『ソメイヨシノ』  Mar. 31, 2006 ▲Top
 現代の観賞用サクラの代表種である。江戸末期に江戸染井村(現在の東京都豊島区)の 植木屋から「吉野桜」として売り出された品種。接ぎ木や挿し木で増やすクローン種なので、 木の成長が早いこと、一斉に咲き揃い、開花が華やかであることが好まれ、明治以来、 さらには戦後にも、日本中に植えられ、戦後の荒廃した国土に爆発的な勢いで植樹され、 戦争で荒れた国土を花で満たすのに貢献した。 ソメイヨシノには大きな欠点がある。寿命が短く、30年過ぎたあたりから樹勢が目に見えて 衰えてくるので、数十年ごとに木の植え替えが必要となる。 ソメイヨシノの大半が、昭和天皇の即位の時や、戦後すぐ復興のシンボルとして植樹された もので、樹齢が50年を超え、ひとつの時代の節目を迎えようとしている。 不稔であり、開花しても普通果実はできず、花が散るとやがて花柄は一斉に落下してしまう。 希に果実が形成されるが、発芽する種子はほとんど無いようである。植栽してから15年ほど すると花付きが良くなり、20〜40歳の期間は見事に花を咲かせる。その後次第に樹勢が 衰え、50歳を過ぎると衰えが目立つことが多い。現在、ほぼ日本全域に分布するもっとも ポピュラーな桜であり、サクラ前線も、本種の開花状況が基準となっている。

『卯月』  Mar. 30, 2006 ▲Top
 あと1日で4月を迎える。陰暦で言うと4月は卯月だ。また4月1日は、エイプリルフールと して、午前中は軽いジョークで人を騙したり、人をかついだりしても許されるという風習がある。 卯月のいわれは、卯の花が咲く季節なので「卯の花月」というのが有力な説である。他には、 初心(うぶ)、産(うぶ)など物の始まりの「う」で1年の最初の意味と言う説と、稲を植える 月と言う事で「植月」から転じて「うづき」となったと言う説もある。卯の字が当てられたのは 十二支の四番目が「卯」であることから、干支を月に当てはめ、卯月になったとする説も有力。 エイプリルフールの起源は、フランスのグレゴリオ暦採用からである。 フランスでは新年を4月1日として祭りを開催していたが、1564年にフランス国王シャルル9世に よって、1月1日を新年とするグレゴリオ暦が採用され、それに反発した人々が4月1日を 「嘘の新年」として馬鹿騒ぎをするようになり、エイプリルフールの風習になったという。 日本では、大正時代に西洋から入り、エイプリルフールの風習が広まった。

『肉料理』  Mar. 29, 2006 ▲Top
 日本人の食生活が欧米化して、日常的に肉を多く食べるようになったのは、第2次大戦後、 日本がアメリカ軍に占領されてからではないかと思う。それまでの日本人の食生活には金持ち を除いて、肉食は日常的ではなかったが、占領軍の肉食を見て、日本人の食生活のパターンが 変化していったことは否めない。私の子供の頃は、戦後で生活が貧しかった事もあり、肉が 食べられるのは、月に何回と言うようなペースだった。当時我家では、すき焼きのことを 「用意ドン」と呼んだ。男ばかり6人の兄弟が肉を食べる時は、まさにサバイバルの戦闘 状態で、鍋の中の肉を食べるには、用意ドンの掛け声が掛からないと、形式的な平等性が 保たれなかった。食べ盛りの弟達から我先に食べられて、あっという間に鍋の肉は消え、 気の弱い私の口に入るのは、何時も僅かであった。 従ってその辺の様子が事前に分かっている母親は、長男で成長期の私の為に、皆に内緒で 別口の肉を用意していて、後でゆっくり食べさせてくれたものだ。弟達は今でも肉類は 大好きのようだが、私はその頃に競って食べなかったせいもあり、肉に特別食欲を感じる 事はない。老年になった今は、肉よりは魚料理の方が好みである。身体の健康バランスを 考えて、家内から今日の夕食は肉にするか魚にするかと聞かれると、殆ど魚と答えている。

『挨拶』  Mar. 28, 2006 ▲Top
 マンション生活もやがて20年になる。同じ建物の中で毎日過ごしている訳だが、時々 エレベーターに乗り合わせたり、玄関ロビーですれ違っても、顔をそらせて挨拶もしない 人がいる。日ごろ余り見掛けたことが無いので、最近引っ越してきた新人なのか、単なる 訪問者なのか分からないが、顔が合えば必ず先にこちらから声を出すようにすると、大抵は 相手も挨拶は返してくる。しかし、少し意地悪く顔は合わせるが、こちらから先に挨拶を しないと無反応な人がいる。小学生クラスは、黙っていても挨拶をする子が多いが、中学生 以上だと、こちらから声を掛けないと黙っている場合があるのは、テレなのか面倒くさい のか、大人を無視するような場合がある。 親の躾が出来ているところは、幼児なのに、大人に向かって先に挨拶ができると、その 家庭教育のすばらしさを感じる。昔、初めてアメリカ旅行したとき、ホテルの廊下や エレベータ内で、見ず知らずなのに、必ず相手から先に笑顔を作り挨拶の言葉を掛けてきた。 道路を歩いても、彼らのほうが先に、道をあけて避けてくれ、更にエクスキューズの言葉を 掛けてきた。この国ではお互い異民族同士が平和に生きていく上での必須行為なのだと思った。 島国の日本では、同じ民族同士なので黙っていても、相手は自分を味方だと理解してくれて いると過信しているのだろうが、気をつけないと突然期待は裏切られることになるだろう。 日ごろの何気ない挨拶も、人と人のコミュニケーションの大切な基本行為なのだ。

『さくらの日』  Mar. 27, 2006 ▲Top
 不安定な天気が繰り返されながらも、日々気温は上がり始め、全国的にさくらの花の 開花宣言が聞こえ始めた。四国もこの地方はまだ、蕾は固く、来週辺りの開花宣言かと 思っている。日本さくらの会が、日本の国花である「さくら」を国民にもっと関心を 持って貰おうと、「さくら」と「咲く」に九九の「3×9=27」を引っ掛けて、3月27日 を「さくらの日」と制定している。さくらの語源は花の「咲く」に接尾語の「ら」を付けて 名詞の「さくら」となったとされている。さくらは奈良時代から植林され、田の神様が 来臨する花として信仰されたものと言う。 古代に「さくら」と呼ばれていたのは、現在の山桜のことであったとされている。 昔、アメリカ大統領のジョージワシントンが子供の頃、さくらの枝を折ったのを親に正直に 話したと言うことから、ワシントンの正直と言う有名な話もある。 1912年に東京市から3000本の桜の苗木がワシントンDCに贈られてから、今年94年目 になる。毎年ワシントンでは桜の花祭りが行われ、文化・コミュニティ・スポーツ等の イベントを楽しみに、毎年70万人以上の人々が首都ワシントンを訪れている。

『風呂の日』  Mar. 26, 2006 ▲Top
 毎月26日は、語呂合わせから風呂の日だ。昔結婚したての頃は、間借りの新婚所帯は 3畳と4畳半の二間で、台所とトイレは大家さんと共用、当然内湯などない。神田川の歌の 世界と同じで、会社から帰って夕食が終わると、裏通りの銭湯へ二人で出掛けるのが日課だった。 自宅に風呂の設備が付いたのは、結婚3年目に埼玉県所沢市の公団住宅が抽選で当たって 初めてで、自分達専用風呂の有難さを痛感した。数年経ってから、銭湯の良さを思い出す ことはあった。家族が増えてきて、狭い内風呂の悲しさは、一度に一人しか入れないので、 順番を争うことも起きるようになった。よく一番風呂を喜ぶ人も居るが、昔の人は「さら湯 は身の毒」とか「一番風呂は馬鹿が入る」とか言って一番風呂を遠慮する人もいる。 新しいお湯に入ると、体内のカリウムやナトリウムなどの成分が出ていってしまうのだ。 お湯が新しいほど多く流出すると言い、新陳代謝が活発でない老人の身体には悪いようだ。 本当か嘘か分からないが、若い女性は、男性より有機物を多く出すとか、女性ホルモンが 出ているので、女性の後がいいという話しも聞いた。但し確たる裏づけはない。

『PSE』  Mar. 25, 2006 ▲Top
 今年に入って急に大きな話題となったPSE問題は、家電製品が引き起こす問題を解消する ために、5年前決めた法律であるが、その実施期日に対し5年間の猶予期間を設けてきたのが、 猶予期間が終わり、この4月1日から本格的な実施が行われることに対して問題が表面化した。 国を挙げてゴミ処理問題に頭を痛め、リサイクル推進して来たのは、古くなった家電製品を捨てる のでなく、修理して再使用することで、ゴミを減らすことが出来るという考えだが、PSE問題は これを完全に否定する法律となる訳だ。このままでは殆どのリサイクル家電製品はPSEマークが 無い訳で、再販業者にとって法律を犯すことになる。そもそも法律が制定されてからの5年間、 PSE法が周知されるような機会が無く、一番影響を受けるリサイクル業者ですら、実施期限が 来る最近まで、殆ど知らなかったと言うのが現実だった。PSE規格に合格するには、高圧電気 を与えて、絶縁が規格内であれば良い訳で、リサイクルショップでも、その保証が出来ればPSE マークを付けて販売できる。しかし、これまで殆ど話題にもされて居なかったので、業者側は殆ど 対応が出来ていなかった。 経済産業省は24日、4月以降も当分の間はPSEマークがない中古家電製品の販売を事実上認める ことを決めた。業者が販売する製品に自主検査でPSEマークが付けられる体制が確立するまでは とりあえず猶予する訳で、物の販売でなく、レンタルで貸し出す方法をとると言うことらしい。 法律を決めた国が、法律の抜け道を指導するのもおかしな話だが、法律自身が間違って出来て しまったものだから仕方が無い。何とかリサイクルを生かす方法を正当化すべきだろう。

『パン食』  Mar. 24, 2006 ▲Top
shokupan.jpg  朝食にパンを食べる習慣はもう40年以上になる。きっかけは食生活の改善で、それまでの 米食一辺倒からの脱出だった。もうひとつ、長い米食生活の時代は、痩せ型の体型から脱出 できず、欧米人の体格はパン食から来るものではないかと考えたからだった。 食パンの語源は「主食用のパン」と言う言葉から来ているというのが一般的らしい。 パンはトーストにしてたっぷりとバターを塗って食べるのが好きだ。少し前までは、食パンと 言えば新食感宣言の6枚切りが気に入り、何が何でもこのパンを求めて買っていた。 テレビの宣伝もあって、新食感宣言の人気が高まり段々品薄になり店頭に他のパンが余っていても、 新食感宣言が買えない事が度々あった。仕方なく売り出し中の超芳醇を食べたのがきっかけで、 今度は超芳醇5枚切りだけを選択するようになった。そのうち超芳醇も人気が高まり、最近は 超芳醇が店頭から売り切れていることが多くなり、仕方なく、代わりにメーカーの異なる超熟を 試して見たところ、これも味は変らず気に入り、今では超の付く食パンは全て気に入っている。

『デジカメの運命』  Mar. 23, 2006 ▲Top
panasonic.gif  手振れ防止機能に惚れて、最近パナソニックの薄型デジカメを購入し、毎日持ち歩いていた。 一昨日、魚釣りに出掛けるときも何時もの様に、腰に下げて釣り場のテトラポットの間を歩いた時、 波間にポチャリと、嫌な音を聞いてしまった。慌てて腰の周りを手探って見ると、カメラが無い。 目を凝らして見ると、予感どおり、哀れデジカメは、テトラの水底に沈んでいた。苦労して拾い上げ、 水気を取り、スイッチを入れたが、何も動かなかった。とりあえず塩気を抜かなければと、メモリー と電池を抜いて、近くの水道水で洗浄し、タオルで水気を取った。しかしその時点でも内部の浸水で メカニカルなレンズが動かず、電源も入らなかった。目的の魚釣りは、すっかり気もそぞろで家に帰り カメラの乾燥を待った。液晶の画面表面と内側の間には水滴が残っていたが、周りのほうから少し ずつ水気が引いていき、乾燥が進んだところで、電池を入れて見たが、電源は入らない。代わりの電池 を入れたら、ディスプレーは表示を始めた。塩水を被った電池は再充電してもカメラは作動せず、 塩水をかぶった時点で死んだ様だ。256MBのSDメモリーも塩水が内部に浸水しているので、 いつまで持つか分からないが、現在は生きている。結局カメラの状態は、電源を入れても撮影機能 のレンズの蓋が開かず動かない。電気回路系の故障とモーター等のメカ機構が完全にダメな様だ。 ざんねん!!高価なデジカメはゴミになってしまった。

『世界一』  Mar. 22, 2006 ▲Top
 3月3日に開幕したワールドベースボールクラシック(WBC)は、18日間の熱闘の末、 一度は準決勝進出を断念した日本が、奇跡的な復活で宿敵韓国を破り、最強のキューバを下してついに 世界一の座に君臨した。戦前日本が優勝候補として一番、警戒していた米国は、予想に反して早々と 敗退してしまった。逆に格下と考えていた韓国には2戦2敗するなど、ここまで苦戦するとは思って いなかった。アメリカがまさかのメキシコに負けたことにより、失点差の少なかった日本が準決勝に 残ることになった。同じ相手に3連敗は出来ないと言う、執念の思いが準決勝で宿敵韓国を下した。 決勝戦初回キューバの投手は緊張の所為か、ボールコントロールが効かず、初回だけで2人の投手 交代を余儀なくされるほど、フォアボールの連続で、日本は楽々2点の押し出し点を得た。さらに 前日落球エラーの今江が、汚名挽回のセンター前タイムリーヒットで更に2者生還。 先発の松坂は、4点のリードを貰った安心からか、1回裏先頭打者ホームランを浴び、更に全体的に 球数が多くてはらはらさせる場面もあったが、要所要所を締めて、キューバ打線を最少得点に抑えて 我慢した。中盤は双方投手戦になったが、日本は6回守りのエラーから敵に乗じられて、後半には 1点差まで追い詰められた。9回イチローのヒットで打線がつながり、この回4得点で再度キューバ を突き放し、最後は大塚投手が締めてついに日本が勝利した。 強力な打線と、堅い守備のキューバに対し、チームワークの日本が見事に実を結んだ結果だろう。 王日本、初代世界一ホントにおめでとう。

『ブログ』  Mar. 21, 2006 ▲Top
 最近ブログが大流行だ。お金を掛けずに手軽に始められて、全く手間が掛からない。毎日の 更新が楽しくて、また仲間が簡単に増える仕組みで、自分の更新情報が瞬く間に広がる。 試しに始めてみて、書き終わって数分後にあちこちからコメントが返ってきてびっくりした。 ブログの手軽さは、従来型のホームページ作成に比べて全く手間不要で、ドメインの取得や プロバイダーとの契約・更新など事前・事後の手続き等はいらない。サイトの作成にも、 ホームページビルダーのようなソフトを駆使して、多くの手順を掛けてアップロードし、 それを毎日のようにメンテナンスするにも、同じ手順の苦労を必要とした。 ブログの提供者には、それぞれ特徴もあるが、基本的に利用者は無料で好きなように使え、 使い方に大きな制限は無い。仕組みがしっかり出来ているので、ページを書く以外に神経を 使うところが無いのが嬉しい。提供されている仕組みを知るために、私も幾つかのブログを 試している。暇な方はその差を見極める為にもご覧頂きたい。
現在  楽天ブログgooブログexciteブログyahooブログFC2ブログ の5つを開設している。なお、リンクボタンは、左側メニューにも設けているので、 ご活用頂きたい。

『起死回生』  Mar. 20, 2006 ▲Top
 WBCアジア予選から、2次リーグまで韓国戦2連敗と屈辱を耐えてきた王ジャパンは、試合前 もう日本に失うものはない、と、どうしても韓国に勝ちたいと思う執念が、ついに火を噴いた。 勝因は、先発上原の好投だった。初回、1死二塁のピンチを抑えると、後は波に乗った。 ストレートをコース一杯にに決めて、打者を追い込むと、締めはフォークで打ち取る投球。 特に強力打線のイ・ジョンボム、イ・スンヨプに自分のバッティングをさせなかった。 コントロールの効いた投球で、7回まで相手打線を抑えてきた。打線も毎回のようにランナーを 出すが、どうしてもホームに迎え入れることが出来ず、ストレスも溜まった。7回 先頭打者松中2塁打のあと、多村が送りバント失敗で、一瞬消極的攻撃に嫌な予感を感じた。 続く打席は不調のためスタメンを外れていた代打・福留。キム・ビョンヒョンのストレートを 振り切った打球は、ライトスタンドへ飛び込む先制2ランで韓国陣を動揺させた。続けて 里崎や代打の宮本、イチローが適時打を放つなど打線がつながり、打者一巡で5点を奪う 集中攻撃をみせた。その後更に追加点も加え、守っては上原、藪田、大塚の継投で韓国を4安打 零封した。一度は準決勝進出を諦めた王ジャパン、こうなったら五輪で3回の金メダルを取り、 アマチュア野球では世界最強のキューバを21日の決勝戦で撃破して世界一の座を取って欲しい。

『彼岸』  Mar. 19, 2006 ▲Top
 暑さ寒さも彼岸まで、とは昔から言われてきた言葉だが、昨日は寒さも少し緩んできたので、 午後から少し雨模様だったが、私と家内の両家の墓参りに行ってきた。墓地には雨の中ながら 多くの人が、ご先祖のお墓の手入れをし、お花を活けていたのは、彼岸を大切な行事と心得て いる方々なのだろう。お彼岸とはサンスクリット語「paramita(波羅蜜多)」の漢訳「到彼岸」 の略語。本来は、人が煩悩に苦しむ現世を意味する此方の岸に対し、修行によって迷いを脱し、 此岸を渡りきった悟りの境地を意味する彼方の岸「彼岸」であったと言う。彼岸と言うのは 西方のはるか彼方にある極楽浄土であると信じられてきた。太陽の軌道が、真東から昇り、 真西に沈む、春分と秋分の日は太陽を礼拝し、彼岸の日として極楽浄土に生まれ変わる事を 祈願したのが始まりとされている。この習わしが中国から伝わり、日本の文化の中で育つ間に 仏教文化と結びつき、ご先祖様を敬い、墓参りを行う仏事となったもの。

『奇跡のチャンス』  Mar. 18, 2006 ▲Top
 一度は諦めたWBCに何が起きたのか。2度まで韓国に負け、残るアメリカがメキシコに2点 以上の失点で負けない限りチャンスは無かった。WBC優勝候補NO.1に挙げられたアメリカが、 まさかメキシコに負けるはずが無いと思っていた。日本はアメリカ戦で審判の誤審で得点が認め られず、結果逆転負けを喫したが、同じ塁審が又してもメキシコの明らかなホームランを、 2ベースに判定した。どこまでもアメリカ側に有利に判定するヘボ審判に対し、メキシコ選手は めげることなく試合を戦い抜き、しかも1−0での勝ち方でなく、日本に有利な2−1での勝利を 上げた。アメリカは審判を味方につけて汚い試合を続けて来たが、天は我らを見捨てず、奇跡の カムバックで日本は準決勝ラウンドに蘇る事になった。2次リーグ3連勝の韓国は問題なし、 残る1席に対し、1勝2敗の日本、アメリカ、メキシコの失点率の争いとなり、失点が一番少ない 日本が生き残ることになった。打線が不振で、苦しい試合ばかりだったが、日本の投手陣の 頑張りで、最小失点に抑えてきたことがこの結果を生んだ。試合前イチローが、今回のWBCで アジアのチームに対して向こう30年間は、日本と戦うことを嫌と思わせるような試合をしたいと 語っていたが、最後に残された韓国戦にはぜひとも勝って、その思いの一部でも遂げて欲しい。

『WBC結果』  Mar. 17, 2006 ▲Top
 注目の韓国戦は、期待通りとは行かず、投手陣の好投を見殺しにした打線の不振は 胃が痛くなるような結果だった。何とか先制点の欲しい日本にとって、好機はあった。 2回、2死ながら岩村が二塁に出塁のチャンスが来た。8番里崎の当たりはライト前ヒット だったが、一瞬スタートの遅れた岩村は3塁を回るとき、ライトはホームへ返球動作しており タイミングは既に怪しかった。3塁コーチもベンチも、先制のホームを狙った岩村の走りに期待 したが、一瞬ボールの方が早く、ホームベース寸前タッチアウト。本日唯一の得点チャンスを 失敗した。試合に、もしもは無いが、あの時3塁コーチが焦らず、岩村のホーム突入を 止めておけば、まだチャンスは広がったかも知れない。更に悪いことに、無理して本塁突入した 際、岩村は足を痛めて退場。その後交代した3塁手の落球エラーから0−0で迎えた8回、 2走者を残したことが、イ・ジョンボムの2塁打で2点取られる結果を招いた。 もしもが通用するなら、あの時3塁走者を仕留めて置けば、9回裏、先頭の西岡が放ったレフト へのソロ本塁打で同点に戻すことが出来、試合の成り行きは分からなかった。 今回、韓国は国を挙げてこの試合に掛け、試合の結果では選手の兵役免除までする方針を発表し、 選手のやる気を起こさせた。日本は世界に誇るゴジラ砲を持っているが、国の名誉より自己本位 な考えで、何故か日本の味方には付かなかった。 悔しいけど、韓国に連敗した日本の野球フアンのプライドは失ってしまっただろう。

『WBC』  Mar. 16, 2006 ▲Top
 ワールドベースボールクラシックが始まったアジア予選で、順当に戦っていた日本が、まさかの 韓国戦で敗退。それでも2次リーグへの進出が決まったとはいえ、いづれ韓国との戦いは 決着をつけなければない条件を残した。そして2次リーグの緒戦アメリカに逆転負けの禍根もを残した。 球審によるタッチアップの誤判定があったにせよ、その段階ではまだ、同点のゲームであり、決して 負けたわけでは無かった。むしろそれ以外に得点のチャンスを生かせなかったことを反省すべきだ。 あそこで、もっと気持ちを引き締めて戦っていれば勝ち越し、逆転負けにならなかったかもしれない。 逆転された瞬間、選手の言い訳は審判の誤審のせいにしたい気持ちにさせてしまったのだろう。昨日の メキシコ戦では、この悔しさをばねにした選手の気持ちが現れ、松坂投手の好投、中繋ぎ投手の力投は 見るものに安心感を持てせてくれて圧勝した。現在の通算成績は、韓国が2勝、日本が1勝1敗、 米国が1勝1敗、メキシコが2敗。日本が韓国戦に悲願の勝利をすれば、米国がメキシコ戦に勝っても 日・韓・米が2勝1敗で並ぶことになる。残るは対戦成績による失点率で順位が決まるので、日本は 失点を最小限度に抑えれば、アメリカがメキシコ戦での失点を加えることにより、日本と韓国の準決勝 進出が決まることになる。頑張れ日本!

『ウクレレ』  Mar. 15, 2006 ▲Top
ucurere.gif ウクレレって、あのギターを小さくしたような楽器のこと。最近のビールのTVコマーシャルで ウクレレを弾いて歌ってるシーンがある。今はあまりメジャーな楽器ではないが、50年くらい 前、ハワイアン音楽が全盛で、このウクレレがとても流行った時代がある。ギターに比べて4弦 しかなく、簡単なコードを覚えれば、誰でも弾くことが出来た。小旅行に持って出かけても荷物に ならない手軽さもあり、ちょっとしたブームにもなった。 ウクレレはハワイ語で、ウクは「蚤」、レレは「跳ねる」の意味で、「跳ねる蚤」が語源である。 なぜ、跳ねる蚤が楽器の名前になったかと言えば、ウクレレの弦を弾く手の動きが蚤の飛び跳ねる ように見えたと言う説と、住民たちが歌い踊る姿が、蚤の跳ねる姿に見えたと言う説がある。 ウクレレの原型になった楽器は、ブラジル人が移民してきたときに持ってきた民族楽器「カバキーニョ」 か、ポルトガルからの移民が持ち込んだ「ブラギーニャ」という民族楽器からとされている。

『風邪(2)』  Mar. 14, 2006 ▲Top
 風邪気味かなと感じて3日目から微熱が出たので、慌てて医者に薬を貰い 飲み始めた。しかし熱は収まらずややあがりながら継続するので、一寸心配した。 医者の曰くに、38度以上の熱でなければ大丈夫と片付けられたときは参った。 私は、子供の頃から熱を出した病気の経験は少なく、熱には弱いのだ。大抵は 37度程度でふらふらになり、38度もあれば、死ぬかと思うほど苦しむタイプ。 若い頃、解熱の為に飲んだ、クロロマイセチンが副作用を起こし、全身に蕁麻疹 が出て、それを治療するのに1ヶ月近く掛かったことがある。 今回の熱は、医者の薬を飲み始めて2日経ってから37.8度のピークに達したので、 薬が合わないと思って、医者に電話した訳だったが、なんと、電話の後から嘘の ように熱が下がり、全くの平熱になった。熱は下がっても、咳は出るし、痰が 切れない状態は改善されていないが、気分的には随分楽になった。 これで、明日あたりから床上げが出来ることを期待して、もう一眠りしよう。

『風邪』  Mar. 13, 2006 ▲Top
 先週の水曜日、好天に誘われて高松へ出かけた時から、少し変だった。頭が重たくて、 のどが痛み、少々下痢気味だった。念のため熱を測ってみたところ、36.1度と平熱だった。 高松では塩江温泉に行ったが、生憎この日はボイラーの調子が悪いとかで、湯温が42度 と低めなので、温泉側では入浴を控えさせたいような意向だった。しかし折角遠くから 来たのだし、ぜひ入って帰りたいとやや強引に入浴した。帰り道も、のどが痛く、やっぱり 風邪を引いたかなと、木・金の二日間は安静に寝ていた。土曜日になって、熱を測ったら 初めて36.7度と微熱があった。すぐ医者に行って診てもらったが、心配したインフルエンザ では無くて、普通の風邪との診断で、熱冷まし、喉の薬、頭痛の薬を調合してもらった。 薬は指定どおり飲んでいるが、熱は毎日少しずつ上がり、先ほどはついに37.8度だった。 休日だが、医者に電話で熱が下がらず、喉が痛く、咳が出ても痰も切れないと伝えたが、 その程度の熱なら問題ない。38〜39度になったら来る様にとの事だった。それでは人ごと ですよ先生! 普通の人には微熱でも、私にとって37度を超えたら、高熱なんだよ。 これで明日朝まで持つのか心配だ。助けてーーー

『のれん』  Mar. 12, 2006 ▲Top
noren.gif  古いものが入っているダンボール箱を探っていたら、古い布切れが数枚出てきた。 広げてみたら、「のれん」だった。いつ頃のものか覚えていないが、昔は公団住宅に 住んでいて、部屋の間取りが狭く、少しでも広く使うために、部屋の区切りにのれん を使っていたように思う。現在は、広い家に家内と二人きりの生活だし、お互い部屋 は区切って使うので、のれんを使う部屋がない。従って今は無用ののれんばかりだ。 辞典を調べてみたら、暖簾とは部屋の区切りだけでなく、商店等の屋号を染め抜き、 店の入り口に掛けていた。屋号は商店の歴史や信用、格式を表わし、奉公人が独立して 店を出すとき、暖簾分けと言って許可した。 元々、「暖簾」は禅宗の用語で、寒さを防ぐために掛けられた垂れ布をいい、簾の隙間 を覆い暖めることから付けられた名称で、現在のような意味に用いられるようになった のは、近世以降のこととある。我が家は商店ではないので、今頃出てきた暖簾には何の 意味も無い只の布切れに過ぎない。取っておいても役に立つものではないので、いづれ 始末するしかない。

『頭取』  Mar. 11, 2006 ▲Top
 普通の会社の場合、代表取締役のことは、社長と言うのが当たり前なのだが、なぜか 銀行の場合だけは、代表者を「頭取」と呼ぶ。頭取と言う呼び方は、雅楽の合奏をする時、 管楽器の第一奏者のことを「音頭取り」と言い、そこから代表者を頭取と呼ぶように なったもの。また、能や歌舞伎等で、小鼓を演奏する三人のうち中央に座る主奏者も 「頭取」と呼ぶようになり、「集団のかしら」に意味が派生し、劇場で楽屋を取り締まる 者や、相撲で力士を取りまとめる人も「頭取」と呼ばれるようになった。 明治時代になって、銀行の前身となる「為替会社」が出来たとき、出資者の代表を「頭取」 と呼んだことから、銀行の代表者を「頭取」と呼ぶようになり、以降、「集団のかしら」 の中でも特に銀行の代表者を指すようになった。現在では、銀行の代表者が全て「頭取」 と呼ぶわけでもなく、信託銀行などでは代表取締役社長と名刺に書かれている例もある。

『さくら』  Mar. 10, 2006 ▲Top
 さくらと言えば、弥生3月さくらも芽吹く季節。寒い冬の季節から、 暖かく明るく開放的な時季を連想させる。受験生が受け取る合格発表の 電文にも、「サクラサク」とうれしい知らせに使う。  桜の花は、パッと咲き、パッと散るイメージから、男らしさ、武士の 心意気を表わす。満開の桜の花が、春風に舞い散るさまは潔さを感じる。  さくらと言う言葉には、他に、客の購買意欲をそそるため、客のふり をして品物を褒めたり、高く買い物をする仲間をさす場合にも使われる。 昔の縁日などで、将棋盤や碁盤に、詰め将棋や、詰め碁を仕掛け、客の ふりした仲間が人を集め、客をだまして勝負をさせ、掛け金をだまし 取る「偽客」をさくらと読ませた。実は「偽客」と書くのは当て字で、 露天商などの隠語から、明治時代以降に一般へ広まった。 さくらの語源は諸説あるが、江戸時代の芝居小屋で、役者に声をかける 見物人役は、パッと派手に景気よく掛け声してパッと消えることから、 さくらの性質になぞらえ「さくら」と呼ぶようになり、そこから露天商の 隠語となり、一般にも広く使われだしたとする説が有力。

『カーナビ』  Mar. 9, 2006 ▲Top
 昨日は久しぶりに、香川県高松市の親戚に出かけた。新居浜からの高速道路は、取り付けて 2度目のETC体験利用になるが、入り口に近づいても、なかなかゲートのバーが上がらず不安で、 一瞬ブレーキを踏んでしまった。しかし、機械は正確にバーの手前10mで無事上がり 通過できた。予定通り高松に着いたが、話の成り行きで、徳島県との県境近くの塩江温泉入浴に 行くことになり、道順に自信がないので、カーナビに目的地を入力してスタートした。スタート 直後から、ナビの示す方角は自分の感覚と反対方向を指し、道案内のガイドがしゃべるのだ。 どう考えても、反対方向なので逆らって、自分の考えている方向へ走り出した。ナビは直ぐ リロードして、素直に方向を変えて指示し直したが、実は現在走っている道路は、旧道ながら 元塩江街道として、直進すれば現地へ行ける筈なのに、平行して走っている新道のバイパスへの 誘導を繰り返し、交差点が来る毎に、右折してすぐ左折せよとのアナウンスを続けた。 結局、殆ど高松市内を抜けるまで、ナビのうるさいアナウンスと喧嘩しながら、最終目的位置まで 自分の思う道を走って到達した。私のカーナビは、少し古いタイプなので、学習効果も無く、 帰りも同じような指示に一々喧嘩しながら走行することとなった。 カーナビの修正アナウンスは結構うるさく繰り返し、昨日のドライブは大変ストレスになった。

『みつばち』  Mar. 8, 2006 ▲Top
 3月8日は語呂あわせで、ミツバチの日。ミツバチの生態は、調べるととても興味のある 生活をしている。ひとつの巣を中心として、集団で生活しているが、巣の中には、一匹の 女王バチと数千匹の働きバチ、そして数百匹のオスバチが共同生活をしている。 働きバチはメスだが、子供を産むことができるのは女王バチだけ。その為、一匹の女王バチが、 おなじ巣に住むすべての働きバチやオスバチの母親ということになる。つまり、ひとつの 巣の中に住むミツバチたちは、みんな親子の血がつながっていることになる。この不思議な 大家族は、女王バチが子供を産み、働きバチが餌を運ぶというように、それぞれが自分の役割を はたすことで成り立っている。働きバチの寿命は約1カ月位であるのに対し、女王バチの寿命は その40倍の4年ほど。体重も働きバチの約2〜3倍もある。働きバチよりやや大きいオスバチは、 女王バチと交尾するのが仕事だ。1妻多夫の女王バチとの交尾以外は、働くこともせず、巣の中で ぶらぶらしているだけの大奥の生活だが、秋になり、食料の収穫が減りはじめると、働きバチから 食事をもらえなくなり、巣の外に追い出されて使い捨てである。まるで熟年離婚されたお父さんみたい。

『ねじ』  Mar. 7, 2006 ▲Top
neji.jpg  殆どの機械製品、身近な電気製品や器具装置類には、その構造を保持するため種々のねじ類が 使われている。 日本で最初にねじが使われたのは、種子島に伝来した鉄砲を模写して作った時とされている。 最初に南蛮から手に入れた鉄砲を、ある職人に同じものを作るようにと命じた。その職人は、 見たところ全く同じような構造の鉄砲を作ったが、実際に銃を発射すると銃は壊れてしまった。 何故壊れるのかが分からず、南蛮人に指導を受けた結果、銃身を組み立てる構造に、ねじが 使われていることを聞き、それまで日本には存在しなかったねじの秘密が初めて判明した。 第二次大戦前の日本では、ねじの頭はマイナスねじしかなかった。戦闘で撃墜したアメリカの 飛行機を分解して、初めて十字溝を切ったプラスねじの存在を知った。ねじの頭がマイナスの 時、強くねじると、ねじの頭が壊れて、締めることも外すことも出来なくなった経験があると思う。 プラス頭の場合、溝が壊れることが少なく、工場などで大量生産する機器の組み立ては大変 効率がよくなった。プラスねじはアメリカ・フィリップス社が1935年に発明し、今では世界中 が採用している。 ネジは螺旋状であるため、漢字では「螺子」と書き、「捩じる・捻じる」から「捩子」「捻子」 とも表記される。現代では、カタカナ表記の「ネジ」が多く用いられるため、外来語と 間違われることもあるが、れっきとした日本語である。

『トラウマ』  Mar. 6, 2006 ▲Top
 トラウマとは、大きな事件等に巻き込まれた時、事件に関わる色々な出来事が記憶に残り、 精神的に大きなダメージを受け、その出来事が無意識下に抑圧され、それが長い間、心の 傷と成ってしまう体験の事を言う。個人にとって心理的に大きな打撃を受け、その影響が 長く障害になるケースなどを、「トラウマ」と表現する事がある。 医学的には精神的外傷。外傷体験を言う。 語源について詳しく調べるまでは、「トラウマ」とは「虎馬」と言う漢字を連想していたが、 実は、「傷」を意味するギリシャ語であった。 心理学者フロイトが、発表した学説に、物理的に受けた外傷が、身体機能の後遺症となると 同様に、過去の強い心理的な傷が、その後も精神的障害をもたらすことを「精神分析入門」 で明らかにしている。その中で精神的外傷を意味する用語として「trauma」(トラウマ)が 用いられ現在のような使われ方をするようになったという。残念ながら日本語ではなかった。

『珊瑚の日』  Mar. 5, 2006 ▲Top
 3月5日は語呂合わせから珊瑚の日。珊瑚は珊瑚虫の群体の石灰質の中軸骨格を指し、 個虫が集まって樹状の群体を構成し、個虫が死んで石灰質の硬い骨軸が残ったものを、 装飾用に加工して利用している。 珊瑚礁は、イシサンゴ目の珊瑚と、その遺骸とでできる海の巨大構築物と言えよう。 珊瑚礁ができる地域は、主として南北回帰線の間の暖かい海域で、カリブ海・紅海、 インド洋と東太平洋が三大産地である。特にインド洋と東太平洋のものは、 南はポリネシアから、北は日本の紀伊半島付近迄の広大な地域に、切れ目無く分布 している。 日本近海ではアカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴ等があり、ベニサンゴは地中海 ものとして古くから知られている。 主として女性の装飾用として髪飾り、指輪、ネックレスなどに加工されるが、自然環境 を保全すると言う観点から、珊瑚採取の規制運動が起こりつつある。

『解体新書』  Mar. 4, 2006 ▲Top
 今から235年前の3月4日、江戸の千住小塚原の刑場で解剖が行われた。当時蘭学医だった前野良沢 ・杉田玄白等は、それ以前に山脇東洋が処刑死体を見て書いた『臓志』を見て、漢方医の医学説に 疑問を持ち、自分たちも是非人体の内部を見てみたいと思っていた。そして刑場で解剖される人体 の見学をした。実際には医者が死体に触ることは許されていなかったので、雑役が解剖する側で、 オランダ語訳解剖書『ターヘルアナトミア』を参照しながら観察した。その結果、内臓の全てが 解剖図と一致していることに心を打たれ、その解剖書を日本語に翻訳することを決意し、翌日から 取り掛かり、三年四ヵ月をかけて「解体新書」を完成させた。当時は翻訳に際して満足な字引など なく、しかも医学の専門用語は適切な訳語に表現できず、苦労した結果は新造語を当てたり、 オランダ語のまま使われた。軟骨,神経,門脈などの言葉は当時付けられた新造語だという。 このときの苦労話は、後に杉田玄白が「蘭学事始」に詳しく書かれた。 前野良沢は、現在の大分県中津市の藩医で蘭学者で若い頃、青木昆陽に師事、その後長崎へ留学した。 前野良沢は、私と同姓なので何処かで血がつながっているかも知れないと、大変興味がある。 彼が解体新書を書いたときは、著者として明記していなかったが、後に杉田玄白が「蘭学事始」で 初めて前野良沢との共同執筆であることを知らしめる事になった。

『懲罰動議』  Mar. 3, 2006 ▲Top
nagata-1.jpg  2006年度予算案は2日の衆院本会議で、自民、公明両党などの賛成多数で可決され、 参院に送付された。本来、本会議場で論議すべき野党の民主党は、永田議員の謝罪発言 が招いた問題から、世論の猛反発も受け、十分な対応が出来ぬまま、自民党の思通り となった。衆院は午後の本会議で、永田議員の懲罰動議を全会一致で議決した。 懲罰動議とは、国会内の秩序を乱した議員を、懲罰委員会に掛けるための動議である。 衆院は40人以上、参院は20人以上で提出できる。動議は議院運営委員会で協議の上、 本会議で懲罰委員会への付託の有無を決める。 日本国憲法では(第58条)2.両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に 関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。 但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。 小泉首相は、国民の支持を得て国会議員となった人を、国会が除名するのはどうか、 と優しい意見を述べている。大事な国会の場を2度も混乱させた永田議員には、国民 の多くもうんざりとの見解だが、本人の自覚は如何なものか。

『ガセネタ』  Mar. 2, 2006 ▲Top
nagata.jpg  民主党の永田議員の、国会質問に端を発したガセネタ騒動は、謝罪会見で一応決着を つける予定だった。ガセネタとは、偽物、まやかしもの、うその情報を言う。元々は テキヤの隠語として使われる言葉で、語源はお騒がせの「ガセ」と、その元になる 情報の種を隠語の「ネタ」として組み合わせて「ガセネタ」となったもの。ガセは この他の活用法として、「ガセ○○」と○○の部分に言葉を組み合わせて、合成語 に使われている。例えば「ガセパイ」はブラジャーにパット等を入れて、胸を大きく 見せるものを指して使われた。永田議員の謝罪会見で、民主党の公式見解は、情報の 元になったメールは完全にガセネタであることを認めたにも関わらず、 永田議員は、本当に偽情報とは言い切れないので、これからまだ調査を続けると言う 意味のこだわりを見せた。結局は、完全なガセネタとは言い切れないと未練を残した。 これでは、ガセネタでご迷惑をかけましたと言う謝罪は、目的を達せず、永田議員の 説明と民主党声明が食い違い、お騒がせはこの後の懲罰動議に引きずることになった。

『ビキニ・デー』  Mar. 1, 2006 ▲Top
 今から52年前の今日、アメリカが太平洋のビキニ環礁において行った水爆実験で、 実験を知らずに当時爆心地から150kmも離れた海域で操業していた、日本のマグロ漁船 「第五福竜丸」が死の灰を浴び、全乗組員23人が被爆し、のちに無線長の久保山愛吉 さんが亡くなるなどの放射能被害を受けてしまった。実験の際、アメリカ側は風向きに 対し実験に参加した軍艦だけは避難させたが、近くの住民や付近を航海する船には 知らせなかった。結果、現地ロンゲラップ島の住人たちの多くも白い灰を浴び、後に 髪の毛が抜けても、それが死の灰だったとは知らされなかった。 その後、この日を「ビキニ・デー」とし、世界中で反核の集会などを行うようになった。 ビキニ環礁での水爆実験は合計67回も行われたそうで、目標とされた辺りの島は 殆ど地上から姿を消してしまった。水爆によって出来た大きなクレーターの 中には今も魚は住んでないと言う。ビキニの水着というのは、ビキニの水爆のように 衝撃的な姿である、ということでフランス人が考え特許を取ったもの。 本当に衝撃的な事件だった。

Home