2007年6月
『冠動脈閉塞』  Jun. 30, 2007 ▲Top
 狭心症の原因を探るべく、4日前新居浜労災病院でCTスキャンの検査を受けていた。 血管の状態を細かく見るため、事前に造影剤の注射をして、X線スキャンに入った。体の断面を 薄くスライスするようにX線で断層写真を撮っていく訳だから相当時間を掛けるのかと思って 居たが、実はあっという間に撮影は終わった。X線でスキャンされたデータは、コンピュータ で処理された結果、分りやすく色づけされて、心臓を取り巻く冠動脈が細かく再現されていた。 昨日担当医はグラフィックで再現された画像を見ながら、検査結果から冠動脈に心配するような 閉塞箇所は無かったと診断した。ただ、別の白黒のX線写真に映し出された心臓の血管の節目 節目には小さく白く光っている部分が見られたが、それは結石の跡で、今回心臓を取り巻く血管 の毛細管が詰まったのは、この結石の粒が移動して毛細管のどこかを詰まらせたものだろうと推察 した。しかし、ニトロの効果で、瞬間的に血管を広げて流した為、異常状態から開放されたのだと 説明された。今回の撮影で見る限り、今後障害の起きる閉塞危険箇所は見当たら無いので、心配は 無いと診断された。これで、当分狭心症で心配する事は無いことが分り一安心した。

『今日の一言』  Jun. 29, 2007 ▲Top
 ホームページを作り始めて丁度満11年目になる。当初から毎日更新することを宣言し、 旅行で家を離れた日以外は、必ず更新を続けてきた。更新といっても、大した内容の無い 日もあったが、それでも必ずどこかを書き直すか、書き足した場所を残して来た。しかし もう少し意味のある更新を目指す為、5年前から表紙ページに「今日の一言」と言うサイトを設け 意味のある内容を書き始めた。最初の内は、試行錯誤で書いていたので、精々数行程度の 内容もあったが、段々読んでくれる人も増えてきた為、思いつきで書くだけでなく、ある 程度意味のある事象について、調査したり、文献を調べたりして内容の向上を目指した。 テーマは、ある程度日常生活から取り入れたが、平凡な日常生活を繰り返しているので、 ややもすると、同じようなテーマが繰り返し出てくるようになり、その都度書き直したり している。最近では完全にテーマ切れになり、毎日締め切り近くになっても題材がなくて 苦労をしている。果たして何時まで「今日の一言」を続けられるか根競べだ。

『ねこばば』  Jun. 28, 2007 ▲Top
 人の目を誤魔化して、拾ったお金を自分のものにしてしまう事を「ねこばば」と言う。 「ばば」とは関東地方ではあまり使わないが、関西地方では「糞」のことをさす。 「ねこばば」をそのまま言えば、猫の糞のことである。猫を飼っている人は分るが 猫は糞をすると、本能的に砂をかけて隠してしまう。他のペットはこんな明らかな 行為はしない。ねこばばと言うのはそのまま、自分のうんこを見付からない様に隠して しまう行為のこと。悪事を働いても、人に見られないように巧みに隠してしまうことを、 猫のばば隠しになぞらえて、ねこばばと言うようになったらしい。面白いことに、 ワープロで「ねこばば」と入力して変換すると「猫糞」となる。なんとも不思議な言葉だ。

『CT検査』  Jun. 27, 2007 ▲Top
  先日の狭心症の原因を詳しく調べる為に、昨日CTスキャンによる検査を受けた。 CTそのものは2度目の体験で、最初は2年前に突然激しい目眩に襲われて、坐って いた椅子から落ちるほど目が回って、救急車の世話になって病院に担ぎ込まれ、頭 のCTスキャンをした事がある。原因は3半器管である事が分り、点滴治療で治った。 今回は、心臓の冠動脈の毛細血管の映りを良くする為、事前に造影剤の注射を打ち、 CTのスキャンを受けたが、撮影は意外に早かった。造影剤は血液に入ったとたん、 体中が燃えるような熱さを感じた。アレルギー体質だと、気分が悪くなる事もある 様だが、私には異常がなかった。スキャンした画像は、コンピュータで画像処理して 3次元グラフィックスの立体再生して診断するものと思う。結果の報告は3日後と 言うことになった。詳しくはその時までお預けとなった。

『視力の異変』  Jun. 26, 2007 ▲Top
 先日、狭心症が起きた後の事であるが、予定していた旅行を取りやめ、医者の話から 暫く心臓に負担が掛かる事は控えた方が良いとの判断で、何時ものスイミングも休んでいる。 毎日の日課にしていたスイミングに出かけないと、家の中ですることも無く、只ただ パソコンの前に座っているか、テレビを見ているか寝ている状態だ。昨日、枕元の 新聞を手にとって見ようとしたら、何故か文字が読めないのに驚いた。まるでメガネの 片側のレンズを落としたかの様に、左右の焦点が狂って文字が判読できないのだ。 以前、片目の下半分が突然真黒い幕で覆われたように見えなくなったことがあるが、 落ち着いて一旦目をつぶり、暫くしてそっと目を開けたら、何事も無く元に戻った。 その時、専門の眼科医に見てもらったら、網膜の毛細管が一時的に詰まったのだろうとの事。 今回は何度、目を瞑って見ても、もう一度目を開けるとやっぱりボケている。やっぱり 狭心症の起きた冠動脈狭窄が、目の神経にも来てしまったと観念した。諦めて片目に 冷たい布をあてがい、しばらく目を休めていたら、元に戻った。今は正常に見えている ので一安心だが、人間年を取ってあちこちくたびれて来たのだろう。次々と襲う症状と 毎日戦っているいる。

『食品の保存』  Jun. 25, 2007 ▲Top
 水不足を解消する為にも、この時期に降るならもっと大いに降って貰いたいのだが、 その割には、お湿り程度の降り方で、すぐ止んでしまうのがどうも中途半端な梅雨だ。 ただ、降ったと思うと止み、止むのかと思うと降り出す梅雨時独特の湿気は、食品 にカビが生えたり腐ったりしやすいのが厄介だ。冷蔵庫のなかった昔は、とくに梅雨 時の食品保存が大変だったと思う。食品の腐りやすいのは、暑い夏の盛りより、梅雨 時のほうで湿度と大きな関係があるのだ。バイ菌が繁殖しやすい条件は、湿度が80% の時は、気温25度から 30度くらいになるのだが、湿度が90%を越えると、気温は15度 から35度と、広い温度範囲になる。梅雨は丁度この条件にぴったりの季節なのだ。 それで夏よりかえってものが腐りやすくなるのだ。昔と違い、今は何処の家にも電気 冷蔵庫はあるが、油断すると冷蔵庫の中でも、食品腐敗は起きている。時々古い食品 は気をつけてチェックした方がいい。

『食の安全と信頼性』  Jun. 24, 2007 ▲Top
 2000年に近畿地方を中心に雪印乳業の乳製品による集団食中毒が発生した。食中毒の原因は北海道の 工場で製造された低脂肪乳の主原料だった脱脂粉乳製造時の停電事故による毒素の発生にあったが、 大阪工場の管理体制不備や品質管理上のずさんさであった。その後、追い討ちをかけるように2002年 にはハム・ソーセージ等の肉製品の製造・販売を行っていた子会社雪印食品による雪印牛肉偽装事件 (BSE対策として、国が疑いのある肉を買い上げる制度を悪用)が発覚。雪印グループ全体が存続の 危機に陥った。不二家では2006年10月と11月の計8回にわたって、埼玉工場でシュークリームを製造 する際に、消費期限切れ牛乳を使用していたことを隠蔽するよう指示した社内文書を、内部告発を受け た報道機関により暴露された。今回北海道のミートホープ社が牛肉と偽って豚肉を混入させた挽肉を 複数の大手業者に納入、そのままコロッケの材料として市場に出ていた事が発覚。強権のワンマン社長 により社内では規制が効かず、ついにウソがばれるところまで来てしまった。市民の安全生活を預かる 食品会社が、信頼を裏切るような行為は、絶対にしてはならないと言う教訓が、何故生かされないのか。 金儲けだけが目的のこの手の企業は、徹底的に庶民の敵として、再起できない罰を与えるべきだ。

『続:狭心症』  Jun. 23, 2007 ▲Top
 本当は昨夜の夜行バスで東京迄行き、朝7:16の新幹線つばさで、東京駅から山形県 真室川町まで行く予定だった。30年前真室川で仕事をしていた事があり、当時の社員 達が、2年前OB会を発足させ、今日はその2回目の集まりに出席する予定だった。 前日までは、元気で何処にも異常はなかった。ただ数年前から時々起きる持病の狭心症 が起きなければいいが・・・とは、ひそかに家内と話し合っていた。 そして、昨日朝起きて暫くして、右肩付け根から先が痺れて物凄い痛みを感じ始めた。 この現象は、最近時々起きる狭心症の典型的な症状で、この1ヶ月だけで3回目だ。 何時もならニトロ舌下錠を咥えると数分で痛みが止まるはずなのに、咋日は何時もより 長く痛みが続いた。収まったところで医者に行き、状況を話し診断を受けた。 血圧は125〜70と正常だが、心電図は少し異常があった。 医者と相談の結果、いずれにせよ心臓の冠動脈に狭窄箇所があると思われるので、詳しく はCT検査を受ける事を勧められ、設備のある病院に検査依頼を予約し来週検査する事 となった。山形へはすでに往復の切符の手配をしていたが、急遽中止の決断をし、幹事に 連絡した。切符は、まだ乗車前だったのですぐキャンセルの手続きをした。今日23日は 集まったOB達が、遠路四国から参加の私を心待ちしていたと思うが、こんな事情でした。 次回は元気になって、必ず出かけますので、それまで皆さんもお元気で!

『ティッシュペーパー』  Jun. 22, 2007 ▲Top
 生まれて初めて、ティッシュペーパーに遭遇したのは、戦争直後、占領軍として日本に 進駐してきたアメリカ兵が、持ち込んだものだった。当時私は中学生で、今と同じような 四角い箱に収まり、一枚づつ続いて出て来る仕組みがとても不思議に感じた事を思い出す。 ティッシュペーパーの始まりは、第一次世界大戦中 脱脂綿の代用品として開発されたもの。 第一次大戦が終了した後、ティッシュペーパーは在庫が過剰に余っており、アメリカの キンバリー・クラーク社がメイク落とし用に「クリネックスティシュー」として発売。 以来アメリカではティッシュペーパーのことをクリネックスという名前が定着したようだ。 日本では昭和28年に発売されるようになり、昭和39年に山陽スコットが日本初の箱入り ティッシュペーパーを販売している。現在ティッシュに似たトイレットペーパーがロール状 で売られているが、外見上似ていても、そもそも紙の品質が全く異なっている。トイレット 用のロールペーパーは、ティッシュペーパーより粗悪で繊維質の少ない紙である。故に水に 溶けやすい(分解しやすい)が、ティッシュは繊維が長く、水に溶けにくいので、水洗トイレ では、パイプに詰まる可能性があり、流すのは気をつけたほうがいい。

『原油値上げ』  Jun. 21, 2007 ▲Top
 相変わらず続く中東情勢の悪化や、パレスチナ情勢の混乱など、石油供給の鍵を握る 地域紛争が収まる気配の見えないことから、2004年以来の原油高騰が進んでいる。ガソリン スタンドの店頭価格は、日毎に変動しており、消費者は安いスタンドを探して店を替えている。 長く続く原油の高騰から、トイレットペーパーの店頭価格が4年ぶりの高水準に上昇し始めた。 今日近くのスーパーへ買い物に行った際、これまで店頭に安値で積み上げられていたティッシュ ペーパーの値段が少なくとも3割近く上がっていて驚いた。多分便乗値上げに違いない。 紙の製造工程で、大量の電力と蒸気を発生させるボイラーに必要な原油の値上げが続けば、 供給量まで厳しくなる事から、第1次オイルショックの1972年のトイレットペーパー騒動を 思い出す。あの時は、突然町中の店頭からトイレットペーパーが無くなり、日本国中が 大パニックになった。事前にストックする間もなく、店頭から姿を消したトイレットペーパー の代わりに、戦争中を思い出して、新聞紙や雑誌のページを破いて、トイレに準備しようとした 事がある。昔の硬い紙に慣れたあの時代と違い、柔らかい紙に馴染んだお尻は、間違いなく即、 痔になること請負だ。

『水がめ』  Jun. 20, 2007 ▲Top
 今年の四国は雨不足で、水がめの底をついて大騒ぎだ。いつもの年なら山の雪解けと 梅雨の雨とで豊富に水があるべき時期に、暖冬で山の雪が少なかったのが大きく響いた。 先日、地元の滝の宮カントリークラブでプレーしたとき、コース内にある池の水が無くて、 本来水底で姿を見せない魚が、背びれを出して泳いでいた。いや、とても泳いでいるとは 言い難く、魚体は水中で真っ直ぐ泳げず、身体を斜めにしてバタバタしている感じだった。 プレーした日は、恵みの雨の日だったが、それでも傘は差さないでも支障が無い程度で とても池の水を増やすほどではなかった。恐らく数日の内に魚は干上がってしまうだろう。 毎年のように問題となる松山市の石手川ダムと、高松市の水源の早明浦ダムは水が枯れて、 厳しい取水制限をしているが、このままではダムの水は無くなる見通し。本来なら地下水が 豊富で市内なら何処でもパイプを打ち込めば水が吹き上げると言われてきた西条市も、近年 地下水の水位が下り続けているという。幸い、私達の新居浜市はまだ、地下水が出ている ようなので一安心だが、いつまでも保障されているわけではない。自然現象なので、天の 思し召しだけが頼りだ。

『イーグル』  Jun. 19, 2007 ▲Top
 ゴルフで規定打数のパーより、2打少なくホールインさせることをイーグルと言う。 パー3のショートホールでは、エース又はホールインワンと言ってお祝いする。 私はゴルフ歴50年近くなるがまだホールインワンの経験はない。ゴルフが全く 下手ではホールインワンの可能性は無いが、上手くても運が無ければ入らない事も ある。ゴルフを始めた若い頃、ドライバーの飛距離は人より良く飛んでスコアも 良かったが、65歳を過ぎる頃から力が衰え、飛距離が落ちたと嘆いていた。 ところが、飛ばそうとする余り、力を入れ過ぎて飛ばない事に気づき、肩の力を 抜いて振り上げ、ゆったりと振り抜くことを思い出した。最近のゴルフでそれを 試したところ、飛距離が伸びて、球の曲がりも少なくなり、スコアも蘇ってきた。 先週の練習ラウンドでは、パー5のロングホール4つの内、2つを2オンさせた。 一昨日の月例で、295ヤード谷越えのミドルホール パー4を狙って見事ワンオン、 1パットのイーグルでホールアウト。ショートホールのホールインワンと同じだ。 若い頃320ヤードのワンオンも経験があるが、72歳を過ぎて300ヤードの 飛距離は、アマチュアのグランドシニアとしては凄いことと自画自賛。その日の 同組プレーヤーとキャディさんから褒められたのは嬉しかった。忘れかけていた飛ばす ゴルフの醍醐味が蘇り、少しやる気が出てきた。

『全米オープンゴルフ』  Jun. 18, 2007 ▲Top
cabrera.jpg 第107回全米オープン今年の会場は、ピッツバーグ郊外にあるオークモント カントリクラブ。メジャートーナメントの中でも最も難易度の高いセッティング で選手を苦しめ、ハイレベルな試合が展開された。多くの参加者の中でも アメリカ人選手が最も欲しいと願うメジャータイトルだ。選手たちは距離が長く、 ラフが深いコースに苦しんだ。世界ランキング上位のフィル・ミケルソンや、 これまで2度も優勝しているレティーフ・グーセンら5人が早々と予選落ちした。 第2ラウンドを終えてアンダーパーがいないと言うのは1974年以来のことだ。 さすがのタイガーも「コースは本当に難しい。言葉では表現できない」と嘆いた。 3度目のチャンピオンを狙うタイガーは初日+1で5位タイ、2日目+5で13位タイ、 3日目+4で2位と迫りタイトルに近づいた。最終日トップで先を走るカブレラを 追い逆転優勝を賭けたタイガーが必死に攻めたが、カブレラの豪快で正確なショットは タイガーを寄せ付けなかった。最終ホールに賭けたタイガーのパットは入らず、 アルゼンチンのカブレラがチャンピオンとなった。 日本勢では唯一予選を通過した片山晋呉も、日を追う毎にスコアを落としたが、最終日 健闘し18オーバー36位タイで終了。(写真は優勝したアンヘル・カブレラ)

『三面記事』  Jun. 17, 2007 ▲Top
 新聞で面白い社会面の事を、三面記事と言う。昔の新聞は見開き4面の新聞で 一面が広告、二面が政治・経済、三面が社会、四面が連載小説や家庭・文化と いう構成だったので、社会面を三面記事と言う呼び名が残っているのだろう。 その三面記事を読んでいて、面白い事件を見つけた。 岐阜県多治見市の国道248号線で速度違反の車両を追跡中の覆面パトカーが 追突したと言う。速度違反の乗用車は制限速度60kmのところを100km で走行していた。スピード違反を計測した覆面パトカーは、拡声器で「前の車 止まりなさい」呼びかけた所、追跡に気づいた車は、慌てて急ブレーキをかけ 止まった。後続のパトカーは、思いのほか素直に急停車する車を避けきれずに そのまま追突してしまった。どうやら、パトカーを運転していた巡査部長は、 計器盤のスピードメーターを見ていたため、前方の車の急停車に気づくのが 遅れたようだ。こんな場合、スピード違反者が悪いのか、パトカーが悪いのか と言う議論になったら、違反者の罪はどうなるのだろう。追跡された車は、 パトカーの指示通りに止まったのだから、追突したパトカーの方が前方不注意 脇見運転とスピード違反、追突した車両事故の張本人である。更に追突された 車の損害補償と相手運転手の怪我・後遺症はどうしてくれるのだろう。

『父の日』  Jun. 16, 2007 ▲Top
 毎年6月第3日曜日を父の日と決めたのは、アメリカが最初で、1910年に教会の牧師にお願いして ワシントン州の一夫人が男手一つで育ててくれたお父さんに感謝する礼拝をして貰ったことが始まり。 1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになり、 1972年(昭和47年)アメリカの国民の祝日に制定されている。日本でも、すでにあった母の日に対し て父の日の無いのは片手落ちと、昭和28年ごろから始まっている。母の日にカーネーションを贈る のに対して、父の日は白いバラの花を贈るのが一般的だが、お父さんに花はどうもと言うことから プレゼントにネクタイやシャツなどの衣類を贈るのが増えている。いつまでも若々しくいて欲しいと いう思いを込めてコーディネートすると、出不精なお父さんもオシャレして出かけたくなるという 狙いだ。

『アマチュア無線』  Jun. 15, 2007 ▲Top
 1年ぶり、東京時代の仕事仲間が、アマチュア無線の移動局運用を目的で遊びに来た。 運用周波数は430MHzSSBで、日頃遠距離通信を楽しんでいる仲間達と示し合わせて 四国エリアとの交信を成功させようとの計画だ。生憎、移動してきた日が、四国地域の 入梅日と重なり、連日の天気予報は雨の報道。兎に角見晴らしの良い山に登って電波を 出そうという事になり、四国中央市の翠波高原へ登ることにした。電波を出す時間帯は、 関東地域の受信側の都合で、夕方からと言うことだったので、足場の確保やアンテナの 設置などを考えて昼過ぎから出かけた。広い駐車場もあり、瀬戸内海を一望できる絶好の 場所を選んで、準備にかかった。アンテナの固定方法は、車のタイヤで基盤を踏み根元を 固定し、アンテナポールを延ばして設置した。心配した雨よりも風の強いのに閉口した。 強い風で揺さぶられるポールは、車のボディにガタガタ当たり、車の傷みが心配だった。 しかし、約束したスケジュール時間が来たので、CQを出し始めた。電波はなかなか届く 気配がないので携帯電話で、状況の確認をしながら、1局だけ電波をキャッチしたとの レポートが来た。その後いろいろチャレンジしたが、風はますます強くなり、雨も降り 出したこともあり、予定より早めの撤収を決めて帰路に着いた。翠波高原は標高1000m 程の高所にあり、相当期待したが、残念ながら関東と四国との交信は大成功とは言えな かった。次回は今治から西瀬戸自動車道を移動して再チャレンジする事にした。

『おふくろ』  Jun. 14, 2007 ▲Top
 おふくろが亡くなってもう20年を過ぎた。熱烈な恋愛で父と結婚し、6人の男子を 生み、決して裕福でないサラリーマン家庭ながら、全員大学を卒業させる偉業を成した。 子育ては戦中戦後で、充分な食料も無い時代、子供たちに食べさせる為、リュックに 自分の着物を詰めるだけ詰めて、田舎の百姓の家を回り、米や麦に代えてひもじい思いを させなかった。子供たちの学校生活では絶えずお金が必要だったが、着物の仕立て代で 稼いだり、私の大学時代は無理して金を工面し、料亭を始めた。決して大きな稼ぎでは ないし、小さな子供たちを育てながら、料亭の女将の仕事は、大変な気苦労だった。 年頃の男の子にとって、料亭で働く女性達は、お客との色恋沙汰もあり教育上あまりいい 環境では無かった筈だが、不思議に子供たちの思春期を何事も無く過ぎたのは、母の教育 が良かったものと思う。その料亭商売も、最後の弟が大学卒業と共に、きっぱりと廃業した。 子育てが終わった後は、好きな三味線を持って、市内の老人ホームへ慰問に出かけたり、 歌の好きな人を集めて歌謡教室も開いていた。当時はまだ本格的なカラオケが無い時代、 伴奏には三味線が大活躍で、市内あちこちで引っ張りだこだった。そのおふくろも、ガン には勝てず、胃がんと診断されて3ヵ月後にあの世の人となった。父と同じ享年73歳。 最後まで多くの人に親しまれた素晴らしいおふくろだった。

『青二才』  Jun. 13, 2007 ▲Top
wakabamr.jpg  若くてまだ未熟な者のくせに大人ぶっている人のことを青二才と言う。世の中まだまだ経験 不足で失敗も多く、大人から見て危なっかしい年頃のこと。青いとは木の葉で言う青葉若葉で、 若い芽からやっと色づき始めた青を指すのだろう。二才は、生まれてまだ少ししか経っていない 幼い子供の意味か。九州の南部地方では、若者を「にせー」や「にさい」とも言う。他には、 魚などの稚魚を「二才魚」などと呼ぶことの喩えから、「青二才」と言うのが一般的になった ものらしい。自動車の運転免許取りたての場合、車に初心者を示す青色の若葉マークを貼るのも その意味だ。道路交通法では、普通自動車一種運転免許の取得後1年を経過しない運転者は、 運転する車両の前後の視認性の高い部分に掲示する義務があり、また周囲の運転者はこの標識を 掲示した車両を保護する義務を有し、幅寄せ・割り込みなどの行為を行なってはならないと定め られている。表示車に対して幅寄せ・割り込みをした場合は交通違反となる。掲示義務を課され ている運転者がこれを怠った場合は、違反点数1点が、初心運転者に対する妨害行為に対しては 違反点数1点が加算される。運転の青二才には改めて気をつけるようにしよう。

『弘法は筆を選ばず』  Jun. 12, 2007 ▲Top
 昔から書の達人は、どんな筆であってもいい字を書く事ができたという譬えで、 書の達人だった弘法大師は筆へのこだわりがなっかたという諺になったもの。 しかし、これは間違いで、弘法大師は、実は筆へのこだわりがあって、良い字を 書くには、良い筆でないとダメだと言うことで、筆の収集家だったそうである。 何事でも、真理を追求して行く為には、適当な妥協をせず、さらに奥義を深める ために、どんな小さなことにも細心の注意と研究を怠らないことが弘法大師の教え だった。いわく「弘法は筆を選ぶ」というのが正しいようだ。道具を選ぶといえば、 最近のゴルフでは、遠くへ飛ばす為のドライバーの進歩は目覚しく、材質、大きさ、 シャフト、重量、長さなど、昔の道具と比べたら、著しい変化をしている。経験の 浅いアマチュアでも、高反発のドライバーでプロ並みの夢の飛距離を出している。 ゴルフボールも、昔のボールに比べて、ディンプルの形や数で飛び方が違ってきた。 曰く、曲がらない、高く上がる、遠くへ飛ぶなど、スコアアップにはボールの性能 も左右することがあるようだ。パターの形状も変わってきた。真っ直ぐ転がし易く 、距離感を出せる様に、ヘッドの形やシャフトの長さはさまざまに工夫され、プロ の実績いかんで、流行が起きている。

『内臓脂肪』  Jun. 11, 2007 ▲Top
 日本人の死亡原因の3大病名は、脳卒中、心臓病、ガンといわれている。脳卒中と心臓病を あわせた、いわゆる循環器系の病気を引き起こす原因の多くは動脈硬化とされている。動脈硬化 の原因の多くはコレステロールと言われてきたが、最近の調べでは肥満から来る色々な生活 習慣病が動脈硬化を引き起こしていることが分ってきた。近頃テレビや新聞によく出てくる メタボリックシンドロームと言われているものだ。メタボリックシンドロームの人は、大抵 内臓脂肪を溜め込んだ肥満症であり、通常は高血圧、高脂血症で糖尿病が持病という症状を 持っている。そしてこれらの症状が重複してくると動脈硬化の危険度が高くなっていることが 分ってきた。コンビニ等で、買い物籠一杯にスナック菓子を買い込んでいるオバちゃんの 体型を見ると、決まってメタボリックシンドロームを連想させる。日頃運動をしない。よく 酒を飲む。食事は満腹になるまで食べる。間食を良く食べる。味付けは濃い方だ。タバコは 止められない。アイスクリームは大好きだ。いつも階段を登るのを避けてエレベータに乗る。 こんな生活をしている貴方、もうメタボリックシンドロームはそこまで来ていますよ。

『ETCカード』  Jun. 10, 2007 ▲Top
 高速道路を利用するのにETCは大変快適な仕組みだ。ETC利用には予め端末の 設置と許可申請が必要なので、思い切ってオークションで安いETC端末を仕入れ、 自分で取り付けた。当初、ゲートを通過するときスピードを20kmに落とすように 指示されているが、本当にノンストップでゲートが開くのか不安があった。 余りのスピードでは反応が遅れてゲートバーが当たるかも知れないが、これまでの ところ、問題は無かった。先日高松へ出掛けた時、何時ものように、車の発進時 ETCカードを差し込み確認のうえ、高速道路に入った。 途中、サービスエリアでトイレ休憩したが、このETC機器は、カード盗難を防止 の為か、車を離れるときにはカードを抜くようにとメッセージを放送するので、 それに従って、一旦抜いてから車を離れ、所要を済ませた。再び乗り込みスタート するとき、ETC機器はカード再挿入の確認を放送したはずだが、何気なく聞き逃し 走り出した。目的の高松西ゲートで下りるとき、何時もの通りスピードを落とし ながらゲートバーに接近したが、ゲートは開かず、ストップせざるを得なかった。 正常なら、後続車もすんなり抜けると思って急接近してきたが、私の車がストップ したので、一瞬追突寸前になった。慌ててゲートの係員が飛び出してきてカードの 確認を促され、やっと途中でカードを抜いていた事に気づき、差し込んでやっと ゲートが開いた。あの時は全く混乱したが、後続車には大変迷惑をかけてしまった。

『介護保険制度』  Jun. 9, 2007 ▲Top
 人生の長寿時代を象徴する老齢化社会を迎えて、介護を必要とする人を支援する、介護保険 制度が2004年に施行された。自立出来ない要介護者の尊厳を全うする為、安心して利用できる 素晴らしい制度だ。法が施行された当時、この制度に一番力を入れてスタートしたのが、 ディスコの「ジュリアナ東京」や「ヴェルファーレ」を仕掛けて大成功したO会長率いる、 グッドウィル・グループの傘下企業の一社コムスンだった。テレビでも大々的に宣伝し、訪問介護 を必要とする老人に利用を訴えた。その事業所も全国に展開し、介護士の募集と養成に力を 入れていた。近い将来私達自身も制度を利用する立場にあり、その時期を予測した我が娘も、 介護者への奉仕に応募し、実際の訪問介護を始めた。暫く仕事について余裕が出来てくると、 クライアントの希望を聞いて、サービス精神で指定時間を越えた介護や、頼まれた買い物を 通勤途中にして上げたりして、喜ばれていた。ところが、娘の担当でない日の当番の人は、 そこまでクライアントの要求に応じられなかった事から上司に告げ口、上司から決められた介護 以上のサービスは絶対してはならぬと釘を刺されてしまった。自分で動く事が出来ず、不自由を している要介護者のために働いてはならぬと言い切る会社の考えに疑問を抱き、即辞職したが、 こんな会社の方針では、老齢化社会の救世主とは言えない、金儲けだけの邪悪な集団と言えよう。 今回不正受給発覚でH社長の引責辞任で幕引きを考えているが、GW会長の本意はまだ 老人介護の名義を借りた金儲けにあると感じられる虚しさが残る。

『豊かさと価値観』  Jun. 8, 2007 ▲Top
 ものの価値観とは、時代によって大きく変わるものだと感じている。今迄は金に任せて 物を蓄える事が、豊かな富の象徴のように考えられてきた。しかし、文明が進歩して 新しい文化が生まれ、商品も進化し生活の形が変化してくると、ひと昔前まで大きな 価値を持っていたものも、現代社会では価値を失ってきたものも多い。経済の進歩した 現在では、物を溜めるより、物を生産する能力こそ豊かな富の元と感じるようになった。 しかし、その生産力も、それに対応する消費が裏打ちされていなければまた、価値を無く していくものだ。豊かな富を続ける為には、豊かな消費とそれに見合う生産とのバランス を保ちながら進化していく事こそが、豊かさと繁栄を支えていく元なのだろう。

『水戸黄門』  Jun. 7, 2007 ▲Top
koumon.jpg  ご存知、水戸黄門は、毎週月曜日に放送されている時代劇のタイトル。1969年8月4日に放送開始し、 2003年12月で、放送1000回を過ぎ、今も続いている、世界にも類を見ない長編TV番組である。今も、 まだ再放送も行なわれている。我が家では、家内がチャンバラ時代劇には目が無く、特に黄門さま は大好きな番組だ。番組が放送されている限り、チャンネル権は常に家内にあり、黄門様が最優先だ。 たまに付き合いで私も水戸黄門の番組を見る事があるが、歴代の黄門役では、初代光圀の東野英治郎 が一番好きだった。悪者と戦うとき、黄門様の杖で相手をやっつける様子は、一番似合っていた。 以後2代目西村晃、三代目佐野浅夫、四代目石坂浩二、五代目里見浩太朗と続くが、初代東野英治郎 の黄門さまイメージが強くて、二代目以降の役者では、黄門さまとは結びつかない。 ドラマで水戸光圀を黄門さまと呼ぶのは「こちらにおわすお方は先の中納言、天下の副将軍なるぞ」 というセリフにある官名・中納言からきたもので、朝廷が与える官名は唐の律令制にならっていて、 日本の中納言にあたる官名は中国では「黄門侍郎」と言う事から黄門様と呼ぶようになったもの。 実際の黄門さまは、水戸の西山荘で質素な生活で、73歳で他界するまでの10年間ここに住んでいて、 話のような諸国漫遊の旅はしていない。

『カンニング』  Jun. 6, 2007 ▲Top
 最近の中国は、高学歴を目指して受験戦争も厳しい戦いをしているようで、受験生のあの手この手の カンニングも話題になっている。最近、試験場に入る際に金属探知機で身体検査すると、小型カメラや、 イヤホンつき受信機が摘発されたという。カメラを胸の辺りに仕掛け、問題内容をカメラで撮り、試験場 近くに待機する相棒に問題の内容を無線で送り、その正解回答をイヤホンで聞きながら書き込むという。 さすがにハイテクの世の中、やる事も大胆だが摘発されては元も子もない。50年以上前の我々の時代にも 試験に際して色々なカンニングを考え出した。簡単な仕掛けは、鉛筆を二つに割り、その内側に小さな字 で書き込み、試験場には元の様に張り合わせて持ち込む。問題の内容によって、中を割って見るのだ。 新しい鉛筆だと、意外に多くの情報を書き込めた経験がある。どうしても覚えられない内容を、大抵は 試験前日、苦労して書き込むのだが、苦労した分、内容は案外覚えてしまい、現実の試験会場では、殆ど カンニングする必要がなかった。大学時代の倫理学試験の時、あるページに山をかけて、そのページを 丸暗記し、試験の問題に関わりなく、丸暗記した内容をそのまま全て書いたら、単位を貰えた事がある。 多分、問題の内容とは異なったが、自分なりに表題を付けて、完璧な文章で書いたので、その努力に対し 教授が評価してくれたのだろう。受験勉強は決して無駄ではなかった事になる。

『麦秋』  Jun. 5, 2007 ▲Top
 今頃の季節、麦の穂が黄色く色付く頃を「麦秋」と言うが、初夏なのに「麦秋」とはなぜ? 麦が実る5月末から6月初めの頃を「麦秋(ばくしゅう・むぎあき)」または「麦の秋」といい、 俳句では夏の季語となっている。それでは、何故秋なのかと言うと、農家では穀物が実る時期 を秋と呼び、初夏でも麦の熟する時期だから麦秋と言ったのだろうか。 秋と言う字は形成文字で音読みすると「シュウ」となる。麦秋の場合は「採り入れる」意味の 「収」から来たと考えられる。即ち麦秋の「秋=シュウ」は現代の言葉で言う季節の秋のこと ではなく作物の「収穫」を指すことになり、夏の季語でも秋と言うのが正しいのかもしれない。 麦秋という言葉自体は、大陸からはいってきたもので、陰暦4月の異名である。日本の農村でも 古くから米が実る9〜10月を「米あき」と呼んでいて、麦の秋という呼び方もあったようだ。 ちなみに「竹の秋」という言葉もあり、竹の葉が黄ばむ晩春のことをいい、仲秋は若竹が鮮やか な緑に茂るので「竹の春」と呼んでいる。田植えの終わった、まだ稚い緑の田圃の隣で、既に 黄色に色付いた収獲前の麦畑のコントラストもなかなかのものだ。

『地球温暖化』  Jun. 4, 2007 ▲Top
 地球温暖化が世界的な問題として取上げられて久しい。このままオゾン層の破壊を続ければ、 地球の末期も予想を超える速さで訪れるかもしれない。地球温暖化が進めば地球表面の大気や 海洋の平均温度が上昇すると言われている。大昔、地球にオゾン層がなかった時代があり、太陽 からの紫外線が直接降り注ぎ、生命体の生存が出来なかった頃があった。しかしその後オゾン 層が出来、紫外線がカットされるようになって生命が誕生し、今のような地球になったと言う。 しかし現在地球上の生命体である人類が、自ら作り出したフロンガスによって、地球を守っている オゾン層を破壊し、元の生命誕生以前の地球に戻ろうとしている。オゾン層が破壊されると、 日光に含まれている紫外線が、人間の肌に直接あたってしまい、皮膚ガンや白内障・失明、免疫 低下により、エイズなどのウィルス性の病気にかかりやすくなるとされている。現在、世界中で 皮膚ガンや白内障にかかる人が増加し、日本でも7倍に増えている。20年後にオゾン層の2/3 が 減少し、最悪の事態になると言われている。1997年に京都市の国立京都国際会館で開かれた 地球温暖化防止京都会議に於いて、地球温暖化の原因となる、温室効果ガスの一種である 二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、ハイドロフルオロカーボン類、パーフルオロカーボン類、 六フッ化硫黄について、先進国における削減率を1990年基準として各国別に定め、共同で約束 期間内に目標を達成すると定められた。しかし京都議定書から、先進諸国で唯一離脱している アメリカは、自己経済利益のみの考えに基づき拒否していると、世界中から非難を浴びている。

『無茶苦茶』  Jun. 3, 2007 ▲Top
 昔、大阪の漫才師でえんたつ・あちゃこというコンビがいた。えんたつが何か言うと 「無茶苦茶でござりまするわ」とあちゃこが言い、どっと笑いがとれるギャグだった。 この無茶苦茶という言葉は、元来浪花の言葉だと思うが、言葉の中に茶が入っている ので、語源はお茶に関係あるのかと調べてみた。やはり、筋道の立たないことを無茶と 言い、もともとは茶の湯の世界から派生した言葉で、「茶道の心得もなく、礼儀作法を 知らないこと」更に「来客に対して茶も出さない常識知らず」を指していた。またお茶 を入れた時の甘みや渋み、苦がさのバランスのとれていない茶を「苦茶」と表現した。 早い話が、無茶苦茶とは常識外れの出鱈目ということだ。

『梅雨』  Jun. 2, 2007 ▲Top
 早いもので、今年も6月に入りまもなく梅雨のシーズンとなる。梅雨は東アジアだけにみられる 雨の多い季節を指し、6月上旬から7月上旬にかけて、日本の南岸から中国の長江流域にかけて 梅雨前線が停滞して長雨を降らせる現象の事を言う。この時期は日本や朝鮮半島南部、華南や 華中の沿海部に見られる特有の気象で、5月から7月半ばにかけて毎年巡ってくるものだ。 日本の梅雨のような、雨季がある地域はは世界中にも多くある。ただ梅雨はそれほど雨足の強く ない雨が長期に亘って続く点に特徴がある。この時期は高い湿度のため、カビの発生や食中毒など が起こりやすく、健康管理に注意が必要である。梅雨の時期が始まることを梅雨入りと言い、 梅雨が終わって夏になることを梅雨明けと言う。今では全国各地の地方気象台や気象庁では梅雨 入り・梅雨明けの発表をするのが通例となっている。

『6人兄弟』  Jun. 1, 2007 ▲Top
kyoudai.jpg  私の子供の頃、サラリーマン家庭の我が家は、男ばかりの6人兄弟が、狭い家の中で ごちゃごちゃに生活していた。男ばかりの殺伐とした家の中では、小さなことが原因で、 兄弟喧嘩が絶え間なく、何時も誰かが喧嘩して、誰かが泣かされている様な状態だった。 しかし、長男の私が大学受験を目指す頃には、うるさい弟達の為、勉強する部屋も無く また勉強に集中する事も出来ず、独善的に兄の特権を生かして二階の一室を、自分専用 の部屋として確保することにした。でも喧嘩が始まると、家の中を走り回る足音や、煩く 怒鳴りあう声、どたばたと襖やドアにぶつかり合う音などで落ち着かなかった。それでも さすがに深夜は静かに集中する事ができ、お陰で受験は成功した。兄弟は大体3つ違いで 離れているのと、大学生活は地元を離れて家を出て行くので、続く2男以降も、受験 目的の勉強部屋は、その部屋が代々引き継がれていった。伝統的に続いた結果、最後の弟 が受験するまで利用された訳だが、あれだけ喧嘩の絶えなかった兄弟だったが、全員それ ぞれ、落ちこぼれなく希望する大学を制覇できたのは、両親にとって自慢の兄弟だった。

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