2007年5月
『根回し』  May. 31, 2007 ▲Top
 植木を移植するとき、ただ根を掘り起こして植え替えるだけでは、樹が育たない場合がある。 特に松の木の植え替えは、とても難しいと言われている。木を移植する際には、あらかじめ根の 周囲を掘って根の一部を切り落とし、細根を発達させておくことが必要だ。この事を根回しといい、 元々植えられていた場所で、根回しをした状態で暫く養生させ、それで木に異常が起きない事を 確認して、はじめて移植を成功させる事が出来るのだ。仕事の世界で「根回し」をするという言葉 をよく耳にする。交渉事を成功させる為には、事前に関係者に意図や事情などを説明し、ある程度 までの理解を事前に得ておくことが事をスムースに進める秘訣だ。政治家や役人等が、交渉などで この根回しを使い始めたのはまだ日は浅いと言う。

『GPSゴルフナビ』  May. 30, 2007 ▲Top
golfnavi.jpg  先週福島県いわき市まで出かけて同級生とのゴルフ大会に出席したが、その時のゴルフ場の 乗用カートに、GPS機能のナビが付いているのを初めて体験した。衛星を利用したGPS ナビゲーターは、日頃自分の車についていて、不案内な土地でも苦労することなく目的地に 到達できて便利な事は知っているが、ゴルフ場でこんな使い方がされているのは知らなかった。 最近は何処のゴルフ場もキャディ不足で、初心者やゲストのプレーヤーにとって、コース攻略 には、ベテランのキャディが居ないと困るケースが多い。しかし、GPS機能が付いたコース ナビは、スタート地点からのコースレイアウトが画面で表示され、何処を攻めると良いか、一目 瞭然で理解でき、2打地点からは、ホールまでの残りヤード数が正確に示されるので、クラブ 選択も苦労は無い。最新式のゴルフナビでは、自分のクラブの飛距離を予め入力しておくと、 残り距離数に対して、推奨クラブまで表示してくれるとか。またラウンドするごとにスコアを 入力していくと、自動的に計算され、更に無線でキャディーマスター室までスコア情報が飛び コンペの集計も出来てしまうとか。また、前方をプレー中の組の位置が示されるので、知らずに 打ち込む心配も無いなど、トラブルの防止も出来るようになっている。最近ではGPS機能付き 携帯電話に、登録しているゴルフ場なら自分専用に正確な情報が得られる時代になったようだ。

『どんぶり勘定』  May. 29, 2007 ▲Top
 いくら働いても、全くお金が溜まらないと嘆いている人がいる。 稼いだお金から消費する お金をセーブすればいいのは分っていても、それが出来ていない証拠なのだ。実はサラリーマン 時代、毎月の少ない給料の、稼いだ金だけでは買えない物を、無理してローンを組み、支払い を先延ばしした事を忘れて、次の物を買ってしまう。一見慎重に計算しているようでも、何時の 間にかどんぶり勘定を続けてきた結果だ。こう言う懐勘定のことをどんぶり勘定と呼んでいる。 「どんぶり」と言うと、器のどんぶり鉢を思い浮かべるが、この場合の「どんぶり」とは、昔の 大工さん等が着ていた腹がけ等、前についている物入れのことを指している。職人さんは、この 腹掛けの「どんぶり」にお金を入れて、買い物等のとき、「どんぶり」の中をかき回して支払い をしたことから、どんぶり勘定と呼んでいた。今まで買い物をする時、手元にあるお金にまかせて、 碌な計算もしないで支払い、それでも控えておけば後で収支の計算が出来るのに、それもしない 我が家はまさにどんぶり勘定家族だった。

『スパリゾートハワイアンズ』  May. 28, 2007 ▲Top
 毎年2回、日本国内のゴルフ場を巡って開催している元明治大学工学部昭和32年卒業の同級生 仲間が、7年ぶりで福島県いわき市の元常磐炭鉱跡地のスパリゾートハワイアンズを訪れた。 今回は、東京駅八重洲口西側のバスターミナルに、ホテル専用に契約された「はとバス」が出迎え、 当日一泊2プレーの他の客と共に、無料で送迎してくれた。スパリゾートハワイアンズから車で5分 の所に、オフィシャルゴルフコースとしてクレストヒルズゴルフ倶楽部があり、3コース・27ホールズ、 パー108で、戦略性豊かなプレーを楽しんだ。 初日は中コースと西コース、2日目は東コース、西コースと回った。クラブの乗用カートには、最新式の 衛星ナビゲータが設置され、ボール地点からホールまでの地図と、距離が表示されるのが素晴らしかった。 これからのゴルフには、常識的な設備になるものだろうが、初めての体験だった。2日目のゴルフは 激しい雨に見舞われて、スコアメイクには苦労したが、また訪れてみたいコースとなった。 宿泊のホテルハワイアンズでは、食事の後、今年も素敵なハワイの華やかなフラダンスからタヒチアン ダンスまで、熱気あふれるドームの中で楽しむトロピカルな踊りを堪能した。

『お中元』  May. 23, 2007 ▲Top
 毎年、夏の時期が来ると、日頃お世話になっている会社の上司や、身近の知人親戚などに 心のこもったお中元を贈るしきたりがある。お中元の習慣が始まったのは明治時代後半あたり からと言われているが、由来は神前にお供え物をして身の汚れを清める中国古来の祭り事から きたものらしい。本来の中国では「上元」「中元」「下元」の三元からなるものらしいが、 日本では仏教の盂蘭盆会のお供え物や贈りものをした習わしが、中国で7月に行われる「中元」 と重なったのがはじまりと言う。暑中とは二十四節気の中の「大暑」に当たる時期のことで、 7月20日ごろから立秋の前日までのことを指している。全国的には6月下旬から8月上旬の間に 贈るものとされているが、地域によってその時期は多少ずれているようだ。ちなみに関東地方 は概ね7月初旬から15日ころ、関西地方は8月初旬から中旬まで。この時期を過ぎると暑中見舞い となり、更に立秋を過ぎると残暑見舞いとなる。最近は付き合い範囲が広くなり、更に7月に 集中することを避けて、人より目立つ6月頃から贈りはじめるケースも多くなった。

『てるてる坊主』  May. 22, 2007 ▲Top
 日本の気候では、まもなく梅雨のシーズンがやってくる。明日はゴルフや山登りという日の 天気は、何とか雨が降らないで欲しいと願う心は、誰もが体験した事があるだろう。 子供の頃、明日は遠足とか、運動会という前の日、西の空が怪しく曇り、夕日が隠れていると 、必ずてるてる坊主を作って、軒先に吊るし、歌を歌って天に祈ったものだ。そして祈りが天に 届き翌日は天気になったように思う。なぜか思い返しても、てるてる坊主を吊るして雨だった 記憶が無いのだ。てるてる坊主とは、日本の風習の一つであるが、紙で作ったてるてる坊主を 軒先などに吊るすと、翌日の天気は晴れになると言われてきた。一部地域などでは逆立させた 状態で吊るすと、翌日の天気は雨になると言われている。元々は中国から入ってきた風習で、 日本では、江戸中期頃には庶民の風俗として行われていたようで、「嬉遊笑覧」という本には、 晴れになった時は、瞳を書き入れて神酒を供え、川に流すと記されている。さすがに大人に なってからは、照れくさくて、てるてる坊主を吊るした事はないが、時々本気で吊るして見よう かと思うことがある。

『万引き』  May. 21, 2007 ▲Top
 万引き行為は、意識的に店にある商品をポケットに入れたり、鞄に入れたりして 料金を払うことなく窃取する行為を言う。子供がゲーム感覚か、いたずら心で、本屋や コンビニなどで、こっそり万引き行為が行われたりする。万一見つかれば御免なさい で返せば済むと思っているようだ。しかし万引きは窃盗の一種で、販売を目的として 展示・陳列してある商品および備品等を、客を装って店の目を盗んで窃取する行為を 言い、10年以下の懲役刑、又は50万円以下の罰金と言う刑法第235条の窃盗罪の成立する 犯罪行為である。窃盗行為は、子供も大人も同じく厳しく罰せられる。 通常は不法に窃取した時点、すなわち、不法に窃取の意思を持って人のものをポケットに 入れたり、自分のバッグに入れたり、手に持ったまま店から持ち出したり、レジを通過 した後の買い物袋に入れたりなどした時点で、窃盗罪が成立する。万引きのつもりで商品に 手を掛けたが、自らの意思で実行を思いとどまった、または何らかの原因で止めた場合でも 窃盗未遂の犯罪として成立する。一部の判例では、例えば無断で高級な商品に触ることを 店側が禁止していた場合であれば、たとえ万引きの意思がなくとも商品に触れた時点で犯罪 の実行に着手し、なおかつ既遂であると言う解釈も可能であるという。 犯罪者になりたくなければ、疑わしい行動は、現に慎むべきである。

『風呂敷』  May. 20, 2007 ▲Top
 日本人の発明した道具に風呂敷がある。普段畳んでしまえば小さく嵩張らないが、 いざ、物を運ぶというとき、風呂敷に包んで結ぶと、相当の容量の物を纏める事が出来る。 大きさ、形に関わらず自在に包むことが出来る便利なものだ。物を包むだけでなく、運ぶ 距離や重さにあわせて、肩にかけたり、手に下げたり、腰に巻きつけたり、いろいろな アレンジが考えられる。そしてその工夫が使いこなす楽しさにも溢れている。風呂敷には 家紋が入っていたり、ブランドを入れて贈答品として人にあげたりするが、包みあがりの 結び目や模様の出方に、思わぬ効果がでることもある。旅行に出かけるとき、着替えの下着 や、その他の衣類などをバックに詰めるとき、幾つかの風呂敷で種分けする様にしている。 旅行中に増えた荷物や、お土産などがバックから溢れたとき、風呂敷を活用して包むことで セカンドバックとして役立つ事が多い。暮らしのなかで使える包み方から、旅先で包むコツ まで、肝心の結び方もおぼえると楽しい。まずは、試しに何か持ち物を包んでみては如何?

『うっちゃり』  May. 19, 2007 ▲Top
 相撲の勝負には48手の技がある。そして更に48手の裏技がある。勝負には、大きく分けて 押すか、引くか、ひねるか、吊るかがあるが、押し出されて負けたと思う勝負が、俵に掛かった 足を軸に身体を捻って相手を投げるうっちゃりという技がある。土俵際に寄り詰められたとき、 腰を落とし体を反って相手の体を腹に乗せ、左右にひねるようにして土俵外に投げ捨てるのだ。 見る側にとって、度肝を抜く大技だが、見事決まったときは凄く感動する。 平成3年(1991)初場所14日目、優勝の掛かった霧島に対し、200k近い巨漢の大乃国との勝負は 物言いで取り直しの後、立ち合い霧島は踏み込んだが、一気に土俵際にズルズル後退し、一瞬、 こりゃダメかと思ったが、土俵に足がかかったところで、左上手にうまく手がかかり、右に体を 回転させながら吊り上げると、大乃国の体が宙に浮いて見事うっちゃりが決まり、感動の勝利を 納めた勝負は今でも忘れられない。

『行司』  May. 18, 2007 ▲Top
 相撲の取り組みを仕切る行司は、一瞬の勝負に対し、長年の経験と鋭い観察力で、きわめて正確な 判定をする力を持っている。対戦に当たり、時間一杯の仕切りのあと、勝負が行われている間、行司 は力士の周りを駆け回りながら、「はっけよいのこった」の掛け声を発し続けている。ではこの掛け声は、 正確にはどういう意味合いを持っているのか興味があった。この「ハッケヨイ」とは「発気揚揚」が つまったもの。気分を高めて全力で勝負しようという意味で、正確な発音は「ハッキヨイ」らしい。 では、「ノコッタ」は「残った」の意味で、二人ともまだ土俵に残っている、勝負はまだついていない と知らせているのである。土俵上の両力士の動きが鈍ったり、止まったりした時に、「はっけよい」 は、力士の動きに奮起を促すためのかけ声になるわけだ。ボクシング等でも、動きの無い選手に対し、 レフェリーが「ファイト!」と、けしかけるのと同じなのだ。そして、技をかけている場合「ノコッタ、 ノコッタ」と言う。ハッケヨイが「がんばれ!」にあたり、ノコッタが「まだ勝負ついてない」なのだ。

『とんでもない』  May. 17, 2007 ▲Top
 最近の日本語は、意味を取り違えて間違った使い方をしているケースがあるとよく言われる。 その中の一つに、「とんでもございません」と言うのがある。ちょっと丁寧語のようだが、 使い方としては、全く意味を成していないのだ。「ございません」を付けたので、如何にも 丁寧な言い回し表現のようだが、本来の「とんでもない」とは意味が違ってくる。 本来、「とんでもない」とは、思いがけない、意外である、冗談じゃない、けしからん、 滅相もない、と言う場合に使う言葉。とんでもないは、「途でもない」が変化した言葉。 「途」は「道」「道理」の意味で、その「途」に否定の意味の「無い」をつけ、「道理から 外れてひどい」「思ってもいない」などの意味から「途でもない」となり、「とんでもない」と なった言葉だ。その「途でもない」にさらに「ございません」が付くと、意味が分らなくなる。 しかし、「とんでもない」が「飛んだ」の否定で「飛んでいない」なら、「思ったとおり」 「当たり前」と言う意味になり、「飛んだ」を「とんでもない」の語源と関連づけることは 間違いである。

『幕の内』  May. 16, 2007 ▲Top
 大相撲夏場所が始まっている。大関栃東の引退で、上位陣の弱体が心配の中、今場所の 興味はモンゴル勢の活躍と白鵬の綱とりへの挑戦だ。新関脇の安馬、新小結の豊ノ島も期待の 力士だが、場所前に朝青龍に痛めつけられ、無理を押しての出場は何処まで耐えられるか。 新鋭の豊真将も今場所の活躍を注目している。ところで幕内(まくうち)は、大相撲の番付に おける階級のうち最も高い階級。横綱、大関、関脇、小結、前頭で構成されている。2004年1月 場所以降、幕内力士の定員は42人以内と定められ、うち大関・関脇・小結を総称して三役、 前頭を平幕と呼んでいる。幕内は、江戸時代、徳川幕府の将軍の上覧相撲の際、まわりを幔幕 (まんまく)で仕切り、その内側に、上位力士が控えることを許されたため、その力士を幕内 と呼ぶようになったもの。幕内は「幕の内」とも呼ぶこともあるため、幕の内弁当の語源とされる こともあるが、本当は関係ない。幕の内弁当は、江戸時代の芝居見物から出た言葉である。 芝居で舞台の幕が下り、次の幕が上がるまでのことを幕の内とか幕間(まくあい)と言うが、 この幕の内に食べる弁当のことを「幕の内弁当」と言うようになった。

『国民投票法案』  May. 15, 2007 ▲Top
 日本国憲法を改正する為に、どうしても必要な国民投票法案が、4月12日の衆議院憲法調査 特別委員会で、自民・公明の賛成多数で可決され、参議院に送られ、5月11日に参議院憲法 調査特別委員会で可決され成立した。憲法改正には衆・参両議院の総議員の3分の2以上の賛成 が必要だが、更に国民の承認を必要とする旨が憲法上規定されている。しかし、具体的な手続 について憲法には規定されておらず、憲法改正を実現するためには、法律により国民投票等 に関する規定を定める必要があった訳だ。その規定に関して決めた法律案が国民投票法案だ。 我が国を取り巻く世界は、テロをはじめ北朝鮮・中国など緊迫した状況が続いている。憲法9条 で戦争を放棄しているわが国が、独自に国を守る為に、今の憲法で何処までやれるか、問題は 一杯ある。戦後自衛隊を強化して軍隊とみなせるほどにしてきたが、現行法の枠の中では限界 がある。戦後60年を経たので、実情に合わない憲法を改正する必要はあると思う。自分の国を 守る為に国民投票を行うときには、18歳以上の国民一人ひとりが関心を持つのは、当然の義務 であり権利なのだ。そこのところを充分理解しなければならない。

『母の日』  May. 14, 2007 ▲Top
flower.jpg  昨日、5月の第2日曜日は母の日だった。日本で母の日を祝うようになったのは、明治時代の終わり から大正時代の初め頃といわれているが、現在のような形で広まったのは、戦後暫くしてからのこと。 贈り物にカーネーションを選ぶようになったのは、アメリカのフィラデルフィアの教会で白いカーネ ーションを配ったのが最初だった。我が家でも、息子夫婦から感謝を込めたお祝いが今年も届いた。 毎年、必ず趣向を凝らしたプレゼントを考えて送って来る。昨年はカーネーションの鉢植えだったが、 今年は自分たちが布テープを加工してフラワーアレンジメントを作って送ってきた。 そして、優しいメッセージは忘れないで付けられている。日頃お互いが遠く離れて生活している ので、年に1度も会えないことがある。でも必ず私たちの誕生日等も忘れず、お祝いのメッセージと 花が贈られてくるのがとても嬉しい。今年のフラワーアレンジメントは、可愛い箱の中に作り込ま れているので、家内は喜んで、早速箱に加工して、玄関先の壁に貼り付けて飾った。尋ねてくる お客の良く目に付く場所なので、きっと目に付いたお客様に息子達の自慢をする積りなんだろう。

『金婚式』  May. 13, 2007 ▲Top
 結婚50年目が金婚式だが、私達が結婚したのが1957年5月13日、即ち50年前の 今日だった。当時、私が大学を卒業し少し遅めに就職が決定、一人で東京生活するのは 大変と、周りが気を使い、幼馴染だった彼女と急いで結婚する事になった。早過ぎた結婚 は、安月給の生活で、文京区菊坂町の狭い間借り部屋は、風呂はなく、台所、便所は 大家さんと共用で、神田川と言う歌の文句と同じ、慎ましやかな暮らしだった。初任給 手取りは、家賃4700円を払うと残り5000円程度の生活費だった。裕福な家庭で育った 妻の生活からは未体験の貧しさだったが、愚痴一つ言わず、残業代を稼ぐため深夜の最終 電車で帰ってくる私を、毎日停留所まで迎えに来てくれた。近くの公衆浴場に行けるのは、 残業の無い日に、二人揃って出かけ、震えながら出口で待ち合わせてから手を繋いで帰った。 毎週休みの日、近くの映画館で、東映の封切映画を見るのが唯一贅沢な楽しみだった。 サラリーマン時代、職場の移動で13回の転勤をしたが、単身赴任は一度も体験すること はなかった。どこの勤務地にも家族全員一緒に引っ越した。普通のサラリーマン家庭には、 家族の協力が得られず、転勤先へは単身赴任するケースが多い中、結果的には寂しさから 浮気やトラブルで崩壊する家庭もあるが、我が家では妻や家族の協力に心から感謝している。 あれから、紆余曲折を経て50年だ。お互い元気に来られたのは、妻の暖かい協力があって の事と感謝している。ありがとう。

『葬式』  May. 12, 2007 ▲Top
 妻の義姉の病気見舞いから僅かの日も経たないで死去、通夜、そして葬式と、この一週間 の間に、100kmの距離を4日間往復を繰り返し通う結果になったが、昨日の葬儀でさし あたっての法事は、何とか一段落した。葬儀には日頃会うこともない親類縁者が大勢駆けつけ、 初めて会う者同士の挨拶も忙しかった。こんな事もなければ一生会う機会の無かった人も多く いたが、死者の思いがこんな形でお互いを結びつけてくれたのだろう。母の死で喪主を務める ことになった長男は、日頃親元を離れた所で生活している上、昔から気弱で、妹弟を取り仕切 ることも無かっただけに、葬儀の段取りや纏め方に自信がなく、見ていてはらはらだった。 しかし、こんな場面では不思議に危機意識が働き、兄弟が相助け合い、無言の内にも見事な チームワークで、無事に葬儀が終了した。 親類の中には、遠くから参列している人も多いので、その日のうちに初七日の法要も 済ませ、本来は7日単位で行う行事もやめ、次は49日まで省略する事になった。

『脱税』  May. 11, 2007 ▲Top
 我々貧乏人の小市民にとって、僅かの収入にも税金はしっかり持っていかれ、確定申告も 医療費控除や各種保険金の支払い明細を集めても、殆ど返ってくる程の金額にも満たない事 が多かった。還付金を期待して正確に計算しても期待はずれが多かった。所が昨日、昔の 友人から、新聞テレビに、私の良く知っているKさんが話題になっているという情報を貰い、 早速ネットで検索して驚いた。そのKさんは、海外で稼いだ7億円の収益を隠していて、2億 5千万円の脱税容疑で逮捕されたと報じられていた。昔からお金には不自由のない生活をして いて、会社を辞めた後も自らの事業で稼いでいるとは聞いていた。まさか全国ネットのテレビ や新聞に取上げられるほどの事件に発展しているとは想像していなかった。昔の職場では同じ 分野の技術者で仕事も遊びも一緒に過ごした仲間だった。二人が飲み交わす酒の席で、金儲けの 仕方を彼がよくしていたが、私には縁遠い話と、余り耳を傾けた事はなかった。しかし今、 思い返してみると、相当昔から彼には金儲けの計画があったことを知った。法律を破って 罪を問われた以上は仕方がない。払うべき税金はきちんと払い、早く罪を償ってまた我々の仲間 に戻って欲しいものだ。

『がん』  May. 10, 2007 ▲Top
 数日前、どうやら癌の末期症状で、余命も長くないと言う義姉の家族の知らせで、 高松まで見舞いに行ってきたばかりだった。その義姉が一昨夜ついに息を引き取った。 数日前の見舞いの際は、我々の顔を見てとても喜び、こちらが心配するほど長時間話を して、とても余命がないなどと感じられない話しぶりだった。実は数年前に自転車で 転び、大腿骨を骨折し、セラミックを入れて骨の代わりをさせでいたが、季節の変わり目 は痛いと言っていた。我慢強い人で、弱音は余り吐かなかったが、相当耐えていたのだ。 二年前、今度はすい臓ガンを患い、手術の結果完治したと信じていた。しかし病魔は 密かに進行し、骨に転移していたと思われる。最近になって足の骨が痛いと言いだし、 病院で検査の結果、骨髄への転移は予想以上の進行で、状況判断では危篤状態と 診断されていた。本人には骨粗しょう症と告げていたので、すぐ退院できると信じて いた。しかし、病状は本人の自覚以上に切迫しているので、急遽家族からの連絡で、 最後の別れの積りで、数日前見舞いに行って来たが、あれだけ元気に話をしていた 人がと、半信半疑だった。昨日改めて遺体に面会してきたが、穏やかで綺麗な顔だった。 生憎今日は友引なので、葬儀は明日になるが、親しかった身内の葬儀は悲しいものだ。

『ふぐ』  May. 9, 2007 ▲Top
komonfugu.jpg  魚釣りはよく行くが、近場の岸壁ではなかなか狙いの魚が釣れないものだ。 今の時期に岸壁から釣れる魚といえば、カレイ、キス、メバル、チヌ、などだが 外道ではフグも良く釣れる。先日近くの大島に渡り、久し振りの釣りを試みた。 周りの釣り人には、カレイ、チヌ、キス等が釣れていた。私と同道した釣り人は、 日頃余り釣り体験の少ない人だったので、、竿や仕掛けを準備してあげたが、 釣れた魚は、見事狙いのキスだけを釣り上げた。しかし私の竿に来たのは何故かフグ ばかりだった。但し、ふぐは15cm程度のやや大型サイズなので、全て持ち帰った。 これまでも、フグは家内に料理させて食べているので、今回も家内に頼んだ。 フグには猛毒があり、特にカレンダーにRの付かない月は危険と、料理屋でもシーズン オフを宣言するほどで、梅雨の頃は、なたねフグと言って特に危険とされている。 今回釣ったフグのお腹を開けてみると、真子が一杯で、血はねっとり、なかなか水にも 溶けない、怪しい気配。如何にも猛毒が潜んでいそうな雰囲気。今まで何十年家内の ふぐ料理に疑問を抱いた事はなかったが、このフグには足が竦んだ。一応内臓や危険部位 は取り除き、白身の部分だけにして、干物にした。夫婦で、いっせのせで食べようと 申し合わせ、先ほど焼いて食べたが5時間過ぎてもしびれ等異常なし。毒は心配なかった。 干物は今回初めてだったが、意外に歯ごたえがあって美味しかった。

『サーチエンジン』  May. 8, 2007 ▲Top
 私のホームページを開設した1996年頃、自らのサイトを世に広める為の方法は、今の様な サーチエンジンが本格的に普及していなかったので、兎に角有名なサイト、人気のサイトと 相互リンクを貼る事によって、アクセスのチャンスを増やす方法が取れらた。では、どんな サイトに人気があるかの判断は、そのホームページに仕組まれたアクセスカウンターの度数を 見たり、雑誌などで紹介されるサイトに注目した。その頃始まったサーチエンジンのyahooは、 登録型のディレクトリサービスと呼ばれ、自らが工夫して登録する事が必要だった。そして検索に 掛かりやすいような、キーワードを度々登録する必要があった。その後infoseekやgooのような ロボット型サーチエンジンが始まった。URLを申請すると、ロボットが取り込むキーワード に有効な働きをさせるため、ホームページの構成にも、巧みな仕掛けを組み込む事が必須に なってきた。サーチエンジンは有名大手だけでなく、地域性に富んだローカル色のものも出て、 夫々の働きをしてきた。ホームページの多くは毎日更新され、検索のキーワードは日夜増え、 変化していくので、一度登録されたURLは、毎日ロボットが働いて最新の情報を取り込む ようになってきた。最近では数日前に更新された情報から取り込まれたキーワードで、検索に 掛かる確率が高まっているのに時代の進歩を感じている。

『大学OB対抗ゴルフ』  May. 7, 2007 ▲Top
 10年程前、新居浜市のゴルフ仲間が集まる席で、各大学卒業生による、大学別OB対抗の ゴルフコンペを開催しようと言う話が出て、初回は参加大学7校28名で始まった。 回を重ねるごとに、話が広まり、参加大学も増え、今回数えて第17回目となり、9校70名 が集まった。市内在住の大学OBは東京6大学、関西6大学だけでなく大勢いる事は分って いるが、ゴルフをする人となると限られる。更に夫々のチームを編成するとなると、日頃の校友 会組織が確立されていないと、個人的には参加したくてもメンバーが揃わないと、涙を飲んで いる人たちも大勢いる。それでも、毎回参加者が増えていることは、大学間の交流親睦の目的は、 達成している事を証明している。現在、春と秋の2回、優勝チームが次回の幹事校となり世話役 を勤める事になっている。大会の順位は、ダブルペリアで、参加チーム毎に上位5名の成績を、 集計して争う。昨日行われた第17回大会は我が明治大学が前回に引続き見事優勝した。これまで の成績は、明治大学6回優勝の他、慶応大学6回、法政大学4回、同志社大学4回、早稲田大学 1回となっている。優勝未経験チームの弱点は参加人員が集められないのが敗因で、明治大学は 毎回最多参加者を集め、お互いの好不調をカバーし合って結果も出している。今回明治大学は12名 を参加させたが、次回優勝を狙う慶応に負けない為、更に参加者を集め20名で望む事にした。

『カーナビ』  May. 6, 2007 ▲Top
 先日、高松の香川医大病院へお見舞いに行くのに、初めての場所なので、 カーナビに行き先をセットして出かけた。行きは時間の関係で高速道路を 利用して、高松東インターで下りた直ぐ前が、病院だったので、カーナビも スムースに行き先表示して問題なかった。面会が終わり、帰る時、家までは 急ぐ旅でもないので、高速道路を止めて一般道路の指示をしてセットした。 最初の内は、ナビの指示通りに走行していたが、初めて走る道とはいえ、 どうも、指示がおかしい。わざわざ細い道や、時には一方通行道路を反対に指示 するので、慌てて回り道したこともある。真っ直ぐ走れば良いのにと思う所を、 わざわざ迂回させる指示がでた。途中、思いついて以前行った事のある店に寄り 道しようと、目的地を入れたら、更にとんでもない回り道をさせられた。 その目的地は、分っている場所だったので、結局はナビの指示を無視して、走り 無事に目的の店に到達した。しかし、なぜナビの表示はこんなにいい加減な 指示をだすのか、不思議で仕方がない。せめて一度走った道は記憶していて 次はすんなり走りたいのだが、安いナビでは要求するほうが無理なのか・・・

『喫茶店』  May. 4, 2007 ▲Top
 今から50年くらい前の学生時代は、何かと喫茶店は良く利用した。考えてみると他に 一休みしたり、友人・恋人等と話をする場所は今ほど無かったので、喫茶店が一番安くて、 適当な場所だった。当時喫茶店でのコーヒー代は60〜100円、少し高級で生演奏のバンド が入っていても200円位だった。一杯のコーヒーで如何に長く粘ったかが学生の話題だった。 新宿の店で、コーヒーに殻つき胡桃が付いてきて、形を崩すことなく綺麗に皮を剥くと、 景品が貰えると、良く通ったことがある。時間のタップリある学生達にとって、胡桃の 皮むきは、ゆっくりと時間をつぶす事が出来て、暇があると利用した。大抵の喫茶店では 音の良い音響装置が設備されていて、クラシック、ジャズ、タンゴ、ラテン等、特定の ジャンルのレコードを聞かせる専門店として、好きな曲をリクエスト出来る楽しみがあった。 また、店毎に特徴のあるデザインマッチ箱を出していて、それを集めるのも流行った。 持ち帰ったマッチ箱は、アルバムに張る者や、鴨居の上に並べて来客に見せて自慢した。 店によってコーヒーの入れ方にも色々あり、ドリップ式、サイホン式等、拘った入れ方を 客の前でデモンストレーションするのも流行った。最近は家にある道具で簡単に入れられ るし、余った時間を外でつぶす必要も無く、喫茶店を利用することは殆ど無くなった。

『病気見舞い』  May. 3, 2007 ▲Top
 昨日は久し振りに車で高松までドライブをする事になった。前日の夕方、家内の義姉が 危篤状態という知らせを受けて、ショックのあまり朝方まで寝られず起きていたと言う妻 を見て、私が連れて行くことにした。義姉は数年前ガンを患ったが、手術と治療で退院して いたので安心していた。昨夕義姉の娘からのメールで、最近足が痛いと言い再入院させたが、 実はガンが大腿骨に転移して直る見込みはない。本人には骨粗しょう症だと告げて治療の ふりをしているが、近親者には意識の或る内会わせて置く様にとの医者の勧めだとのこと。 病棟を訪れると、久し振りに会う私達に喜び、すっかり萎んだ身体に、何種もの点滴を射ち ながらも、とめどなく話をしてくれた。一方的に話を聞くだけで3時間近く経ち、輸血も 始まったので、本人の疲れを考えて、切り上げる事にした。後で看護婦に病人に悪かったか と聞いたら、見舞い客との会話は、本人の生きる気力になったので、心配は無いとのこと。 私たちが着いた時、食欲がないと、全く手をつけてなかった食事も、今夜は食べられそうだ と言いながら、病床から目で見送ってくれた。病状は重篤なので、次に元気な姿を見る事は ないかも知れないが、思う存分話を聞いてあげる事の出来た妻の満足顔を見て安心した。

『八十八夜』  May. 2, 2007 ▲Top
 今日は、立春から数えて88日目、昔から八十八夜と読んできた。小学校時代の 唱歌に茶摘歌があった。「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る、 あれに見えるは茶摘じゃないか、あかねだすきに菅(すげ)の笠」と歌った。 この日に摘んだ新茶は、上等なものとされ、この日のお茶を飲むと長生きするとも いわれてきた。歌にも夏も近づくとある様に、八十八夜は春から夏に移る節目の日、 農家では夏への準備をする決まりの日、八十八夜の別れ霜というように、この頃から 霜もなく安定した気候となり、茶摘み、苗代のもみまき、蚕のはきたてなど色々な 農作業の目安とされてきたし、また一般にも縁起のいい日とされてきた。 八十八という字が農家と縁が深いのには、もう一つ訳がある。八十八を重ねて書くと 米という字になる。米を作るのには、八十八回の手間が掛かるので米となったと言う。 霜なくて曇る八十八夜かな    正岡子規

『生ごみ』  May. 1, 2007 ▲Top
 マンションの生ごみの廃棄日は毎週月曜日と木曜日に限られている。ごみ収集車の 回収時間は、朝7時半ごろと決まっているので、収集場所へのごみ出しは当日の朝 出すように指示している。しかし、マンションの居住者は4月の転勤時期になると 結構出入りがあり、新しい入居者は、これらの習慣を理解せず、早朝の暗い時間に 出す人、時に夜中深夜過ぎに捨てる人もいる。そんな日の朝の収集場所は、犬や猫、 さらにカラス等にゴミ袋を破かれ、道一杯に食い散らかされていることがある。 誰が規律を守らないのか、犯人探しに管理人も考えて、捨てるゴミ袋には各自の部屋 番号を書かせるようにした。さすがに自分の住居番号を書かされるようになってから 指示違反者は少なくなった。しかし昨日の朝、それでもゴミ袋が食い散らされていた。 どうやらゴミを狙う犬は、早い時間を狙っていることが防犯テレビで確認された。 当日朝に出したことは指示通りだったが、やはり収集時間よりやや早過ぎたようなので、 更にゴミだし時間を縮め、朝7時から7時半までと厳しくした。この時間帯なら、人の 出入りも多くなるので、野良犬の襲来も厳しくなることだろう。

Home