2008年3月
『カラス』  Mar. 31 2008 ▲Top
crow.jpg  人間社会の一番近いところで、いろいろ悪さをし、あの手この手で人を困らせる動物と 言えば、カラスがいる。ゴミ収集車が来る日に、ビニール袋にきちんと入れて出した生ゴミの 袋を、ちょっと目を放した隙に、ずたずたに食いちぎり、あたり一面に撒き散らす困りものだ。 カラスは、羽を伸ばすと50〜60cmあり、雑食性でゴミを好み、時には動物の死体を啄ばむ 姿も見かける。カラスの繁殖期は春から夏で、一夫一婦制で子育てをする習性がある。巣は 木の上に作るが、都会では格好の樹が無いと、時に電柱に木の枝や針金などを組み合わせて 作る場合がある。困るのは、巣の材料に針金を使うために、電線にショートを起こす危険が ある事だ。営巣期間中は巣を守るために気が荒くなり、不用意に巣の近くに寄る人間や動物を 鋭い嘴で攻撃するといった行動が目撃される。カラスの頭脳は、鳥類の中では最も知能が高い と言われていて、その知能程度は人の知能に近いとされている。最近の研究結果では大脳の 体積がチンパンジーと同等であることが証明されていて、カラス同士泣き声で通信したり、意思の 疎通を行ったり、お互いが協力し合ったりしていると言う。ガラスが道路にクルミを置き、自動車 に轢かせて殻を割るという行動を、テレビカメラが撮影したのを見たことがある。これはカラスの 知能が非常に高い事の証明だろう。嘘か真か、神社の賽銭を盗み、ハトの餌の自動販売機に コインを投入し、購入していると報道されたこともあった。

『魚釣り』  Mar. 30 2008 ▲Top
 魚釣りは、新婚旅行中の淡路島で釣り船をチャーターして、海釣りをした位、夫婦で好きな 遊びだ。結婚してからも、暇を見ては、よく釣りに出かけている。いくら釣り好きと言っても 素人の釣りなので、世の釣りキチが自慢する程の大物の実績はないが、食卓を飾る程度の 釣果は得ている。私の釣った魚で一番思い出のある獲物は、鳴門海峡で釣ったエイで、サイズ は1m以上有った。最初は底に根掛かりしたかと思うほど、引いても全く動かず、かと言って、 水平方向には動くが、垂直には殆ど引き上げられなかった。船の船頭が、糸を操つりながら、 時間を掛けて引き上げたのがエイだった。長い尻尾は先端が鋭く尖っていて、暴れると危険だ と、船頭が大きなナタで直ぐ切り落とした。胴体の大きさは、座布団のような大きさだった。 新婚旅行中なので、持ち帰る事は出来ず、船頭が持って行ったが、味噌汁に入れると美味いと いう話だった。家内の釣った魚では、家の近くの漁港での投げ釣りで、45cmの黒鯛だろう。 毎年暖かい時期になると二人でよく出かけるが、今年はまだ揃って出かけていない。昨日は、 久しぶり天気も良く、一人で試し釣りに出かけてみた。2時間ほど掛けて、ここはと思う場所を 探って歩いたが、まだ水温が低いのか、当りが全く無く、餌も取られなかった。しかし水中を 覗き込むと、魚影が見えていたので、釣れ始めるのもあと少しの辛抱だろう。

『肉の日』  Mar. 29 2008 ▲Top
 毎月29日は語呂合わせで肉の日だ。肉料理といえば、ステーキか焼肉が代表的な料理だ。 ステーキと言えば、サーロインステーキが一番最初に思い浮かぶだろう。サーロインの肉とは 牛の上部腰肉の部分で、ステーキ肉では最も上級とされていて、その名づけはイギリスの ヘンリー8世に由来していると言う。ヘンリー8世は英国の王様だが、食道楽としても有名。 彼の食べた腰肉(loin)があまりに美味しくて、サー(sir)の称号を、その肉に与えたというもの。 ステーキ料理は単純な料理のため、肉そのものの品質が味に大きく影響する。料理には、 数日間から数週間、組織中の酵素により熟成させた肉を使用している。松阪牛などを使う 高級焼肉店などでは、肉にカビが生える位まで熟成させ、肉の中心部のみ使用する店も あるほどで、これを乾燥熟成肉と呼んでいる。肉そのものの品質が良ければ、スパイスや ソース等は不要で、塩を加えるだけで十分に旨い。また、これが本当に旨い肉の食べ方だ とする食通が多い。肉の品質があまり良くない場合は、濃厚なソースや強目のスパイスを 効かせて食べる方法がある。また衛生的にはウエルダン等、よく火を通すのが望ましい。 肉の焼き方には、直火焼きと鉄板焼きとがある。直火焼きだと、焼く時に脂が滴り落ちて しまうので、焼き上がりは比較的さっぱりとした味になる。また、火で直接炙るので焦げ目が つきやすく、脂による煙で燻されるので香ばしい味となる。鉄板焼きは脂と一緒に焼かれる のでコクのある味となる。また、鉄板の上では水分が飛び難く、肉に柔らかな食感が出る。

『健康診断』  Mar. 28 2008 ▲Top
 日常的な健康管理の内、栄養のバランス等は家内の気遣いに任せて、出されるもの には好き嫌いなく食べている。運動に関しては昔から、スポーツは好きなので、不精 することなく色々と取り組んできた。それでも身体に自信のあった若い頃は、ともかく、 50歳過ぎに患った急性肝炎で体力を失い、体力回復にスポーツジムに通うようになった。 以来20年間に体力は回復し、筋肉質の体型も出来上がった。運動に入る前に、血圧、 体重、体脂肪等の計測管理の結果は正常に推移し、大きな変化もなく過ぎてきた。 体重に関してはこの数年僅かに増えていたが、何故か先月から急に下がり始め、1週間 で3kg程減量した。自分の顔を観察すると、頬がややこけた感じもあり、内臓疾患が起きて いないか心配になった。昨日掛かりつけの医者に行き、事情を話し、血液と、尿、便の 採取をして、可能な限りの健康チェックをしてもらう事にした。 血液採取は、検査項目が多いので静脈から、大型注射器一杯に取られた。その後、 看護婦から紙コップを渡され、尿を採るよう促された。実は病院へ出かける前に、排便を 済ませてきたので、改めて出せと言われても、中々出なくて困った。トイレに籠って時間を 掛けてやっと少し採取できた。大便は大腸がんの検査なので、2日分の採取が必要と言う ことで採取用具を家に持ち帰った。先ほど1回目を採取したので、明日も頑張らなくては・・・ 明日の採取後提出し、全ての検査結果は来週出ることになる。体調に異変が起きていない かを早く知りたい。

『DVD』  Mar. 27 2008 ▲Top
 ようやく陽気も良くなり、日中は暖かくなってきた。ニュースを見ているとあちこちで 花便りが報じられるようになって来た。今年の冬は寒かったので、花も芽吹き始めると 一気に開花するのではないだろうか。まだ子供達が一緒に住んでいた頃は、天気の 良い日に弁当を作って、近くの公園へ花見に出かける楽しみがあったけど、年老いた 夫婦だけになってからは、そうしたわくわく感は無くなり、行くところが無いからどこかへ 出かけると言う消極的な外出になってしまった。久しぶり、昔の花見に撮ったビデオを 出して見て居たら、懐かしく思い出すシーンが出てきた。あの頃まだ小さかった孫も 今では我々を超える背丈となり、自分達の老化をはっきり感じさせた。当時はVTR で撮って記録を残してきたが、改めてビデオを見るのに、再生する機器が古くなり、 思いきって、DVDに編集し直すことにした。VTRでは、巻き戻し早送りも面倒だった が、DVDは、ランダムアクセスが出来てとても快適なことに気がついた。これまでの VTRテープを全てDVD化することにしたが、これで当面、暇つぶしの仕事が出来た。

『風呂の日』  Mar. 26 2008 ▲Top
 毎月26日は語呂合わせで「風呂の日」と、全国各地の旅館組合等が申し合わせて色々 の企画を推進している。普通家庭にお風呂のある人でも、たまには銭湯や温泉に行って 見るのもいい。お風呂で争い事になるのが、風呂に入る順番。先に入りたがる者もいれば、 「さら湯は身の毒」とか「一番風呂は馬鹿が入る」という言い伝え等、新しい湯には入らない 者もいる。特に老人には良くないと言われるが、この説には科学的根拠もあるらしい。新しい お湯に入ると、体内のカリウムやナトリウムなどの成分が、出てしまうというのだ。お湯が 新しいほど多く流出するといわれ、新陳代謝があまり活発でない年寄りには身体に悪いと 言う訳だ。また、若い女性が入った後のお風呂がいいという説もあり、男性より女性の方が 有機物を多く出すとか、女性ホルモンの関係も云々されるが、確かな根拠は無いようだ。 別府の旅館・ホテルでは、もっと別府温泉を楽しんでもらおうと、毎月26日を風呂の日として 制定し、利用者に開放している。岡山県北部の湯原温泉では、地元若者達のアイデアによる 「町づくり事業」として昭和62年に、6月26日を6・26の露天風呂と語呂合わせで温泉町の 感謝デーとしているなど、風呂の日の活用を図っている。

『ガソリン代』  Mar. 25 2008 ▲Top
 ガソリン代が高くて、なかなかガソリンスタンドに足が向かない状態が続いている。 今までなら、ガソリンタンクのメーターが半分程度なら、夜中に急用が出来たりして、 万一の時の事を考え、スタンドを見つけると、満タンにする癖がついていた。しかし、 今年に入ってからだけでも、ガソリンスタンド店頭の値段の看板を見るたびに値上 がりを続け、ついつい給油を見合わせる癖がついてきた。ガソリンの暫定税率の 期限が来て、税金廃止になったら、ガソリンの価格が値下げになるのではないかと 考えると、それが判るまでは、給油を見合わせると言うのは、当然の思いだろう。 考えて見ると私が初めてマイカーを持ち、ガソリンを給油した頃の価格は、1リッター 35円位だった。あれから45年位経つ話だけど、5倍近くと随分上がったものだ。 当時は、まだ今の様なマイカー時代ではなかったが、一般道路を使ってラリー等 色々な車の競技をやっていた。ガソリン代が安かったこともあり、燃費のことを気に することなど無かった時代だった。今は車を持っていても、余程のことが無い限り、 歩くか、自転車で用を済ませている。

『油断大敵』  Mar. 24 2008 ▲Top
 昨日行われた、ヨコハマタイヤ・ゴルフトーナメント・PRGRレディースカップ最終日 思いもかけない結末に、油断大敵と言う4字熟語を思い浮かべた。この日単独首位で 発進した横峯サクラは、1打差で追いかける韓国の申智愛と共に1番ホールはバーディ で幸先の良いスタート。そのまま、共にスコアを伸ばして、後半戦に入った。しかし パー3の14番で、ショットを外したサクラは寄せのアプローチも失敗し、ボギーとした為、 申智愛と6アンダーで並ばれてしまった。迎えた16番、それまで好調だった申智愛の ドライバーは大きく左に外してOBとし、痛恨のバブルボギーにして、サクラと2打差に 後退した。最終ホールを迎えて、2打差もあるサクラの優勝は余裕があったはずだが、 ドライバーはやや右に出てラフに捕まった。しかも目前の斜面は直接グリーンを狙えず、 グリーン手前まで運ぶのがやっとだった。しかもそこからのアプローチが奥まで転がり、 そこからの球は、ホールまで50cmと言うところで止まった。でもそのパットが入れば 優勝と言う短いパットを、僅か右に外して入らなかった。なんと2打差もあったのに 同点でプレーオフに持ち込まれた。プレーオフはなかなか決着が付かず、4ホール目、 サクラのパットは失敗したが、そのラインを見て読みきった申智愛はバーディで入れて まさかの逆転優勝だった。2打差の楽勝で勝てたはずのサクラは、油断以外に考え られない負け方だった。申智愛はまだ19歳と言う若さだ。この後もサクラの好敵手に なることだろう。

『アマチュア無線』  Mar. 23 2008 ▲Top
 40年位昔、アマチュア無線をやっていた頃がある。始めた初期から144MHZと言う 超短波帯の電話級で運用した。周波数が高いと言うことは、小さなアンテナで済むこと から、モービル用に最適で、マイカーに積み、我が家にも高い鉄塔を立てて、関東一円 を移動する車から、常時通信できることを、得意げにしていた。今なら携帯電話が世界中 の何処からでも通信出来る時代になったが、当時は時代の先取りで、いつでも家と連絡 が取れることがとても自慢だった。但し車で走る自分は、都合のいい時だけ呼び出す訳 だが、我が家では、家内が常時無線機の傍にいて、私が何処から声を出しても相手をする サービスが大変だったと思う。アマチュア無線を運用するには、国家資格が必要で、 当然、私と家内は無線局開局の為の資格は取った上での運用だった。我が家で常時 家内が無線機の前で待機しているのを利用して、アマチュア無線の仲間達も、車を運転 中に用事が出来ると、家内の待機している無線機の周波数に合わせて呼び出して、 用件を中継して貰い、車の中で用事が済むと言う便利さが受けていた。機器の小型化が 進み当初は、車載用の無線機での利用から、小型ハンディー無線機が普及し、今の携帯 電話のイメージで利用された。当時は画期的と思われた小型無線機も、今の携帯電話と 比べ3〜4倍は大きかったが、いつも腰につけて利用していたから、苦にならなかった。 あの頃から見て、今は携帯電話のメール機能を合わせて考えると、誠ににコンパクトで 便利になったものと、最新電子機器の進歩を感じている。

『時間外労働』  Mar. 22 2008 ▲Top
 大阪府知事になった橋下徹さんが、真剣に大阪府の赤字を解消しようと張り切った が、生意気な女性職員の抵抗にあって前途多難を感じさせた。職場集団を同じ目的に 向けて纏めていくのに、朝礼ぐらいは最低限度、意識集約を図る場面で必要な行為だ。 普通の会社なら何処でも当たり前にやっている事だ。役所だから特別と言う事はない。 それは、有給である前に、務める者の意識の問題だから、朝の始業前に5〜10分間 行ったから、時間外労働だと言う、論理が理解できない。橋下知事が言い返したように 就業時間前の朝礼が、時間外労働というなら、就業時間内の無駄話や、喫煙は当然 業務ではないのだから、申告して就業時間と分けて無給の行為と分別するべきだろう。 ヒステリックに橋下知事に噛み付いた、あの中年の女性は、日ごろ、サービス残業を していると、強調した。しかし明らかに就業時間内に、本来の仕事に全力を挙げていた かどうかを精査したら、無駄な行為がいくらも摘発できたと思う。えてしてこのような 屁理屈で反論をする者には、本質的な問題は多いものだ。大阪府の財政赤字の累積は、 なんと5兆円。赤字を作ったたのは、このような職員達が屁理屈を捏ねて積み上げて 作ったものに違いない。

『携帯電話』  Mar. 21 2008 ▲Top
 今や小学生でも携帯電話を持つ時代になった。普通、外で仕事をする大人であれば 今は携帯電話がないと不自由することになる。何故なら公衆電話が街頭から姿を消し つつあるからだ。しかし携帯電話は便利な反面、個人の自由を束縛することになる。 携帯電話を持っている限り、何処に居ても呼び出される結果を招くからだ。また携帯 電話は、受け手の都合に関係なく掛かってくるので迷惑する場合がある。即ち、会議中 とか、静かな場所でベルが鳴り響くこと、車の運転中などは誠に迷惑な電話となる。 そんな点を解消する方法として、携帯メールが解決してくれる。受け手の環境を壊すこと なく、即応性のある連絡の取れることが重宝する。先日、久しぶりに東京に出て、電車 に乗った時、周りを見渡したら、乗客の多くが、携帯を手にしてキーボードに指を掛け ていた。電車の中では直接通話できない代わりに、メールが主役を果たしていた。若い 人達は、片手で携帯を持ちながら自由にキー操作をしているが、我々老人は、小さな キーボードが扱い難く、老眼では文字の確認も容易ではない。少ないキーボードで多く の文字種を打つには、キーを押す手間も大変で、漢字、カタカナ、ひらがな、英数字に 変わる度に、変換キーを選択しなければならない面倒さに、根気が続かないことが多い。 結局便利なはずのメールよりは直接電話を選ぶことになる。

『春分の日』  Mar. 20 2008 ▲Top
 春分の日とは、二十四節気(にじゅうしせっき)のひとつで、この日は昼夜の長さがほぼ 等しく、太陽は真東からでて真西に沈む。二十四節気は太陽年を日数(平気法)あるいは 太陽の黄道上の視認位置(定気法)によって24等分し、その分割点を含む日に季節を表す 名称を付けたもの。天文学上では、太陽が春分点を通過した瞬間、すなわち太陽の 視黄経が0度となった瞬間を春分と定義している。『暦便覧』に「日天の中を行て昼夜等分 の時なり」と記されている通り、春分では昼夜の長さがほぼ同じになる。しかし、実際には、 昼の方が夜よりも長い。日本付近では、年による差もあるが、平均すれば昼が夜よりも約 14分長い事実がある。 私の子供の頃までは春季皇霊祭という祝日で、皇室の先祖を祭る日でもあった。太陽が 真西、即ち西方浄土に沈むため、彼岸の中日として先祖の墓参りや百万遍の念仏などを 行う習慣もある。地方によっては、日迎え・日送りの行事や、火を焚く行事、正月や盆の ような先祖祭りの行事なども行われる。ヨーロッパ等では、春分を春の始まりとしている。 いくつかの国では休日にしている。 キリスト教で復活祭の日を算出するのに、春分の日を基点とし、春分後最初の満月の 次の日曜日を復活祭の日と定めている。この算出方法をコンプトゥスという。ただし、 ここでいう「春分」は暦の上での3月21日に固定されており、天文学上の春分を含む日 とは必ずしも一致していない。「満月」も簡単な計算法によって求められており、天文 学上の満月とは必ずしも一致しない。この算定法は第1ニカイア公会議で定められた。

『春眠不覚暁』  Mar. 19 2008 ▲Top
 言葉の意味は、春の朝は心地よくて何時までも寝ていたい気持ちを詠ったもの。 本来、人間の身体に必要なビタミンDは、紫外線を浴びることにより、身体に合成 されるものだ。しかし冬の間、日照量が少なくて、体内で必要なビタミンDが欠乏 しているので、暖かくなる春先頃にそのしわ寄で、眠たくなるのだと言われている。 寒い冬の間は、暖かい布団から出るのが辛かったが、気温の上がってくる春の気候 には、もう少し寝ていたいと思う身体が、何時までも布団に包まっているのだろう。  この時期、学生時代に教室で授業を受けながら、不覚にも寝てしまった事があり、 担任の先生から注意を受けたことが何度かあった。社会人になってからの苦い経験 は、寝不足のまま、無理して車を運転していて、途中から意識が無くなり、気が付い たら、街道沿いの民家の生垣に突っ込んで止まっていた。車は大破、前輪は直角に 曲がり、通りかかったパトカーに頼んで、レッカーを呼んでもらったことがある。幸い、 ぶつかったところが、柔らかい生垣だったため、運転手を含め同乗者に怪我もなく、 又、町外れの街道だったことと、車の往来の少ない時間帯だったので、周りの 被害者が無かったのは幸いだった。結果的に車の修理を諦めて、新車に買い 換える羽目になったが、居眠り運転の怖さを知った。

『みかん』  Mar. 18 2008 ▲Top
 毎年この時期になると、親戚や知人等のそれぞれの地元の名産だと言って、 文旦、伊予柑、デコポン、はっさく等のみかんが送られてくる。一度に頂いても 食べきれないので、結果的にはお裾分けで、近所等に配り、季節の美味しい 味を味わってもらっている。みかんは種類によって味が異なるが、私の最も好き なのは文旦だ。皮の厚いみかんで、味は淡白系だがそこが好きだ。食べ終わる と皮の部分を水に漬けて保存し、後でマーマレードにする楽しみがある。また厚い 皮を、砂糖で煮詰めて菓子にする事もある。愛媛名産の伊予柑とデコポンも美味い。 伊予柑はミカンとオレンジの交雑種だが、正確な起源は不明。愛媛で生産される ので伊予と言う名を冠している。皮はウンシュウミカンに比べ厚めだが手でむくこと は簡単である。果汁はジューシーで、香りもよいが食べる時、手がべたべたになる ので嫌う人も居る。デコポンは果皮が一見厚い様だが、むき易く果肉の膜も薄く袋の まま食べられるし種もほとんどない。糖度が高く食味も優れている。はっさくは、偶然 にブンタンと他の柑橘類との交配によって出来たみかん。 広島県因島市のお寺の庭先で自生しているのを、和尚さんによって発見されたのが 最初とされている。今では愛媛、徳島や広島、和歌山などでも栽培されている。八朔 (旧暦8月1日)から食べられることから、はっさくの名が付いたと言うが、実際の 食べ頃の初朔(旧暦1月1日)からという説もある。はっさくは、1〜3月頃に収穫され、 果実は大きめで黄橙色をしている。果肉は少し固めでサクサク感があり、爽やかな 酸味とほのかな苦味がある。

『彼岸の入り』  Mar. 17 2008 ▲Top
botamochi.jpg  暑さ寒さも彼岸までと言う。彼岸とは春分の日(3月20日)をはさんで前後3日間 計7日間を呼んでいる。今年は閏年なので春の彼岸の入りは3月17日からとなるが、 「彼岸」はサンスクリット語の「波羅密多」から来たもので、それは「生死のあるこの世界 を此岸と言い、涅槃の世界を彼岸と呼び、その間に横たわる煩悩を中流とする」という 哲学的な考えからきたものなのだ。このお彼岸の行事はインドや中国にもない日本独特 のものである。この時期はちょうど、太陽が真東から上がり、真西に沈み、昼と夜の長さ が同じになる春分の日と、秋分の日を挟んだ期間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の 供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられてきた。春分と秋分の日は、 昼夜等分の日であることが、ちょうど仏教で尊ぶ中道と言う事に合致すると言われている。 昔からお彼岸の供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は実は同じもので、炊いた 米を軽くついてまるめ、周りを餡で包んだお菓子として作られるのが一般的である。 これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来するとは知らなかった。 ちなみに私が子供の頃、我が家では牡丹餅のことを「中めしぐるり餡」と教えられていた。

『インドネシア事情』  Mar. 16 2008 ▲Top
 何年か前、初めてインドネシアへ旅行した時のこと、ジャカルタのスカルノハッタ空港へ 降り立った。今夜の宿舎へは現地の観光会社のガイドを探し出さねばならない。出口 ゲート付近には、大勢の人が溢れていて、何処へ行けばガイドと会えるのか判らず、 しばらく人波を観察していた。見ていると目的の人を探しやすいようにと、紙に名前を 書いて頭上に差し上げている人達がいることが判った。 当然の事ながら、我々に見慣れた漢字ではなく、ローマ字の文字は、ひと目では判り難く、 書かれている文字を読まないと判断できない。長い文字は読みづらく、ひとつずつ読み ながら探した。幸いガイドはすぐ見つかった。日本語が出来る人で、無事に意思の疎通 が図れ、空港に横付けされたバスまで案内された。飛行機から降りて、少しばかり時間 が掛かり、この後、目的地まで4〜5時間掛かるとの情報から、出発前にトイレに行くこと にした。空港のトイレに行って見て驚いたのが、小便器の取り付け位置が、日本に比べて、 異常に高い位置だ。小便をする為には少し背伸びしないと高さが合わない感じだ。周りを 見ても、インドネシア人の男性が特別背が高いとか、足が長いと言う問題ではないようだ。 恐らく、昔オランダの統治時代の名残で、背の高いオランダ人に合わせて取り付けた 習慣がそのまま、公衆便所の基準になったものと思った。あの便器の高さでは、小さな 子供のチンチンが届かないがどうするのだろうと不思議に思った。

『インドネシアのトイレ』  Mar. 15 2008 ▲Top
benki.jpg  写真の便器を良く見て欲しい。これは大便用で、インドネシア独特の形状だ。 日本の和式便器に似ているが、金隠しはない。水の溜まっている部分は奥の部分 で、左奥には紙くず入れ、手前右側には水を入れたバケツと柄杓が置かれている。 初めてこのトイレを利用する日本人は、まごつくこと請負だ。入り口を入って普通の 日本式なら、奥の壁に向かって座るが、このトイレでは壁に顔がくっつくほど近くなる。 大便用なのにトイレットペーパーは無い。なぜバケツに水とひしゃくがあるかを考えると 段々判ってくる。ここでトイレ利用には、手前の入り口を向いてしゃがむのだ。即ち 落し物は、奥の水溜りに落とすのだ。終わると紙の代わりに、左手で拭き取り、バケツの 水を手に掛けて洗い、ぬれた手を拭くのにティッシュを使ったら、奥の屑篭に入れる様だ。 インドネシアの下水は、紙を流すと簡単に配水管が詰まるので、流してはならないのだ。 いや実は、正式の利用法は聞いたことがないので、私自身が状況を観察して推理した 方法なのだが、多分それが正解だと思う。汚れた左手は、イスラム社会では不浄の手と 言い、食事をするのに右手を出しても、左手は後ろに隠すことからも理解出来る。 左手で握手するなんて、絶対に失礼な行為と聞いた。ホテル等では、西洋式の便器が備え られているが、便器の傍にジェットノズルの付いたホースが付いていて、コックを捻って お尻を洗浄する仕組みになっている。手動式ウオシュレットと言うところだ。

『シックデイ』  Mar. 14 2008 ▲Top
 シックとは英語で「病気の」と言う意味だ。デイは「day」なので、病気の日 と言うことになる。、普通、風邪や腹痛、発熱、下痢などの症状が起きると、 身体にとって、ストレスになります。体がストレスを受けると、ストレスホルモン を分泌してインスリン抵抗性が高くなり、いつもより高血糖になる。発熱と高血糖 によって体は自然に脱水症状になり、その結果更に血糖値が高くなると言う 悪循環が起きてくる。人体は高血糖時には体の抵抗力が低下するので、感染症 に掛かりやすく、更に直りにくくなる。糖尿病患者はこのようなことから、病気に なると、悪循環を繰り返し病気が長引くことになってしまう。シックデイを如何に 乗り切るかと言うのは、低血糖値の対処と糖尿病の自己管理が大切である。 その対処法にはシックデイ・ルールと呼ばれる方法がある。@水分を十分取る。 A身体を温めて安静にしている。B食欲が無くてもなるべく食べる。Cインスリン 療法をしている人は注射を中断しない。D血糖値や体温、脈拍などをこまめに チェックする。E怪しいと思ったら早めに診察を受けること等が基本である。

『有酸素運動』  Mar. 13 2008 ▲Top
 有酸素運動という言葉をよく聞く。運動には息が切れるようなハードな鍛錬で筋肉を 鍛える運動法と、身体に酸素を十分に取り入れながら行う有酸素運動がある。身体に 余分な脂肪をためない為には、この有酸素運動が一番効率的なのだ。ウオーキング や、サイクリング、軽いジョギングや水泳などが有酸素運動に属している。糖尿病等の 運動療法には、身体に溜めた脂肪をゆっくり燃焼させる有酸素運動が最も適している。 同じような運動でも、息が切れるほどハードになると、有酸素としての効果は無くなる。 有酸素運動に適した時間帯は食後1〜2時間後の血糖値が一番高くなっている時で、 脂肪を効率的に燃焼させるため、一度運動を始めたら、20分以上続けるのが理想的 である。私は、20年ほど前から毎日スイミングに通っている。以前、患った肝臓病から 健康を回復させるとき、出来るだけ安静にして体力を戻した関係で、運動不足による 無駄な脂肪が付き過ぎた傾向があった。脂肪をどのようにして落とすかと言うことから、 スイミングを始めた。以来毎日泳いでいるが、水に入るとクロールで約30分間泳ぎ続 けて、昔は2kmぐらい泳いでいた。70歳を過ぎる頃からは1kmをノルマに下げたが、 休むことなく泳ぎ続けるこを守り泳ぎ終わっても、息が切れることもなく、心地よい気分 で終えることが出来ている。無駄な脂肪を燃やし、糖尿病を避ける理想的な有酸素 運動だと思っている。

『お水取り』  Mar. 12 2008 ▲Top
 天平勝宝3年東大寺の実忠という僧侶が、二月堂を建てて、法会を始めたが天上界の一昼夜 は人間界では400年に相当すると言われたので、それなら行堂を走ることによって時間を 短縮することが出来ると考えて始められた。平成20年(2008)には1257回を迎え、以来一度も 途絶えることなく続けられている。この法会は、今では3月1日より2週間に亙って行われるが、 元は旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会という事で「修二会」と呼ぶ。 期間中の3月12日の深夜(13日の午前2時)に、「お水取り」といって、若狭井という井戸から 観音さまにお供えする「お香水」を汲み上げる儀式が行われる。この行を勤める練行衆の道明り として、毎晩行なわれる「お松明」は、長さ約8mにもなる大松明を童子がかつぎ、練行衆は その後について、二月堂のお堂へ入っていく。お水取りに続き、大松明を持った練行衆が内陣を かけまわる達陀という妙法があり、15日にはダッタン帽を幼児にかぶせると健康に育つという 風習が残っている。お松明は、1日から14日まで毎日上堂されます。お水取りが終わると、 奈良に春がくると言われる有名な行事である。

『DVD化』  Mar. 11 2008 ▲Top
 30年くらい前、映画やビデオカメラの映像をVTRテープに録画し、そのストックが増えるのを 楽しみに、暇さえあれば、ビデオテープの編集をしていた。今は当時のビデオテープが部屋の 場所を取り、整理にも苦慮している現状である。その後、VTRからレーザーディスクの普及で、 自分で自由に録画は出来ないが、画像の良い映画のレコードは溜め込んだ。この数年間はパソ コンの普及と共にDVDが手軽に編集出来る様になり、保存スペースが要らないこと、デジタル 録画の為、画像品質の劣化が無く、今までのVTRの記録を、積極的にDVD化してきた。何よりも VTRの再生機が古くなり、市場からも姿を消し始めた。今のうちに古いビデオ画像を、DVD化して 置かないと、将来再生して見る事も出来なくなると焦っていた。しかし、そのDVDも今の方式から、 ブルーレイ方式に進化を始めているのも、気になる。現在の展開は、従来のCD、DVDと基本 サイズの12cm盤を標準の規格としているのと、今までのDVDとブルーレイは規格上の互換性は ないが、開発段階から従来のCDやDVDも使用できる再生機器として設計が進められているのは、 消費者に優しい商品を目指しているのだろう。今迄のDVDは記録容量が小さいことが、今後の 主力方式になるハイビジョンの録画には難点だった。しかしブルーレイの開発により、12cmの ディスクでも片面一層の記録容量が25GB、片面二層は50GBと大容量が可能となった。現在は 記録が主体の製品開発なので、録画済の商品が本格的に普及するまでにはまだ相当の発展 要素は残るだろう。我々消費者もあまり先走りするのは見合わせたほうが賢明だと思っている。

『パスワード』  Mar. 10 2008 ▲Top
 パソコンを利用していると、OSや色々なアプリケーションソフト等のインストールで 必ずパスワードの入力を要求される。自分だけが使うパソコンなので、自分にとって 一番覚えやすいパスワードを統一して使うよう心がけている。しかし、一昔前はそこまで 考えていなかった事も有り、その時々の思いつきでパスワードを入れて登録したもの もある。数日前、日ごろサブで使っているパソコンをいじっていて、何かの操作ミスで、 突然OSのXPが立ち上がらなくなった。リセットを掛けると、今までスムースにスタートして いたのが、administraterのパスワード入力を要求された。しかし、このパソコンの場合、 パスワードは、何も入れずリターンキーだけで動いていた筈なのに、どうしても駄目で、 立ち上がらなく無くなった。何とか現状から脱出しようと触れば触るほど、深みに嵌り、 にっちもさっちも行かなくなり、結局1日掛かりで、XPの再インストールをし直した。 windowsがインストールされるドライブのプログラムは全て消えても、必要なものは再度 インストールし直す覚悟をした。しかし注意していた重要なデータは、別のドライブの 筈だったが、何故か消失。消えたデータが2度と戻ってこない失敗を深く反省している。

『ニホンザル』  Mar. 9 2008 ▲Top
saru.jpg  ウイキペディアによれば、ニホンザル(Macaca fuscata)は、哺乳綱霊長目オナガザル科 マカク属に属するサルの一種。日本列島の固有種である。日本でサルといえば、普通は この種をさすとある。実は、先月インドネシアへゴルフツアーを敢行した時、インドネシアで ニホンザルを見かけた。最初はジャカルタ市中心から南南東側に約20Kmほどの位置に、 1975年にオープンしたタマン・ミニ・インドネシア・インダーの中で、猿回しに会った時だ。 猿回しが太鼓を叩きながら、演技させていたのが、紛れも無くニホンザルだった。日本で 見慣れた、顔の赤い小柄な猿だが、とても頭が良くて、親方の指示に従って、巧みに演技 して、観衆を喜ばせていた。明らかにこの猿は、野生ではなく、日本から連れてこられた猿だ。 他の例は、ジャカルタ市内のジャヤアンチョールというゴルフ場内で見かけたもの。 ここは毎年、仲間と訪れるゴルフ場だが、場所は海岸に近い街中で、ゴルフ場と、付近の 野山とは、大きく離れていて、自然の猿が、自分達で移動してきたとは考えられない環境だ。 このゴルフ場の猿も、はっきりとニホンザルと認識できる。生息してる集団は多くは無い ので、数匹の家族構成と判断される。ゴルフをしている我々の前に控えめに姿を見せるが 決して寄ってくることはない。推測だが、誰かが意図的にこの場所につがいで離したもの と思う。環境から考えて、人間以外の天敵は居ないので、やがて大きな集団に育っていく ものと思い、行く度に楽しみにしている。遠く日本を離れた異国の地で、ニホンザルを 発見して、懐かしい気がした。

『HDビデオカメラ』  Mar. 8 2008 ▲Top
 ビデオカメラと言えば、昔はフイルムテープに録画するものが主流だった。 録画する画像が、従来のアナログ方式からデジタル方式になり、画像品質も 向上すると同時に、保存方法もメモリーにより記録できるようなった。再生時 ランダムにアクセス出来て、撮影済みシーンを簡単に確認できるなどが大きな メリットとなった。また、メモリーも小型化、大容量化が可能となり、ビデオカメラ の構造も簡単になってきた。即ちテープで記録する時代からメモリーになり、 モーターのような回転機構が無くなる事で、故障の原因も無くなる訳である。 数年前、ビクターから売り出されたコンパクトフラッシュメモリーによる、HDビデオ カメラが売り出されたとき、非常にコンパクトに出来て居ること、上記のメモリー 方式のため、撮った後すぐ確認出来、不要なシーンをすぐ削除でき、編集できる ことが気に入って飛びついた。正確にはコンパクトフラッシュには回転機構が 入っているので、SDカードのような固体型メモリーカードの、大容量化が進んで くれば、本当に回転部分のないビデオカメラが実現できるようになってきた。

『不眠症』  Mar. 7 2008 ▲Top
 私の家内は、いつも夜中も起きていて、本人に聞くと寝たのは明け方だと言う。 その間、何をしているかと言うと、テレビを見ているそうだが、私には出来ない芸当だ。 私も、時々寝られない時があるが、テレビを見ながら横になると、いつの間にか寝ている。 そんな私が目覚めるのは、夜中にごそごそと起きている家内の出す音で目覚めるのだ。 そして、点けたままだったテレビを消して寝なおしているが、素直に寝られる。現代社会 は「不眠の時代」と言われる。それは、さまざまなストレスなどにより「眠れない」人が 増えているのと同時に、夜遊びやゲームなどにより夜型人間が増え、「眠らない」人が 増えているのだと言う。でも、人は眠らなければ生きてはいけない。ギネスブックによれば、 断眠の世界記録はサンディエゴ西海岸に住む17歳の少年の264時間12分(約11日間) が最長だそうだ。断眠を始めて4日目からは、精神的イライラが目立ち、白日夢が現れ、 指の震えが起こって疲労が強まっていたという。勿論、彼の場合は特別であり、普通は 毎日6〜8時間程度の睡眠が必要である。家内の場合、夜は寝ていないが、明け方から 寝始めて、お昼ごろまで寝ているので、寝不足はない。人とサイクルがずれているのが、 困った習性だ。

『ハンカチの効用』  Mar. 6 2008 ▲Top
 一週間程前、突然起きたふくらはぎのこむら返りは、とても痛い思いが残った。発症する時の 痛さは、痙攣が始まる少し前から何となく攣りそうだと判るので、予め用心出来るが、先日の様に 夜中寝ているときの、こむら返りは事前の症状はないので、発症してしまった現象に、ただ痛みを 耐えるしかない苦しさがあった。あれ以来、運動の類は少し控え、筋肉の疲労回復のためアリナミン を服用したり、暇があれば硬くなっていた筋肉を揉み解したりして、再発は抑えてきた。その後、 2日の日曜日、用心しながらもゴルフのコンペに参加した時、足は調子よくラウンド出来ていたが、 最終前の16番ホール辺りで、少しふくらはぎに違和感を感じ始めた。ここまでもった痙攣を何とか 試合終了まで持たせるため、丁度持っていたハンカチで、ふくらはぎに強く巻きつけて硬く縛り、 それでプレーを続けた。ふくらはぎの筋肉が盛り上がる部分をハンカチで締めた為、それ以上に 筋肉は縮む事が出来なくなり、こむら返りが防げたのだろう。 結局最終ホールまで、痙攣が起きることなくプレーを終了することが出来た。ハンカチで縛って こむら返りをさせないよう対応したのは、実に効果的だった。

『珊瑚の日』  Mar. 5 2008 ▲Top
 今日、3月5日は何か無いかと調べてみたら、語呂合わせで珊瑚の日だった。 こんな語呂合わせは、幾つもあり、3月3日は耳の日だし、3月4日はサッシの日だ。 珊瑚は、見たところも触って見ても、鉱物のように硬いが、実は動物なのだ。 珊瑚が動物と判ったのは、200年ほど前のこと。生き物としての種類は腔腸動物・ 花虫類に属している。花虫類には他にイソギンチャクもいる。腔腸動物には他に ヒトデなどが仲間だ。この種類の生物の体は、哺乳動物の様に、口から食べて、 お尻から排泄する管状生物ではなく、身体は行き止まりの袋状になっている。 口は有るが、出口の肛門が無いので、餌を食べたカスは口から排出している。 口のまわりには数本の腕があり、それでプランクトンを捕らえて食べている。 珊瑚は、この珊瑚の個体が沢山融合し合って出来た共同生命体なのだ。 死んだ個体も骨だけを珊瑚に遺しで、大きな珊瑚は1000年近い時間を掛け、 何億もの珊瑚が作り上げた遺産なのだ。

『解体新書』  Mar. 4 2008 ▲Top
 私の苗字と同じ、前野良沢と杉田玄白と言う名前は中学時代の歴史の本の中 で発見し、感動を覚えたことが事がある。二人はは共に蘭方医として知られて いるが、今から237年前の3月4日、小塚原の処刑場で、罪人の死体解剖を見学 し、それまで持っていたオランダの解剖学の本と見比べながら、人の本物の臓器 と本に描かれている解剖書の正確さに感動した。オランダ語を読めない玄白は、 オランダ語の判る前野良沢に、この解剖書の翻訳をしようと提案し、翌日の5日 から前野良沢邸に集まり、翻訳作業に取り掛かった。翻訳の作業は前野良沢が 中心になって進められた。完成した「解体新書」は不完全な出来だと、前野良沢 は、自らの名は著者としては出ていないという。一方杉田玄白は、自らは年老いて 残る寿命が短いと思い、新書の不完全さより発表を急いだと言われ、前野良沢は それに不快感を示したらしい。翻訳の際に当時はまだ無かった翻訳語として「神経」 「軟骨」「動脈」などの語が作られ、それは今でも使われている。 当時としては長生きした杉田玄白は後年に、『解体新書』翻訳のときの様子を 『蘭学事始』として執筆している。不思議な縁だが、私の長女が結婚した相手が 杉田家で、娘が前野家という組み合わせも面白い偶然だ。

『我慢』  Mar. 3 2008 ▲Top
 ゴルフ等の試合には、実力だけでは勝てない運や、ツキが左右する場合がある。時に 勝負をかけて失敗することもある。特に相手との駆け引きが勝負に左右する事もある。失敗を したり、ツキの無いときは、チャンスが来るまで我慢が必要なときがある。昨日は2ヶ月に 1度行っている仲間のゴルフコンペだった。1週間前まで、インドネシアゴルフツアーで調子を あげてきた自信はあった。しかし、1番ホールパー4の第一打は、シャンク気味に右へ飛び 出しOB。前進4打地点からの球もオンに失敗し、1番ホールはトリプルボギーだった。2番 ホールのショートは当たり損ねたがラッキーにもワンオンし、パーが取れた。3ホール目の ドライバーもシャンクし、結局3番もダブルボギー。4番パー4のドライバーもヘッドの先に 当たりOBは免れたが、コース右の山の斜面に止まった。そこからの第二打もショートし、 結局3オン2パットのボギーで終わった。ここまではドライバーヘッドの真ん中を反れた当たり 損ねが続き、我慢するしか無かった。その後、ショート以外はボギーだったが、アウトは45で 終わった。午後のスタートもダボスタートだったが、その後は頑張って5つのパーを重ね結局 41で終わり、グロス86ハンディ16が効いて、ネット70の2アンダーで優勝が出来た。今日ほど ドライバーの失敗で、自信を失くしながらも、我慢することにより結果が出せた事に、ツキと 幸運を感じた。

『こむらがえり』  Mar. 2 2008 ▲Top
一週間ほど前、いつも通っているプールで泳いでいるとき、突然右足のふくらはぎが痙攣し、 泳ぐことが出来なくなった。プールサイドで痙攣しているふくらはぎを揉み解して、何とか 収まった。その後サウナルームで温まりながら、更にもみ続け、痛みは完全に直った。 その夜寝ているとき、突然今度は反対側のふくらはぎの筋肉がぴーんと突っ張って、飛び 上がるくらい痛いこむらがえりになった。あまりの苦痛に声も出ないほどで動けなかった。 その瞬間は、なぜそんなことになったか判らず、とにかく足の先を動かすことも出来ず ただ、苦痛に耐えているしかなかった。しばらくして、自然に痙攣が収まり、ふくらはぎに 手を添えて見ると、硬くこわばった筋肉は、カチカチに固まっていた。見たところ子持ち ししゃものようだった。痛みが治まったので、自分でマッサージをしたが、固まった筋肉は、 少々もみほぐした位ではどうにもならなかった。こむらがえりは、一般に普段使っていない ふくらはぎの筋肉の運動神経が何かの拍子に急激に高ぶるためにおきる現象で、運動を 長時間続けて疲れていたり体力が落ちていたりするとき、あるいは運動不足のときなどに おこりやすいようだ。翌朝、食事時家内に報告したところ、アリナミンが良いと薦められ、 それ以来毎日飲み、プールも休み、安静にして居たお陰で、今は元に戻った。

『ビデオ撮影』  Mar. 1, 2008 ▲Top
 今回、インドネシア旅行に際しては、ビデオカメラを2台準備して持っていった。1台は DV式テープに録画するやや大きいビデオカメラと、もう一台は、常時腰に下げて持ち 運べるコンパクトなビデオカメラで、特にゴルフのプレーをしながら片手間に撮影する には好都合だった。今回の旅行では、10日間で8回のラウンドを計画していたので、 全てを写す為、電池も予備を買い、毎日の撮影にも支障が無いよう、ホテルに帰ると 必ず充電も忘れず行って対応した。帰国後撮影画像をチェックしたら、合計2時間半を 記録していた。但し編集過程で苦労したのは、2台のカメラのシーンを繋ぐとき、時系列 に正しく繋ぐには、カットごとに番号をつけて、ソートするように画像を繋いでいくのに 手間が掛かったことだった。昨年の時は1台のビデオカメラだけだったので、ゴルフも プレーが始まると、カメラはバッグに仕舞い込んで、ラウンド中の撮影は出来なかったが、 今回はコンパクト型は、常時腰のベルトに吊るして持ち運べたのが効果的だった。 コンパクトタイプは、4GBのハードディスク1個なので1時間しか撮影できない事情が あったことから、2台を使ったが、帰国後、大容量のSDメモリーが値下がりしているのを 知り、4GBを2個購入したので、来年からは1台でも全てのシーンを撮影できる準備ができた。

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