『寝耳に水』  Apr. 30, 2006 ▲Top
 寝耳に水とは、思っても居なかった出来事に、ひどく驚く現象を指す表現である。 辞書には、寝ている人の耳に、水を注入したら驚くさまと書いてあるが、そんな事をしたら 驚くよりもっと大変な事件になってしまう。本当は「寝耳に水音」が語源だと思う。実は昨日、 天気がいいと思って洗濯物を干して居たのに、昼寝をしている時、ふと雨音を耳にして突然 目が覚めた。寝ていても人の耳は聞こえているものだと、自分で感心したが、慌ててベランダの 洗濯物を取り込んだ。雨はにわか雨のようにすぐ止んだが、いち早く雨音に気づいて良かった。 と、そこで「寝耳に水」を思い出したが、昔まだ、治山治水の行き届いていない頃、寝ていても 雨音や、洪水の気配をいち早く察知して、危険から身を防いでいたのではないかと思う。万一水の 気配に気づかぬ場合は、大変驚くような災害にあったかもしれない訳で、そんな時の災害を 「寝耳に水音」を聞き漏らした為と感じたのではなかろうか。

『メロンパン』  Apr. 29, 2006 ▲Top
meronpan.jpg  長い間、メロンパンとはメロンのような外観だけでなく、メロンを感じさせる味や匂いを つけて焼き上げているものと思い込んでいた。実は最近までメロンパンは殆ど食べたことが 無かったので、実態を知らなかったのだ。子供の頃、一度くらいは食べたことがある様に 思うが、そのときは、何かレモンのような味と匂いがして、それが何故か気に入ら なくて避けてきたように思う。少し前、家内が姉さんに貰ったといって、持ち帰ったメロンパン を食べて見て、凄く美味しいものと分かり、パン屋の棚にあるのを見掛けると家内の為に買って 来るようになった。そしてつい数日前のテレビで、メロンパンの作り方を見て、初めてメロン パンの名前の由来や特徴を知った。メロンパンとは菓子パンの一種で、パン生地の上に甘い ビスケット生地をのせて焼くのが特徴。表面を噛んだときパリパリとした歯ごたえ感が何とも 味わいがある。メロンパンといってもメロンを原料に使っているわけではないことも知った。 名前の由来は、表面のビスケット生地に、数本の筋や格子状の溝が入れてある形が、メロン の模様に似ているために付けられたもの。関西でメロンパンというと、ラグビーボール型で 中に白あんの入っているものもあると言う。

『たくあん』  Apr. 28, 2006 ▲Top
 私にとって、食事の添え物として「たくわん」は無くてはならない食べ物の一つである。 洋食では似たものとしてピクルスが挙げられるが、私にとっては似ても似つかぬ食べ物だ。 たくあんとは、生干し大根を塩と糠で漬けたものを言う。好きなのは鰹節を一緒に漬けた 物が好物で、黄色の着色は避け無色がいい。家内と買い物に出掛けると必ず、たくわん だけは自分で選んで買うようにしている。 たくあんは、「沢庵漬け」を略した言葉だが、その正確な語源は解かっていないと言う。 江戸初期の臨済宗の僧、沢庵和尚が作り始めたからとか、沢庵和尚の墓石が漬物の石に 似ているからといった、沢庵和尚に由来する説が有力である。 西日本で、糠と塩で漬け込んだものを「じゃくあん」と言っていたことから、転じて 「たくあん」になったとする説もある。 ただし、「たくあん」は主に関東で使われていた呼び名で、西日本では「百本漬け」や 「香の物」と呼んでいたため、「じゃくあん」については「たくあん」の音変化した ものとする見方もされている。

『哲学の日』  Apr. 27, 2006 ▲Top
 今日(4月27日)は「哲学の日」。紀元前399年のこの日、ギリシアの哲学者・ ソクラテスが、時の権力者から死刑宣告を受けて、獄中で毒を飲んで亡くなっている。 弟子からは、脱獄を勧められたが、「悪法も法」だと言って毒杯を自らあおったのだ。 ソクラテスの妻が、悪妻として有名だったため4月27日は「悪妻の日」でもある。 哲学者のソクラテスは、対話的問答を通じて相手の無知を自覚させようとしたが、 アテネ市民は受け入れず告発されて死刑判決を受けることになったもの。ソクラテス は名声のある人々より、尊敬されることの少ない人々の方がむしろ思慮(智慧)に優れ ていると思えたと述べている。それは、「知らないのに知ったかぶりする人より、 知らないので知らないと思っている人(無知の知)のほうが優れている」と言う。 それは知らない事を知っていると信じていることになる。これこそ「知らないのに 知っていると信ずること、その方が無知ではないか」と言っている。 ソクラテスの言葉として「ともかく、結婚せよ。もし、君がよい妻を持ったなら、 君は幸福になるだろう。悪い妻を持ったなら、君は哲学者になるだろう」という 言葉を残しているが、果たして貴方は幸せなのか、それとも哲学者なのか。

『セルライト』  Apr. 26, 2006 ▲Top
 フィットネスクラブに毎日通って来るご婦人方には、総じて体格のよい方が多い。中年を 過ぎて子育ても終わり、美を保つ目的を失った結果が体型に現れたものだろうか。脂肪の塊が 胴体の周りに集中し、見事なビヤ樽体型になっている。足や太ももなどの体のあちらこちらに は、凸凹の脂肪細胞のセルライトが見受けられる方もたまに見掛ける。 セルライトとは、脂肪細胞に体の老廃物が絡みつき、大きくなって燃焼し難くなった脂肪細胞 のことで、オレンジの皮のように見えることから、「オレンジピール」と呼ばれたりもする。 セルライトが出来ている部分の皮膚は、栄養分が行き渡りにくいため、カサついたりたるみ が生じたりしやすいので、凸凹だけでなく肌が荒れることも、見た目を損ねるのが特徴。 セルライトは毎日の食生活に、動物性物質が多いことや、水分の摂取が足りないこと、運動不足 も原因といわれているが、このセルライトがやっかいなのは、いくらダイエットしても、 エクササイズをしても、脂肪や老廃物が代謝されないことである。 セルライトを無くすためには、マッサージや、半身浴などの方法がある。 セルライト対策のマッサージは根気よく続けることが大切。途中で挫折してはあまり 意味がないので、セルライト対策でマッサージをするときは、ムリをしないで毎日続けられる 程度のマッサージが無難である。

『JR福知山線脱線事故』  Apr. 25, 2006 ▲Top
 早いもので、死者107人、負傷者555人を出し、戦後4番目の鉄道惨事となった JR福知山線の脱線事故から一年が経つ。事故を起こした快速電車が始発の宝塚駅を出発後、 事故現場に到達するまでに出した最高速度が時速125キロだったことを示す記録が、 1両目の新型自動列車停止装置に残されていたことが分かった。直前の停車駅・伊丹駅 でオーバーランし、2分30秒遅れで発車後、最大限に加速、そのまま速度超過して 走行したため現場付近でカーブを曲がりきれず脱線転覆したものだ。なぜ速度超過したのか など未解明の部分も残されている。日本の鉄道は世界一運行ダイヤに忠実で正確なことが自慢 の種だった。外国のように、ダイヤがあっても参考程度で、少々の違いは当たり前、乗客も 時間のことを深く追求しないなら、こうした不幸な事故を起こさないで済んだかも知れない。 この事故で反省すべきはJRだけでなく、利用者である我々も、列車ダイヤの正確さよりも 安全を第一に評価する国民であれば、事故を起こすことには至らなかったかも知れない。 事故で亡くなった乗客の遺族、重傷を負って病床に伏せたままの乗客など、未だに事故の 後遺症を引きずっている人達は多い。事故後の補償交渉もまだ大きな進展はみられていない。 一刻も早く解決されることを望みたい。

『さつまいも』  Apr. 24, 2006 ▲Top
 鹿児島の親戚から色々な野菜類と共に、さつまいもが送られてきた。本来は今頃取れる 物ではないので、保存していた種芋の類なのか、いつも今頃送ってくる。これまでも 何度か頂いたが、種類はこの辺で普段食べるような種類とは少し違っている。茹でてみると 実が紫色をしていて、少しべチャットして甘い味がする。外の皮は厚く、何となくまだ 野生の感じで、食べても固いので、皮はむいて食べている。さつまいもの原産地はメキシコ を中心とする熱帯アメリカで、日本には、1597年に宮古島に入ったのが最初と言われている。 「さつまいも」の名は薩摩に伝来したことに由来するが、伝来ルートなどの違いにより、 「唐芋(カライモ)」、「琉球薯(リュウキュウイモ)」などとも呼ばれてきた。 江戸時代初〜中期のたび重なる飢饉によって救荒作物として注目され、主に九州地方で 栽培されるようになり、関東地方に広まったのは、青木昆陽が1735年に『蕃薯考(ばんし ょこう)』を著し、普及に努めたことによる。 さつまいもとは、ヒルガオ科の蔓性多年草、一年生作物。塊根は食用のほか、デンプンや アルコール・焼酎などの原料となって親しまれている。

『バッテラ寿司』  Apr. 23, 2006 ▲Top
 日本人は平均的に寿司の好きな人が多い。最近では欧米人にもダイエット食品として 人気が高く、寿司を好きな食べ物に挙げる人が多くなった。寿司の語源は「すっぱい」を 意味する形容詞「酸し(すし)」から来たとの説がある。江戸前の「にぎり寿司」以外に、 大阪を中心に発展してきたものに私の好きなバッテラ寿司がある。夕方の食品売り場に出掛け、 6時頃になると、売れ残りのバッテラが200円程度に安売りされているのを見つけては、 買って帰ることが多い。バッテラの語源はポルトガル語の小船を意味する「bateria」 (バッテイラ)から名づけられたと言う。 明治時代、大阪の鮨屋がコノシロの片身を鮨に乗せた形が、小舟に似ていたため 「バッテラ」と名付けられたもの。これが鯖寿司に応用され、次第に〆鯖の押し鮨を 「バッテラ」というようになった。 すしの漢字には「鮓」「鮨」「寿司」があり、「鮓」は塩や糟などに漬けた魚や、発酵 させた飯に、魚を漬け込んだ保存食を意味したことから、すしの漢字として使われた。 現代で最も一般的に使われる「寿司」は、江戸末期に使われた当て字で、「寿を司る」と いう縁起担ぎの意味に由来するものらしい。

『NHK受信料』  Apr. 22, 2006 ▲Top
 度々起こるNHK職員の不正経理 の事件が起きるごとに、視聴者の不払い問題が表面化している。確かに視聴者から言わせれば、 見たくも無い番組を製作するために掛かる費用など負担する義務は無いと思ってしまう。 NHKの橋本元一会長は、不払いが3割にも上る受信料について、放送法で受信契約義務が あり、NHKの受信規約で支払い義務を明記することが望ましいとの考えを明らかにした。 その基本には、不払い者への罰則について、強硬な条文導入を考えているのだろうか。 しかし、その使い方が出鱈目で、カラ出張による着服などが新たに発覚した、現段階では、 受信料支払いの義務化などに国民の理解は得られるはずがない。 NHKが受信料を財源とする根底には、公平・公正な立場で放送の自主性を保ちながら、 テレビやラジオの放送を通じて国民の生命・財産を守り、公共の福祉、文化の向上に貢献する ことが、NHKの基本的使命としている。NHKがその使命を果たすためには、政府や企業 などの特定のスポンサーに頼ることのない「財政の自立」が必要となるわけだ。 このため放送法では、NHKがコマーシャルを行うことを禁止し、受信料で運営することを 決め、第32条第1項で「NHKの放送を受信できる受信設備を設置した者は、NHKと 受信契約をしなければならない」と定めている。したがって、テレビを持っていればNHK を見る見ないにかかわらず、受信料支払う義務が生じている。もし、そのテレビにNHKを 受信する設備が排除されて居る事が証明されれば、受信料を支払う義務は無いことになる。

『土佐文旦』  Apr. 21, 2006 ▲Top
buntan.jpg  春の声を聞くと、南国土佐を代表するかんきつ類の王様「土佐文旦」の季節だ。 土佐文旦の外観はグレープフルーツによく似ている。大きさは300g位から 温室ブンタンの大きいものでは900gぐらいになる。 品種の特性としては晩成柑橘で、露地栽培では5月に開花年をして夏の日差しを 浴びて成長し、そして年を越して完熟する果物。暖かい高知と言っても厳寒期の 寒さの害を受けることがあるので、年末から年明け早々には収穫をしている。 その後少し貯蔵をし、追熟させて出荷をしている。 果皮の色は温州みかんのようなオレンジ色ではなく、黄色に熟す。黄色の柑橘の 甘さは蜂蜜と同じ成分の果糖なので、果糖の上品な甘さと酸味とのバランスで 一度食べると忘れられない美味しさである。 文旦は、東南アジア、中国、台湾などで栽培されていたものが渡来したようで、 土佐文旦、水晶文旦、本田文旦(鹿児島県)などがあり夏みかん、グレープフルーツ も文旦の血をひく柑橘だと言う。名前は、江戸中期にこの果実を持込んだ清国船の 船長、謝文旦に由来していると言われている。 栄養面では血液を浄化し血管を強くするビタミンC・Pやミネラルも多く含まれて おり、昔から高血圧の薬だと云われている。無論美容にも優れているので是非 食べて欲しい。

『地上デジタルテレビ』  Apr. 20, 2006 ▲Top
 テレビ放送が始まって以来、長年慣れ親しんだアナログ放送方式が、いよいよデジタル方式 に変わろうとしている。これまでは音声、映像とも電気信号を扱うのはアナログが主流で来たが、 より良く、歪みやノイズのない増幅、伝送を突き詰めていくと、デジタル化が避けられない ところまで来た。2000年10月からスタートした地上波デジタル放送の取り組みが、2003年12月に 関東、近畿、中京地区からデジタル放送が開始され、以後各地放送局のデジタル化が始まった。 最終的には2011年7月24日には、全てのアナログ放送が終了することになる。 アナログ放送の終わるまであと5年あるが、それ以降そのままでは今のテレビは粗大ゴミになるが、 続けて見るためには、デジタルチューナーが必要になる。地上デジタルテレビ放送を再送信して いるケーブルテレビでも、専用のチューナーを付けて地上デジタル放送を視聴することができる。 アンテナ設備は、VHF受信用アンテナのみ設置している場合は、新規に地上デジタルテレビ放送用 のUHFアンテナが必要となる。UHF受信用アンテナが設置されている場合は基本的には受信できるが、 状況によっては、新たにUHFアンテナが必要になる場合と、アンテナ方向の変更等が必要になる 場合がある。今低価格のTVが氾濫しているが、デジタル化に対応できるのかどうかの見極めが 必要である。

『地図の日』  Apr. 19, 2006 ▲Top
 江戸時代に、世界的に誇ることの出来る精度の高い日本地図を完成させた伊野忠敬が、 蝦夷地の測量に最初の一歩を踏み出した日が、1800年4月19日だったことから、 4月19日「地図の日」と呼んでいる。 忠敬は18歳の時、下総国佐原の伊能家に婿養子に入った。 伊能家は代々酒造り業の他、利根川の水運に関わりを持ち、商人としての才能を発揮し、 伊野家の再興を図り、相当の蓄財をしたようだ。50歳の時隠居して、家督は長男景敬に 引継ぎ、自分は江戸にでて、高橋至時について、測量・天文観測などの学問を修める。 56歳の時、最初の測量の仕事により、測量士としての技量を見込まれ、幕府から依頼を 受けて最初の測量は蝦夷地から始めた。そのスタートが4月19日で、費用は伊野忠敬の 私財を投げうって行われた。地図は蝦夷の測量だけでなく、その往復の北関東・東北地方 も行われた。忠敬の測量は極めて精度の高いものであったことから、その後幕府からの 支援は本格的になり、国家的事業になっていった。 こうして完成したのが、大日本沿海與地全図であり、これが最初の日本地図であっただけ ではなく、大変精度の高い地図として評価された。完成は忠敬没後の1821年であった。

『バンドン会議』  Apr. 18, 2006 ▲Top
 1955年4月、インドのネール首相、中国の周恩来首相、エジプトのナセル大統領らが 第1回アジア・アフリカ会議を開き、平和5原則をふまえ、バンドン10原則を宣言した記念すべき 年である。50年前の4月18日から24日にかけて、その会議はインドネシアのバンドン で行われた。内容は、基本的人権と国連憲章の趣旨と原則の尊重、全ての人類の平等と大小 全ての国の平等の承認、内政不干渉、国際紛争の平和的手段による解決、相互の利益と協力の 促進など現在の国際政治にも求められている平和と独立、連帯の精神を高らかに謳っている。 今年4月21日から、50周年首脳会議が同じバンドンで開かれ、100カ国以上の首脳が集まる予定。 この機会に、日本政府そして国民も、バンドン会議の今日的意義をもう1度考える必要がある。 実はこのバンドンは、インドネシアの首都ジャカルタから南東150km程にあたる標高700mの高い 場所にあり、気候も良く学生も多い町で、我々も10年ほど前から、学生時代の同級生仲間と毎年 2月頃、バンドンへゴルフツアーに出掛けている。日本の2月と言えばまだ寒い時期でゴルフ場 の芝は赤く枯れているが、暖かいインドネシアは快適な気温で青々とした芝の上で伸び伸びと プレーが出来ることから出掛けるようになった。初期の頃はバリ島やジャカルタ等でのゴルフを 試したが、3年目からは気候のいいバンドンが大変気に入っている場所で、毎年行っている。

『骨粗鬆症』  Apr. 17, 2006 ▲Top
 最近、知人の女性が家の中で転んだ拍子に、大腿部を骨折して金属製の骨を入れて直したと言う。現代人は骨が 弱くなったと良く話題になる。骨の材料になるカルシウムの摂取量が不足しがちなこと以外に、日光に当たる機会が 少ないこともある。野外で過ごすことの少なくなった現代人は、どうしても体内で作られるビタミンDが激減している。 ビタミンDは、骨のカルシウム代謝を促進している重要な栄養素。ビタミンDが不足すると、骨のカルシウムを失い、 カルシウムを大量にとっても体内で有効に活用することが出来なくなっていく。 高齢者に多い骨粗鬆症の発生には、ビタミンD不足が深く関係している。骨粗鬆症は骨の中がスカスカになり、 もろく折れやすくなる病気であるが、こうした患者にビタミンDを与えたところ、骨がしっかり詰まってきたと いう報告がある。 成長期の子供のビタミンD不足も深刻で、「くる病」になる危険性がある。くる病とは、骨の発育不全で関節が肥大 したり背骨が大きく湾曲する恐い病気である。大人でも、ビタミンDが不足すると、骨の強靭さを失い簡単に変形 しやすくなる軟骨化症という病気を招くことになる。 女性に多いといっても 男性にも骨の老化は起こるので 若いときから骨によい食習慣を取り入れるようにし、骨の 老化防止に努めることが大切だ。この病気は「年をとってからの問題だ」と考えがちだが 実は若い頃からの ライフスタイルや食生活に大きくかかわっている。予防のポイントは、カルシウムを十分摂る。適度な運動で骨を鍛える。 適度に日光に当たるという基本を守ることだ。

『ブログ』  Apr. 16, 2006 ▲Top
 最近インターネットのホームページに変化が起きてきた。従来のホームページは、製作・更新は HTML言語を介してページサイトを作成し、FTPソフトを介して契約サーバーに転送する手続き が必要であった。多少は専門的な知識も要求された。更新するには大変な手間が掛かる事もあり、 いつの間にか更新頻度が落ちていくのがこれまでの実情だった。最近、無料で利用できるブログが、 多くの業者からサイトが開放され、簡単な操作で自分のページを持つことが出来るようになった。 継続すにはお金の掛かる従来のホームページを止めて、ブログに切り替えた人が増えてきた。 ブログのシステムは、簡単な知識で利用が出来るよう仕組みが出来ていて、専用パソコンが無くても、 また、携帯からも書き込めるなど、手軽なことが受けている。総務省の発表によると、「ブログ」の 登録者数は3月末で870万人にも及び、前年9月末から半年間で約83%も増加したと言う。 ブログを通じて、見知らぬ人達とも趣味や仕事の話など、色々な話題が急速に広がっている。

『東京ディズニーランド』  Apr. 15, 2006 ▲Top
 1983年4月15日、東京ディズニーランドが開園した日である。この当時勤めていた 会社のレーザーディスクが、色々なアトラクションに多数採用され、開園に間に合わせる為 連日のように、浦安に通う部下に指示を出していたことを思い出す。私自身は、最後まで 東京ディズニーランドには一度も足を踏み入れることはなかった。但しその5年前に、 本場カリフォルニアのディズニーランドは十分体験済みだった。 どちらも中は広く、一度入場すると1日中歩き回ることになるので、なるべく軽装で行くこと。 弁当や、水筒は、中に飲食施設もたくさんあり、荷物になるので持っていかない方がいい。 ジュースも最近は、「スーベニアカップ」という持ち歩ける容器が販売されていて便利だ。 パスポート(チケット)は、出来れば、事前に旅行会社などで買っておくのが良い。当日、 正面入り口のチケット売り場は、すごく混むので、ここで時間を使ってしまうと勿体無い。 パレードやショーの最中、カメラや、ビデオカメラで、一生懸命撮影している人がいる。 でも、せっかく目の前で、すばらしいショーやパレードが繰り広げられているのだから、 自分の目で楽しむべきだろう。ファインダーを通してでは、勿体無いと思う。 園内では、呼び出し放送は行っていない。迷子になった場合の待ちあわせ場所は、必ず 事前に決めて置くことを勧める。

『タイタニック号の悲劇』  Apr. 14, 2006 ▲Top
titanic.jpg  世界一の豪華客船タイタニック号は、94年前の4月14日午後11時40分、世界中が 注目する処女航海において氷山に衝突し、約3時間後の15日午前2時30分沈没し海難事故 としては過去に無い1513人の命が失われた。 タイタニック号は、当時の最新鋭の技術を駆使した豪華大型客船で、誰もが「不沈船」として 疑うものは居なかった。当初の予定より1ヶ月遅れて英国サウサンプトン港を4月10日に 出航した。もし予定通り1ヶ月早く出航していれば、流氷の量は少なく氷山との衝突事故の 発生は避けられたかも知れない。更に氷山と出会う直前に他の船から流氷の情報が無線で警告 されていたが、不沈船との驕りから無線技師は船長への報告を軽視してしまった。 実は、タイタニック号の事故の起こる14年前、タイタン号という船が、同じような処女航海 に出たところで氷山に衝突して沈没すると言う小説が発表されていた。船の名前が似ているだけ でなく、大きさ、速度、乗客人員、更に流氷に衝突して沈んだ場所まで同じだった。まさに この小説は事故の予言をした形になっていた。 事故の原因や被害には、流氷の監視・救命設備・無線電信などさまざまな問題が関連しており、 その後の船の安全確保について多くの教訓を得ることが出来た。

『シジミ』  Apr. 13, 2006 ▲Top
shijimi.jpg  現代人の最も大きな栄養欠陥は、食生活の変化などによるミネラル不足にあると言われている。 昔から、肝臓に良い食べものとして知られているのが、シジミである。シジミには鉄分が豊富に 含まれていて、赤血球の材料として不可欠のミネラルだから、これが体内に多くあると、肝臓に 酵素が十分補充出来て、その働きが活性化される。また、シジミの良質なたんぱく質は、非常に 消化・吸収がよく、メチオニンを多く含むことから、肝臓に負担をかけずに体内で有効活用できる。 さらに、シジミは黄疸の解消にも有効なのだ。黄疸は、肝臓の機能が低下し、ビリルビンと いう物質が、肝臓や血液にたまることで生じるが、シジミは肝臓の働きをよくしてビリルビンを 胆汁中に出し、スムーズに排泄するのに役立っている。 過労やストレスが続いたり、アルコール類の飲み過ぎなどで肝臓が弱ってると感じたときは、 シジミの味噌汁を飲んでみると良い。そのほか、タウリンや、青背の大衆魚に豊富なEPA・DHAは、 血中のコレステロールおよび中性脂肪を減らす効果があるため、最近急増していると言う脂肪肝の 予防と解消に有効である。

『パンの日』  Apr. 12, 2006 ▲Top
 小麦の旨みを引き出す発酵種の、焼きたてパンは、何とも食欲をそそる香りが立ち込めている。 パン屋の前を通るときに焼きたてのパンが並んでいると、思わず匂いに誘われて買い込んでしまう。 焼きたてパンは、何もつけないで食べても旨い。パンは、戦国時代キリスト教の布教司と共に 入ってきたが、日本人一般には余り知られることは無かった。徳川幕府は携帯や保存性に優れた パンを兵糧とすることに注目し、砲術の研究家の江川太郎左右衛門が、1842年4月12日、 伊豆韮山の自宅の庭で乾パンを作ったのが最初とされていて、これが日本ではじめて焼かれた パンといわれている。 当時、長崎の出島だけで造られていたパンだが、大量に焼いて普及させた。しかし一般の町民が 食べるようになるには、それから更に30年も後のことだった。 全日本パン共同組合連合会が、毎年4月12日を「パンの記念日」と制定し、毎月12日を 「パンの日」とした。

『ガッツポーズの日』  Apr. 11, 2006 ▲Top
 オーガスタで行われたマスターズゴルフをTV観戦した。日本勢は片山が頑張って、最終ホール バンカーから直接カップインし、いいところを見せてくれた。決勝戦はミケルソンがカプルスの 追撃をかわし、勝利を勝ち取り小さくガッツポーズをとった。ゴルフにしろ野球、ボクシングなど、 勝負事では苦労の末勝利の瞬間、コブシを握り締め喜びを表現するのを、ガッツポーズと言う。 英語でもそのポーズをガッツポーズと言うのかと言うと、実は和製英語で世界には通じない。一般に ガッツポーズの由来は、25年前、ガッツ石松がボクシングの世界タイトルを取ったときのポーズ、 と言われている。しかし、どうやらガッツと言えば、石松と結びつきやすいのでそう思われてきたが、 1960年代、ボウリングブームの頃、「ガッツボウリング」というボウリング雑誌から生まれた言葉。 TV中継のアナウンサーが、ストライクをとってポーズを作るボウラーの姿を表現するのに、雑誌名から アドリブで「ガッツポーズ!」と言ったのが始まりと言うのが真実らしい。ガッツ石松がボクシングで チャンピオンのゴンザレスに対し8ラウンドKO勝利した時、両手を振り挙げて勝利の喜びを表わした姿が、 余りにも感動した新聞記者が「ガッツポーズ」と表現したのが、二番煎じながら本格的に広まった表現なのだ。 1974年(昭和49年)4月11日に東京の日大講堂で行われたWBCライト級タイトルマッチでガッツ石松が世界 チャンピオンとなり喜びのポーズをとったのを記念して、4月11日をガッツポーズの日と呼んでいる。

『女性の日』  Apr. 10, 2006 ▲Top
 4月10日は労働省の提唱で「女性の日」と定められている。戦前は婦人の地位は大変低く、 参政権すら与えれていない時代があった。戦後マッカーサーの命で、婦人の解放運動を挙げていた。 第89回臨時議会で衆議院議員選挙法改正案が提出され、12月15日に成立、17日 に公布され20才以上の 男女に平等な選挙権が認められ、昭和21年4月10日に戦後第1回総選挙で初の婦人参政権 が行使された。 89人の婦人が立候補し、一挙に39人の婦人議員が誕生した。この第1回総選挙の投票率は、男78.52%に 対し、女66.97%であった。女性にとって重要なこの選挙の投票率が男性よりも低いのは、この当時、 大変な食糧難時代であり、戦争で男手を失って選挙どころではない女性も多かったのであろう。 この第1回総選挙では、婦人運動家の市川房枝は、疎開先の登録漏れによって立候補できなかったとか・・・。 初代女性議員の中には加藤シズエ、松谷天光光 、山口シズエ、山崎道子などがいた。 後に、労働省ではこの4月10日を「婦人の日」と定めて女性の地位向上の記念日にした。 更に女性の地位向上のための啓発活動を全国的に展開、PR効果を上げるためこの日から1週間を 「婦人週間」と制定した。 平成10年には「婦人週間」が50年目に当たり、これを機に名称を「女性週間」に改めた。 また「婦人の日」を改めて「女性の日」に改称した。

『ニート』  Apr.9, 2006 ▲Top
 最近の若者を代表する呼び方にニートと呼ばれる人達がいる。話題の人に衆議院議員1年生の 杉村太蔵議員が元ニートと自ら名乗っている。調べて見るまで知らなかったが、ニートは、「Not in Employment, Education or Training」の略なのだ。元はイギリスの労働政策に用いられる言葉で、 直訳すると「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」と言う。 最近、日本でも「ニート」の言葉を使い、失業者でもフリーターでもない人をさすようになった。 更に調べて見ると、英語にも「neat(ニート)」言う言葉もあり。意味は「きちんとした」 「こざっぱりした」と訳されている。語源はラテン語の「neat」「輝くような」に由来している。 このまま、ニート人口が増えていくと、収入がないので税収面などの問題が生じる可能性があり、 行政の真剣なニート対策が急務である。 フリーターとは、正社員以外の非正規雇用形態(アルバイト、パートタイマー、人材派遣など)で 生計を立てている人を言い、語源は、英語のフリー freeという意味。現在では広辞苑にも記載される ほどに一般化している。 政府や自民党にはフリーターの増加は、日本人の生活形態が多様化したための結果であり、 自分の自由意志でフリーターをしているだけで社会問題ではないとしているが、自らが望まないのに フリーターとなるものも多く、本当の意味での「自由な労働者」ではないところは問題だ。

『花祭り』  Apr.8, 2006 ▲Top
 4月8日は、お釈迦様の誕生日と言うことで、仏教ではこれを「灌仏会(かんぶつえ)」と して、誕生仏を飾り、みんなで甘茶を掛け、花祭りとしての行事が行われる。 灌仏会・降誕会(ごうたんえ)とも呼ばれる法会は、インドで始まったもので、日本へは 7〜9世紀に農耕行事と結びついて伝わってきた。一般に花祭と呼ぶようになったのも明治から。 花御堂(はなみどう)を設けて誕生仏を安置、竹の柄杓で甘茶を注ぎかけるようになった。 誕生仏は、お釈迦さまが生まれてすぐに7歩進んで、右手で天、左手で地をさし「天上天下 唯我独尊」と唱えたという姿を模して作られた。 誕生仏にお茶を掛けるのは、生まれたばかりのお釈迦様に天から九竜が香湯を注いだという 伝説にちなんだもの。 甘茶は、釈迦の体に竜王が天から清浄な水を吐き注ぎ、産湯をつかわせたという伝説からきている。 甘茶で墨をすり「千はやふる卯月8日は吉日よ神さげ虫を成敗ぞする」という歌を書き、戸口に 逆様に貼ると虫除けになるともいわれている。

『狸寝入り』  Apr.7, 2006 ▲Top
 人は、事があって具合が悪い場面で、寝たふりをすることによって、その場を逃れる方法 として使うさまを、狸寝入りと言う。 狸は、もともと臆病な動物であるため、切羽詰ったり、驚いた時には倒れて一時的に気を失い、 死んだように振舞うことから、「狸寝入り」と言ったものらしい。 狸寝入りという言葉は、江戸時代の書き物にも度々見られる。 何故か、昔から狸は人を騙すと思われており、この姿を狸が人を騙すための寝たふりと考え、 「狸寝入り」と喩えられるようになった。子供の頃、遅くまで起きていると怒られると思って、 父親が外から帰ってきたのに気づき、慌てて電気を消して寝た振りをした。案の定部屋の戸を あけて確かめに来たので、あたかも深眠りしているように、鼾のまねまでして狸寝入りをした。 実は、本当のところ父親は我々を喜ばせようと、珍しくケーキを持って帰り、起きているかと 覗いた訳だったが、寝たふりをしたばかりに、それと分かっても起きるわけには行かず、翌朝 まで、過ごすしかなかった。昨夜のケーキを楽しみに、朝早く起きてみたが、何と狸寝入りの 罰が当たったか、ケーキは食べられ何も残っていなかった。狸寝入りは大失敗だった。

『うだつ』  Apr.6, 2006 ▲Top
udatu.jpg  サラリーマンで出世の遅い人や、いつまでも社会的地位の低い人のことを、やや軽蔑した表現で、 うだつが上がらないという言い方をする。「うだつ」とは、隣家との境につける防火壁のことをいい、 古い町並み等によくみられる。火事のとき、このうだつが類焼を防ぐ役割があったが、時代と共に 次第に装飾的な意味へと変わっていった。 「うだつ」が上がらないとか、または、「うだつ」もない家に住んでいることは、家を建てるのに 棟上げが出来ない境遇にある意味で、うだつが上がらないことになったと言う。 今でも、岐阜県美濃市には日本で最も多くこの「うだつ」が残っている。裕福な家しか「うだつ」 を造ることができなかったことから、庶民の願望に「うだつを上げる・うだつが上がらない」の言葉 が出来た。この町は、地理的に交通の要衝地であったため、各地からいろいろな物資が集まり、その 中でも美濃和紙などの物資は長良川畔の上有知湊から船で岐阜・桑名などへと運ばれ、町には次第に 和紙問屋や、いろいろな商売を営むものが増え、商家町として栄えた。 町並みには、江戸〜明治時代にかけて造られた商家が軒を連ね、古いたたずまいを見せている。 なかでも、国の重文指定になっている造り酒屋の小坂家住宅や市指定文化財の、旧今井家住宅は 庭や蔵などに、往時の繁栄を今もとどめている。

『ウイルス性肝炎』  Apr.5, 2006 ▲Top
 現在、肝炎ウイルスにはA〜E型までの病原体を発見している。最近のニュースによると、 現在非A〜E型といわれている新しいウイルス遺伝子とみられるDNAを発見したと発表した。 私自身、約20年程前、微熱を伴った風邪気味の症状に対し、当初の診断は風邪と判断した。 貰った風邪薬を飲んだが全く効かず、症状が余計酷くなり血液検査の結果、急性肝炎と 診断され、緊急入院した。既に熱は40度を超えていて、生死の境を彷徨う峠と言われた。 症状からウイルス性肝炎と考えられたが、判明しているA型でもB型でもないことから、非A非B型 肝炎と病名が付けられた。肝臓の機能が低下していて黄疸症状も出ていた。当時治療法が確立されて いないので、肝炎に効くと言われるあらゆる治療法を取り入れる事にした。幸い医者の判断も良く、 数日で熱も下がり始めたが、2週間位は絶対安静・面会謝絶を実施した。生まれて初めてベットの 中で排便を体験した。結局2ヶ月の入院生活の後、退院後も更に3ヶ月の療養生活を過ごし、 完全な治療を心がけた。普通ならウイルスに対する抗体が残るキャリアーとなるはずが、現在は 全く抗体が残っていなくて、今なら分かるA〜E型の何れも発見できないほど完治している。 ちなみに弟は23歳の頃、手術の際の輸血からB型肝炎となり、その後慢性肝炎、肝硬変、最後は 肝臓がんで亡くなった。肝臓の治療は完全治癒まで油断が禁物とは、私の主治医の哲学だった。

『背広』  Apr.4, 2006 ▲Top
 サラリーマンを続けている間の正装といえば、必ず背広を着ていた。背広とは、共布で 作った上着とズボンが一組となったものを言う。我が家の洋服ダンスには、シーズン毎 の背広の着替えが吊るされていた。大体がダーク系の冬服、春は少し明るい色系と、一応 ダーク系も用意し、上下の組み合せを変えて、お洒落でカジュアルな感じの合服として着た。 夏用は、主として明るいグレー系の軽い背広。秋は春と同じ合服で済ませた。従って背広は 常時4種類以上は持っていた。若い頃は痩せ型だったので、普通の吊るしを買うと、やや大き かったこともあり、比較的長い期間着ることが出来た。中年を迎えたあたりから、年を取る 毎に体型が大きくなり、早い頻度で買い替え、買い増しが必要になり、着られない背広が増えて いった。定年を過ぎると外出しても、背広を着るような正装のチャンスが少なくなり、背広を 買うことは無く、ジャケットかジャンバーで済ますことが多くなった。今正装するのは、 夏冬の葬祭用の礼服位になってしまった。ちなみに今は、正常に着られる背広は一着も無い。 そもそも背広とは、スーツ一般を指す言葉で、男子が平服として用いる洋服と定義されている。 語源は、英語の civil clothes(市民服)から来た言葉で、これを売り出した Savile Row から 漢字を当てはめたと言われている。他には 背幅が広く、ゆったりしていることから「背広」に なったとする説がある。

『いんげん豆』  Apr.3, 2006 ▲Top
ingen.jpg  アンパンの白あん、甘納豆では大きな白豆など、隠元豆を素材にした食べ物は大好きだ。 隠元豆の名は、明の僧、隠元禅師が中国から持ってきたことからその名前が付けられた。 そして、隠元禅師の命日が1673年4月3日と言うことから、4月3日が「いんげん豆の日」 となった。隠元豆は、南アメリカが原産で、ヨーロッパ、アジア等に17世紀頃伝わり、 その後の200年間で世界中に広まった。 隠元豆には非常に多くの種類があり、日本で知られているものは200種類。世界中では 1,000以上の種類があると推定されている。 白いんげんは白あんの原料。甘納豆に使う大型の「大福」、「姫手芒」などがある。 イタリア産には「カンネリーニ」という品種も有名。平安時代に坂田金時という豪傑がいて、 この金時の肌が 赤茶色だった事から、紅色の物の俗称を「金時」と言う。 アメリカ、中米等でよく食べられるものに「キドニー・ビーンズ」と言うものもある。 「うずら豆」にはグレーの模様が入っている。「虎豆」は半分が白、半分がうづら豆の 模様になって、インゲン豆類の中で最も美味しいと言われ、ゆでて塩を掛けただけでも美味しい。

『民主党』  Apr.2, 2006 ▲Top
 民主党は、偽メール問題で国会の混乱を招いた永田議員の対処を誤ったばかりに、野田国対 委員長の辞任だけで済まず、結局は鳩山幹事長、前原代表もついに辞任せざるを得なくなった。 永田議員は、早い時点では自ら辞任の意向を表明したのに、党内で慰留をした為、本人もすぐ 辞任意向の取り消しをしてしまったのが、民主党幹部の読みの甘さがあったのだろう。党の 慰留があった以上、本人も議員を辞任しないことを正当化してしまい、後々までそれが混乱 を長引かせることになった。前原代表の経験不足は、国会内の質問でも、テクニックが下手で 国会中継を見ていても、生意気に映るだけだった。問題は後継の代表選びだ。今の民主党には 過去の党首経験者が大勢居て、まとめるのは難しい状況にある。現在は小沢氏を代表にと言う 見通しが強いようだが、実現は難しいし、万一実現しても若手中心に党内が割れることは必至 だろう。いっその事、代表になりたくて仕方の無い河村議員に代表をやらせて見たらどうだろう。 誰になっても、しばらくは混乱の続くことを予想させる民主党だ、若手の活躍には意外に面白い 人事だと思うが・・・

『エイプリルフール』  Apr. 1, 2006 ▲Top
 4月1日をエイプリルフールとして、欧米では古くから、この日は人を欺いて大騒ぎしても、 許されると言う習慣が根付いている。日本にも大正時代に伝わってきて、一般化したと いわれているが、日本人はジョークに素直に対応できない処があり、内容によっては事件に 成りかねない。エイプリルフールの起源には諸説ありノアの箱舟説がある。ノアは洪水が 一段落してきた頃、どこかに陸地があるはずだと鳩をとばしたが、鳩は陸地を見つけること ができず、ノアの所に戻ってきた。[旧約聖書] これが4月1日のことだったとして、 この日は無駄なことをさせられるのだ、というのがエイプリルフールの日の起源だという。 これまで、エイプリルフールの日に、話題になった事例に、1.東京新聞の「平成の忠犬物語」。 リストラされハローワークに通う男性と、路地裏の犬とのふれあいを創作記事にした。 その犬をDNA鑑定した結果、あの"ハチ公"の子孫だったというストーリーに読者が感動。 2.週刊アカシックレコードでは、横綱・朝青龍関が引退し、「K-1」への転身を図るという。 3.楽天市場の4月1日限定サプライズセールで、ヘリコプター「アグスタA109C」(メーカー 希望小売価格5億533万8,750円)を、総額3億6千万円値引きし、1億5,750万円にすると発表。 4.「ご主人が交通事故で亡くなりました」と家に電話した人がいた。電話を受けた奥さんが、 余りのショックで発作を起こして大騒動になった例もあるとか。 5.イギリスやフランスなどで放送局や新聞が過去にあった報道では「国連が財政不足解消 のため月の土地を一般に販売する」とか、「市内の運河に鮭が押し寄せてきて手づかみで 取れる」とか「欧州合同原子核研究機関(CERN)で新粒子発見」などといったのがあったそうだ。

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