2007年11月
『翼状片』  Nov. 30, 2007 ▲Top
yokujohen.jpg  読み方は、「よくじょうへん」と読む。翼状片とは、白目の表面を覆っている半透明の膜である 結膜が、目頭(めがしら)の方から黒目に三角形状に入り込んでくる病気である。実はこの写真は 私の左目に出来ている腫瘍の一種の正式病名だ。現在のところ視力に大きな異常は無く、悪性でも ないと言うので、放置してある。自覚症状としては充血や異物感などが少しある程度。原因は現在 分かっていない。根本治療には手術が必要だそうだが、眼球に傷をつけることになるし、いづれ又 同じ症状は繰り返すこともあると言う。また、翼状片が瞳の近くまで伸びてくると乱視が発生して 見えにくくなるため、この場合は手術が必要となるようだ。現在、翼状片が瞳の直ぐそばまで来て いるので、わずかに乱視の影響を受けているが、他の点で支障はないので放置している訳だ。まあ 癌の様な悪質のものなら、眼球に傷をつけても、取り除くべきだろうが、すでにこの症状を確認 してから数年が経つし、このままでもまだ当分持つようなので、様子を見ることにしている。

『サウナ』  Nov. 29, 2007 ▲Top
 日課として通っているフィットネスクラブで、運動の後サウナで過ごす時間がとても好きだ。 運動だけでも相当の汗をかくが、サウナで流す汗は、何か体内の老廃物を搾り出す感じがする。 乾式のサウナの場合、室温は80〜100℃位に設定されているが、乾燥しているため火傷を起す事 はない。ただ、指輪とか何か金属製のものを身に着けていると、その金属が熱せられるので、 危険である。サウナで汗をかく事により、体の新陳代謝が良くなるという効能があり、サウナを 出た後シャワーで汗を洗い流すととても爽やかになる。以前通っていた別のフィットネスクラブには 蒸気の充満しているミストサウナなど湿式のものがあった。日本古来の岩風呂なども湿式サウナ の一種であり、最近流行している岩盤浴もこの一種と思う。そのほか、サウナ浴室内で身体の皮膚 に塩を塗布する形式の塩サウナもある。これは皮膚表面に食用塩を塗ると、サウナの発汗で溶け、 その塩水で身体をマッサージすることにより皮膚表面の消毒・清浄が行われると考えられている。 サウナでの減量効果も期待でき、約1時間の経過で1kg近く体重を減らすことが出来る。

『続:100円ショップ』  Nov. 28, 2007 ▲Top
 暇があると100円ショップを覗くのが好きだと、先日の一言にも書いた。昨日も何となく 暇つぶしに出掛けて、1〜2点だけと思って買ったのに、買い物籠にはいつの間にか10点 程入っていた。選んでいて最近思うのは、以前より品数が増えていることだ。但し気をつけて 選ばないと、これは良いと思って、手にとって良く見たら、200円や500円の札が付いて いる物がある。今までなら、100円以内に収まるように、多少無理して商品化していた為、 中途半端だったものが、価格制限を少し広げて、いい商品、使える品質に格上げしたものが 出来たのはいい事だと思う。100円で買えるに越したことは無いが、究極まで価格を抑えて 少しはみ出た物も、値段を上げて商品化したのは、購入する側にとって、今までの安かろう 悪かろうから、いい物を安く提供に、進歩したとも言える。但し、だからと言って100円は あくまでもターゲットなので、平気で100円以上の物を増やされたのでは、後戻りになる。 良く観察すると、製造元の多くは発展途上国で製造されたものばかりだが、品質の管理だけは 手抜きしないでいい物を提供して欲しい。これからも新しい品揃えを楽しみに見守っていたい。

『ノーベル賞』  Nov. 27, 2007 ▲Top
 今日は、ノーベル賞制定記念日だ。ダイナマイトの発明で巨額の財を得たノーベルの遺産は、 「人類の福祉に最も具体的に貢献した人々」に与えたいと遺言を残し、スウェーデン王立科学 アカデミーに寄付した。その遺言状を書いたことを記念して制定された日が112年前(1895年) の今日だ。基金の運用は、その基金の利息を各年ごとの賞金にあてると言うもので、各賞や年に よっても賞金額は違っている。授賞式はノーベルの命日に当たる12月10日に、ストックホルム (平和賞はオスロ)で、スウェーデン国王臨席のもとに行われている。受賞者へはメダルと賞金が 与えられる。 因みにこれまで日本人でアカデミー賞を受賞した人は、湯川秀樹(1949年物理学賞)、朝永振一郎 (1965年物理学賞)、川端康成(1968年文学賞)、江崎玲於奈(1973年物理学賞)、佐藤栄作 (1974年平和賞)、福井謙一(1981年化学賞)、利根川進(1987年物理学賞)、大江健三郎(1994年 文学賞)、白川英樹(2000年化学賞)、野依良治(2001年化学賞)、田中耕一(2002年化学賞)、の 10名がいる。

『ペンの日』  Nov. 26, 2007 ▲Top
waterman.jpg  調べ物をしていて、今日はペンの日だと知った。私が生まれた年になるが72年前の今日、 日ごろ物書きをしている人たちが集まって、日本ペンクラブを創立したことを記念して、 この日を「ペンの日」と定めた。「ペン」はそのままなら、執筆者が書くときに使うペン そのものを意味するが、実は、詩人・脚本家(poet/playwriter)のP、随筆家・編集者 (essayist/editor)のE、小説家(novelist)のNの、頭文字からとったPENを 意味していて、実は国際的な文筆家の団体としてのペンクラブの象徴なのだ。日本ペンクラブの初代 会長は、島崎藤村で、太平洋戦争中は中断していたが、戦後に復活し昭和23年に国際ペンクラブに 復帰している。今は筆記具としてのペンと言えば、書きやすいボールペンが一般的だが、 一昔前は、万年筆が主流だった。しかし、初期の万年筆には不良品が多く、いざ書こうと するとインクが漏れて、紙を汚したり手にインクが付いたり問題が多発していた。その頃 保険のセールスマンだったウオーターマンが、大口の契約を取り、いざ契約書を書くとき、 万年筆から漏れたインクで書類を汚し、契約出来なかった失敗に、万年筆の改良を目指し、 現在のようにインク漏れの起きない万年筆が生まれたという。今でも高級万年筆と言えば ウオーターマンの名が残っている。

『垣生漁港』  Nov. 25, 2007 ▲Top
 ここしばらく魚釣りに出掛けていなかった。たまに行こうと計画すると、風が強かったり 雨模様だったりして、出掛けられなかった。また、出掛けるのに条件が良かった日には、 一緒に出掛ける約束していた家内が、前夜遅くまで寝られなかったと、朝起なかった等、 タイミングも合わなかったりした。昨日は朝から穏やかで天気も良いので、出掛けようかと、 話が合ったが、出掛ける前に潮を見たら、既に満潮から引き潮に変わり、釣りには向かない と、結局中止した。しかし午後になって、やっぱり行けば良かったかなと、二人で顔を 見合わせ、せめて近くの海だけでも様子を見に行こうと出掛けた。久しぶりの海岸には、子供 達が連れ立って釣りに来ていた。どんな様子か覗いてみたが、あまり獲物は上がっていなかった。 しかし岸壁から覗き込んだ海の底には、結構大きな魚が泳いでいる。近くの猟師に聞いたら、 『見える魚は釣れないよ。夜釣りなら分からないけど』、と言う話。でも、この時期の夜釣りは 寒むくて大変だろう。帰り際、漁港の仕事場で魚の仕分けをしているおじさんに、美味しそうな 魚ですね。まさかここでは売って貰えないでしょうねと聞いたら、いいよと言うことになり、 新鮮なイカを手早く料理して安く分けて貰った。海釣りは失敗だったが、岡釣りは大成功だ。 昨夜のイカの刺身は美味しかった。残りの今夜のてんぷらも楽しみだ。

『100円ショップ 』  Nov. 24, 2007 ▲Top
 町へ買い物に出掛けると、必ず100円ショップを訪れる。何が目的でもなく 何となく店内を徘徊するのが好きだ。何しろ100円玉一つで、思いもかけない 掘り出し物を見つけることもある楽しさがある。私は老眼なので、よく老眼鏡を 買ってくる。家の中には、いたる所にその老眼鏡が置いてある。専門店で正規に 作った老眼鏡は数万円しているが、家の中で時にはめがねを探し回ることがある。 そんな時、目の届くところに、代わりになるメガネがあればとても重宝する訳だ。 私の場合、正確には左右の差があり乱視も入っているので、100円メガネでは 長い間掛けていると、疲れるので、掛けるのは正規のメガネを探し当てるまでの つなぎであるが、結構役立っている。他に家の中で沢山転がって居るものに時計 がある。いわゆる目覚まし時計だが、色々なデザインがあり、電池さえ入れて あれば結構正確に動き、何処に居ても目に付くところにあり役立っている。また 袋物も良く買うが、携帯電話用やカメラ、その他身の回りのものをちょっと入れる のに便利なものが色々工夫されてあるので、気に入ると幾つも買ってくる。そんな 夢が楽しくて、今日も100円ショップを覗いて廻るのだ。

『冬の衣類』  Nov. 23, 2007 ▲Top
 毎年の家庭内恒例行事になる、季節の衣料品の入れ替え作業は、今年は少し事情が異なった。 いつもの年なら、押入れの衣装箱を出してきて、秋ものの合服系を出してくる所、急に気温が 下がったため、少し出しかけていた秋物を慌てて引っ込め、冬物に切り替えて出すことになった。 考えてみれば、今年は殆ど秋ものの合服は着る暇がなかった。我が家の冬物と言えば、山形県に 住んでいた時代、豪雪の中で暮らしたため、寒さ対策は万全で、四国へ帰って来てから20年間 一度も袖を通したことの無い衣装が一杯ある。体型的には、余り変わっていないことと、元々 重ね着をするものが多いので、今でも十分合うサイズだが、でも幾ら寒いと言っても、山形で 着るほどの寒さではないので、殆ど使う機会が無かった。かさばるものが多いので、普段使わない 部屋を占領して場所をとっている。着ることが無いのであれば、処分すれば良いのだが、中々思い 切れず、これまで無意味に保存してきた。明らかに無駄な保存品には、子供達の小さい頃のスキー ウエアーなど、2度と必要になることが無いにも関わらず、思い出に残してあるのだろう。 隠居した今、2度と雪国で生活することは無いのだから、思い切って処分して家を広く使いたい。

『電気掃除機』  Nov. 22, 2007 ▲Top
 我が家の電気掃除機は、購入してから15年以上経つと思う。何しろ覚えていない程の昔 と言うぐらいだ。現在ノズルの先端部分の部品が揃っていない。残っているのは、隙間用の 細いノズルだけになってる。狭い場所や、しつこいごみを吸い取るときは良く吸引するが、 床面や広い場所を掃除するとき、このノズルでは時間がかかり効率が悪くてイライラする。 なぜこんな事になったのか家内に聞くと、もともとの床用ノズルは、長い使用により先端 の毛が抜けてしまい、使い難くなったので、捨てたと。確かホームセンターで買ったオプ ションものもあった筈だと言ったら、壊れたので捨てたと。では、何故不自由なまま放って あるのかと聞くと、ボツボツ新しい掃除機が欲しいのでそれを買うまで我慢しているとの事。 すでに、ノズルの無い掃除機を見てから1年以上経つが、随分長い間我慢しているものだと 感心している。家電店へ下調べに行ってみたら、機能やデザインにもよるが数万円するもの ばかりだった。先日ヤフーオークションで調べたら殆どが中国製と思われるものだが、落札 価格は精々国産の1/10程度の価格である。家内に中国製なら安いので買おうかと相談したら 中国製家電器具は、火事になる可能性が高いので絶対駄目だと反対された。余計な事に口出 しせず、当分黙っているのが無難な状況である。

『幻の光ケーブル』  Nov. 21, 2007 ▲Top
 当初の予定通りなら、今頃は光ケーブルに接続されていた筈である。その前にNTTの関連会社と 名乗るところから電話があり、私の住んでいるマンションに光ケーブルが施設されました。本来の 料金に対し、今なら「フレッツあっと割引」により、工事費用と契約料の合計5000円が無料になると の話だった。かねて通信速度の速い光ケーブルには興味があった。その今ならと言う話に乗って、即 接続契約に合意してしまった。その後送られてきた資料を見ると、「フレッツあっと割引」には条件 があり、1年未満で解約の場合違約金が掛かると書かれていた。特別割引しますと言いながら、解約 すると罰金が掛かると言うことは、意外にこの契約には問題があって、これまでも解約者が続発して その対応のため、解約防止策が必要であったのではと、勘ぐることが出来た。その違約金のことは、 当初の話に無かったことなので、その点に家内は反応し、クーリングオフが認められない話には絶対 反対と釘を刺されてしまった。また、同じ頃、WEB仲間が、私のブログを読み同じく、違約金には 気をつけた方がいいとの助言があった。結局光ケーブル接続の最終確認の段階で、NTTと話し合い、 現在のCATVと光との有意差を細かく追求したら、理論値の差はあるが、実質的に大きな差が無い 事を認め、今回の切り替え中止は仕方がないと言う結論になった。これで光ケーブルへの変更は幻と なった訳である。良かったか悪かったか、これで当分光ケーブルとの縁は切れてしまった。

『霜月』  Nov. 20, 2007 ▲Top
yuki.jpg  11月は別名を霜月と言う。季節として霜が降りる時期なのでそう呼ばれてきた。一昨日の 強い西風が寒さを呼び込んだのだろう。ニュースによれば、北国で初雪の事も報じられていた。 しかし何より四国山脈も白い雪が積もっていたのに驚いた。北国の冬の訪れは意外に早いこと がある。私が仕事の関係で、山形県最上郡真室川町に転勤した昭和48年はとても寒くて、 9月15日にコタツを出した記憶がある。西のほうならまだ夏の名残がある頃だ。確か年末まで に降った雪は、平屋の私の借家を完全に埋没させるほどの量で、南国育ちの私たち家族にとって、 雪かきが如何に大変なのか、痛切に感じさせられたものだった。毎朝、玄関の引き戸を開けると、 家の前に降り積もった雪が、玄関に一気に雪崩込んでくるのに驚いたものだ。道路に出る為に、 玄関の前の積雪に階段を切らなければ出られなかった。家の前の道路は、積雪により屋根の高さ に踏み固められていた。あの年の霜月に降った雪は、そのまま翌年の春まで根雪になるほど多 い雪だった。余りの積雪に、自家用車は冬の間、屋根付車庫に入れたまま、春まで使えなかった。 結果的にそこには3年程しか住まなかったので、その後の毎年の積雪の様子は知らないが、今年 の冬はその頃の積雪に迫るような予感がする。

『強風のゴルフ』  Nov. 19, 2007 ▲Top
 昨日は、所属する滝の宮カントリークラブの月例ゴルフ会だった。このところご無沙汰 していて、夏以来久しぶりの参加だった。生憎、朝から強い西風が吹き荒れ、風に向かって 打つときは、球が押し返されて距離が出ず、また横風を受けるときには、思いもかけぬ方向へ 流されて、スコアを纏めるのに大変苦労した。逆に追い風の方向に打った球は、今まで 飛んだことも無いほどの飛距離を出し、見失った球を探し当てたとき、どうしてこんな所まで と思うほど飛んでいたのもあった。また風は冷たく、風を受けると寒さで体がこわばり自由が 効かず、ショットの乱れも多かった。しかし振り返って総合すると、風の功罪は半々で、結果 としては追い風の時にショットが良く飛んだ効果が、成績を押し上げてくれていた。悪かった と感じた割には、成績はそこそこ纏まり、前半44、後半43トータルグロス87、ハンディ 13からネット74で2オーバーだった。帰り際、電光掲示板にそれまでの成績による順位が 表示されていたが、順位は5位だった。後から揚がってくる人の成績にもよるが、もしかして どこまで残れるか見ものだ。

『光ケーブル』  Nov. 18, 2007 ▲Top
 私のインターネット接続環境は、当初の頃は、ISDNから始まったが、比較的早い 時期から地元CATVのケーブル回線に切り替えて利用して来た。営業担当部門に高校 時代の後輩がいた事もあり、市内でもまだケーブルテレビの普及が進んでいなかった 時代に、いち早くマンションの集団契約を仕掛けてケーブルを引き込み、住民にも積極的 な呼びかけをして、CATV導入を順調に進めた。その後、インターネット時代がやって きて、NTTのISDNから始めた。追いかけるようにCATVのケーブルモデムが 普及し、我が家のインターネット回線は、ISDNをいち早く脱し、快適なケーブル接続に 切り替えた。電話のADSL回線より早くてスムースなCATVケーブルは全く不満なかった。 最近、巻き返しを図ってきたNTTが、光ファイバーの回線をいち早くマンションに引きこみ、 光プレミアムへの契約切り替えを促して来た。この数ヶ月間、NTTの下請け会社と思われる 所から、繰り返し電話構攻勢で光プレミアムの売り込みに口説かれた。いずれ通信品質の高い 光回線の時代になることは予想しているが、今なら、基本工事費無料サービスと言う話に、 ついに陥落。明日月曜日にモデムの交換と、インターネットへの接続が行われることになった。 さて、来週からは接続環境が変わるわけだが、どの程度通信速度が速くなるのか楽しみだ。

『のれん』  Nov. 17, 2007 ▲Top
 長年の間、まじめで正直に実績を重ねて老舗の伝統を築いてきた信頼を、一気に失うような 事件が最近多発して、お得意さんを失う事例が多くて驚いている。先代の暖簾を簡単に引き継 いだ若い2代目、3代目等の、心得違いが引き起こした、考えの浅い行為が招いたものばかりだ。 何百年と引き継がれてきたのれんとは、大変貴重な無形の財産なのに、一旦失ってしまうと2度 と回復することのできない失態なのである。長い歴史で築かれた信用を失うと、それを取り返す 為には、築いてきた歴史を超える長い時間、新しい信頼関係を築きなおす必要があり、それは 簡単なことではない。最近公にされて問題化しているものに、賞味期限の改竄がある。賞味期限 とは、劣化が比較的遅い食料品を、包装状態のまま所定の環境に置いた状態で、製造者が安全性 や味・風味等の全ての品質が維持されると保証する期限を示す日時と定義されている。足の速い 商品なら問題はないが、売れ残った食品類は、絶えずこの賞味期限がネックになる。消費者も店 に並べられた商品の製造年月日をみて、新しいものから購入するのが常識だ。当然古い日付の商品 はどんどん売れ残ることになり、販売の時期を失ってしまうのは道理である。そこで発生している のが、日付の改竄で消費者を騙して売り切ってしまう商法。これでは、商品に表示されている日付 は何の為か分からず、商品の信頼性は全く失ってしまう。金儲けのため、賞味期限が発生する商品 を限りなく造り、売り切って仕舞おうとする所に問題があるので、売り切れるだけ作り、本日売切れ を宣言し、売れ残りを発生させないことが、のれんを守ることだと思う。冷蔵保存の方法が無い 時代の古い老舗はそうやって、のれんを守ってきたことを反省すれば簡単に理解出来よう。

『大掃除』  Nov. 16, 2007 ▲Top
storbe.jpg  いつの間にか季節の変わり目になっていた。部屋の模様替えをしながら、部屋の隅々を 掃除機を掛け埃を丁寧に取った。長い間絨毯にこびりついた埃は掃除機の吸い込みだけでは 取りきれず、更に硬く絞った雑巾でふき取って綺麗にした。夏の間、部屋の中でやさしい 風を送ってくれた扇風機を、押入れに仕舞い、代わりに電気ストーブを、出してきた。 電気ストーブには、赤外線放射式のものと、温風を噴出すものと2種類もっている。 赤外線ヒーターの方は長年使い込んでおり、これまで電源スイッチが利かなくなったことが ある。廃棄するのももったいないので、壊れたスイッチの配線をやり直し、別の用途の隣の スイッチの配線を直結し、このスイッチを生かして電源スイッチの接・断に使ってきた。 今年もこのストーブを出してテストして見たら、この電源スイッチも動作不良で、電源が 入らなくなっていた。構造的に使えるスイッチはもう無いので、どうしようか思案している。 片方の温風ストーブの方は異常がないので、今年はこちらに活躍してもらおう

『南海大地震』  Nov. 15, 2007 ▲Top
 私が小学校5年生の頃、太平洋戦争が終わって疎開先から我が家に帰り、少し落ち着いた頃の ある夜、突然大きな地震に襲われた。兎に角外に出たいのだが、床が大きく揺れてなかなか歩け ない。引き戸のふすまが開かないなど苦労しながらやっと庭に出た。空は満点の夜空だった事を 子供心に覚えている。庭の隅に家族が寄り添い頭から布団をかぶって、地震の収まるのを待った。 後で調べたら、12月はじめ頃の冬の朝だった。怖さもあってとても寒く皆で震えていた。 うずくまっている私達の横に、大きな電柱が立っていたが、地震の縦揺れで、その電柱が上下に 揺れ、地中から液状化した土砂が吹き上げていた。翌日電柱の根元を見ると、吹き上げた土砂 の跡は50cm以上点いていたから、電柱はまるで臼で餅をつく様だったのだろう。地震が収まり 家の中に入ったら、箪笥も戸棚も、みんなひっくり返り、大変な状態だった。電気は停電し、 水道は途中の水道管が破裂した為、長い間断水状態だった。我が家は父の会社の社宅だったので、 すぐに会社の人達が来て、道路脇にパイプを打ち込み、手押しのポンプをつけて、地下水の汲み上げ が出来るようになった。ポンプは隣近所何軒かで共用するので、順番を決めて水汲みをした。 電気もしばらく点かなかったので、蝋燭も切れ、昔ながらのお皿に油を入れ、布切れの芯を入れて 火をつけ明かりにした。木造の家は、どの家も傾いていたので、重機で引っ張り、反対側に支え の柱を入れて、元に戻したが、基本的には微妙な傾きは残ったようだった。あの地震の震源地は、 高知県の南東の海中でマグニチュード8だったと記録されていたが、本当に怖い体験だった。

『マンション』  Nov. 14, 2007 ▲Top
 若い頃は、子育てもあって、広い庭があって近所と独立した一軒家に住むことがステータス でもあった。たまの休みには、子供達と花壇や庭木の手入れも楽しみの一つであった。しかし 年老いてからは、そうした家の周りの手入れも煩わしくなり、マンション住まいにあこがれる 様になってきた。丁度年老いた母親の面倒を見なければならなくなって、都会の生活に区切り をつけて田舎に帰る事になった。母親自身の家は、次男夫婦が住んでいたので、長男と言えども 今更我々が一緒に住むわけには行かなかった。それまで住んでいた都会の家を売り、田舎に家を 買う時、将来の自分達の事を考えて、街中の便利な場所で、設備の行き届いたマンションを買う ことに決めた。もしあの時、土地を買って家を建てるとしたら、とても今のように街中の便利な 場所には望み得なかっただろう。そして更に年取って、日常の買い物や病院へ行くのに車なしでは 歩いて行けなかっただろう。ただ土地付きの一軒家でない代わりに、鍵一つで家の用心は済み、 庭の手入れも不要だ。買い物も病院も、歩いて数分のところに幾らでもある便利さを満喫している。 先日、家内の姉夫婦が、広い庭のある邸宅を売って、マンション住まいに替える事になった。 建てる時には、1億近い資金が掛かった家なのに、売る時は僅か3000万円ほどに買い叩かれて いた。しかし今後続けて住む意思のない二人にとっては、無用の家はそれでも売らざるを得なかった ようである。つつましく生活するなら、年取ってからのマンション生活も結構快適なものだ。

『睡眠』  Nov. 13, 2007 ▲Top
 私にとって睡眠とは生き続けていく上で不可欠な生理現象だと思う。日中、少々過酷な ストレスを受けても、一晩寝るとソロバンの珠を0に戻したようにクリアされるのである。 家内に言わせると、私は寝床に入って10分もすると、寝息も立てずに寝ていると言う。確かに 寝つきはいいほうだと思う。寝たい時は音を遮断し、明かりを少し暗くしてやれば簡単に熟睡 状態に入れる。寝込みの1〜2時間は深い睡眠状態に入り、少々の音がしても、起きることは ないようだ。反対に家内は夜は寝られない性質で、遅くまでテレビをつけて起きていて、時に 夜中私が、トイレに行くとき、家内の部屋のテレビが点いていること多い。寝られないから テレビを点けているのと。寝たいからテレビを消す私とは、どうやら生理学的な考え方が違う ように思うが、どうやら個人差があるようだ。先日娘の家に泊めて貰ったとき、夜中に居間の 長椅子で横になっている娘に、遅くまで起きているねと声を掛けたら、本当は良く寝ていた。 聞くと、親子って良く似ているのか、娘も夜は寝付かれないほうで、何時もテレビをつけて 寝ているのが習性らしい。早く寝たいなら、テレビを消して静かにし明かりを消せば良いのにと 思うが、違うようなのが不思議の世界である。

『一段落』  Nov. 12, 2007 ▲Top
 この1週間、パソコンの立ち上げに失敗し、毎日繰り返しシステムドライバーの見直しを して過ごしていた。でも問題は次々解決していき、基本的な機能は使えるようになって行った。 残る問題は、2台組み込んだDVDでビデオが再生出来ないことだけが未解決となっていた。 システムに詳しい友人に来てもらい、知っている限りの知識と経験を駆使して、1日掛りで、 最後はさすがにビデオが見られるようになった。但し、あれだけ手こずった問題も、結果として 何が原因だったかは分からず、何となく何故か解決したという雰囲気だった。要するに解決の ポイントは分からず、結果良しだった。後で分かった事だが、解決したと言っても、コピー物 ビデオの再生は、現在も出来ないのは、コピーガードがしっかりしているせいなので仕方ない。 これで殆ど全ての問題は解決したと思っていた。昨日、初めてスキャナーで写真の取り込みを しようとしたが、スキャナーが動かない。たしかドライバーは確実に入れたはずなのに。 念のため、更に上書きでドライバーを何度も入れなおしたが、やっぱり動かない。窮余の策で トラブルシューティングを読んでみたら、古いドライバーを一度削除してやり直すように書いて あった。指定の手順どおり今までのドライバーを一度削除したあと、インストールをやり直した。 改めてスキャン作業をしてみたら、何なく動作を開始して問題解決した。長かった1週間だが これで当面の問題は全て解決したと思う。それにしても、随分苦しんだがこれで一段落だ。

『金婚式』  Nov. 11, 2007 ▲Top
kinkon.jpg  結婚してから随分になると思って、指折り数えてみると、何と今年は50年目だった。 当時大学を卒業しても就職難で、しばらく故郷新居浜市内の、知人の会社の臨時社員として 仕事をしていた。色々手を尽くして5月頃、正式の就職先が決定し、勤め先が東京と決まった。 これからの東京で、一人では炊事洗濯のことを考えて、生活を支えてくれる相棒がどうしても 必要だった。高校時代から将来を共にしたいと心に決めていた彼女と急遽、結婚式を挙げる事に なった。すぐさま近くの一宮神社へ行き、式の日取りを5月13日と自分勝手に決めた。 披露宴は当時実家が料亭だったので、身内や日ごろ世話になっている知人を招いて行ったが、宴席 の途中から抜け出して新婚旅行に出掛けた。結婚の祝儀袋をそのまま懐に入れ、行き先は決めず、 二人で気の向くままに高松、徳島、淡路島、六甲山、大阪市内等を一週間ほど周遊した。新婚所帯 は東京都文京区菊坂町の狭い間借り生活で始まった。炊事、トイレは大家と共同で、風呂は近くの 風呂屋に出掛けた。歌にある神田川の世界だった。最初の月給は手取り1万円も無かった。生活の ために毎日遅くまで残業し、休日も殆ど休まず、月平均残業時間200時間以上で、やっと手取り 2万円を超える程度だった。いつも都電の終電車を、後楽園前まで家内が迎えに来てくれた。雨の 日は、会社の守衛所前で傘を持って立っていた。貧乏だが楽しい時代だった。そんな生活から段々 会社も成長し、家庭生活も豊かになり、4年目くらいに公団住宅が当たり、人並みの生活になれた。 そしていつの間にか月日が経ち、今は年金生活だが、今年が結婚50年目の金婚式の年だ。 結婚記念日も忘れていたが、長年愚痴も言わずに連れ添って呉れた家内に心から感謝している。

『失敗』  Nov. 10, 2007 ▲Top
 この数日間のパソコンライフを振り返って見ると、失敗の連続と言って過言ではない。 もともと早とちりで、いい加減で、慎重さが足りない性格だから当然の結果と言えよう。 新しいパソコンを買うきっかけになった古い機械も、慎重に調べれば、実はそれほど 致命的な問題があった訳ではなかったと思う。ただ、ボツボツ新しい機械が欲しい という気持ちが、機械の不調を駄目になったと思い込ませただけなのだろう。実際、 古い機械を引き取った友人は、直せる勝算があってこそ喜んで持って行ったのだから。 ところで、新しいパソコンを手に入れてから、今まで以上に使いやすい機械にしたい と思い込み、いろいろな仕組みを考えたが、結果は失敗の連続で、内容的にはどんどん 悪くなっている。メールの受信を始めたが、この数日に受信したメールのファイルは、 機械の設定をいじる度にクリアされてしまい、肝心の内容が確認できないままになって しまった。最低限もう一台のパソコンにメールを読ませて保存しておけばよかったと 後悔しているが、後の祭りだ。まだまだ問題の多いDELLだが、後はビデオの再生が 出来ない点の解決が残っている。早く使える状態に持って行きたいと努力の毎日である。

『トラブル』  Nov. 9, 2007 ▲Top
 一昨日までも、いろいろなトラブルで毎日苦しい対応に追われて過ごしていた。それも 一応の解決が出来てほっとしたところだった。結局新しいDELLはそれなりに動き出したが やはり、今までのマシンに比べて、劣る部分もあり、古いマシンから外したHDDドライブを DELLに組み込む作業を始めた。最初はトランスの移設だった。DELLのトランスは250Wと増設 には耐えられないので、元のマシンの400Wの物を移設した。ところが取り付ける前の状態では 正常に動作するのに、ねじで固定すると電源が切れてしまう。調べたら、電源の筺体にはスイッチ が突出していてそれが邪魔をしていたことが分かり、シャーシーを曲げて、解決したが長い 時間理由が分からず苦労した。次はコネクターが合わないので、変換コネクターを買って来て それで簡単にセッティング出来ると軽く考えていた。手順どおりに接続しても動かず、又も 挫折した。結局ドライバーがない為と分かり、今度はドライバーを探すのに又長い時間が掛かった。 結局一日掛かってやっとトランスの乗せ替えと、HDDの増設が終わったが、まだトラブルが 続いている。続きは明日のこころだ・・・・

『解決』  Nov. 8, 2007 ▲Top
 先日来、ヤフーオークションで新しいパソコンを落札し、こちらの支払いも未確認の内に、 親切な出展者から高額な商品が届いた。手続き上はこちらも落札と同時に、ヤフーの簡単決済 クレジットの支払い行動を起こしたので、決して悪気があった訳ではないが、無知からきた 手違いで、正式な支払いが履行されていなかった。普通では考えられないことだ。それでも 落札者はためらいながら、優しく一度調べて欲しいとの事だった。そこでこちらから改めて、 ヤフーに問い合わせたところ、私がVISAで支払いの手続き終了後、決済内容の詳細ならびに 取扱日などは、Yahoo!かんたん決済利用明細画面にある、該当取引の決済IDをクリックして 確認をしない場合、5日以上経つと自動的にキャンセルされる仕組みと分った。なるほど、手続き 方法を正しく読んで居なかった為、中途半端な作業で放棄したことになっていた。そのことが 分り、一刻も早く出展者に支払いを履行しなければ道義に劣るので、すぐさま銀行振り込みに 切り換えて送金手続きをした。さすが数秒で、私の銀行口座から引き落とされ、出展者からは 入金の知らせが来たと連絡があり、一気に片付いた。今回の事では、優しい出展者に救われたが、 本当にご迷惑を掛けてしまった。これでやっと一件落着した。

『思い違い』  Nov. 7, 2007 ▲Top
 昨日の一言では、新しいマシーンの準備が整ったので、今日から快適なパソコンライフが 待ち受けているはずだった。既に相当の時間を掛けてアプリケーション類のインストールも 済ませたし、データ類も入れた心算だった。しかし、まずインターネットエクスプローラには お気に入りを入れていなかったので、一々URLを入力するかヤフーの検索を必要とした。 メールは、着信したものへの返信は良かったが、何時もの相手なのにアドレスを調べるまで 発信できなかった。年賀状のシーズンが近づいてきたので、筆まめを起動させてみたが、あて先 氏名の登録情報は全く無かった。例年なら400通はあて先印刷しているのに、今年は再入力 が必要となりそうだ。そして、夕方出展者からのメールで、その後の支払い状況の確認が来た。 実は、今回土曜日の夜中だったので、ヤフーの簡単決済クレジットを使ってみた。手続きを 進めていく段階で、VISAカードの番号と支払い金額の入力までしたので、当然支払いは 正常に終わったと思っていた。しかし、肝心の出展者には支払われていないし、ヤフーからの 連絡も無いとするとどうなったのだろう。一応銀行残高を確認したが、まだお金は動いていない。 という事は、当然まだ支払われていないのもうなづけるが、どうなっているのだろ。初めての 事なので、現在全く支払いの流れが読めていない。どこに聞けばいいのか分らない。

『準備完了』  Nov. 6, 2007 ▲Top
dell.jpg  先週2日(金)深夜にヤフーオークションで落札した DELL Optiplex GX270 タワータイプ [C P U] Pentium4-3.2GHz、120GB 、FDD/マルチドライブ、メモリー 2GB のマシーンは、前日 迄使っていたパソコンよりは少しばかり性能UPしたことになる。出展者の心遣いで、4日朝、 納品とともに、不満がのあった装備には、古い機械から主要な部品を外して付け加えて、更に 上級仕様に仕立てあげた。日曜日は一日中、ハード面の改造に掛かり、後は夫々のドライバー 関係のインストールで一日が暮れた。思いのほか時間が掛かった理由は、古い機械から外した 内蔵型付属機器は、殆どドライバーの事など考えてなかったので、探し出すのに手間がいった。 迎えて昨日(5日)は今までと同じ感覚で使えるように、すべてのアプリケーションと、それに 必要なデータファイルを組み込むのに、ハード関係より時間が掛かってしまった。それでも、 この所サボっていたフィットネスもちゃんと行ってきて、仕事もやり遂げたので、今日からは 昔どおりに、快適なパソコンライフが楽しめるようになった訳である。くたびれたなあ。

『立ち上げ』  Nov. 5, 2007 ▲Top
haisen.jpg  一昨夜オークションで落札したDELLのパソコンが、昨日の朝早くに宅配便で届いた。私が落札 直後に振込みの手続きをしたけど土日の為、出展者はネットでの確認は出来なかった。にも関わ らず、その日の内に発送の手配をして呉れたのだ。親切な出展者に感謝である。すぐさま開梱し、 まずOSの組み込みを確認をした。OKだったので、DVD-RWをもう1台追加組み込みし、更に外付け の周辺機器類の電源が本体と同時に切れるようにリレーを組み込んで改造。この辺まではハード的 な改造だったが、実は追加したDVDや、今までのパソコンで使っていたMO類を全て接続するように したが、古い機械は買ってすぐドライバー類のインストールをしていて、それから数年が経った為、 改めてセッティングしても、ドライバー関係が無いと其々の機器が認識されずに苦労した。思い出し ながら、あちこちに散乱していたドライバー類を探し出し、てインストール。どうしても見付から ないものは、オンラインから手に入れて、1日掛かりでやっと全ての接続と、動作の確認が出来た。 これで、基本のラインアップは終わったが、新しい機械を使い易くするためには、まだ、辞書類の 整備や、各種ソフトのインストールもこれからである。大変な1日だったので、気がついたら、 プールへ泳ぎに行くのも忘れていた。仕方ない明日は頑張ろう。

『掃除』  Nov. 4, 2007 ▲Top
 暫く動かしたことも無かったパソコンを、近々交換のため、入れ替えることになるので 久しぶりに取り外した。まづは配線を外すのが一苦労だった。多分最初にセッティングする 時は、もっと丁寧に配線したと思うが、その後の作業で其々の線が入り乱れ、どれがどうなって 居るのか、戸惑うほど滅茶苦茶に混乱していた。更に入り乱れた線には綿埃が一杯付いていて、 触るたびに埃が舞い散った。さし当たって元の配線に戻すことは無いので、兎に角あとの事は 考えず外せるものから外していった。全ての配線を外してみると、30本近い線が這い回って 居たのに改めて驚いた。外した線を一本ずつ雑巾で拭いて埃をとり、並べて行った。配線を、 外し終わったパソコンを動かしてみたら、置いてあったその周りは、綿埃が盛上っていた。 多分パソコン本体の冷却用にフアンが回り続けているので、そこへ部屋の埃が吸い込まれて、 パソコンの回り一帯に積もったものだろう。真空掃除機で埃をとり、更に雑巾で綺麗に拭いた。 改めて、パソコンが置かれていた辺りが、一度に綺麗になり気持ちよくなった。考えて見れば こんな事でもなければ、滅多に掃除することも無かった訳で、パソコン代に少しお金が掛かった が怪我の功名ともいえよう。

『パソコン』  Nov. 3, 2007 ▲Top
 日頃、我が家で活躍していたパソコンは、フル装備したメインのパソコンの他に、サブで 使っているマウスコンピュータと、普段くつろいでいる時の居間に富士通のノートパソコン を置き、メールのチェックやPIYOの書き込み等に使っていた。先日東京方面へ10日間ほど 出掛けた時、用心の為、全てのパソコンの電源を完全に切って家をでた。久しぶりに帰って 電源を入れたとき、最初パソコンは正常に動き始め、メールの読み込みを始めた。日頃は、 迷惑メールも毎日こまめに自動削除しているのが、この日は10日以上に溜まっていたメール を読み込みはじめて、数百通の読み込みをしたところで、途中何故かストップしてしまった。 後は画面に接続出来ませんの表示が出て、インターネットも出来なくなった。ずっと画面を 見ていた訳でないので、はっきりと理由が判らないが、途中でウイルスの感染か、何かの 作用でパソコンが自動的に反応したと思った。何とか正常に戻そうと、システムの復旧を 掛けたが、ランが正常に戻らないため、外部との接続が出来ないとのメッセージが出ていた。 結局、外部との接続はどうしても修復できない為、諦めてサブで使っていたマウスの方へ、 必要なファイルを移し替えて、仕事を済ませた。やむを得ず本日新しいパソコンをオークション で落札したので入荷次第、又システムの構築し直しだ。余計な仕事が増えてしまった。

『デジタルカメラ』  Nov. 2, 2007 ▲Top
degicame.jpg  今年の新居浜太鼓祭りの撮影の為にと、お祭りの少し前に、ヤフオクでパナソニックの LUMIX (DMC-FZ20)と言うデジカメを落札した。付属の電池は専用の特殊電池だったので、 予備用に2個買い足し、更にメモリーも1ギガのSDも購入して備えた。お祭りが1ヶ月 後に迫った頃、ある会合に出かけた時、早速そのデジカメを持参して、試し撮りをした。 途中何かの都合で用足しをする間、少し高い台の上に置いて席を離れた。その後撮影を 続けようと、ふとカメラのディスプレー画面を覗くと、何故か、いつの間にかディスプレー の透明アクリル板が割れていた。何か鋭い金属が当たったのか、中心部が凹み放射状に 割れ目が出来ていた。多分これだけの傷が付いている以上、犯人は気づいたはずと思うが、 私がその事実を言っても誰も知らない顔の無反応だった。そこは、日頃親しい仲間だけの 場なので、それ以上詮索するのは雰囲気を壊すと思い、そこに置いた自分の責任と考え 追求は諦めた。翌日近くの北村カメラに持ち込み、修理の為の見積もり依頼をした。1週間 ほどして見積もり結果の連絡があったが、修理には構造的に、大幅な部品交換が必要で費用 も1万6千円程掛かるとの事だった。元々オークションで落札した価格が3万円に満たない 価格なのに、アクリル板の傷を直すだけの価格としては馬鹿馬鹿しく高いと、修理は止める ことにした。割れたアクリル面は少しの段差が出来た。何とか我慢すれば映像は見えるので、 透明のテープを自分で貼り、埃や水の浸入を防いで使っている。今のところ撮影には問題ない。 それにしても僅か数十円の小さなアクリル板の交換に1.6万円とはホトホトあきれたものだ。

『幻のホールインワン』  Nov. 1, 2007 ▲Top
holeinone.jpg  ゴルフを始めたのは22歳の時、新婚旅行中に家内の兄が高松カントリークラブで、 ラウンドするのについて回り、途中から7番アイアン1本を渡され、お遊びでプレイ したのがきっかけだった。新婚当時まだ荒れ野原だった埼玉県新所沢の駅裏の空き地で 会社から帰ると、買ったばかりのハーフセットで、打ちっぱなしの練習をしていた。 その後練習場も出来、西武園ゴルフ場が出来、毎週土曜・日曜は仲間を誘ってプレイ した。以来50年が経ち、ハンディキャップもシングルを目指したが、現実は10が ベストだった。最近は年とともにハンディが増えて来た。ゴルファーにとって の目標にエイジシュートとホールインワンがある。残念ながら私にはまだその経験が無い。 万一ホールインワンをすると、記念の植樹や記念品を仲間に贈る習慣があるので、昔から ゴルフ保険も掛け続けているが、払い込むだけで使うチャンスは無かった。先月10月23日 茨城県水戸市のカバヤゴルフクラブ、梅コース6番ショートホール144ヤードを7番アイアン で打った球は、高く上がりピンに向かって真っ直ぐ転がった。そのまま絶対入ると思った。 周りで見ていたゴルフ場整備の作業員達も固唾を呑んで見守り、一瞬入ったと叫んだ。 50年間待ち望んだホールインワンをついに達成出来たと思った。しかし、無情にも ボールは、半分穴を覗く様な位置で止まってしまった。まさに幻のホールインワン だった。ホールインワン経験者によると、入る時は簡単に入るよというが、まさに 千載一遇のチャンスだったのに、これでまた次のチャンスを待たなくてはならない。

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