度の発達により一般化した。今ではお年玉年賀はがきと同じような くじ付きの暑中見舞いはがきも発売するなど、より積極的な習慣を促すようになっている。 久しく会う機会の少なくなった知人や目上の人などに対する、ご機嫌伺いとしての暑中見舞 いのやり取りは、日本独特の習慣といえる。なお、立秋(8月8日)をすぎてからの見舞いは、 残暑見舞いとなり、書状の書き始めの挨拶も暑中見舞いから、残暑お見舞い申し上げます に代わってくる。日本人は、こうした四季折々の日常的な行為によって、季節の遷り変りを 実感してきたのである。

『トイレットペーパー』  Jul. 15, 2008 ▲Top
 最近トイレットペーパーが、ホルダーの中でガタガタするので、良く観察したら、以前は ホルダーの中で、僅かの余裕を持たせた程度の幅だったはずだと思っていたのに、今我が家で 使っているロールタイプトイレットペーパーの幅を計ってみたら、なんと105mmしかなかった。 ホルダーの内側の幅は129mmあり、昔は120mm程度の幅で売られていたと思いこんでいた。道理で ガタガタするはずだ。しかし調べて見ると、ロールペーパーは日本、アメリカ共に114mmφ×60mが 主流だったようだ。この半端な数値はアメリカの4-1/2インチに由来していて、JISで114 mm幅に定め られている。芯の内径は38 mm(1インチ1/2)が主流である。ヨーロッパではメートル法に基づき 100 mm幅が主流だと言う。日本では長さは60 m(2枚重ねでは30 m)前後だった。ロールの状態 で巻き上り直径110 mm前後になる。JISでは、直径120 mm以下と定めている。理由は装着する ホルダーの構造上からの制限だと思う。気になって我が家の在庫を調べたら、HOXY製の物が2枚 重ねで105mm×27.5m、CO-OPブランドのペーパーはシングルで105×55mだった。包装された袋には、 省資源タイプと印刷されている。何時からか気がつかなかったが、いつの間にか価格値上げを抑える ためににサイズダウンしていたのだ。しかし、紙の幅が、狭くなったからと言って、使い心地に 全く問題は感じてない。

『教育委員会』  Jul. 14, 2008 ▲Top
 大分県の教員採用を巡る汚職事件で、同県佐伯市では現職の校長と教頭が贈賄容疑で逮捕、 別の校長ら3人が県警に出頭するなどし、市内の小学校33校のうち5校で校長や教頭が不在の 異常事態となっている。今回の汚職事件に関連して、採用を担当した経験のある県教委元幹部 が、新聞社の取材に応じ「県議らからの採用の口利きは、少なくとも10年以上前から半ば公然と 行われ、国会議員の秘書からも依頼があった」と証言している。大分県の教員採用汚職事件で、 採用や昇進人事が金品で左右されていた実態が次々と明らかにされた。今回の事件で診ると 教員採用や人事をめぐる縁故や口利きの疑惑は、大分県だけの問題ではない。他の教育委員会 も徹底的に調査し、不正の根を絶たねばならない。逮捕された採用実務担当の県教委参事は、 上司の元教育審議監から受験者の名前を指示され、合格させる点数の改竄工作までしていた。 非合法に点数水増をしだけでなく、本来、合格点に達していた受験者を減点したなどは許し難い 行為である。県教委は、小学校教員採用試験の答案用紙や面接結果をいずれも半年後に破棄し、 保存期限を10年間と定めた文書管理規定に反していたことも判明。一連の不正で不合格となった 受験者の救済は難しい現実だ。あきれたことは、こうした不正が慣習化していた疑いが強いのだ。 今回の事件で明らかになったように、現在の学校教育現場における制度には問題点が多く、この 大分県以外の各地に同じ問題があったと考えられ、氷山の一角が露呈したと捕らえるべきだろう。

『蚊』  Jul. 13, 2008 ▲Top
 お盆が近づいてきた。家族揃ってお墓に出かけ、草取りやお花を添えてご先祖様に お参りする慣わしだ。暑い日中を避けて、少し日が西に傾く頃合を見計らって出かけるが その時間頃になると、嫌な蚊に悩まされるのが困ったものだ。草むしりなどしていると、待って いたように耳の周りで蚊の羽音がする。あの羽音を聞くと、とても我慢が出来なくなってしまう。 日本では蚊に刺されたからと言って、大きな病気にかかることは少ないが、海外だとマラリア などの感染症の原因になることもあるので注意が必要だ。日本には100種類くらいの蚊が いると言われている。その中でも人を刺す蚊は「ヒトスジシマカ」という黒と白の縞々模様の 藪蚊と、「アカイエカ」と言う赤っぽい蚊の2種類だ。蚊は通常、花の蜜や果汁樹液などをエサ としているのだが、メスの蚊は産卵期になるとタンパク質が必要なため、人の血を吸うのだ。 人間の血液は、空気にふれると固まるという性質がある為、蚊は巧くタンパク質を吸収する ことが出来ない。従って蚊は、血液を吸うと同時に、人間の体内へ自分の唾液を流し込み、 血液が固まらないようにする成分や、刺された時の痛みを和らげる成分を注入している。 刺された人は、その唾液に依って皮膚がアレルギー反応を起こして痒みを感じる仕組みだ。 O型の人は、一般的に蚊に刺されやすいと言われている。それはこれまでの研究でも明らか になっている。原因はどうやら、O型の人の赤血球の表面を覆っている物質にあると言う。  O型の人の血液型の表面を覆う物質は、花の蜜と非常に似ていて、蚊は花の蜜と間違えて O型の人に近づいてくるのだそうだ。O型の人は蚊に刺され易いので気をつけよう。

『カルシウム』  Jul. 12, 2008 ▲Top
 日本人の食生活で一番不足しているのはカルシウムだと言われている。成長期の子供にとって、 必要な栄養素であるだけでなく、成人にとっても、一生摂りつづけなければならない重要なミネラル 分なのだ。働き盛りの人や、老人にとっても不可欠な栄養分で、カルシウムが不足すると、ちょっと した事で簡単に骨折もしてしまう。ストレスの多い現代社会では、カルシウムが多く摂取されて いると、精神力に耐えられると言われている。カルシウムの効率的な摂取方法は、牛乳が良いと 言われている。牛乳1本で、一日に必要なカルシウムの1/3が摂れるので、毎食に1本飲めば、 それだけで十分なカルシウムが摂れることになる。無論牛乳だけでなくヨーグルトやチーズなどを 食べるのも効果的な方法だろう。牛乳のカルシウムは、吸収の良い乳酸カルシウムであり、しかも 牛乳にはカルシウムの吸収を助ける蛋白質や乳糖が含まれているので、吸収率がとても良くなって いる。小牛の成長が早いのは、骨の成分であるカルシウムを母牛の母乳から沢山飲むからだろう。 よく、小魚の骨を頭から食べると、カルシウムが摂れると言うが、魚の骨から摂れるカルシウムは リン酸カルシウムや炭酸カルシウムで、胃酸で溶かさないと吸収出来ないことから、牛乳からの 摂取に比べて効率が悪いと言われている。

『お中元』  Jul. 11, 2008 ▲Top
 毎年、この時期が来るとお中元を、親類・知人に贈ったり戴いたりする習慣がある。 お中元とは、元々は中国の道教の行事が日本に伝わって来たもの。1月15日が上元、7月15日 を中元、10月15日を下元といい、これら三元の日には、庭で火を焚く行事などが行われている。 それが日本に伝わって、お盆の風習と結びつき、先祖の霊に供物を供えると同時に、親戚 縁者などに食べ物を贈るのが習わしとなっていったもの。今でも、お中元は7月15日までに 贈るものとされるのは、この由来からきている。お中元を戴くのはとても光栄なこと。 「感謝の気持ち」のお中元に対して、こちらも感謝の気持ちをもって応えるのが基本である。 お中元を戴いたら、直ちにすべきことは、お礼状を出すこと。お礼状には、「お中元が、無事に 届きました」というお知らせと、「お気持ち、ありがとうございます」という感謝の気持を 伝えることである。こうして、お互いが日頃の感謝の気持ちを込めて、贈り物を届け合い、 相互の関係を、より良いものにしていくことが大切である。

『原油高』  Jul. 10, 2008 ▲Top
 8日採択された首脳宣言は、世界経済を席捲している原油、食料価格の高騰に対する 危機感を表明したが、猛威を振るう投機マネーへの対応では、G8各国間の利害関係が 対立し、沈静化を図る有効な対策を打ち出すことが出来なかったのは無策の結果と言える。 市場の反応は「マーケットから見ると何も言っていないに等しい」と辛辣だ。 サミットの首脳宣言が原油高対策として強調したのが、「透明性の向上」だ。生産実態を 明確に開示しない産油国や実態の見えない投機マネーが高騰の原因との認識に基づくもの だが、対策は需給面での逼迫解消に重点が置かれた。供給面では原油生産と精製能力の 向上を要請。需要面では消費国に対し原子力発電の推進など脱・石油や省エネ策を求めた。 しかし、「原油価格高騰の元凶」との声が高い投機マネーに対する規制論では、欧州の 一部首脳が強い懸念を表明したが、米英は「供給量を上回る需要見通しが主因」と、需給 要因に固執。最後まで意見はかみ合わず、各国当局の連携を促す程度にとどまった。 原油高・食料高・米国の金融不安という「3F」の負の連鎖の根っこにあるドルの信認 低下についても、ブッシュ米大統領が「強いドルは自国の利益になる」と、"口先介入"を しただけで、声明には盛り込まれなかった。

『食料高騰』  Jul. 9, 2008 ▲Top
 北海道洞爺湖サミット参加8カ国とアフリカ7カ国が7日行った拡大首脳会合で、G8側は深刻化 するアフリカの食料需給を改善するため、資金・技術面等での支援を継続する方針を確認した。 最近の世界銀行の報告でも、世界的な食料価格の高騰で、アフリカだけで最大3千万人が新た に貧困ライン以下の生活を強いられると言われ、会合の中で多くの時間を掛けて議論したのが、 アフリカに於ける飢餓や暴動の発生など、社会不安に発展している食料価格高騰問題だった。 会合では、アフリカ首脳から恒常的な食料不足や難民がいる地域への緊急的な食料支援のほか、 食料の生産性向上のための農業政策への支援について強い要請が行われた。 アフリカでは就労人口の3分の2が農業に従事しており、先進国並みの農業生産性の向上が 食料事情の改善になる上、労働生産による国民全体の所得増加にもつながると期待されている。 これに対しG8首脳側も、資金面のほか技術協力や農地整備などを含め、引き続き支援を継続して いく方針を確認した。

『地球温暖化』  Jul. 8, 2008 ▲Top
 洞爺湖サミットが始まった。日本が議長国となって現在世界が抱えている諸問題について 各国の意見を纏めようと論議がされる予定だ。日本にとって拉致問題は世界に訴えたい大きな 問題だが、今回の課題として地球温暖化、食料高騰、原油高騰の問題がある。近年、産業活動が 活発になり、二酸化炭素、メタン、さらにはフロン類などの温室効果ガスが大量に排出されて 大気中の濃度が高まり熱の吸収が増えた結果、地球温暖化が深刻な問題となっている。昔、 二酸化炭素は、動植物が呼吸でだす量と植物が光合成で吸収する量がバランスしていたので、 特に大きな問題ではなかった。しかし産業革命以降は、産業や交通の発達によって、工場や 発電所、自動車から、二酸化炭素を含んだ排気ガスが大量に排出されてきた。この二酸化 炭素は、地上から放射する赤外線をためこんで、地球全体を温室のようにしている。こうして この100年で、二酸化炭素の量は1.3倍になってしまった。こうした二酸化炭素などの 温暖化をもたらす気体を温室効果ガスといい、外にもメタンや亜硫酸窒素などがある。 今後各国が話し合ってこれらの気体の排出量を抑えることが、温暖化の課題になっている。 環境問題の原因は、先進国、発展途上国の両方に原因がある。先進国は、活発な経済活動 のなかで、有害な物質を出したり、森林を伐採したりしている。発展途上国は、人口が急激に 増加しているので、農地や放牧地の拡大のために、土地を開拓している。近年の森林破壊に よって、バイオマス中に蓄えたくわえられていた炭素を大気中に放出、地球温暖化を加速して いる。よって、世界のどの国も、環境問題に関わっているのだ。今回の会議で、予想される排出 規制に対し、中国とインドは反対している。現在の温暖化を招いてきたのは、経済発展の恩恵を 受けていない自分達は関係無いと言うのだが、果たしてG8としてはどう結論を導き出すのだろう。

『対話より経済制裁』  Jul. 7, 2008 ▲Top
 北朝鮮による拉致被害者の早期救出を目指す集会が、昨日松山市で開かれ、拉致救出議員連盟の 平沼赳夫会長が所信を表明し「対話が必要との声が高まっているが、今こそ筋を通さねばならない。 対話よりも経済制裁だ」と政府の意向に対決する様な言い回しで強調していた。  中山恭子首相補佐官(拉致問題担当)も「拉致被害者返還に向けた北朝鮮の具体的行動が はっきりしない限り、経済制裁を解除することはない」と同調する意見を語り、北朝鮮が拉致被害者 の再調査を約束したと言われることについて、横田早紀江さんも「北朝鮮はこれまで何度も調査する と言い、その都度嘘の調査結果を出してきた。とんでもない国だということを、政府はサミットで各国 に伝えてほしい」と訴えた。一方、今日から始まる洞爺湖サミットに先立って、福田首相とブッシュ会談 で大統領は「拉致問題を決して忘れていない。日本を明確に支持する立場にいささかも変わりはない」 と説明。北朝鮮の約束した拉致問題再調査について、福田首相が「いまだに『言葉対言葉』に留まって おり、早急に『行動対行動』の段階に進める必要がある」と早期実現への働き掛けを要請したのに対し、 大統領は「迅速な解決策を見いだすために協力したい」と応えていたが、サミットの成り行きを注目したい。

『七夕』  Jul. 6, 2008 ▲Top
 明日は7月7日の七夕がやってくる。七夕の日は、1年に一度天の川を渡って 彦星と織姫が出会うという有名な話がある。この話は古くから中国に伝わる伝説である。 日本の万葉集にも「彦星の妻よぶ舟の引綱の絶えむと君をわが思はなくに」という歌がある。 意味は、彦星が年に一度の逢瀬に行くために、妻の織姫の名を声を限りに叫んでいる。 引いている牛の歩みがもどかしく、手綱が切れそうになっているではないか。私だってその ようにあなたのことを思っているのだよと歌ったものだ。この二人は、元々仲の良い夫婦で あった。それが仲が良すぎるあまり、彦星は田畑の手入れを怠り、織姫は機織(はたおり)を サボるようになった。それを怒った天の神さまが二人を引き離してしまったという訳だ。但し、 天の神様は愛し合う二人を思いやり、年に一度だけ、七月七日の七夕の夜だけ逢って良い、 ということにしたのである。 元々タナバタは、棚機(たなばた)と表記していたようだが、 二人の逢瀬の7月7日に因み、七に夕と書いて、タナバタと読ませるようになったもの。 中国では七夕に、女子は色糸を結び、7本の針とウリを供えて、手芸・裁縫の上達を祈る という。日本でも機織りだけでなく、字が上手になるとされ、朝露で磨った墨で短冊に詩や 歌を書き、笹の枝に吊して祈るようになった。七夕の笹飾りはこの名残だ。

『梅雨明け』  Jul. 5, 2008 ▲Top
 気象庁は昨日午後、四国地方が、平年より13日、昨年より19日早く梅雨明けしたと見られる と発表した。当初、今年の梅雨明け予想は遅くなると言われていたのに、この早さは意外だった。 一般に北海道に梅雨はないと言われているが、これは梅雨前線が主に本州上に停滞する事や、 梅雨の終わりには前線の勢力が衰え、北上する速度が非常に速くなっていることから、北海道で 梅雨によると思われる降水が少ないからである。一方、東北地方では、年によって梅雨明けが 発表されないこともあり、このことから東北地方の夏は北海道よりも短いと言われている。 その為、北海道の中でも比較的温暖な函館等と、本州の北端に位置する青森の津軽・下北地方 とでは夏の長さが極端に異なっている。本州南側の小笠原諸島は初夏より太平洋高気圧に支配 されて、梅雨前線が近付けず真夏の空気に包まれて、こちらも梅雨がない。但し、真夏の空気 に包まれている期間が長い分、台風が襲来しやすい。梅雨前線は、気象学的にはモンスーンを もたらす前線の一つであり、寒帯前線に含まれる。インドをはじめとした南アジアや東南アジアの モンスーンは、インド洋に端を発するモンスーンの気流が原因であるが、この気流はさらに東に迄 伸びて南シナ海の熱帯モンスーン気団にも影響を与えており、関連性がある。

『神仏混淆』  Jul. 4, 2008 ▲Top
 日本人の生活文化には、神さまと仏さまが両立している不思議な世界がある。出産に際しては 神社にお参りして神様にお願いし、神前にお供えして出産を祝うが、死ぬ時は一様に仏さまになる。 日本では神祇信仰が一般的だったが、中国から仏教が広まった際、土着の信仰との間に起こった 現象として神仏混淆が自然に定着した。面白いのは、神前での礼儀は2礼2拍手1礼が正式で 両手で拍手するのに対し、仏前ではお賽銭を入れたら胸の前に手を合わせて静かに合掌します。 神前のときは静かに礼をするだけに対し、仏前では、必ず寺のご本尊の名前や念仏を唱えます。 神社での礼儀も正式には二拝二拍手一拝で、神職さんの動作を観察すると良く分かるが、一般人 の浅い礼に対し、深々と腰を折る拝が正式なのだという。では、何故神前では柏手をパンパンと 2回打ってから合掌するのだろう。実は、日本がまだ日本という名前じゃなかった頃、「魏志倭人伝」 に「中国に挨拶に来た倭人(日本人)が、目上の人に挨拶をするときに柏手を打っていた」とある。 そして、古代の倭人がしたように、天から降りてきた偉い神様に柏手を打って挨拶をするようになった。 元々、柏手は4回打つのが正式な儀礼だった。出雲大社、伊勢神宮など古代からある神社では、 今でも柏手は4回だ。人や神の魂には「奇魂(くしみたま)、幸魂(さきみたま)、荒魂(あらみたま)、 和魂(にぎみたま)」の4つの種類があると言われている。そして、この4つの魂にそれぞれ柏手を 打つと、神様がその音に感応して降りてくるのだそうだ。明治に入って「柏手は2回」というのが正式 な作法となった。

『うどん』  Jul. 3, 2008 ▲Top
 関西育ちの私にとって小さい頃から、うどんは好んで食べてきたが、学生時代の東京では周り の人達は何かといえば、うどんより蕎麦を食べる人が多かった。私は何故か蕎麦を食べると頭が 痛くなる癖があって、蕎麦は敬遠して、殆ど食べなかった。多分蕎麦の原料の中に添加している 何かが、原因だったと思う。しかし何時の頃からか、蕎麦も食べられる様になっていたが、やはり どちらか選ぶとすれば、うどんの方が良かった。うどんはもともと中国のもので、奈良時代に日本 に伝わったもの。そのころは今のような形ではなく、小麦粉の皮に野菜や肉のあんを入れて煮た 「こんとん」と呼ばれる団子状だった。平たくのばして切る形になったのは室町時代以降と言う。 「うどん」と言えば讃岐。讃岐と言えば「うどん」と言うほど、讃岐うどんの評価はは全国的に高い。 こしが強くて、歯切れが良いのが讃岐うどんの特徴である。製法は、加水率が40%以上、熟成 時間が2時間以上、茹で時間も15分以内とされており、必ず手打ち又は、手打ち式で作られる。 これら長年培われた伝統の技術と、良質の小麦粉が相まって、今の讃岐うどんが育ってきた。 讃岐うどんの特徴はイリコ(煮干し)のだしだ。讃岐地方では、近隣の伊吹島がイリコの名産地 である事からイリコを使った濃厚なだしが昔からよく使われ、讃岐うどんの食べ方を支えてきた。 讃岐うどんには地元のイリコと北海道産の昆布を組み合わせてだしを作ってきたが、煮干しの 臭みを取るためには、焼いた鉄の棒をだしに入れる方法などを取り入れ、最後に加える醤油で 生臭さを消しているところがみそとなっている。

『落書き』  Jul. 2, 2008 ▲Top
 落書きとは文字や絵を面白半分やいたずらに書き記す行為を言う。落書きは小さい頃なら誰にも 一度は経験がある。問題は何処に落書きをしたかだが、最近問題となった落書きの場所はイタリア のフィレンツェの世界文化遺産サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂だった。最上階の柱3カ所に、 油性ペンなどで名前や「イタリア旅行記念」「京都産業大学」などと書いたと言う。大学は大聖堂に 電話で謝罪し、学長と3人の謝罪文を郵送した。また、岐阜市立女子短大の学生も今年2月海外 研修で訪れた際にも書いたと明らかにされた。学生は大理石の壁に油性マジックで日付や自分と 友人の名前、「岐女短」などと書いていた。さらに軽率な行為と言われたのが、水戸市の常磐大高 硬式野球部のS監督(30)が同じ大聖堂に落書きをした問題で、同校は30日、29日付でS監督を 解任したことだ。同校の浅岡校長によると、S監督は06年1月、イタリアの史跡を巡る団体ツアー に参加した際、大聖堂近くのペンの売り子から「書くと幸せになる」と勧められて、何の気なしに購入 して書いたと告白した。全国高校野球茨城大会の開幕まで1週間を切った時期の解任で、選手たち の動揺は計り知れない。事の発端は、大聖堂を訪れた日本人旅行客が発見、書かれていた学校名 や、名前を元に告発した事から判明した。大聖堂には日本人だけでなく世界中の旅行者が書き 込んでいるそうなので書いた本人達も、つい旅の恥はかき捨てと思ったのだろう。軽率な行為の 代償はあまりに大きかった。この件との関連性は無いが、昨日JR東日本東京新幹線車両センター で、新幹線の車両側面に赤や青のスプレーのような塗料で「Hack」と落書きされているのが発見 され、約20本の新幹線が止まった。通報を受けた警視庁は器物損壊容疑で調べている。

『産地偽装』  Jul. 1, 2008 ▲Top
 最近問題になっている数々の食品偽装に加えて多いのが、産地偽装だ。消費者が購入する 食料品において、生産地の表示は、長年の経験で、安心感や信頼感を得る元になっている。 その表示地域における生産品は、市場価格の中で高価な値段であっても、消費者は黙って 受け入れる信頼性があることである。その産地を偽装して販売することは明らかに詐欺罪を 構成していることになるが、後を絶たないのは何故なのだろう。いまや生産地は立派なブランド として消費者に定着している。生産地の表示を偽る行為は、最近の同法の改正では、生産地 の誤認表示も不正競争類型となっており、商品名に付せられた地名が生産地ではなく流通 機構の地名であることが消費者に対して徹底されなければ、誤認表示と受け止められるので、 やはり産地偽装である。今回、魚秀の扱った中国産うなぎを、販売するに当たり流通機構 に流す過程で、愛知県三河一色で再梱包加工する地名を、あたかも「愛知県三河一色産」と 表示し、原産地と思わせる偽装をして、販売されていた。市場に流れた加工うなぎ蒲焼きを、 専門家が食べてみて、現地産との味の差を見分けられなかった。出汁の味が付けられている為、 うなぎの味を変えていて、本物の国産と判別できないのが現実だ。味のうまさで商品を売るなら、 わざわざ産地を偽装することなく、消費者の味の好みに価値を付けて売るべきものだろう。 最終的に商品を市場に流した神港魚類は、魚秀から出荷された商品が中国産であり、製造者 表示が虚偽のものであることを認識しながら卸売業者に販売したと言う。多額の口止め料を 貰っていたと言うのでは、魚秀以上の犯罪行為で言語道断である。

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