2008年2月
『紹興酒』  Feb. 29, 2008 ▲Top
 インドネシア旅行中の食事には、いつも気を使い、我々が無難に口に合うのは 焼きそば(ミーゴレン)か、焼き飯(ナシゴレン)で、昼時の食事は大抵それらの 食事の出来るところを探して食べていた。夕食については、内容に変化があり、 栄養のバランスも取りやすい中華料理専門の店が多かった。インドネシアで ビールと言えば、ビンタンビールと、アンカーの2つのブランドがあるが、我々の 口に合うのはビンタンであった。食事には必ずビールも頼み、夕食に中華料理の コースのときは、どうしても紹興酒が欲しかった。インドネシアでは酒類は何処の 店にも必ずあるとは限らず、時にはビールすらないところもある。また運良くビール が有っても、出てきたものは冷えてない暖かいビールだったこともある。日本では 中華料理に、紹興酒が付物だが、インドネシアでは、店に紹興酒が置いてあれば 幸運だと言える。基本的にインドネシア人は酒を飲むことが無いのだろう。 また、日本人は紹興酒に氷砂糖を入れて飲む人が多いが、紹興酒すらあれば 幸運と言うところ、氷砂糖なんて、話も通じなかった。辛うじて、ある店で梅干の 砂糖漬けがあったが、日本や台湾でも梅干の砂糖漬けで、代用する事もある。 結局は、これまで何度かの旅行での結論は、紹興酒のある店が限られていること、 それに氷砂糖や梅干は無いことを覚悟するか、日本から持参するしかない。

『衣服の感覚』  Feb. 28, 2008 ▲Top
 日本の2月と言えば、1年の内でも一番寒い時期と言って過言ではない。 寒さを凌ぐため、旅行などする時は、万一の寒波も考えて、長袖の下着に 暖かさを保つシャツに上着をつけ、更にオーバーコートを準備して出る。 今回、インドネシアへ出掛けるときは、前日の東京では雪が降り、所により 白い雪化粧したところもあった。そんな中、成田空港までは、まさに真冬の 服装で出掛けたが、空港からは、日中の気温が30度にはなると思われる 南国なので、一気に薄着に着替えなくてはならない。コートは空港の一時 預けに頼み、上着と長袖シャツは、カバンに入れて、半袖薄着に着替えた。 そして、いざインドネシアに着いて見ると、暑いインドネシアなのに、何と皮 ジャンバーか、キルティングの上着を着ているひとを見かけて驚いた。 我々の感覚では、そんな物を着るほど寒くないと思っていた。でも本当は、 防寒着を着ていたのは、オートバイに乗っていた人達だった。彼らにとって 高速で走ると、皮ジャンバーが必要なほど、寒く感じるのだろうが、日本人の 感覚から言って、真夏の日本でオートバイに乗るのに、キルティングの上着 を着て乗っている人は見たことが無い。精々風除けのジャンバー程度だ。 暑さに慣れている彼らも、寒さにはとても弱いのだと知った。

『ゴルフの文化』  Feb. 27, 2008 ▲Top
hadasi.jpg  毎年のようにインドネシアへゴルフに行くようになって、もう15年くらいになる。 行く度に、新しいゴルフ場へのチャレンジもして来たが、施設的には、40年位前の 日本みたいで、カートの設備の無いところも多い。ゴルフの費用は大変安く、今の 日本と比較して、少なくとも1/2〜1/3程度。キャディへのチップも精々日本円換算 600円程度も上げれば喜んでくれる。ゴルフ場のキャディは、教育も行き届いていて、 現地の言葉が判らない我々にとって、英語が通じるのがありがたい。若い女性キャディ が多いが、お客に対する礼儀も教育されていて、気持ちが良い。ゴルフ場よっては、 乗用カートの設備の無いところは、重いゴルフバックをキャディが肩に担いで廻る ので、男性だけのところもある。今の時期は雨期で、毎日雨が降ることもあり、フェア ウエーは水溜りが多い。男のキャディの中には裸足の人も多いのに驚いた。足の裏も 鍛えているのだろうが、あの水溜りでは、靴もすぐ駄目になるから、裸足のほうが 経済的なのだろう。また、ゴルフ場で見掛ける人種は、限られていて、韓国系か、 欧米人、たまに現地で仕事をしている日本人もいた。 まだ生活に余裕がないのか、それとも宗教的な問題があるのか、現地人のプレーヤー をゴルフ場で見ることは余り無い。欧米人が人の集まるところで大声を発することは 少ないが、大声で話す人種は、韓国人か日本人と言うのは、それが文化だとすると 少し恥ずかしい思いがした。

『酒の没収』  Feb. 26, 2008 ▲Top
 成田空港の出国手続きで、スーツケースや、ゴルフバッグなどは、航空会社の窓口で、 重量計測が終わり、制限内であればそのまま、目的地まで運んでくれる。中身については 特別の禁制品で無い限り問題は無いようである。我々の仲間には、帰国の際、現地で買った土産品 等で、スーツケースに入らないものは、全てゴルフバッグに入れて送っていた。ゴルフバッグ の中は、クラブ以外のもので、大きく膨れ上がっていたが、中は結構余裕があるので助かった らしい。帰りのことより、出国の際、スーツケースとゴルフバッグは、家から空港まで完全に梱包 し空港宅配便で送り、そのまま航空会のカウンターで手続きして送った。たまたま、空港までの 途中での貰い物であったが、高級ブランディを頂いたので、そのまま機内持ち込み手荷物に入れて、 出国手続きの検査に行った。最近爆発物まがいの液体を厳しくチェックしているようで、即没収 された。私だけでなく、今回同行の仲間にも何名か酒を没収されたと、悔しがっていた。中には、 ヘヤートニックや、魔法瓶に入れた水もダメと言われ、トニックは没収、水は飲むか捨てるか迫られ、 仕方なく中身を捨てて空にしてOKが出た。事前にその事を知っていれば、航空会社の受付のとき、 貨物扱いのゴルフバックかスーツケースに入れておけば問題なかったと後悔した。お陰で、改めて 出国審査終了後の免税店で、酒類の購入を余儀なくされたが、無駄な出費をした事が実に悔しかった。

『交通整理』  Feb. 25, 2008 ▲Top
 最近のインドネシアも、高速道路は結構整備されてきたが、市内の道路は何処も 車が溢れていて、到る所で交通渋滞が起きている。お互い進路を取り合いしながら 走っているので、危険溢れるところだが、運転の技術は相当のものと感じた。 我々の滞在中はチャーターした大型のバスで移動するので、渋滞に巻き込まれたら 大変だが、この国には面白いシステムがあって、込み合う道路で、右折、左折、U ターン等するときは、私設の交通整理マンが出てきて、笛を吹きながら、困っている 車を巧みに誘導し、目的の方向へ出してくれる。恩恵を受けた運転手は、心づけの お金を支払っている様だが、多分1000〜5000ルピアの間位と思う。現在の貨幣価値 で1000ルピアは日本円10円程度なので、大したお金ではないが、勝手に整理をやって いる人達にとって、1日中頑張れば、結構な稼ぎになるのだろう。交通整理の警察官 の不足している事もあって、警察も大目に見ているのだろうが、運転手側からすれば、 金を払っても、楽に渋滞を抜け出せるなら大歓迎だろう。

『出入国審査』  Feb. 24, 2008 ▲Top
 私達は、これまで何度も海外旅行をしているので、出入国に関しての手続きはそれ程 まごつく事はなくなったが、それでも当初の頃は、一緒に旅行する経験者の後ろについて 何事も、聞き漏らさず、同じように行動し、処理してきた。今回のインドネシア旅行には、 海外旅行の経験の少ない人もいたので、成田を出るときから神経を使って、皆の行動を 制御していた。メンバーの中から、員数チェック係りや、何かと交渉する係り、金銭を取扱う 係りなどを決め、専門に任せて行動した。それでも行動する時に黙ってトイレに行っていて 員数が揃わず困ったりした事もあり、集団から離れるときは、必ず員数係りに申告してから 行動させるようにした。日本出国に際し、制限のあるものは極力手荷物を避け、トランク 等に入れて送れば、大丈夫だ。実は機内持ち込みは最近厳しくなっていることを忘れて、 酒類や、飲料水、ヘヤートニックの類まで、没収されたのは、計算違いだった。入国時は 問題なかったが、現地から帰国するとき、事前の注意事項として、出入国カードを絶対に 無くさないようにと注意したにも関わらず、メンバーの一人が、ジャカルタ空港で受取った カード半券を紛失。日航の窓口担当の女性に相談したら、新しいカードを書いて出せば大丈夫 と言われたが、出国審査官から入国時の押印が無いと拒絶されて、一時どうなるかと心配した。 言葉の判らないことを理由に、長い時間粘って、何とか通過できたが冷や汗物だった。 帰国後、本人の荷物を整理していたら、大切なカードなので大事に仕舞い過ぎて、肝心な時 何処に入れたか、動転して忘れてしまったようだ。団体旅行するときは気をつけたいものだ。

『鍵のトラブル』  Feb. 23, 2008 ▲Top
今回のインドネシア旅行で初日に泊まった、ボゴールのノボテルホテルでは、セキュリティ カードをスライドさせて、ドアを開ける方式だった。最初だけ順調に開いたが、二度目 からは、何度かやり直してやっと開くと言う危うい状態だった。しかしその後は完全に 開かなくなり、フロントに連絡して来てもらったが、カードがおかしいという事で、結局は 交換する羽目になった。3日目に泊まったバンドンのパパンダヤンホテルは、これまで 何度も使ってきたが、大きなトラブルや問題は無かったと思う。しかし今回は、昨日も 書いた様に、2人部屋にも拘らずバスタオルが、一人分しか準備されていなかった他に、 部屋の金庫の鍵が閉まらないと言う問題も起きた。ロックをするには、暗証番号を入力 する方式なのだが、どうしても暗証番号を認識しない。ゴルフや外出の際パスポート等の 大切なものを保管できず、調査を依頼したら、4時間も掛かるジャカルタから修理屋が 来るまで、貴重品はフロントに預けることになった。幸い翌日は修理が出来て、自分の 部屋で保管出来るようになったが、なんともお粗末な設備だった。実はA氏の部屋でも 同じ様なことがあって、フロントに連絡する電話の掛け方がユニークだった。そのA氏は、 インドネシア語は判らないし、英語も得意でないので、マイドア、ドント オープンと叫んだ そうだ。単に部屋の中の金庫の戸の事なのに、マイドアとは大げさな表現だが、それでも 係員はすぐ来てくれたので事は解決したようだった。

『言葉の発音』  Feb. 22, 2008 ▲Top
 これまでも、10回以上インドネシアへは出掛けて来たが、仲間にインドネシア語 を話せる者がいるので、今までもあえて積極的に言葉の勉強をしないで済ませてきた。 いよいよ困った時は、万国共通の英語を話せば何とかなると高を括ってきた点はある。 今回、我々日本人が英語だと思い込んでいる言葉の中に、実は英語の様であっても、外国人 に通じなかった言葉の例があったので披露しよう。初日と2日目はボゴールに宿泊。旅行 3日目のバンドン市の、パパンダヤンと言うホテルで事件は起きた。2人1部屋のバスルーム には何故かタオル他の備品は、一人分しか置かれてなかった。それに気づいた同室のH氏は、 早速ルームサービスに電話で、タオルが一人分しか無いと、英語で話した積もりだった。 ところが、電話相手に何度タオルだと説明しても、通じない。そこでプリーズ カムヒアー と言って電話を切った。すぐ担当の男が来たので、タオルを見せて、ゼスチャーを交えて 1セットしかないと話したところ、相手は即座に理解し、貴方の言っていたのはトゥエル のことか と納得した。 彼らは、英語のtowel をインドネシア風にトゥエルと発音する様だが、我われ日本人 が言い慣れたタオルと言う発音では、全く通じなかった訳だ。やっと通じた発音の お陰で問題は解決したが、東北出身のH氏は、日ごろ話す日本語にもお国訛りがあり、それが 大きく影響したのだろうと仲間から冷やかされた。

『インドネシア旅行』  Feb. 21, 2008 ▲Top
 毎年恒例で出かけているインドネシアゴルフツアーが、昨日無事終了して帰国した。 大学時代の同級生仲間が中心となり、それぞれの仲間を含めて今年も10名で旅行した。 道中には、いろいろ面白い話題があったので、明日から少しずつ披露することにしよう。 部屋にバスタオルが無いと、ルームサービスに日本語で電話をしても通じなかったH氏、 部屋の金庫の鍵が閉まらないと英語で電話したが、相手に通じなかったA氏、出国時に 大切なカードを無くした事で、管理官と会話が通じなくて、途方に暮れたM氏の話等だ。 旅行目的は、寒い2月の日本を離れて、暖かい南の国で伸び伸びゴルフと言う企画だった。 今の時期インドネシアは雨期ながら、これまで雨に降られて困った事はなかった。しかし 今回は毎日雨に降られた。仕方なく雨の中、傘を差してラウンドする内、雨が上がり 最終日を除き、7回のゴルフプレーは何とか出来た。当初予定したラウンドも最終日だけ 特別激しい降雨で、フェアウエーの水溜りが酷過ぎるので諦めた。余る時間を市内観光 に切り替え、今までゆっくり見物出来ていなかった博物館巡り等をしたが、とても素晴ら しい内容で満足した。道中誰一人病気に罹ることもなく、事故もなく、全員が無事帰国 出来た事は、幹事役を勤めてくれたK氏とH氏の多大な尽力と努力に感謝している。

『海外旅行』  Feb. 8, 2008 ▲Top
 昭和32年に明治大学工学部電気工学科を卒業した同級生仲間は、卒業後全国に 散らばったにも関わらず、学生時代からの交友関係が50年を過ぎても変わらず、 今も続いているのは凄いものだと思う。集まるときの名称は、昭和32年の卒業 なので冠に32と付け、32明工会と名づけて、毎年数回の会合の他、ゴルフの 好きな者同士が春・秋のゴルフ大会に加え、希望者による海外ゴルフツアーと して、毎年2月に海外ゴルフも実行している。これまでの実績はインドネシアの バリ島、ジャワ島中部のジョグジャカルタ、バンドン、ボゴール、ジャカルタ等 に出かけ、ゴルフと観光を楽しんできた。よく聞かれるが、なぜインドネシアか?、 だが冬の寒さが身に滲みる日本の2月に比べインドネシアは、暖かくて、快適な ゴルフが出来ることと諸経費が安いことだ。しかし、インドネシアも平地では 暑いので、インドネシア内を色々廻った結果、最近はジャカルタより、少し高地に なるボゴールやバンドンを主力基地として出かけている。今年も2月10日から 20日まで、ボゴール、バンドン、ジャカルタと転戦し、都合8回のラウンドと 観光を予定して出かけることにした。

『狭心症』  Feb. 7, 2008 ▲Top
 いつの頃からか私は、狭心症という持病を持つようになった。しかし、この症状が起きるときは 別に、胸とか心臓に近いところで始まるのではなく、腕や、肩、時には足の大腿部とか、全身の 何処からも発症するので、それが狭心症と認識していなかった時代があったかも知れない。 突然胸が苦しくなり、痛みを我慢できなくなるなら、これは心臓から来る病気だと気づいただろう。 心臓以外の場所に異常な痛みを感じたとき、それが狭心症という事に気づき始めたのはごく 最近のことだった。ある日、夕食後のひと時を、安楽椅子に座って静かにTVを見ていたとき、 突然左肩の付け根あたりから手先にかけて、まるで他人の腕のように重たく、強い痛みを 感じ、我慢できなくなったことがある。その時は、とにかく痛みを和らげるべくあらゆる努力を したが、解決せず痛みの治まるのを待つしかなかった。そして、しばらく我慢して痛みは徐々に 治まり、何事も無くなり、不思議な体験だと思った。その後も、場所を変えて同じような体験が 何度かあり、ためしにニトロを口に咥えて、試してみたら、数分もしないうちに痛みは解消し、 それ以来狭心症の症状の変形と気づき、体調に違和感を感じたら、即ニトロを含むことにより 治癒することを知った。昨夜、左足大腿部にその症状が起きた。ニトロを咥えると直ぐ収まったが、 一度始まった発作がなかなかおさまらないこともあり、どんどんひどくなると心筋梗塞になる 可能性もあるという。早めのニトロで対応し油断は禁物だ。

『裏表』  Feb. 6, 2008 ▲Top
 先ころ、テレビを見ていて、ティッシュペーパーに裏表があることを知ったばかりだが、 海苔にも裏表があることを知った。ティッシュペーパーの裏表は、紙を漉くときに、乾燥網 に乗せて乾燥させる。網の面から乾燥されるため光沢があり、反対に表面側は自然乾燥 で、肌触りのざらつきを感じると言う。したがって使うときに肌触りを良くするため、2枚を重ねて、 肌触りの悪い面を向き合わせ、肌触りのよい面を外側になるよう2枚合わせて包装しているのだ。 海苔の製法も浅草海苔や青海苔を、細かく刻んでから適当な濃さに淡水に溶かし、簀(す)の 上に広げて、天火で2〜3日乾燥させて作る。この際、表のほうを充分に乾かしてから裏も 乾かしている。そのため、長く簀の側に接して、直射日光にあたる時間が短い裏のほうが つるつるでよく光ることになり、こちら側が何故か裏となる。ものには大抵表と裏がある。 たとえば、日本刀は腰に差した時に外側になるほうが表で、包丁は右手でものを切る時に 外側になるほうが表。では海苔はというと、表面に光沢が少なくざらざらしているほうが表 という訳だ。紙と海苔では、裏表の感覚が逆なのが面白い。

『ミラーニューロン』  Feb. 5, 2008 ▲Top
 先日、テレビを見ていて、ある番組で面白い実験をしているのにとても興味を持った。 それは、一人の人がしゃべるのを、数名の人が囲んでその話を聞いている場面だった。 話し手は、絶えず眉間にしわを寄せるような、顔をして話をしていた。それはその人の 癖だったかもしれないが、話の内容とは無関係にそんな暗い顔のまましゃべっていた。 聞いていた側の人たちは、誰一人笑顔を見せることなく最後までそんな顔で聞いていた。 実験のテレビでは、その話を聞いている側の表情を細かく収録しておいた。一方同じ 話題を、別の人が話をした。その人は前者とは反対に、絶えず明るくにこやかに話をした。 聞き手側は同じような内容なのに、話し手と同じように明るくにこやかな顔で聞いていた。 実験が終わって、話の聞き手側に、二人の話し手について、何を感じたか聞いたら、笑顔 で話をしたほうの内容に好感をもったと言う。しかし、実は話の内容は同じなのになぜか と言う解説があって、話し手が明るく話すと聞き手も明るくなり、暗い話し方をすると聞き手も 暗い顔になる、それがミラーニューロンの論理である。同じ話でもこちらの心が鏡のように、 相手に写るのだと言う。人は暗いニュースばかり聞かされると、心理的に暗くなり、落語や 漫才のような笑える明るい話を聞くと、心から明るくなれると言うことなのだ。 健康のためには、暗い話が続いたら、必ず落語、漫才等で大いに笑うことを心がけよう。

『旅行準備』  Feb. 4, 2008 ▲Top
 今週末から、インドネシアへ10日間の、ゴルフツアーに出かける日が近づいた。 国際線の往復の切符手配は幹事役が代表して手配してくれているので、後は 出発当日、成田空港で受け取ることになっている。現地では、到着から帰国まで、 専用のバスと、10日間我々の面倒を見る通訳も準備されている。後、必要なのは ゴルフ代のお金と、お土産代等の小遣いだけだが、これまでの実績から精々 4〜5万円もあれば十分だ。あと準備するのは、インドネシアに入国の際の税金と して25ドル払うので、これはドルで準備しておかなければならない。 現地ではゴルフプレイ8回を企画しているので、貸しクラブでなく、自前のクラブを 持参する。ゴルフのキャディは日本と違って、基本的に一人に一人付くので、何か お土産になるものを準備していると喜ばれる。我々は、国内でゴルフをしたときの、 ゴルフ場のマークの入った、ボールマークを、数種類多めに持って行き、それを上げると とても喜ばれた。お金が掛からないで喜ばれるものだ。スーツケースは、これまでの 経験から、持って行く荷物ぎりぎりのサイズより、少し余裕のある大きさの方が、 お土産など買い込んだとき、十分入れられるので便利なことが分かり、爾来大きめ のスーツケースを持っていく様にしている。

『誕生日』  Feb. 3, 2008 ▲Top
 2月3日は私の誕生日、今日で満73歳になる。昔、人生50年と言っていた時代がある。 その頃は、確かに医療制度も整っていなくて、あらゆる面で健康管理の不備もあったの だろう。だから、平均寿命も短かったのかもしれない。また、寿命のことだけでなく、50 と言う数字は、100の半分で、ひとつの区切りになることもあるだろう。俳優の上原謙は 66歳で再婚し、立派に子供も作り、その娘は女優として活躍している。まだまだ老人扱い は早いのだ。貝原益軒の「養生訓」は84歳の時に書かかれたもので、人生の終点は、 どんどん伸びており、不必要な「我慢」をすることはない。進みたい道を行く。やりたいこと をやる。歳を考えず恋をしたっていいではないかという論法だ。私自身の健康法は無理を しない。くよくよしない。新しいことにも挑戦する。身体を動かす。何でも食べる等を実践中。 無理はトラブルの元、寿命を縮めるでけだ。くよくよするのはストレスを貯めて碌な事は無い。 新しいことに挑戦するのは、脳の活性化を促しボケ防止になる。身体を動かすのに毎日 プールへ行き、泳いでいるが、陸上を歩くより、足腰への負担が少ない割りに、水の抵抗で 結構手足の筋力を鍛えられる。そして好き嫌いを言わず、バランスよく食べて過ごしている。

『引越し』  Feb. 2, 2008 ▲Top
 家内の姉夫婦が、長年住んでいた家屋敷を処分し、老夫婦の住みやすいマンションに 引っ越すことになった。新しいマンションは、合理的に作られているが、広さには限界 がある。今までの広い屋敷で使っていた家財道具は、殆ど役に立たず、間取りに合せた 新しい家具設備に買い換えて生活を始めた。しかし、衣類や小道具類には捨てる積もりで、 解体予定の家に残していたので、使えるものは我が家に頂いてきた。あと2週間ほどで、古い 家の解体工事が始まるが、残してきた家財道具で不要な物は、現在庭にうず高く積まれている。 何れ一括して、埋め立てゴミとして業者により片付けると言う話なので、我が家にも、捨てるに 捨てられず、今迄押入れの中で長年邪魔になっていた古い電気製品や古道具を、義姉の家の 廃棄ゴミに加えさせてもらった。本当は我が家にも、まだ整理しなければならない屑ゴミが いっぱい有るのだけど、しかし、いざ捨てるとなると、なぜか躊躇してしまうのは、長年に 染み付いた貧乏性に違いない。

『如月』  Feb. 1, 2008 ▲Top
 時の経つのは早いもので、お正月気分が抜けきれぬうちに、もう今日から2月、別名如月だ。 「如月」は中国で呼ぶ二月の異称をそのまま使ったもので、日本の「きさらぎ」という名称とは 関係がない。なぜか、2月だけが28日又は29日と他の月より日数が少ない。そうなった理由は 紀元前のローマ暦で、3月が新年であった頃、アウグストゥスが、1年を12ヶ月に分割したとき、 8月の日数が30日だったのを、31日に変更した。その結果全体で1日不足することになり、数 合わせとして、年末の2月から1日引いたため2月の日数が少なくなったと言うことのようだ。 旧暦二月は、新暦では3月ごろに当たり、梅の花が咲く時期である。旧暦二月でもまだ寒さが 残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから「衣更着(きさらぎ)」 。草木の芽が張り出す 月であるから「草木張月(くさきはりづき)」 前年の旧暦八月に雁が来て、更に燕が来る頃である から「来更来(きさらぎ)」 陽気が更に来る月であるから「気更来(きさらぎ)」 等の別名もある。

Home