『大晦日』  Dec. 31, 2006 ▲Top
 1年の最後の日を大晦日(おおみそか)と呼ぶ。晦日とは毎月の最終日(三十日=みそか)のことで、 大晦日とは、1年最後の日を大晦日と言うもの。みそ(三十)と言う言い方には他に、三十路(みそじ) や「三十一文字(みそひともじ)」等がある。大晦日のことを別名「大晦(おおつごもり)」とも言うが、 この「晦(つごもり)」とは「月隠(つきごもり)」が訛ったもの。陰暦では月末になると月が見えなく なってしまうことからきたもの。逆に月が見え始める「一日(ついたち)」と呼ぶのは、「月立 (つきたち)」の音読みからきたもの。月のこの状態を「朔(さく)」ともいい、「一日」を「朔日 (ついたち)」の漢字を当てることがある。大晦日の夜を、1年間使った日暦を除く夜と言う事から 除夜と言う。1年の最後を締めくくり、去りゆく年を惜しむ意味で昔からいろいろな行事が行われる中に、 除夜の鐘を108回撞くが、その数は人の煩悩の数だというのは有名。1年の12ヶ月+24節気+72候を 合わせて108と言う説もある。更に人の苦しみ、四苦八苦を取り払うということで、(4×9)+(8×9)=108 をかけた数とも言われている。鐘の撞き方は、鐘を撞く前に鐘に向かって合掌し、108回のうち107回は 旧年のうちに撞き、残りの1回を新年に撞くのが正しい撞き方。

『ホワイトカラー』  Dec. 30, 2006 ▲Top
 日本経団連が六月に「提言」を出し労働基準法に、「ホワイトカラーは労働時間規定の適用を除外する」 という項目を設け、「年収400万円以上」の事務労働者は「地位、権限、責任、部下人数等とは無関係」に、 労働時間規制の対象外にするというホワイトカラーエグゼンプション(事務労働者・除外)が話題になっている。 私のサラリーマン時代、製造販売会社に勤めていたので、労働時間が長いことは、製品の生産量が上がり、 そのまま会社の売り上げが上がるので、当然残業手当は無制限に貰えた。むしろ新人時代給料の安いことに 不満を漏らすと、上司からは残業して稼げと言われたこともある。 しかし、仕事が事務系の場合、残業時間が長いだけでは会社の売り上げに寄与しない場合もあり、予定外の 残業代は経費を増すだけの非生産性のもとなのだ。ホワイトカラーとは、これらの事務系職種で白を基調と したワイシャツを着用する事からこのように呼ぶ。一方、工場等で作業する人はブルーカラーとも呼ばれる。 なお日本に於いて1990年代以降には技術職・職人(特に熟練を要する作業職)を指してメタルカラーなる 呼び方もあった。ホワイトカラーの人達が、昼間仕事をしないで、残業代確保の為に、ただ会社に長く居る だけでは、会社にとって何の利益にもならないので、欧米のように仕事の成果主義に変えて行こうとする 経団連の動きは当然だろう。

『武士の一分』  Dec. 29, 2006 ▲Top
 年末の忙しい合間を縫って、今話題の映画「武士の一分」を見てきた。幕末時代の山形地方の下級武士を 演じる木村拓哉の自然な演技に劇中何度か涙を流した。妻の加世を演じた壇れいは適役の清廉美人であった。 木村拓哉演じる三村新之丞の、城での勤めは城主の毒見役ながら、美人の妻と幸せに暮らしていた。ある日、 毒見の際に食べた貝の毒に当たり、それが原因で失明してしまう。目の見えなくなった世界に、一時は絶望したが 妻の加代が支えて日常の生活にも慣れていく。元の勤めの出来ない身体では家禄が減るところ、苦しいながら 禄高を支えていたのは、番頭島田に弱みを抑えられた妻加代との不貞で有った事を知り妻を離縁する。 番頭の島田は藩内でも腕の立つ剣士ながら、三村新之丞は妻を弄んだ島田に対し、自らの「一分」を賭け 果し合いに挑むことになる。密かに盲目の中での剣法を訓練し、相手の気配、周りの空気で敵の動きを察する 術を学び、決闘に対峙する。相手は目が見えないと高を括った隙を突き、見事に島田を倒し、妻の無念を はらし武士の一分を見事に通した。最後は涙が止まらず、明るくなった劇場を出るときの涙目は少々気恥ずかしかったが、いい映画だった。

『軽油価格』  Dec. 28, 2006 ▲Top
 昨年辺りから徐々に価格上昇していたガソリン代は今年8月ごろには最大幅に値上がりしていた。 原油の値上がりから、ガソリンスタンドの経営も厳しいのか、人件費を露骨に減らし、無人のスタンド が急激に増えていった。その結果、有人のスタンドもサービスは低下し、従来の窓拭きも無くなり 、利用者にとってガソリンを入れるだけのスタンドマンなら、セルフ給油でもいいと、無人スタンド を利用するのが習慣になっていった。ただ不思議なのは、無人スタンドでも、ガソリン単価は店毎に 幅があり、必ずしも安くない店と、無人スタンドと謳っていても、最低限度の人が居て、給油と 支払い清算をしてくれるスタンドがあった。そして不思議なのはその店の方が、本当の無人スタンド より、割引をしていたことだ。毎日ではないが、毎週特定の1日、平日より4円更に割り引くのだ。 私の車は、ディーゼル車なので、実際は軽油を使っている。今年8月頃は、行きつけの無人スタンドで 1リットル119円で給油していた。しかしそこから1km程離れたスタンドで、113円の看板を 出しているの知り、そちらで給油するようにした。そこでは一人の女性が給油サービスをしていて、 毎週水曜日は更に4円値引きをしていた。一時に比べて、現在はやや価格が下っているので、現在 そこでは104円で給油しているが、元の行きつけスタンドはまだ116円の看板だ。こんなに開きのある 軽油価格の店毎の差って何なんだろうと思う。

『年越し』  Dec. 27, 2006 ▲Top
 昨日は今年最後の仕事だった。帰り際、年越しのうどんは如何と、会社でお裾分けを戴いてきた。 関東では、1年の締めくくりには年越しそばを食べる習慣がある。しかし関西ではそばの代りにうどんを 食べるが、運を呼ぶうんどん(うどん)を食べて太く長く生きると言うそうで、地方色があるのだ。 年越しそばの風習が広まったのは、江戸時代の中ごろと言われているが、実は色々な説があるようだ。 関東の「細く長く」説はもちろんで、関西ではそばではなく、うどんを食べて「太く長く」を願う説。 そばは細くて切れやすいことから、1年の苦労を切り捨てようとして食べるという説。 そばは風雨に叩かれても、日に当たるとすぐに立ち直る植物なので、それにあやかってという説。 年越しの行事としては、他に新年を迎えるに当り、家の周りの大掃除や、穢れを払い、祝いの準備をする。 家中を清浄にし、しめなわを飾って新たなけがれを防ぐ。そして年神様が降りてくる玄関先に門松を立て、 25日ころには、餅つきやおせち料理の用意を始める。お餅やお節料理は正月間の保存食でもあるが、本来は 正月三が日に、神様と食事をともにするための大切な料理であった。大晦日には年越しソバを食べ、除夜の 鐘を聞き終わると、氏神さまに初詣に出かけて一年の運を願ったのである。

『ももひき』  Dec. 26, 2006 ▲Top
 このところ急激に寒さが身に沁みるようになったので、思い切って股引(ももひき)を穿いた。 現役で仕事をしていた時代は、一旦家を出ると、どんな寒いところで仕事をするか分からないので、 万一に備えて何時も下着は厚めの股引を穿いていた。最近は殆ど家に引きこもっているので、普段は 薄手のパッチで我慢していた。さるまたとは猿股と書き、猿回しの猿にはかせた猿股引(サルマタ) から生じた言葉である。ももひきは腰から下を保温する為の男性下着で、細いズボン状の衣服を言う。 ちなみに、パッチも、もも引きのことで、元は朝鮮語から来た言葉である。 要するに、股引きもさるまたも同じこと。昔はアンダーパンツとも呼んでいたもので、木綿生地で 伸縮性のあるメリヤス編みだった。そして長めのパンツをもも引きと言い、短めをさるまたと言った。 保温目的で高級なもも引きには、らくだの毛で編んだものが、暖かく肌触りが良くて人気があった。 今では、化繊ながら起毛させて暖かさを持たせたものが代用されている。

『クリスマス』  Dec. 25, 2006 ▲Top
 今日はクリスマス。家に子供たちが居た時代はクリスマスを祝う色々なイベントを考え、 楽しかった思い出が一杯ある。定例ながら、仕舞って置いたツリーのセットを出して、 部屋の隅に飾り付けした。イルミネーションの明かりを点灯させ、クリスマスの雰囲気を だし、プレゼントを準備したものだ。しかしいつの間にか子供たちも結婚して家庭を持ち、 夫婦二人だけのクリスマスになってからは、ツリーの飾りや贈り物もやったことがない。 でも、思い返してみると、子供たちが生まれるまで二人だけの新婚時代には、お互いが 交換し合う贈り物を用意していたはずなんだが忘れてしまった。悲しい事ながらそれが、 寂しいとも感じなくなった。すっかり枯れてしまったのだろう。考えてみればクリスマス とはキリストの誕生日とされる日で、クリスチャンでもない我々が祝う筋合いはないのだ。 本来降誕祭を祝う風習は4世紀ころから広まっている。だが、キリストがこの日に生まれた 確証はなく、古くからの太陽の新生を祝う祭(冬至)と結合したとも言われている。 私たち夫婦は、お互い2月生まれなので、毎年お互いの誕生月の2月は誕生祝をしている。 我々だけのクリスマスは2月でいいのだ。

『テレフォンカード』  Dec. 23, 2006 ▲Top
denwa.jpg  24年前の12月23日、電電公社は東京・数寄屋橋公園にカード式公衆電話の第1号機を 設置した。最初のテレフォンカードも発行、この日を記念して、翌年より毎年12月23日を 「テレホンカードの日」と制定した。当時街中で電話を掛けるとき、小銭が無くても掛けられる テレホンカードがとても便利だった。それまでの公衆電話で10円玉が無ければ、100円等を 入れて掛けても、お釣りが戻ってくることは無く、カードなら使った通話分だけ清算して、 カードの残高一杯まで使うことが出来た。テレホンカードは、現金代わりに支払いも出来るなど、 貨幣と同等の価値もあり、重宝していた。カードのデザインは自由な意匠で印刷も出来、また 個性的なデザインは収集家の対象にもなった時代がある。しかし、携帯電話の発達と共に、公衆 電話が街の中から消えていった。いつでも何処からでも自由に通話の出来る携帯電話が主流となり、 公衆電話の利用チャンスがなくなり、公衆電話は町から消えていった。 今では携帯電話を忘れたとき、公衆電話を探すのが困難なほど見かけることは無くなった。 今では使う機会を失ったテレホンカードが、机の引き出しに一杯あるが、あれはNTTに持って いけば現金に取り替えてくれるのだろうか。テレホンカードに価値がある間に換金しておかなければ・・・

『お歳暮』  Dec. 22, 2006 ▲Top
 年末の定例行事と言えば、日頃世話になった人に対し感謝する気持ちでお歳暮を差し上げる習慣がある。 最近ではこの習慣を不要と考える若い人達も増え、廃れつつある習慣ではある。贈答品として選ばれる商品は、 お正月のおせち料理などに使える物を贈ることが多かった。保存の利くお酒、ビール、ウィスキー、コーヒー、 ハム・ソーセージといった食品も多いが、クール便の普及によって魚介類や牛肉などの産直生鮮食品も贈答に 使われることが多くなった。昔は米や魚などが中心で、神仏への供物の一部を一緒に食べることにより人間関係が 緊密になると考えられていた。当時、歳暮の代表と言えば塩鮭だが、これも本来は正月の神棚に供えるためのもの。 実際、江戸時代以前から昆布や鮭は北海道の特産品として日本国中に届けられていた。また鮭を歳暮とする習慣の 起源は、それまで松前藩が支配していた蝦夷島(北海道)を徳川幕府が直轄地とした際に、函館奉行が塩引きの鮭を 将軍家に献上。たいへん喜ばれたため、以来毎年鮭を贈る習慣ができ、それが民間に広まったと言われている。

『全国青覇』(全国制覇)  Dec. 21, 2006 ▲Top
 住友生命保険が毎年募集している創作4字熟語の優秀入選作品で選ばれた全国青覇(全国制覇) は、まさに今年の甲子園を湧かせた早稲田実業のハンカチ王子こと斉藤投手の話題だった。 熱く燃えた甲子園で、流れる汗を拭っていた青いハンカチは全国の野球フアンを虜にした。見事 優勝を果たした結果、青いハンカチの話題が全国を制覇した。お陰で、タオル地の青いハンカチは、 既に生産打ち切りになっていたが、急遽追加生産して、フアンの要望に応えていた。しかし、原価 精々400円程のものが一躍人気商品になり、ヤフーオークションでは同じような生地と青い色と 言うだけで使い古したハンカチでも5000円を超える入札があった。サービス精神旺盛な斉藤 投手は、その後のアメリカ遠征でも、要所でハンカチを取り出し、そっと汗を拭う姿はフアンを 喜ばせていた。あのハンカチ騒ぎも半年以上経ち、今は静かになったが、ハンカチの製造会社は 思わぬブームでほくそ笑んだ事だろう。

『肩関節周囲炎』  Dec. 20, 2006 ▲Top
 夏を過ぎた頃から右腕を動かすとき、肩の辺りが痛くて丸首シャツを脱ぐとき一番苦労していた。 以前にも体験したことがあり、すぐに五十肩だと判り、整形外科医でレントゲンとMRI検査で確認。 正式な病名が肩関節周囲炎だと診断され、痛み止めの錠剤を飲み、電気治療のリハビリを続けていた。 2週間ほど続けた頃から、シャツを脱ぐときもそれほど痛みを感じることが無くなったので、リハビリ 治療に行くのをサボっている。痛み止めは、最初の1週間ほど飲んだあとは、飲むのをやめている。 肩関節周囲炎の原因は、老化によって硬くなった肩関節の腱や関節包の炎症だ。これがふとした動作で 悪化し、肩が上がらなくなった状態を五十肩・四十肩といっている。重症の場合は肩腱板損傷といって 腱が完全に切れてしまう事がある。その場合は手術が必要なので、痛みが強い場合は必ず医者の診断が 必要である。肩が痛いのは単なる五十肩と決め付けるのは危険なのだ。五十肩の痛みだからと肩関節を 動かさずにいると、やがて肩の関節が動きにくくなる。更に炎症により腱が石灰化という固まった状態に 変化したり骨が変形したりする。最近は10代20代の年の若い人でも、所謂五十肩の人が多いと言う。 五十肩という呼び方のせいで、多くの若い人が自分はまだ若いので、この痛みは五十肩では無いと自覚 できていないと、手遅れになりかねないと言う。

『バーベキュー』  Dec. 19, 2006 ▲Top
 今週末、新居浜の離島大島のWEB仲間からバーベキューパーティーのお誘いを受けた。 今年5月にも、一度誘って戴き、遠慮なく泊りがけで参加したことがある。その時は香川県 と東京からもお客が来ていた。島の中央付近にある休養施設のオレンジハウスに、当日の為に 準備していてくれた新鮮な魚や肉にビール酒類が用意されて待っていた。ハウスには特別に バーベキューなどの為の囲炉裏が設備されていて、美味しい料理と、旨い酒、楽しい話に、 素敵な一夜を過ごした。今回、同じメンバーが集まると言うことなので、その日を楽しみに している。バーベキューの語源は、もともとはハイチ語で、肉をあぶる木製台を意味する言葉で、 後にスペイン語の「丸焼き」を意味する「barbacoa」となり、現代的には英語の「barbecue (バーベキュー)」と呼ぶようになったもの。 バーベキューは、開拓時代のアメリカで、野外のパーティー料理として一般化したもので、 日本でも近年アウトドア料理として人気が高いが、アメリカでは炭火焼きの肉を出すレストラン を指すこともあるという。

『ピロリ菌』  Dec. 18, 2006 ▲Top
 ピロリ菌と言う名前を聞いたことが有ると思う。但しそれがどんな菌で、また人に対し どんな働きをしているかまでは知らないのが現実だろう。実は私も知らない一人であった。 雑誌を見ていて、ピロリ菌の話題に触れたので、少し調べてみた。実は胃潰瘍患者の9割が ピロリ菌の感染による慢性胃潰瘍だと言う。胃潰瘍とは胃壁の粘膜に潰瘍を起こす病気だが、 急性のものと慢性のものがあり、慢性のものはピロリ菌の感染が原因となっている。 ピロリ菌に感染すると必ず慢性胃潰瘍になるわけではないが、ピロリ菌に感染するとまず、 大抵は胃炎となり、そのなかで慢性胃潰瘍に進行するのは約2〜3%、胃がんになるのは0.5% 程度と言われている。ピロリ菌に感染して、慢性胃潰瘍を発症するまでには、数十年かかると 考えられている。ピロリ菌はどのようにして感染するかは、まだ判っていないが、口から胃に 感染すると考えられている。自覚症状として、むかつきや胃の不快感、軽い上腹部痛などが 起こるが、大抵は1週間ほどで治まり、その後は何の症状も起きないので、気づかない場合が ほとんどである。慢性胃潰瘍の治療には、ピロリ菌を除去しない限り再発をくり返すので、 完全にピロリ菌を除去することが必要だ。除菌療法は抗生物質を1〜2週間、毎日服用する ことで対応できる。

『飲我応報』  Dec. 17, 2006 ▲Top
 今年のニュースには飲酒運転に絡む事件事故が多かった。余りの事故の多さに、警視庁も飲酒運転に 対して厳しい罰則強化を図り、取り締まりも厳しくなっているが、それでも飲酒運転は減っていない。 飲酒運転の結果、人身事故を起こせば、多額の罰金と、長期の刑務所生活が待っている。この4字熟語 は、飲んで運転した結果は、自分に対する厳しい報いがあるという表現のつもりだ。酒飲みの習慣がある 人は、晩酌に酒を飲んだあと、一寸出かけるにも無意識に車を運転してしまうのではないだろうか。 酒を飲んだら、ハンドルを持たないと言っても、飲んだ勢いで自制心が無くなっていて、一寸のつもりで 車を運転して事故に繋がっているのだ。最近では代行運転が普及しているので、タクシー代を払う程度で 自宅まで、自分と車を運んで貰えるのだ。事故や違反を避ける心構えがあるなら利用するのは簡単な理屈だ。 以前は、ゴルフ場の昼食時に無意識でビールを飲んでいたが、例えゴルフが終わって風呂で汗を流しても 家路につく頃、アルコールがまだ身体に残っている可能性があるので、一切の飲酒は止めることにした。 周りでは、まだまだ食堂で酒を飲んでいる人達が居るが、帰路の飲我応報に気をつけられた方がいいと思う。

『天津甘栗』  Dec. 16, 2006 ▲Top
 甘栗は大好きで、町で見かけると必ず買ってしまう。日本産の栗より少し小ぶりだが、 親指の爪を立てて割れ目を入れると、簡単に中の実が取り出せる。焼き方は磯の小石を 入れた釜で約300℃に温度を上げて、水あめをかけて美しいツヤを出し、栗が熱し過ぎない ように水飴で温度を調整。これを4〜5回繰り返し、30〜40分で焼き上げるのが極意のこつ。 日本の栗は、殻や渋皮を剥くのがとてもたいへんだが、甘栗は、何故か渋皮ごとパリっと 剥けるその理由は、加工法ではなく、もともと栗の種類が違うのだ。甘栗に使われる中国栗 にその秘密があった。産地は万里の長城に囲まれた河北省の燕山山脈付近に自生するものが、 もっとも実が硬くしまり、甘味があって良質とされ、この地のものだけを甘栗にしている。 その拠点となっていたのが中国の天津港で、天津甘栗と言うのは、その名残りといえる。 栗の主成分であるでんぷんは、浄化された貴重なもので、繊維質・ビタミン・ミネラルが 豊富に含まれた天然食材として、古くから高く評価されている。

『今川焼』  Dec. 15, 2006 ▲Top
 私は、甘いものが大好きで、ご飯を食べ終わってすぐにでも、あんこの類のものが近くにあれば 摘んで食べてしまう。体型を気にしながらも甘いものに目が無いのは卑しいのかも知れないが、 どうにも我慢できないのが情けない。若い頃は、今川焼きとか太鼓饅頭と命名された焼き物が 町のあちこちで売られていた。好きなあんこは、あずき餡より、白餡が大好きだ。今川焼きに 総称されるこの手のお菓子は、小麦粉、卵、砂糖を水で溶いたものを、銅版の焼き型に流し入れ、 餡を入れて焼いたもので、地域により、「鯛焼き」「二重焼き」「大判焼き」「巴焼き」「義士焼き」 「回転焼き」「太鼓饅」「文化焼き」「大正焼き」「復興焼き」「自由焼き」「夫婦まんじゅう」 など、色々な名称が付けられている。中のあんこも、あずきあん、しろあん、緑あん、クリームなど いろいろ店によって工夫されている。最近では、冷凍食品として、大判焼き、鯛焼きなどの 商品名で売られていて、保存が利くので、スーパー等で目に付くと買って帰り、好きなときに 暖めて食べている。

『ノロウイルス』  Dec. 14, 2006 ▲Top
 ノロウイルスの猛威が日本全国を襲っている。ノロウイルスとは、非細菌性急性胃腸炎を引き起こす ウイルスの一種。この時期を旬として良く食べるカキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染 した人の排便や嘔吐物、時には床や絨毯に吐いたものが乾燥して舞散る塵埃を介して経口感染する事もある。 ノロウイルスは加熱によって感染性を失うため、特にカキなどの食品は中心部まで充分加熱することが食中毒 予防に重要である。生のカキを扱った包丁やまな板、食器などを、そのまま生野菜など生食するものに用いない よう、調理器具をよく洗浄・消毒することも大事である。二次感染を防ぐため、患者のふん便やおう吐物等に 直接触れないよう、手袋を着用するなど、処理には十分注意する。 ノロウイルスは、石鹸だけでは死滅せず、石けんで洗った後しっかり洗い流すことと、うがいを勧める。 特に飲食物を扱う人は、事前事後十分に手を洗うなど細心の注意を払うことが、効果的な感染予防になる。 現在ノロウイルスに対する有効なワクチンは開発されていない。また、このウイルスに対する免疫は感染者でも 1-2年で失われるといわれており、ワクチンによる予防の有効性に対しては疑問が持たれている。 数年前まで、腹痛を伴う風邪と診断されてたものも、実はノロウイルスの感染症だったとも言われている。

『師走』  Dec. 13, 2006 ▲Top
 昔から、光陰矢の如しと言うが、1年が経つのは早いもので、今年も残り少なくなってきた。 この月の事を師走と呼ぶのは、子供の頃、先生が走り回るほど忙しい時期なのだと理解していた。 では、なぜ先生が12月になると忙しく走り回るのかは判らず、長い間疑問に思っていた。 師とは実はお坊さんのことを指し、お盆の時期と同じように、お正月にも祖先の霊をともらう もので、檀家さんの家々を回ってお経を上げるために、走り回って忙しいのだと知った。 師匠の僧がお経をあげるために、東西を馳せる月から「師馳す(しはす)」と呼んだ言葉だった。 平安末期の「色葉字類抄」に、「しはす」の注として説明されているが、師走という漢字は後世の 当て字とされている。WEB仲間の友人に、新居浜の離島大島の真言宗善通寺派毘沙門天陽向山 吉祥寺の和尚さんがいる。年末は忙しいようであるが、先日はその合間を縫って、忘年会に駆け つけてくれた。忙中暇あり、お坊さんと言えども好きな酒席には付き合いは出来るようだ。

『大根』  Dec. 12, 2006 ▲Top
 百姓をやっていると言う友人から、立派な大根を戴いた。葉っぱの部分は捨てずに漬物にし、 大根部分は、おでんに入れたり、すり下ろしてサンマの塩焼きに添えて食べることにした。 大根は栄養価が豊富で、好きな野菜の部類に属する。味噌汁の具の中では大根が一番好きだ。 一般的には大根の90%以上が水分だが、糖質が多くビタミンCも多く含まれている。 消化を助けるジアスターゼが多く含まれている事は、昔から良く知られている。 野菜市場では、葉の部分を切り捨てられている場合があるが、実は大根の葉にはビタミンAと タンパク質とカロチンを多量に含んでいるので、折角の栄養価を無駄にしないことが大切だ。 大根特有の辛みの成分は、イソチオシアナート類で、中でも、トランスーヂーメチルチオー3 ブチニルイソチオシアナート等で、この成分はすりおろすと細胞組織が破壊されるので辛みを 生じ、加熱すると含流化合物の作用でこれは甘味に変化する。おろした時のイソチオシアナート 量は、時間が経つと揮発してしまい、次第に辛みを感じなくなる。今回大根を戴いた友人には とても感謝し、無駄の無いよう頂くことにしている。

『三文判』  Dec. 11, 2006 ▲Top
 日本の習慣として、郵便物・荷物など受領のときや、契約書や申込書など、日常で発生する中で 自分の意思を確認する為に、捺印、押印は良く行われる。実印と銀行印は特別に箪笥に仕舞って いて、いざと言う場合以外は滅多に出して使うことはない。しかし郵便や荷物の受取りなどには、 いつでも玄関先で印肉が無くても手軽に押印できるシャチハタ印を置いてある。部屋の中や出歩く 時の鞄の隅には、100円ショップ等で買った三文判を持っている。三文判ってどう言う意味で付けられた のか調べて見た。三文とは江戸時代の通貨で、一文銭が3枚で3文と言う価値を指す。今なら さしづめ3円と言う程度の価値感だと思うが、何れにせよ非常に安いものの比喩で、以来 安いもの、価値の低いものの総称として使われている。実印や銀行への届け印は、大変価値が 有るが、出来合いのハンコは粗末で安物であるところから、三文判と呼ばれるようになったもの。 調べて見ると、我が家の3文判は必要の都度購入した物があちこちに転がっていて、シャチハタ も含めて10個近くあり、何時でも間に合うので結構役に立っている。

『こたつ』  Dec. 10, 2006 ▲Top
 今から60年ぐらい前の私の子供の頃、夜寝るときの暖房方法は布団の裾に炬燵を入れて寝たものだ。 無論湯たんぽも有ったと思うが、湯たんぽは個人専用に対し、炬燵は共同利用が可能なので多用された。 炬燵は、陶器製で約40cm立方位の櫓の形で、熱源には豆炭を使っていた。我が家は兄弟が多かったので 一個の炬燵を中心に、放射状に布団を敷いて皆が足を突っ込んで寝た。我が家ではないが、寝相が悪くて、 足で炬燵を蹴飛ばし布団の中でひっくり返り火事になったニュースも多かった。豆炭一個で朝まで充分暖かさを 保っていたが、裸足の足で、直接炬燵に触ると、時として火傷をすることもあった。火傷防止には、炬燵に バスタオルを掛けて、直接触ることの無いよう工夫していた。時には朝までに乾燥させたい洗濯物を、炬燵の 上に載せて寝ると、余熱で朝までには乾燥していて、結構便利に使っていた。いつの頃からか、豆炭の代わりに 電熱や電球を利用するようになり、サーモスタットで、温度コントロールも自由に出来、火災にも 強い構造が採られるようになった。更に電気毛布が考案されてからは、炬燵の役割は無くなった。 今の私は、火災には絶対強い、湯たんぽを愛用しているが、しっとりと暖かくて安心して寝られる。

『飲み会』  Dec. 9, 2006 ▲Top
 我々若い学生時代の飲み会のことは、コンパと呼んでいた。コンパの言葉のいわれは、学生が 覚えたての外国語を、半ば隠語まがいに使っていた流れで、会合とか交流を意味するドイツ語の 「Kompanie」又は英語の「company」から引用し、はじめは「コンパニー」と呼んでいたが、後に 言葉を短縮して「コンパ」と呼ぶようになった。いつの時代も、若者文化の中で言葉を短縮して 新しい言葉が生まれている。大正時代にはモダンガールを略して、モガと言い、モダンボーイを モボと呼んだこともある。今の若者達が、携帯電話などに表現する短縮言葉は、我々にはついて いけない言葉が一杯ある。さて、今夜は仲間との飲み会があるが、今の若者言葉ならさしずめ、 合コンなのだろう。 これも恐らく男女合同コンパの略で、二組以上の男女グループが合同で行うコンパを意味する。 時には、男だけのグループと、女だけのグループとの合同も含まれて、男女の出会いを作る場を 提供するものとなって一般化し、昔風の飲み会とか、コンパという言い方は廃れている。

『古傷』  Dec. 8, 2006 ▲Top
 毎年この時期になると、右足の外側くるぶしの辺りが、冷えて夜寝られない。起きている 時間帯でも、厚めの靴下を履き、スリッパもくるぶしまで覆うような靴タイプのものを探してきて 保温している。寝るときは足元に湯たんぽを入れないと寝られない。 右足の冷えの原因は、今から30年位前、山形県最上郡真室川町と言う田舎へ仕事の関係で転勤 していた頃の冬のこと。雪の積もった近くの小山に小学生だった娘と息子を連れて行き、雪を 踏み固めて自分たちのゲレンデを作り、スキーを楽しんでいた。 雪の積もった小山は一見なだらかな斜面に見えるが、実は雪の下はブッシュが複雑に茂っていた ところだった。快調に滑っていて突然スキーがブッシュに引っかかり思いっきり頭から転倒した。 スキーは足元でブッシュに引っかかっているのに身体は頭から雪の中に突っ込んだ形で、しばらく 起き上がることも出来なかった。気づいた子供たちが、助けに来てようやく起き上がれたが、 変な形で足を捻り捻挫していた。医者も居ない田舎の土曜日のことなので、素人治療もいい加減 で、月曜日に病院へ行くまでに内出血で足首は真っ黒に染まり大きく腫上がっていた。長い治療で 元のように戻ったが、それ以来右足のくるぶしは、冬が来ると血が通わぬのか足が冷えて我慢が 出来ないのだ。毛細管や神経がおかしくなっているに違いない長年の古傷だ。

『日本酒』  Dec. 7, 2006 ▲Top
 忘年会のシーズンがやってきた。私も今週の週末は今年初めての忘年会を予定している。 忘年会と言えば、やはり日本酒だろう。人肌にお燗をつけた酒はホントに美味しいものだ。 お燗をした酒は体を温め、まろやかな味わいが楽しめ、またアルコールの吸収が早いため 飲み過ぎる心配が少ないのが特徴である。世界中でも、お酒を暖めて飲む習慣があるのは、 日本だけと言われている。よく熱燗を注文をする人がいるが、熱燗が合うのは普通のお酒か 本醸造酒迄で、吟醸酒や生酒に多く含まれるリンゴ酸などは、温めるとぼけた味になる。 お酒の経験の少ない人は、熱めのお燗をすると、鼻にツンとくるし、臭いと言う。 それはお燗にする酒の選択ミスと、飲用温度が適正でなかっただけで、お酒をただ温めれば いいというものではないことを知らなければならない。熟成不足の新酒や古酒のブレンド酒等 はお燗すると刺激臭を感じるもの。八代亜紀の唄にもある通り、お酒はぬる目の燗がいい。

『サンタクロース』  Dec. 6, 2006 ▲Top
zen-santa3.jpg  ZENさんの顔写真がサンタになった。この時期になると、町のあちこちから流れてくるのが、 クリスマスソングだ。そして子供たちは、クリスマスにサンタクロースがプレゼントを持ってきて くれると信じて、親の言うことを聞いて、いい子にして待っているのだ。サンタクロースの話は、 昔々、ニコラスと言う人が、貧しくて娘を嫁に出せないで困っている人の話を聞き、その家の 窓から、金貨を投げ入れて上げたそうだ。たまたま暖炉の側に干してあった靴下にその金貨が入り、 翌日その金貨を見つけた家の人達は喜んで、娘さんをお嫁に出すことが出来たというお話であった。 この話は、瞬く間に町中に広まり、ニコラスは皆から尊敬されるようになったという。そして、 ニコラスはセント(聖)・ニコラスと呼ばれるようになり、その話がアメリカに伝わってきて、 オランダ語の「シンタクラース」と言う発音が訛ってサンタクロースと呼ぶようになったもの。 クリスマスのプレゼントを靴下の中に入れる習慣ができたのは、この話から始まったようだ。

『くすり』  Dec. 5, 2006 ▲Top
 今2つの病院で処方された薬を飲んでいるが、薬は何種類かあり、錠剤の包装材には 薬の名前が明記されているものと、只錠剤の記号が印刷されているだけのものがある。 一方の病院は、薬の処方と調合を院内で行い、薬を出している所と、もう一方の病院は 処方だけで、薬の調合は町の薬局へ依頼する方法がある。薬局の選定は自分の好みで 近隣の薬局を利用することが出来、初めてのときは自らの薬に対する色々な申告をすると、 以後それがコンピュータに登録されて、複数の処方箋がある場合、相互に悪影響の無い ような対応をしてくれる。薬の危険は、複数の病院に掛かって薬を貰う時、最悪の場合、 相互の薬の反応で身体に有害な影響を与えかねないケースが有る。薬をいつも一定の 薬局で調合されていれば、その危険は避けられる論理である。医薬分業の利点だろう。 更に、薬局からの薬には、丁寧に個々の薬の名称と説明が付けられていて、素人にも 正しい飲用が出来る心遣いがされているが、病院で支給された薬は、単に毎食後1錠 飲むと言う表示がある以外、何の為の薬かは説明がない。今回、2つの病院から別々の 処方で出された薬だが、自分でもわかる胃腸薬だけは、ダブらないよう飲んでいる。

『メガネ』  Dec. 4, 2006 ▲Top
 身体の中で老齢化を一番感じるのは歯と目だろう。無論性の衰えも当然あるが、まだ 美しい女性を見れば心が弾むので、衰えたとは感じていない。歯は、早くから義歯が増え 残る数は僅かになっている。目の衰えは、特に最近進行が早くなったように感じている。 普段、新聞を読む時のメガネ、テレビを観るときのメガネ、外出するときは遠近両用の他 ゴルフには、特別に専用のメガネを掛けるようにしている。要するに本来なら、目の焦点 を調節する筋肉が衰えて、自力で遠近を調節し切れないのだろう。どうしてもメガネが無い 時は、見る努力をすれば、段々見えるようになるが、とっさに変化する動体にはまったく 目の焦点があわない。特に遠くに飛んでいくボールの行方を見定める為には、どうしても 遠視用のメガネが必要で、専用の物を持参している。但し、そのメガネも普段掛けている 遠近両用から、突然架け替えても目が対応が出来ず、距離感に混乱が起きるのか、ショット のミスが多く、メガネに慣れてくる後半にやっとスコアが改善されてくる。昨日の月例コンペ に出かけるとき、朝起きたときから、遠視専用メガネを掛けて慣らし、そのままスタート したら、朝から調子よくショットが決まった。目の衰えは、メガネに慣れるのにも時間が 必要だったことが判った。

『サーバーの更新』  Dec. 3, 2006 ▲Top
 私のホームページは開設以来10年目になる。その間に登録したファイル容量は年々増え 現在は約300MB近くになっている。7年前に自分のドメインを取得して以来、契約している プロバイダーは、大阪の業者経由で、アメリカにおかれているサーバーを使っている。選択の 理由は費用が安いことだが、無用のサービスを省いているので、慣れるまでは不自由もあった。 業者とのやり取りは、全てメールのみと制限されているが、対応の速さはこちらに不満を抱か せることなく、素早いのが素晴らしい。たとえ夜中でも、日曜日でも即座に返事が返ってくる。 提供している商品には色々特徴があり、その時々の状況で使い分けている。昨年の契約の際、 内容が増えていた為、増量の契約をしたが、その際選べるオプションに月間の転送量の制限を どう解釈すればよいか分からず、安全を見込んで、上位の契約をした。しかし1年間運用した 結果、予想したほどの転送量にはなっていなかったことがわかり、今回の更新には、1ランク 落として費用を安く出来ることになった。昨年の契約の際は、こちらの思い違いで、余分な 金額を振り込んだが、正直に返金処理してくれた信頼できる担当のしみずさん、今年もお世話に なります。

『インフルエンザ』  Dec. 2, 2006 ▲Top
 一週間前、雨の振る中をゴルフでびしょ濡れ、そしてその後、酒を飲んで体力を消耗した ことから、体調を崩し、咳と喉の痛みで苦しんだが、我慢の末ついに医者の世話になった。 熱が無かったので風邪ではないと、たかを括っていたのだが、その事を医者に言うと、やっぱり 風邪の一種だと言う。診察の結果、咳止めと、喉の痛み止め、うがい薬を調合してもらった。 更に念のため、インフルエンザの予防接種も受けた。インフルエンザの予防接種は、それ自体 菌を植えることになるので、体調の悪い人は却って具合が悪くなる場合も有ると言う。 従って、接種を受ける前にアンケートに答え、注意事項を書いた書類を読んで、本人承諾が 必要だった。インフルエンザワクチンは、接種してから実際に効果を発揮するまでに約2週間 かかるそうだ。ワクチンには2回接種と1回接種があり、2回接種する場合は1回目から1〜4週間 あけて接種するとの事。インフルエンザの流行期間が12〜3月頃なので、11月中旬頃までに 接種を終えておくとより効果的だと言う。また、流行してからの接種は、抗体価が十分上がる前 に感染する危険性があるが、抗体価が上昇していれば症状が軽くて済むとの事。とりあえず 今年のインフルエンザ対策には間に合ったかな。

『年賀はがき』  Dec. 1, 2006 ▲Top
inoshishi.jpg  いつの間にか年の瀬も押し詰まり、今日から師走となってしまった。何時もの年なら 余裕を持って年末を迎えているのに、今年はなんとなく余裕がなかったのか、まだお年玉 年賀はがきも購入していなかった。それでも、WEBメールで再三催促されるように来る 筆まめソフトだけは、早くからバージョンUP版を手配済みだ。無論あて先名簿の方も、 ぽつぽつと来ている喪中の知らせには、全て名簿にチェックを入れて、整備はしてある。 後は、その気になって、来年の干支にあわせた、文面デザインだけすれば良い状態だ。 来年の干支は、いのししだが、自分の生まれた年の干支でもあり、親しみがある。 一般的に、いのししと言えば、猪突猛進の暴れん坊と言う印象だが、自分のことに置き換え て見ても、やっぱり猪突猛進型で、走り出すと中々切り替えが出来ない不器用さを感じる。 今年の年賀状は、何とか普段と違った、親しみのある可愛いいのししを表現して見たい。

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