2007年12月
『大晦日』  Dec. 31, 2007 ▲Top
 今日は今年最後の一日、大晦日だ。「みそか」とは三十日の別の読み方であり、昔から 月の最後の日を晦日と言ってきた。12月の最終日を大晦日と言うのは毎月の晦日の繰り 返しから最後の晦日なので、大晦日と呼ぶようになった。昔は大晦日をおおつごもりとも 呼んできた。理由は「月ごもり」が訛ってつごもりと言い、大晦日を大つごもりと呼んだ訳だ。 大晦日には年越しそばをたべる風習があるが、起源は江戸時代とも言われ、そばの様に 長く生きることを祈願したり、家運が長く続くように等の願いを込めてとも言う。又、逆に如何 にも細くて切れやすいことから、一年の苦労や災難を今年のうちに断ち切ってしまおうと、 する説もある。しかし現実は、朝から一家を挙げての大掃除に終始し、ゆっくり食事の準備 をする間も無かったことから、簡単に出来るそばを食べて年を越したというのが本命の様だ。 最近はうどんやラーメンもあり、昔からの伝統は、時代の変化とともに家庭ごとの多様性を 発揮しているようだ。貴方の家の年越しそばは、どんな食べ方をしたでしょうか。

『年賀状』  Dec. 30, 2007 ▲Top
 古い日本の風習として、新年に親しい友人・知人の家を直接訪問し、旧年中の交誼 に対する感謝を述べ、新年も変わらぬ厚情を依願する慣わしがあった。しかし、新年の 挨拶回りの出来ないような遠方の家に対しては、年始回りの代わりに、年賀状を出す ことで代行する様になった。その場合、年賀状は年の改まった新年に書いて投函する のが普通だった。しかし、いつの間にか新年に年賀状が相手の家に配達されるように と思いやるようになり、年末早めの投函を行うことが常識になって行った。年賀状が 確実に新年に配達されるようにするためには、事前の作業の大変な郵便局の都合で、 いつの間にか25日までに投函することが求められるようになった。また昔は必ず毛筆 手書きだった年賀状が、パソコンとプリンターの発達で、大量の印刷も可能になり、更に 郵政省の仕掛けでお年玉付き年賀ハガキを普及させ、余計に年末の郵便配達作業を忙しく している。年賀状の習慣は、日本に近い韓国や中国、台湾にも日本に似た風習があるが、 米国やヨーロッパではクリスマス・カードで新年の挨拶も済ませ、年賀状の文化はない。

『年末行事』  Dec. 29, 2007 ▲Top
 私の子供の頃、6人兄弟の長男として、父親を中心に昔からの生活文化を 築いていた。毎年年末が来ると、物置から石臼を出し、庭先に急ごしらえの 竈を作り、大きな釜を据え、蒸篭でもち米を蒸し皆でわいわいと餅つきをした。 食べ盛りの男の子ばかりなので、いつも10臼ぐらいは撞いていた。餅つきは 大抵長男が主役で、補助役に次男、3男が加わるが、実際は3男以下は 幼すぎて力が無く、大きな杵を持ち上げて餅を撞くには無理があった。でも 小さな弟達の役割は、撞きあがったお餅の、丸め作業だった。最初に撞き あがったお餅はお供え用の鏡餅を作り、続いてあんこを入れた餡餅と、親父 用には塩あん入りを作っていた。こうして恒例の餅つきが終わると、次は正月の お年玉の用意があった。子ども達一人一人には、お年玉が貰えることに なっていて、年末には夫々の名前の書かれた袋を準備し、神棚に貼り出した。 その年の学業成績が良かったり、良いことをした者にはそれなり評価され、 喧嘩ばかりしたとか、親の言うことを聴かなかったなど、悪い場合は金額に 差がつけられたと信じていた。実際の中身は親父しか知らないが、子共達に とっては、お年玉の中身を期待して、年末だけは良い子にして過ごしたものだった。

『肥満』  Dec. 28, 2007 ▲Top
 食べ過ぎると太ると言うメカニズムは、誰もが知識としてもっていると思う。また肥満 することは、健康によくないメタボリック症候群として大きな話題になっている。食事での 摂取エネルギーが、運動などで消費するエネルギーを超えると肥満になる理屈である。 食べ過ぎてしまう大きな原因に早食いがあると言われている。人が空腹を感じて何か 食べたり、満腹を感じて食べることを止めるのは、脳から送られる命令によっている。 脳の視床下部(シショウカブ)にある「摂食中枢」や「満腹中枢」が、身体から送られる 信号を受けて「食べろ」「満腹」等の指示を送っている訳だ。その仕組みとは血糖値で、 血液中のブドウ糖が不足すると空腹を感じ、食事によって血糖値が上がると、満腹感 となり、食事を「ストップ」させる働きをするのだ。早食いが肥満を招く原因として考え られるのは、食事することで血糖値が徐々に上がってきて、満腹信号を発信する前に、 お腹に一杯の食事が詰め込まれてしまったと考えられます。もう一つ食欲を制御する 働きに、レプチンというホルモンの作用がある。レプチンは、もうエネルギーは要らない と言う信号を脳に送り、食欲を制御し肥満を防ぐ役割を果たしているのだ。食事の際、 これら身体の仕組みを理解し、ゆっくり食事を摂り、摂取エネルギーを消化する運動を 心掛けることである。

『しぶ柿』  Dec. 27, 2007 ▲Top
 今年の干し柿は、12月の始め頃、市場で渋柿を見かけたとき一箱買ってきて、皮をむき 竿に干して出来上がった。少し長く干し過ぎて取り込んだ為やや固めになったが、美味しく 出来た。昨日友人から庭の渋柿が出来すぎたので要らないかと、ダンボール箱一杯頂いた。 取り込みが乱暴で、へたが付いていないので、干す時困るがいいかとのことだったが頂くもの に文句は言えなかった。干す時に使うようにと棕櫚の葉もつけて呉れた。渋柿は取込んで 日数が経っていたのか、ダンボール箱の中で大分痛んでいる物も多かった。家内に皮を剥いて 貰い、柿の首に箸で穴を開け、棕櫚を細かく裂いたものを穴に通して輪にし、竿に干した。 柿の渋みは、果肉の水分に含まれる可溶性のタンニンによるもので、甘柿の幼果期にも渋みが あるようだ。柿にはビタミンCが豊富で、大きい物ならば一日に必要な量は一個で補給出来るが、 実は干し柿にするとビタミンCは無くなってしまい、代わりにビタミンAが干し柿にする前の 二倍になる。また干し柿には食物繊維が豊富にあるが、食べ過ぎるとタンニンの作用で鉄分の 吸収が妨げられるため貧血の人にはお奨めできない。柿自体には悪酔い防止作用があり、二日 酔いの時によく熟した甘柿を一つ食べると気分が良くなるとされている。柿の甘さは砂糖の 約1.5倍。糖度そのものは渋柿のほうがはるかに高いため、甘柿を干しても渋柿のように は甘くならないらしい。

『神社参拝』  Dec. 26, 2007 ▲Top
jinja.jpg  年の瀬も押し迫り、間もなく訪れるお正月と言えば、普通には神社へ初詣に出掛けます。 新年を迎えて、誰もが今年一年がよい年でありますようにと、神様にお願いするするものである。 その神社にお参りする時に、果たして正しい方法で参拝しているのだろうか、改めて復習しよう。 普通、神社に参拝する時、最初の儀式は、鳥居をくぐる前にその手前で、一礼をするのが正式だ。 次に境内に入ると手水舎に進み、柄杓で水を汲み両手を清めます。次に右手に持った柄杓で左の 手のひらに水を受け、口をゆすぎます。次に柄杓を立てて柄に水を流し、持つ手の汚れを流して 柄杓を洗い清めてから、元の場所に置きます。手水舎の浄めの儀式が終わったら、神前に向いますが、 途中の参道は神様の通る道なので、真ん中を少し避けて歩くのが正しいとされています。神前では 賽銭箱にお賽銭を入れ、鈴を鳴らします。鈴の音は除霊の役割と言います。一説には鈴の音で神様 を呼び出すとも言われているが、悪霊を祓うことで結果的に神様とコンタクトできる状態になるので、 効果は同じといえます。その後二回おじぎをし、2回柏手を打って、最後にもう1回おじきをする、 というのが所謂二礼二拍一礼の神様へのご挨拶の仕方です。因みにお寺さんでは合掌になります。 以上が神前での参拝の正しいやり方だが、今年こそは正しい神社参りを心がけましょう。

『ヒーター』  Dec. 25, 2007 ▲Top
heater.jpg  先日も書いたが、寒くなると、昔スキーで捻挫した右足首がとても冷たく冷えて、 右足だけが痛くてたまらなくなる。寝る時は湯たんぽを入れて寝るが、パソコン や書き物する時等、机に座るのが、とても冷えてつらい。右足には足首まで保温の 履物を履いているけど、それでもあまり効果が無い。これまでは温風式の電気 ストーブを足元の脇に補助的に置いてあったが、噴出しの風向きが悪いのか あまり足首部分への効果がなかった。昨日義姉のところから、トイレに置いて あったパネル式のヒーターと、小さな温熱絨毯を貰ってきたので、さっそく使って みた。足の下の絨毯からの温熱と、足の脇のパネルヒーターからの挟み撃ちは、 さすがによく効いて、足首の保温はこれでどうやら落ち着いた。出来れば靴下に ヒーターが編み込まれたようなものがあれば、理想的と思うのだが、それでは 余りにも直接的過ぎて、感電や、やけどの心配がある。それと、電線が 繋がっていては動きが取れなくなるので不自由だ。やっぱりこれで我慢だな。

『散髪屋』  Dec. 24, 2007 ▲Top
 男の身だしなみは、髪の毛を小綺麗に刈り揃えてこざっぱりすることだと思う。 床屋に行ってきたばかり、と言う頭を見てホントに床屋へ行ってきたの、って聞き 直したくらい、殆ど切っていない知人がいた。女性のように髪を伸ばした男は、私の 美的感覚との差を感じることがある。それでも床屋さんにして見れば、約1時間の 時間をかけて整髪していたのだ。街中の古い床屋さんには、頭を刈り始めてから、 髭を剃って最後の調髪をするまで、約1時間位たっぷり時間をかけて、5000円以上 と言うお店が多い。なるほど丁寧な仕事振りから見れば高く無いのかも知れない。 中にはお客さんが大勢待っている時など、黙ってテレビでも見て時間を潰すか、 新聞も読むところが無くなるほど順番待する場合がある。こちらが忙しい時は、待ち 人が並んでいる床屋は絶対敬遠する。ところが最近、1500円位と、とても安く、 そして刈り上げる所要時間が、15分も掛からない店を見つけた。急ぐ時には早くて、 安く、これ以上注文つけることは無い。確かに短い時間で仕上げるのだから、1時間 かけて丁寧にする床屋より、多少荒っぽいかも知れない。しかし3日もすれば髪は 伸びその差は目立たない。何と言っても安くて早い方が、こちらのメリットは大きい。

『カレンダー』  Dec. 23, 2007 ▲Top
 毎年のことだが、年末が来ると新しい年のカレンダーの準備が始まる。 カレンダーには、日めくり式のもの、月ごとにめくるもの、そして1枚で1年間 を表示するものがあり、目的別に使い分けている。今日を知るには、日めくり が分りやすい。季節を知るには月ごとのカレンダーが分りやすい。長い先々 の予定を知るには、12ヶ月一覧のカレンダーが一番見やすく分り易い。 我が家ではそう言った意味でカレンダーを貼っている場所ごとに特徴がある。 毎日過ごしている書斎のカレンダーは、月単位のカレンダーで、日ごとの、 行動予定が書き込めるものを使用し、約束事やその月のイベントなどの情報を こまめに書き込んでいる。1日の長い時間過ごす居間兼食堂には日めくりタイプ を使っている。理由は今日と言う日に関する情報が簡単に分るからだ。そして、 トイレには1年を一枚で表示する形のカレンダーを貼り、それは全ての日毎に 予定が書き込めるものを使用。そして1年の全ての予定を書き込み、また終わ った日付欄には、例えばゴルフ成績の実績や、魚釣りの釣果など細かく書き 込んでていく。更に、過去のカレンダーも全て壁一面に貼り付けてあるのだ。 従ってトイレに入ると、壁一面に貼られた古いカレンダーを見て、過去15年間の 全ての出来事が座って調べられるのだ。これはとても便利で重宝している。

『ゆず湯』  Dec. 22, 2007 ▲Top
 日本に古くから伝わる行事の一つ、12月22日の冬至の日は、ゆず湯に入ると 言う習慣がある。冬至は1年中で一番日照時間の短い日で、この日、北半球では 太陽の高さが一年中で最も低くなり、一年中で昼間が一番短く、逆に夜が長くなる。 日照時間はこの日を境に段々長くなり、やがて暖かい春が来る。「冬至かぼちゃ」 といって、この日かぼちゃを食べると病気にならないと言われ、古くから各地で言い 伝えられてきた。そのほかにも「厄よけになる」。「中風(脳卒中)にならない」。「風邪 を引かない」。「一年中小遣いに困らない」。「長生きする」などの言い伝えもある。 その他、冬至がゆとか、冬至こんにゃくを食べる習慣もある。冬至にゆず湯に入る 様になったのは古く、寒くなるこの時期、ゆず湯に入ると風邪を引かないと言い、 冬至かぼちゃに含まれるカロチンが、体の中でビタミンAの働きをし、ゆずの皮に 含まれる油分は、肌の荒れを直す効果がある。更に湯冷めを防ぐ効果もある。昔の 人は長い生活経験の中から、こうした冬の間の美容と健康にかなった生活の知恵を 生み出してきたものなのだ。こうしてゆず湯入浴は健康のもと、この日は家族揃って ゆず湯に入ることをお勧めする。

『忘年会』  Dec. 21, 2007 ▲Top
 年末が近づくと、日頃付き合いの多い色々な会合や、仲間との忘年会が多くなる。 自分としては、基本的に酒は嫌いではない。しかし決して飲んベーではない。何しろ 多くの男性が、当たり前のように飲んでいる晩酌の習慣はない。美味しそうな晩御飯が 出来た時、家内が気を利かせて、ビールの缶を出すことはあるし、鍋などの料理には 熱燗のお酒が出ることもある。無論出されれば、逆らうことなく頂いている。そんな時 の酒は美味しいと思う。だからと言って後を引くことも無く、もっと飲みたいという欲望 が起きたことも無い。日頃付き合いの多い方だから、飲み会に誘われることが多く、 誘われればどこまでも出かけていく。そんな時の飲みっぷりは、自分で言うのも変だが 大酒を平気で飲む。昔、ウイスキーボトル一本を飲んで、片道30kmの我が家に運転 して帰る途中で検問に掛かり、調書を書かされた。しかし帰り道が遠いので気をつけて 帰れと警察官から鍵を返されて、車を運転して帰ったこともある。無論罰金は後で払った。 確か行政処分も受けたと思う。今なら飲酒運転は絶対駄目でありえない事だが、40年位 前は酔っ払い方の程度で、大目に見られた時代があったのは事実だ。酒は飲んでも、酒に 呑まれない基本的にアルコールに強い体質を持っているようだ。因みに今は、一滴でも 飲んだら絶対にハンドルは持たない。

『折畳みベッド』  Dec. 20, 2007 ▲Top
 私の住まいは、10階建てマンションの7階で、部屋のサイズ4LDKとは言っても、 各部屋は、普通の家の部屋より少しづつ狭いと思う。いわゆる団地サイズである。 部屋に家具を置いていくと、必然的に居住スペースが狭くなっていくので、家具類は 良く選んで配置しないと窮屈である。その中で私専用に使っている部屋は公称6畳 の洋室で、絨毯がひかれている。通常はこの部屋を寝室と同時に書斎として使うので ベッドを置き、パソコン机が置かれている。他に書棚や機械器具を置く棚もあるので、 生活空間として残る床面積は精々一坪程度である。押入れは開き扉式、半間のもの があるが、通常季節外の布団類を下の段に、上段も普段使わない衣装類を格納して 締め切り、その前には移動が出来る棚でふさいでいる。寝る時はいちいち布団を引く 手間を省くため、折りたたみ式のベッドを置き、事あるときはベッドを畳めば部屋を広く 使うことが出来る仕掛けである。ただ、このベッドはホームセンターで買った安物の為 ベッドの上に乗ると、ぎしぎしと大きな音を立て、下の階に響いているのではないかと 気を使うので、何とかしたいと、接合部や稼動部分に潤滑油を注して見たが効果は 全く無かった。どうしても音を消すことが出来なので、仕方なく現在は音の発生時間 を短縮し、身体の動かし方でいかに音のでる回数を減らすかで済ませている。

『寿命』  Dec. 19, 2007 ▲Top
 天寿を全うすると言う言葉がある。人にも物にも寿命と言うものが存在し、どうしても それが迎える最終期限というものが来るものだ。我々人の寿命もいつかは死と言う 瞬間を迎えることになる。その瞬間が来るまでは、人間としての尊厳を保ち、摂生し、 生き続けるための努力をすることが大切であり、まさに天寿を全うするものである。 それは、物にも同じで、古いからと言うだけで、物を粗末に扱い、直ぐに新しいものに 交代させるのではなく、絶えず手入れをし、姿形を整えて使い続ける努力こそが、国を 栄えさせ、その心が国を富ませる元になるのだ。物を大切に扱い天寿を全うさせること は資源が枯渇することなく、地球上がいつまでも活動を続ける事が出来るのだ。 漫然と過ごしてきた長い間に、地球上の埋蔵資源が次々と掘り尽くされ、石油資源も 枯渇してきた。残りの資源を有効に利用しなければ、まもなく地球上の燃料資源は、 最終期限を迎えることになる。それこそ地球の終末を迎える瞬間が見えてくる事に なる。ガソリンの価格がこれまでに無い高騰ぶりを見せているが、新しい油田が発見 されない限り、石油資源が自然に発生するわけではないので、昔の原油価格に戻る 事は無い。限りなく高騰を繰り返し、やがて我々の地球は天寿を全うする終わりに 近づいているのだ。

『猟銃乱射』  Dec. 18, 2007 ▲Top
 これまで銃にまつわるニュースと言えば、大抵はアメリカの話題が普通だった。 ところが、その猟銃の乱射事件が起きたのが日本と聞いて、いささか驚いた。 佐世保市のスポーツクラブで起きた散弾銃乱射事件は、2人が死亡、子供を含む 6人がけがをするという、痛ましいものになってしまった。 最近は日本でも銃器の関わった事件は後を絶たないが、子供を含む多くの人が 集まるところでの乱射はあまり聞いたことがなかった。散弾銃などの猟銃は、都道 府県公安委員会の講習を受けて、許可されれば手にできるようで、馬込容疑者は 正式に許可を受け、合計4丁の銃を持っていたという。近所の人の話では猟もしない 容疑者が、銃を持って不審にうろうろする姿を見て、警察に届けたが、警察では取り 合ってくれなかったと言う。精神的におかしい者に銃を持たせる怖さが露呈した。 その後の捜査では、自殺した容疑者の車の中には2700発もの実弾があったと言う。 一体何の目的で銃を持ち、防弾チョッキを着て、多くの実弾を所持していたのだろう。 先日も、子供の前で、銃の手入れをしていた父親が目を離した瞬間、好奇心から 5歳の子供が銃に触り、2歳の弟を撃ち殺してしまった事件があったばかりだ。 平和なはずの日本で、銃によりこんな簡単に死者がでていることを、もっと深く考慮 する必要がある。

『ビデオカメラ』  Dec. 17, 2007 ▲Top
 ビデオカメラは好きで、色々な記録を残す目的で、これまでも気に入ったビデオ カメラが出ると、何かと試して来た。現在はキャノンのIXYM3 デジタルビデオ カメラとビクターのマイクロハードディスク記録方式のGZ−MC100を使っている。 ビクターのビデオカメラは、ハードディスクなので、撮影後パソコンにダウンロード すれば、メディアの補充は必要ないし、経費が掛からない利点がある。又、メディア がコンパクトなので、本体も小さくて、普段ポケットに入れて持ち歩く事も出来る。 但し、長期旅行などでは60分の容量一杯撮影すると、それ以上撮影できないので、 もう一台のキャノンのIXYM3も併用して使い分けてきた。先日、 引越した家内の姉から、大型テレビに続き、使っていない新品ビデオカメラがあると、 箱入りのビクター製のビデオカメラを頂いた。見た所外観はぴかぴかの新品の箱だった。 喜んで家に持ち帰り、箱を開けてみた。なるほど取り説も含めて全て揃っている。 ワクワクしながら本体を箱から出してみた。しかし、見かけは新しいが、本体をみて、 がっかりした。本機はコンパクトVHSテープによる、一昔以上前の録画方式だった。 今はデジタル録画の時代だ。今更アナログ形式の録画なんて全くお呼びではない。 新しいビデオカメラと聞いていたので、余り詮索せず喜んでいたが、要は買ったけど 使ったことがないというだけのものだった。しかしこの方式では、折角だが、今後使用 する機会も無いので、誰か欲しい人に上げることにしたいが、そんな人いるかな?

『引越し』  Dec. 16, 2007 ▲Top
 家内の姉の家が引っ越すことになり、10日ほど前から、荷物の運び出しが行われ 家内がお手伝いに通っている。今まで住んでいた一軒家から新築のマンションへの 転居なのだ。これまでの家は、長年の間、子育てをしてきたので、大きく広い家の 価値はあったが、子供も所帯をもって出て行き、年老いた老夫婦が住み続けるには 逆に不自由が多くなったと感じたのだろう。今回移転するマンションはセキュリティー も整い、合理的に建てられた部屋は快適な造りになっている。問題は引越しに伴う 家財道具が、広い一軒家と狭いマンション用では、大きな違いが出てきてしまった。 マンションには必要な機能を果たす造り付の収納庫もあり、ほとんどの家具は無用 の長物となってしまった事だ。生活に必要な電気器具はマンションに合わせたサイズ で買い揃えたので、古い家には大型のテレビや冷蔵庫、洗濯機等々余ってしまった。 引越しを手伝った家内が、余った家財や電気製品を頼まれて引き取って来たが、 我が家も同じく狭いマンションなのだ。長年のマンション生活で、工夫して空間を作って きたのに、持ち込まれた家具で一気に部屋が狭くなってしまい、年末をひかえて、我が 家の中はひっくり返すほどの整理に追われている。

『確定申告』  Dec. 15, 2007 ▲Top
 毎年の事ながら、年が明けると前年度の確定申告の提出にいつも苦労している。 これまで毎年やっていることなので、慣れているはずなのに、何故か毎回税務署に 通って指導を受けて来たように思う。書類が送られくると、前年度の記載例を参考に 書きこみ、計算して提出して来たが、一度で通った記憶が無いほど、自信が無い。 今回は、パソコンを使いネットで申告が出来るe−Taxを利用して、手数を減らそう と考えて、昨日市役所へ相談に行ってきた。e−Taxとは、確定申告書を電子申告 出来る方法で、国税庁のホームページから利用できると説明されている。 電子申告のためには、開始届出を行い、電子証明書付きの住民基本台帳カードを 取得する必要があり、市役所の窓口で申し込むと、その場で写真を取り、待っている 間にICチップ付きのカードが出来た。市役所からはパソコンにインストールする為の CDも支給され、後はパソコンショップで、カードリーダーを購入すれば、自宅から 確定申告するための準備が揃うことになる。e−Taxを利用すると、最高5000円の 税額控除が受けられる。医療費の領収書や源泉徴収票等の提出は省略できる。 e−Taxで申告された還付申告は3週間程度に短縮される利点があるという。 この準備で来年の確定申告は自宅だけで楽に出来そうだ。

『赤穂47士』  Dec. 14, 2007 ▲Top
 今日12月14日は、映画、芝居等でよく知られた赤穂浪士47名が、主君浅野内匠頭長矩の 無念のあだ討ちをすべく、本所吉良邸屋敷へ討ち入りした日である。主君浅野内匠は、 江戸城中において、吉良上野介義央に対して遺恨有りと、殿中で刃傷沙汰に及んだが、討ち 漏らしたうえ切腹処分となっていた。浅野家の遺臣である大石内蔵助以下赤穂浪士47士が この日、吉良邸屋敷に討ち入り、主君に代わって吉良上野介を討ち取り、その首を泉岳寺の 主君の墓前に捧げたのち、幕府の命令により切腹したという一連の事件のことだ。 事件については、殿中での刃傷に対し、将軍徳川綱吉は激怒し、浅野長矩に即日切腹を 申し付けた上、赤穂の浅野家は断絶と決まり、対する吉良上野介には何の咎めもなかった。 赤穂藩士の多くは、喧嘩両成敗の武家の定めに反するこの幕府の裁定を一方的なものであると 強い不満を持った。しかし赤穂浅野家再興は絶望的となり、大石良雄は京都円山で会議を開き、 吉良上野介義央への仇討ちを決定した。大石内蔵助は仇討ちの真意を隠し、吉良側を欺くため 連日祇園で放蕩三昧に興じていた。そして、この日、47人の赤穂浪士は江戸市中三ヶ所に集合 して、本所吉良屋敷へと向かい、見事主君の仇を討った日である。

『姉さん女房』  Dec. 13, 2007 ▲Top
 男も若い頃は、年下の女性は何となく子供っぽくて頼りなく感じるが、 その点で言うと、年上の女性はとても大人っぽい色気があり、男の気持ち を揺さぶるものだ。女性側から見ても、年下の男性は母親の気持ちで優しく 面倒を見るのでは無いだろうか。私の高校生時代、1年上級生の彼女にとても 気を引かれ、いつも一緒に居たいと願ったものだ。偶の休みの日は映画に誘い 帰りは喫茶店で長い時間過ごしたものだった。彼女の家は裕福だったので、 映画代も喫茶店の費用も全て出してくれたが、心苦しくてもそれは感謝した。 何をするのも、私のことを気遣い、よく面倒を見てくれた。私が高校2年 の時、彼女が卒業することになり、思い切って将来結婚して欲しいと手紙を 書いた。当時彼女には体の悪い母親がいて、卒業と同時に、九州の別府温泉へ 母親の療養に出て、それ以降会うことが出来なくなっていた。将来に付いて の手紙に対する返事は貰えぬまま、私も大学生活は東京へ出て時が過ぎた。 大学3年生の夏休みに田舎に帰った時、偶然街中で彼女に会うことが出来、 一気に二人の交流が再開した。大学4年生の時の私の卒論は、原稿を私が 書き、彼女が清書して提出。共同作業で卒業が出来た。就職も決まり就職先の 東京で一緒に住みたいと結婚を申し込み、念願の結婚が実現した。就職と 同時に始まった新婚生活は思い描いた通りで楽しい毎日だった。二人の子供も 出来、今年は金婚式を迎えた。私の青春は熱く燃えたまま今も続いている。

『銃の暴発』  Dec. 12, 2007 ▲Top
 一昨日のニュースで、父親が銃の手入れをしている途中で、部屋を離れた 間に、部屋に残していた猟銃が暴発して、2歳の子供が死亡したと報じられ ていた。起きた事実は、5歳の子が生きていて、2歳の子が胸を打ちぬかれ て死亡したと言う現実だけだ。想像するに、5歳の子供が銃を持ち、2歳の 子に向けて打つまねをしたのであろう。まさか銃に弾が入っていたとは考え なかったと思う。実は、良く似た経験が私にもある。私の父も猟が好きで、 銃を持っていた。ある日、猟からキジの獲物を持って帰ってきた。家に入る と、銃を土間の壁際に立てかけて、台所へ持ち込んだ。外で父親が獲物を 持って家に入るのを見た私は追っかけて、土間に立掛けている銃を見つけた。 銃の引き金を見ると、殆ど撃った後と思われる位置にあり、まさかまだ弾が 残っているとは思わず、好奇心から引き金に軽く触れた瞬間、銃は暴発した。 弾は散弾で、壁を抉り天井に向けて、まるで蜂の巣の如く穴だらけにした。 幸い背の低い子供だけだった事から、散弾は頭を超えて発射されたので、周り にいた近所の子供達も含め、幸い怪我人は無かった。銃声を聞いて駆けつけた 親達は、何より怪我人のいない事を確認して安堵した。銃の暴発は親の不注意 で、小学校3年生の私には、銃を撃ってしまった事で折檻されることは無かった。 子供心に銃の恐さを身を持って体験し、その後2度と銃に触れたことは無い。 銃の始末は親の責任で、子供の傍に銃は置かない。弾は抜いておくが鉄則だ。

『干し柿』  Dec. 11, 2007 ▲Top
hosigaki-2.jpg  毎年年末になると、マーケットで、渋柿を買ってきて、自家製の 干し柿を作っている。柿の種類は正式には何柿と呼ぶのか知らないが、 やや小ぶりの柿で、干しているうち水分の蒸発で更に小ぶりになる。 渋柿は乾燥させることにより、柿の可溶性のカキタンニンが不溶性に 変化して、渋味がなくなり、甘味だけが強く感じられるようになる。 その甘さは砂糖の約1.5倍に感じるとも言われている。 干しているうち表面に白い粉が付着してくることがあるが、これは 柿の実の糖分が結晶化しているものらしい。我が家では、ある程度 乾燥が進んでくると、表面を手で揉んで芯の硬い部分を柔らかくし 更に乾燥を促進化させている。いつもの事ながら、この時、出来具合 は試食して確認し、とても甘くて美味しい干し柿が出来ている喜びを 感じている。乾燥させる時、ベランダの物干し竿に吊るすのだが、 外から良く見える場所に干すと、時にカラスやヒヨドリに狙われた ことがあり、最近はベランダの手すりより低い場所に吊るし、鳥から 見えにくい様気をつけている。

『大型テレビ』  Dec. 10, 2007 ▲Top
 家内の姉の家が、新築のマンションを購入して引っ越すことになり、 新しい住まいに合わせた家財道具を買い揃えて移った。残った家に 有る物で欲しいものが有れば持って行って良いという事になり、物色 の結果36吋の大型テレビを貰うことにした。テレビはブラウン管型 の物で、義姉が新しい家用に選んだものは、薄型の液晶テレビだった。 最初家内と二人で引き取りに行ったが、余りの大きさと、90kgの 重さの為、二人では持ち上げることも出来ず、一度はあきらめた。 しかし、このままでは、家を取り壊すときに破壊されるのは余りにも もったいないと、結局知人に手伝って貰い苦労して我が家へ運んだ。 実は、無理して運び込んだ我が家も、決して広くないマンションで、 今までの生活空間が更に狭くなった。身分不相応とは判っていても、 購入時の価格が60万円もしたと聞いて、見捨てる訳には行かなかった。 引き取ってしまった以上、何とか生活空間を確保するため、部屋を片付け 、何とか収まった。それにしても、大きな画面に憧れた事も有ったが、 今は狭い空間の中で、大型テレビと顔つき合わせて見てる光景は不自然な 感じだ。

『昼寝』  Dec. 9, 2007 ▲Top
 いつも朝の起床時間は5時台と早いので、昼頃はいささか眠くなる。 20年ほど前、急性肝炎を患った時、治療に当たった主治医からも、 肝臓の為には食後横になって過ごすのが一番いいと言われ、それ以来 昼食後は約1時間ほど昼寝するのを習慣にしている。肝臓の為だけで なく、昼寝は体力の回復にも効果があり、午後も元気溌剌となれる。 従って午後の昼寝の後は、毎日近くのフィットネスクラブに出掛けて スイミングで体を鍛えている。先日、急用があって昼寝の時間が遅れ ベッドに横になったのが午後4時過ぎだった。昼寝から目覚めて時計 を見たら5時少し過ぎ頃だった。既に外は暗く、目覚めた瞬間夜明け前の 朝だと思い込んだ。いつもの朝自分のホームページを更新するのが習慣 なので、早速パソコンの前に座り、今日の一言を書いた。やがて全ての 作業が終わったので、FTPでサーバーに送信したが、日付が狂っている。 ftpは何故か前日の日付で書き換えている。そこで、やっと、実は今は 夜明けではなく、まだ前日の夕方だと言うことに気づいた。昼寝から の目覚めが、余りに爽やかなので疲労回復の気分が、あたかも一晩寝た 感覚になっての勘違いだった。

『年賀はがき』  Dec. 8, 2007 ▲Top
 いつの間にか音も無く年末が忍び寄ってきた。毎日の様に喪中はがきの 挨拶状が、配達されてくる。早くから年賀状用の住所録を準備してきたが、 今は発送リストから、一時保留のリストへ移設の作業に関わる毎日である。 私の年齢も古希を過ぎたので、これまでお付き合いしてきた同輩や、友人 達も、同じ世代で迫り、神の思し召しが来るのは、仕方の無い現実だ。 年賀状は、年の初めに自分はまだ元気だとの、生存報告と、また日頃は、 ご無沙汰していることへの無礼に、改まった気持ちでご挨拶を述べ、 お許しを願っているのだ。今は年賀状と言えば、お年玉付きが当たり前で、 予め余裕を持って購入の手配をしているが、今年の喪中葉書はいつにも まして多いようだ。成り行きによっては、余分で無駄になるお年玉付き 年賀葉書の処分方法を心配している。

『足首の捻挫』  Dec. 7, 2007 ▲Top
 寒い時期は、右足のくるぶし辺りがとても冷たくて困っている。40年ほど前、 山形県で過ごしていた時期がある。或る時、正式のスキー場ではない近くの山に 子供達を連れて遊びに行った事がある。1mほど積もった斜面を、皆で踏み固めて、 自分達でゲレンデを作り、スキー遊びを始めた。新雪の積もった1m程の雪の下は 古藪のような場所だったと思われるが、踏み固めているので、何とかスキーは 可能だった。しばらく滑っている内、勢いあまって踏み固めて居ないところで、 雪の下の藪にスキーを引っかけ、体を複雑にひねって転んでしまった。子供達 に手伝って貰って何とか足を抜き、ビッコを引きながら家に帰った。靴下を脱いで 見たら、足首の周りは真っ黒になるほど内出血していた。その日は日曜日だった ので、翌日医者に行ったが、既に大きく腫上っていて、ギブスも出来ず、仕方 なく包帯を硬く巻き足首を固定した。やがて内出血も引き包帯も取れたが、それ 以来、足首周りの血管が切れてしまったのか、冬になると足首が冷たくて、とても 辛い状態が続いている。寒くなると、家の中でも足首は特別な保温が必要で、 長靴状の部屋履きを見つけてきて履くようにしている。今日も右足が冷たい!

『充電型電池』  Dec. 6, 2007 ▲Top
denchi.jpg  色々なデジカメやビデオカメラを持っているが、夫々のメーカー毎に特殊な 設計で電池の形状、電圧や蓄電容量が異なり、全ての点で専用化されている。 旅行する時、大量・長時間の撮影をするには、当然予備の電池も必要となる。 特殊であるだけに、出先で急に調達することは困難なケースが予想されるので 予備の電池と共に、専用充電器も予め買い揃えておくことが不可欠の要素だ。 現在私の愛用しているビデオカメラとデジカメは、夫々メーカーの異なる3機種 づつ持っているが、全て電池は異なり、いつも事前の準備に苦労している。 写真の電池は、上の段、左からSONY、CANON、VICTORのビデオ カメラ用。下の段、パナソニック、パナソニック、オリンパス製のデジカメ用だ。 同じパナソニックでも、カメラの性格上、コンパクトタイプと本格的カメラ用で 当然電池の大きさ形状に差がある。旅行に出掛けるときには予備電池と充電器を セットで持っていかなければならないところ、先日は勘違いして、組み合わせを 間違えて持参。途中で電池切れしたとき、電池サイズと充電器がバラバラでどうに も間に合わなかった事がある。メーカーのエゴで、多様化してる電池の種類を ユーザーの立場に立って、もっと標準化して減らして貰いたいものだが、如何な ものだろう。

『師走』  Dec. 5, 2007 ▲Top
kadomatsu.jpg  昔から、お坊さん(禅師)も忙しさに走り回る月という意味で12月を師走と呼んできた。 一年の最後の月で、年末の締めくくりを纏めて始末をし、新しい年を迎える為の準備に お坊さんも忙しい月と言われている。師走の定例行事として、四国松山の道後温泉では、 毎年12月に、煤払いの為に、長い竹竿の先に笹の葉を残した棒で建物の周りや部屋 の天井などの埃を払う作業を行い、一年の締めくくりの行事としている。一般の家庭 でも、普段掃除の行き届かないところや、人の出入りの少ない場所なども大掃除をして、 新しい気持ちで新年を迎える準備をする。また、師走の主要な行事として、門松を飾る 慣わしがある。今の門松は竹を中心に構成するものが多いが、本来は松が主体である。 昔、平安時代の貴族が好んだ小松引きと言う行事で、「子の日の松」を家に持ち帰り 長寿祈願の習慣が変遷したもの。現在も関西方面の旧家などでは門松の代わりに玄関の 両側に白い和紙で包んだ小松が飾られているのは、その流れと言われている。 門松の主な形状には、3本組の竹を中心に、前面に葉牡丹(紅白)後方に若松を添え、 豪華にする場合は梅老木や南天、熊笹等を添えている。竹は先端を斜めにカットする 「そぎ」と呼ぶ門松と「寸胴(ずんどう)」と言う、竹そのままの形の2種類がある。

『インドネシアでゴルフ』  Dec. 4, 2007 ▲Top
 大学時代の同級生仲間と、毎年恒例で出掛けているインドネシアゴルフツアー が、来年2月も実施する予定が固まった。今回は2月10日に成田出発。2月20日成田 着の10日間の旅程だ。ツアーの始まりは独学でインドネシア語を勉強していたK氏が、 親しい仲間と共に、バリ島に渡り観光とゴルフをした話が広まり、1994年にバリ島 でのゴルフツアーが始まった。しかし、バリ島にはゴルフ場が少なく、高額な事から、 翌年からは、費用も安いジャワ島側に目的地を替えた。参加メンバーも増え、色々な ゴルフ場の新規開拓をしながら、我々の気に入るコースを試しリストを増やした。 ゴルフだけでなく、インドネシア文化も吸収すべく、毎回観光にも力を入れている。 何回目かのツアーから、ゴルフには比較的気候風土がいいバンドンが最適との結論で、 滞在期間を一番長くして、ゴルフ中心の時間を過ごしている。バンドンは標高 800mの高地にあり、日本の軽井沢を想像していただければ、その快適な自然環境が 理解できる。また、出掛ける毎に、現地在住の友人も出来、メールで事前連絡を取り 毎回彼らと共に過ごす楽しみも生まれている。今回新しい参加者も加わり、合計 7回のゴルフを予定し、大勢で賑やかなゴルフツアーを楽しみにしている。

『北京五輪アジア予選』  Dec. 3, 2007 ▲Top
 北京五輪アジア予選を兼ねたアジア野球選手権は、昨日の宿敵韓国戦で、先発成瀬が 一回に、いきなり本塁打で韓国に先制された。しかし日本側も二回、新井の二塁打を 足掛かりに2死一、三塁からサブローの適時打で同点に追いつき、さらに森野の二塁 への当たりが相手のエラーを誘い逆転した。3回には阿部のヒットで追加点を取り、 成瀬に続く川上憲伸、岩瀬が力投し、最後の上原の登場まで、手に汗握る熱戦だった。 しかし、韓国もなかなかのしぶとさで、日本にそれ以上追加点を許さない。そればかりか、 強打者がぞろぞろ出てきて、日本側ピッチャーを打ち込んできた。 星野監督も、何とかピッチャーを取り替えて凌いだ。中盤で追加点の欲しい日本 がやっと2点の追加点を取ったところで、少し安堵したが、押さえに期待した川上憲伸 がむきになって自滅気味、リードした点も直ぐ取り返され、虎の子1点で最後までつな いだ。最終回、上原の投球は見事なコントロールで、ストライクを先行して打者を追い 込み安心してみることが出来た。最後の打者を見事に打ち取って強敵韓国を何とか制覇 した。残る台湾戦を、ぜひ勝ち抜いて、念願の北京行き切符を手にして欲しい。

『納豆の効用』  Dec. 2, 2007 ▲Top
 四国で生まれ育った子供の頃は、納豆は見たことがなかった。大学に入って東京で 生活する様になって、初めて食卓に出てきた時も、最初は食べ方が分からなかった。 朝食に、ご飯と納豆と、味噌汁におしんこで、納豆が食べられない間はおかずが 無くて、毎朝近所の商店で1個15円の卵を買って来て玉子掛けにして食べていた。 納豆が食べられるようになったのは、結婚して、家内から健康の為にと無理やり 強制されて食べるようになったが、腐った豆という印象で、長い間抵抗があった。 納豆が、日本人の食事に登場したのは、古く縄文時代と言われており、奈良時代には 正式な食べものとして定着したと考えられている。納豆菌は胃酸に負けずに腸まで 達し、腸内の善玉菌を活発化させ、一方で悪玉菌の増殖を抑え、発ガン物質や有害物質 を減少させている。これにより便秘が改善され、有害物質を分解する肝臓の負担を軽く し、体の機能を健康に保つ役割を果たしている。納豆は大豆たんぱく質を酵素分解して いるので、人体に不可欠の必須アミノ酸群を含んでおり、それが生理活動を活発にする と同時に、脳細胞の活性化を促している。納豆菌がつくる酵素のナットウキナーゼが 血液を固まり難くし血液の流れを良くしている。納豆菌は有害な細菌やウイルスを抑えて、 生体を守っている。また、ガン細胞を攻撃する免疫細胞を活性化させるインターフェロン を誘発することから、ガン抑制の効果があるなど納豆菌の働きは素晴らしいものなのだ。 今は、その効用も正しく理解し、味も親しみ毎日の食卓に登場して食べている。

『天津甘栗』  Dec. 1, 2007 ▲Top
tensinamaguri.jpg  天津甘栗は大好きで、お店に並んでいるのを見つけるとつい買ってしまう。店先でこげ茶色 の小石の中に栗を入れて、ぐりぐり廻して焼いているあの栗のイメージだ。少し甘い香り がして、鼻の先にツーんと匂うと、我慢できない。あれって、何故、天津甘栗と言う のだろう。天津で取れた栗なのか、天津で加工したのかと思っていたけど、違うらしい。 元もと天津とは、港町で、栗の生産地でも加工地でもなく、栗を輸出した港なので、天津 甘栗と呼ばれたらしい。天津から輸出される栗は、中国山中の樹齢50年以上の木から採った 栗を手作業で切れ目を入れて、240℃の遠赤外線の高温で20分間焙煎するものだ。 食べるとき、おなかの皮に、爪を立てると、ぱちんと割れて、簡単に皮が剥けてくれる。 夢中で食べていると、いつの間にか爪と手の指が、真っ黒に汚れているのが少し難だ。 最近マーケットで、むきぐりと銘打って、袋に入れて売られている手むきのむきぐりは、 そのまま皮をむくことなく食べられて、とても気に入っている。食べる時手も汚れず、 とても便利だ。割れ栗を集めたお徳用あまぐりなのだ。自然な甘さで、ホクホクと美味い。 製造過程でも一切甘味料を使用していないというが、無論この方が最高だ。

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