『健康診査結果』  Sep. 28, 2005▲Top
 40歳以上の成人を対象に、高血圧症・心臓病・高脂血症・肝臓病・大腸がん等の検査 が、9月1日〜10月31日の間、70歳以上なら無料と言う話に飛びついて検査を受けた。 検査には、尿、血液、大便2日分等の採取が行われ、内診の結果と併せた報告書を受取った。 肝臓は18年前、急性肝炎を患い1ヶ月の入院と2ヶ月の安静治療を受けたことがあり、 その後の経過が心配だった。検査結果は、ウイルスの抗体は見つからず肝臓の機能を示す GOTが28、GPTが35、γ-GTPが31と全て正常値で完璧な完治をしていた。最近肥満気味を 感じているので心配したコレステロールは187、中性脂肪110と問題なく、尿淡白も異常を 認められず糖尿の心配も無かった。両親が胃癌で亡くなっているので、DNAを受継ぐ 身として心配な大腸がんの検査も問題は無かった。しかし大便の検査から胃癌までは不明 だったので、念のため、後日胃カメラを受診することにした。今回無料で出来る検査からは 一切健康状態に異常の無いことが判明し、ひとまずほっとしている。

『愛知万博』  Sep. 27, 2005▲Top
pass.jpg  185日間に及んだ愛知万博も、当初目標1500万人の入場者予測を大幅に上回る 2200万人余を記録して終わった。残念ながら私は、今回の期間中ついに足を踏み入れることは 出来なかった。 20年前の1985年の筑波万博の時は、私自身、政府テーマ館の展示に使われた、レーザーディスク プレーヤーのメーカー側保守を請け負っていたこともあり、期間中殆ど毎日会場内、又は 会場近くに借りていたマンションに詰めていた。保守の関係で、入場証PASSという無料で 入場できるカードが支給されていたので、時間さえあれば、無料であらゆるパビリオンを見て 回ることが出来てラッキーだった。予め、会社の上司や、知人たちが見学に来る日時が 分かっている場合は、希望するパビリオンの担当者に電話連絡をして置くとVIP待遇の 扱いをして貰えたので、大変喜ばれた。そんな時の会場には、一般の人たちが長い列を 並んでいても、VIP用の別の入り口から入場し、見学が終わった後は、特別室でお茶と お菓子の接待も受けた。今回の愛知万博でも人気パビリオンは、朝早く並んでも8時間待ち もあると報道されていたが、こんな手合いも居たなんて知ったら苦情が出ることだろう。

『台風被害』  Sep. 26, 2005▲Top
 今日9月26日に関して調べていたら、日本の台風史上特筆すべき 「魔の日」であることが分かった。台風と言えば、昔から二百十日とか、二百二十日を 思い浮かべるが、実際は9月17日と並んで、9月26日はもっとも台風の来襲が多い日である。 昭和29年9月26日、鹿児島湾から上陸した台風15号は、九州東部を縦断後、 中国地方を時速100kmで横断、山陰沖から日本海に抜け、さらに発達しながら北海道に 接近し、21時には最盛期を迎え北海道寿都町沖を通過。函館港から出港した洞爺丸を始め、 5隻の青函連絡船が暴風と高波で遭難し、洞爺丸の乗客1,139名が死亡する大惨事となった。 昭和33年に伊豆半島を襲った台風第22号は、26日21時過ぎに静岡県伊豆半島の南端を かすめ、神奈川県三浦半島、東京を通過、早朝に三陸沖に抜けた後、温帯低気圧に変わった。 この台風は、風による被害は少なかったが、南海上にあった前線が活発化しながら北上したため、 東海地方と関東地方では大雨となり、土砂災害や河川の氾濫が相次いだ。特に集中して 雨が降り、大量の水が流れ込んだ狩野川が氾濫、伊豆地方だけで1,000名を超える死者が出た。 翌昭和34年9月26日、伊勢湾台風が日本を襲い、929HPで潮岬に上陸、死者5,098人を出した。 伊勢湾では3.5mの高潮で倒木、家屋損壊多数、弥富町では約1ヶ月余り浸水し、甚大な 被害を与えている。

『大相撲』  Sep. 25, 2005▲Top
sumo.jpg  最近の大相撲は、モンゴル勢など外国人力士による土俵が話題を呼んでいるが、 今場所は、少し顔の違った、ブルガリア出身、佐渡ケ嶽部屋の琴欧州が話題だ。 甘いマスクで「角界のベッカム」なんて呼び声もあり、女性ファンに人気も高い。 今場所は初日から、12連勝を続け初優勝かと騒がれたが、13日目に横綱朝青龍に 敗れた辺りから、相撲の内容が変わってしまった。横綱戦も、もう少し落ち着いて 取り組めば勝てた内容だったが、何故か腰が浮き上がり、ばたばたした取り組みで 横綱が後ろ向きになったチャンスも生かせなかった。14日目の稀勢の里にも 簡単に押し出されたが、12日目までの強さが何処かに行ってしまった感じだった。 千秋楽は、2敗を守った朝青龍も優勝戦線に残っているが、面白い場所になった。

『新人議員』  Sep. 24, 2005▲Top
 衆議院議員選挙は小泉自民党が圧勝し、思っても居なかったような新人議員が大勢 当選した。本人も驚くような最年少議員も誕生し、連日マスコミの餌食になっている。 もともと議員にはなりたいと思っていたので、思いを込めて書いた論文が認められて、 比例区候補者の末席に、名を連ねていたら受かってしまったと言う。連日マスコミが コメントを求めて殺到し、本人も最初は面白いコメントを返していた。しかし、調子に 乗って話が飛びすぎて、党本部のお叱りを受け、少し凹んだようだが、なかなか 個性的で面白い。森喜朗元総理は、国会議員としての品格云々と苦言を呈していたが、 真面目な顔しても、まともな政治をしていない議員よりは、ましなのではないかと思う。 最初は誰でも失言・失敗はあるものだ。このキャラクターはこれからが楽しみである。

『秋分の日』  Sep. 23, 2005▲Top
 我々子供の頃は、この日の事を「秋季皇霊祭」と呼んでいた。代々続く天皇家の霊を 祭る日で、学校でも色々の行事を行っていた。戦後は秋分の日と改称され、「祖先を敬い、 亡くなった人を偲ぶ日」という趣旨で制定された国民の祝日となった。別の呼び方では 彼岸とも言い、雑節のひとつ。「秋分」を中日としたその前後計7日間を言う。彼岸の 初めの日を「彼岸の入り」、中日を「彼岸の中日」、終わりの日を「彼岸の明け」という。 また、「秋分」とは二十四節気のひとつで、太陽が秋分点に達し、昼と夜の長さが同じになる日。 春分の日と同じように太陽が真西に沈む。秋の夜長とは、この日を境に日没が早くなり、 夜が長くなる事を言った。ちなみに23日を「愛馬の日」として、日本中央競馬会・馬事公苑が 馬に親しんでもらおうと「動物愛護週間」内の祝日にあたる「秋分の日」を充てることにして 設けられている。また、23日は「フドウサン」を「23」との語呂合わせから、「不動産の日」と 全国宅地建物取引業協会連合会が制定している。 さらに、1998年に日本テニス振興協議会が秋分の日を「テニスの日」と制定している。

『検便採取』  Sep. 22, 2005▲Top
kenben.jpg  少し汚い話で恐縮だが、我々の子供の頃食べた野菜類は、自家製が多かったので、畑で栽培する 野菜の肥料は、肥溜めのこやしを散布するのが普通だった。従って野菜の洗浄が悪いと寄生虫の卵 等が残ったまま食べることになり、お腹に寄生虫を持っている生徒が多かった。学校では年に1回 検便をして、回虫駆除の薬を飲ませていた。検査の日、生徒はマッチ箱に便を取って、学校に持って 行くが、昔は今のような水洗便所ではない、爆弾投下型便所が当たり前だったこともあり、採取する には、廊下等に新聞紙等を敷いてその上に排便し、マッチ棒で取る嫌な作業だった。 無論採取が終わった便は、新聞紙と共に、便所に捨てることになる。 今回基本健康診査のための検便に、病院から渡された、採取用の容器は、とても簡単に採取が 出来る構造になっていた。採取した便を容器に入れると液体の入った中に完全に密閉できる ので、清潔で匂いも漏れず、昔との違いを痛感した。検査提出のためには、2日分の採取が 必要だったが、作業はとても簡単に終わることができた。これが、昔のスタイルだったらと 考えるとぞっとする思いだった。

『基本健康診査』  Sep. 21, 2005▲Top
 40歳代の若い頃は、年に1回、1泊2日の人間ドックに入って身体の検査はしていた。 40歳後半頃から前立腺肥大だと診断された以外は他に悪いところはなかった。治療法に ついて特に医者の指示もなかったので、長い間何の対応もしていなかったが、最近前立腺が気に なりだし、医者に相談して一日一錠服用の、薬を飲んでいる。但し即効性がある訳ではないので、 気休め程度である。先日しばらくぶりで人間ドックの検査を受けようと、懇意にしている 病院に行った時、9月1日〜10月31日まで70歳以上なら、無料で受けられる基本健康診査 と言うのがあるのを知り早速受けることにした。高血圧症・心臓病・高脂血症・肝臓病・大腸がん などの生活習慣病の早期発見が目的である。医者の診査のあと、尿検査・血液採取・大便は2日に 分けて採取提出する。またいくつかのアンケート項目に答えて書き込む。これだけの検査を受けて 無料とは利用しない手はない。検査結果は数日後に出ることになっている。 但し、同一年度内に基本健康診査と、1日人間ドックの両方を受診することは出来ない そうなので、利用者は知っておいたほうがいい。

『扇風機』  Sep. 20, 2005▲Top
fun.jpg  暑い夏の間、我が家で活躍していた2台の扇風機も、秋風が吹き始めたので、あと 数日でお蔵入りする頃なのだが、1台はこのまま仕舞うか、捨てるか悩んでいる。 理由は、使用中に扇風機のコードを引っ掛けて倒してしまったのだが、その時 前面のカバーが外れ、運悪くプラスチックの羽が折れてしまった。急場しのぎで、 折れた羽を、ガムテープで補強をして修理したが、ガムテープによる補強部分の 重量バランスが狂った為に、回転するときに異常な振動をしてしまうのだ。 扇風機の風量に全く問題ないが、羽が回る時の異常な振動を見ていると、今にも バラバラに壊れそうな感じがして、心配である。何とかバランスを改善しようと 他の羽にもテープ貼りバランスを取ってみたが、5枚羽のバランスは難しく、異常 振動は余計に酷くなったのでそれは取り除いた。今年は、新しい電気店開店特売日に 1000円の扇風機を買ったから、余裕があるので、この扇風機は、廃棄される 運命だったのかも知れない。

『夜釣り2』  Sep. 19, 2005▲Top
 一昨日(土曜日)の夜釣りで、久しぶり大物のチヌが釣れたことに気をよくして、 昨夜(日曜日)も同じ釣り場に出掛けて行った。昨夜は中秋の名月とあって、晴れた 夜空に、大きな満月が出て、本来真っ暗なはずの海辺を明るく照らし、お陰で足元が よく見えて、良かった。しかし本来チヌの夜釣りは、明かりを嫌うもの、夜中に なっても明るすぎることは、釣果に影響するのではと気になった。最初の内は月の 明かりの陰になるような場所を探して、竿を出していたが、全く魚信がなかった。 1時間程して、やっぱり昨夜と同じポイントに入れたところ、すぐウキが沈んだ。 私の使っているウキは、正常に浮かんでいる時は、赤色の発光ダイオードが点火 しているが、魚信があってウキが水中に沈むと、緑色に変化するので、すぐ分かる 便利なウキだ。チヌ独特の引きで、緑に変化したウキが深く沈んだのを見て、一気に 合せた。ずしりと手ごたえと同時に、更に水中深く引き込み、左右に走った。 ばらさない様ゆっくりとリールを巻き上げ、最後は一気に水中から抜きあげた。 大きさは前日と同じ位のサイズで、家に帰り焼いて食べたが脂が乗って美味かった。

『夜釣り』  Sep. 18, 2005▲Top
chinu.jpg  昨日(土曜日)は、朝のうち曇りで、気温もやや低く、暑い間は敬遠していた 海釣りに出掛けた。前日に家内にも、明日の釣行予定を伝えて置いたので、 珍しく早く起きてくれた。手際よく朝食を済ませ、市内東方の黒島海岸に出掛けた。 2ヶ月ほど前に来たときに、アイナメが釣れたので、そこをを目当てに来たが、 既に潮が高く、足場の取れるところが限られ、仕方なく適当な岩場に腰を据えて 釣り始めた。獲物は、小型のふぐばかりだったが、小さくても全て持ち帰り夕食は ふぐちりにした。夕刻、余った餌を持って、家から近い澤津漁港へ夜釣りに出掛けた。 2時間程経っても大型メバル1匹だったので、ボツボツ納竿しようとしたとき、突然 大きく竿を引っ張られた。わき見をしていたので、竿先が何処かにぶつかったのかと 一瞬思ったら、またもや大きく竿が引き込まれ、どうやら大型の魚が掛かったと 分かった。しばらく竿のやり取りをした挙句釣り上げたのは、40cmほどの丸々と 太ったチヌだった。帰り支度直前に大物を釣り上げたのだが、久しぶり爽快な気分 で帰途についた。

『巨人フアン』  Sep. 17, 2005▲Top
 私は子供の頃から強い巨人が好きだった。水原監督の元、赤バットの川上や千葉、 与那嶺などが大活躍していた。その後の巨人についても、川上監督率いる長島、王等の 選手としての活躍を中心に、見る野球を楽しんできた。その後、藤田監督、長島監督、 原監督も巨人を任せて文句はなかった。 昔の言葉だが、好きなものの代名詞に、巨人・大鵬・卵焼きと言われたように、大相撲の 大鵬も、とても強くて大好きだったし、母親が作ってくれるお弁当のおかずは文句なく 卵焼きが一番好きだった。いつの時代も、巨人は絶対に強くなくては駄目なのである。 しかし、巨人時代に投手として活躍はしたかも知れないが、堀内が監督になった人事は、 信じられなかった。堀内には人間的に全く魅力がなく、強い野球チームを引っ張って いく程の人望があるとも思えなかった。案の定、ペナントレースに入ってからの 試合の采配は、見る側の期待を大きく裏切るような試合展開ばかりで、早々と巨人を 応援する意欲を失ってしまった。球界一の大金を投じて、一流選手をこれだけ集めて 勝てないはずがない。広島と最下位争いをしている巨人に、耐えているフアンが 不思議である。

『造反議員』  Sep. 16, 2005▲Top
 郵政民営化法案に、党の説得を聞かず強気の態度で青票を投じた自民党議員は、 参議院による法案の不成立を当然の成り行きと息巻いたが、小泉総理は予言通り 衆議院を解散してしまった。造反議員にとって、まさかの甘い予測は見事に外れ、 自民党の公認を取り消され、完膚なきまでに潰された。辛うじて新党を結成したり、 無所属で生き残った議員も出たが、今後の国会活動では無力の存在になることは 明白となった。党本部の公認を得られなかった野田聖子は、地元自民党県連の応援 を得て、刺客と競り合い何とか当選したが、これで完全に自民党本部との溝が出来 てしまった事を知った。選挙中から自分は自民党を愛していると主張してきたが、 自民党本部は冷たく切って捨てた。そんなに自民党に愛着があるなら、素直に党の 方針に従うべきだった。造反は切り捨てられても文句は言えまい。広島の亀井静香 も今更泣き言を言っても手遅れだ。これで野田聖子と共に総理を目指す志も完全に 潰えてしまった。

『敬老の日』  Sep. 15, 2005▲Top
 今日は本来「敬老の日」だった。しかし一昨年より9月の第3月曜日に変更されたので、 今年は9月19日となっている。始まりは昭和29年「としよりの日」と言う呼び名で制定 されたが、昭和39年に「敬老の日」に改められた。昭和41年に国民の休日法が改正されて、 国民の祝日になった。「敬老の日」が制定された由来は色々あるようだが、聖徳太子の説、 元正天皇の説等がある。聖徳太子が大阪に四天王寺を建てた時、ここに四天王の名前に合わせて、 敬田院・ 悲田院・施薬院・療病院の四箇院を設置したが、その内の悲田院が、今の 老人ホームで、この悲田院が誕生したのが9月15日であったという説。二つ目は、元正天皇が 717年に「万病を癒す薬の滝」と言われていた岐阜県の養老の滝へ行幸し、「醴泉は、美泉なり。 以て老を養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め、養老元年と 為すべし」と告げて、年号を「養老」に改元した故事に因むもの。また養老の滝に関わる 由来では、ある父親思いの息子が、老いた父に酒を飲ませたいと願ったところ霊泉から 酒が湧いたという故事がある。この故事に基づき9月中旬に地域の年寄りを招待して敬老会 を開いたことから「敬老の日」が決められたとも言う。

『旬の食べ物』  Sep. 14, 2005▲Top
matutake.jpg  暦の上での季節は、まさに「天高く馬肥える秋」が来ているのだが、日中の気温は まだまだ夏の暑さを引きずっている。しかし朝晩は涼風が立ち、松茸や秋刀魚などの 秋の味覚が並び始め、いよいよ食欲の秋がやってきた。一年を通して出回る鮭も、秋に とれるものは「秋味」といわれ、脂の乗りもよい。秋の代表的な魚と言えば秋刀魚だ。 炭火で焼いたサンマは、煙と遠赤外線の効果でいっそうおいしくなるが、現代の住宅 事情では、それも難しくなってしまった。私の子供の頃は、今の季節近くの山へ行けば 松茸は、いくらでも取れた記憶がある。父親は松茸が大嫌いだったが、松茸狩りに行くと 鼻が効いて、名人と言われるほど松茸を良く見つけた。見つける秘訣を聞くと、理由は あの嫌いな匂いだそうで、その嫌いな匂いは、どんな遠くからでもよく分かるのだと 言っていた。その父親も亡くなって20年以上になるが、存命であれば山に連れて行って 松茸を見つけて貰えたのに残念なことだ。

『抜糸』  Sep. 13, 2005▲Top
bassi.jpg  手の平に出来たデュプイトラン拘縮(掌の皮下にある腱膜が硬くなって、 薬指、小指が曲がってしまう症状)を取り除く手術を、9月1日に高松の 形成外科病院で行い、6日間の入院のあと、地元新居浜に帰り大事を 取って更に6日間ケアーをした昨日、地元で懇意にしている病院で、抜糸 の処置をして貰った。17針の糸を一本一本抜く瞬間は、少し痛かった。 手術以来都合12日間包帯を巻いていた関係で、手の平を大きく動かす ことも無かった為か、包帯を取っても、何となく握る力に違和感がある。 糸を抜いた傷跡はまだ痛々しいが、早く握力回復のリハビリを行って、 今月末に予定しているゴルフコンペに間に合わせたい。 また、約2週間フィットネスクラブを休んでいたことから、体重も増え、 鈍った身体の鍛え直しもしなければならない。

『衆院選挙結果』  Sep. 12, 2005▲Top
 昨夜は、投票締め切りの午後8時以降、TVの開票速報に深夜まで成り行きを 見守った。郵政民営化法案は、構造改革を最大の目的に訴えてきた小泉総理の念願であり、 有権者も大きな期待を寄せてきた。残念ながら参議院の否決で法案は成立しなかったが、 小泉総理は即座に衆議院を解散をし国民の審判を問うことにした。 自民党の造反議員達は、小泉総理の本心を読み切れず、まさかの非公認宣告を受けて 大騒ぎだった。造反組の新党結成もバラバラだったり、新党への仲間入りせず 無所属で出た者も、刺客に対応する選挙演説では政策を訴えるより泣き言ばかりでは、 有権者の支持を得られなかった部分もあった。 政権交代を訴える民主党も、郵政民営化反対では、国民の期待する構造改革を拒否する 政党と言う事になり、開票結果は思いもよらぬ惨敗だった。 自民党造反議員に対する話題の落下傘候補は殆ど作戦成功し、小泉総理の巧みな 選挙戦略は、圧倒的な与党勝利に終わった。今後の国会では再度郵政民営化法案の再提出が 行われると思うが、これを突破口とする役人天国を解消する構造改革を、大胆に 実現して貰いたい。

『二百二十日』  Sep. 11, 2005▲Top
 今日は「二百二十日」。昔からこの時期に台風被害を受けたことが多いので二百十日と 共に台風の代名詞に使われることもある。 二百二十日は立春より数えて220日目となり、毎年9月11日ごろになる。 二百十日とみると、台風は二百十日から9月下旬にかけて襲来することが多く、実際は 二百十日よりも二百二十日の台風を警戒する傾向がある。過去の台風では室戸台風や 伊勢湾台風などの記録が残っている。 稲の取り入れ前のこの時期に台風が来ると、作物の収穫に影響がでるために、農家では 昔から注意すべき日として暦に記されて来た。八朔や二百十日とともに三大厄日として 恐れられてきた日だ。しかし近年人間の力を過信し、台風などの自然災害の恐ろしさを 忘れがちな今日、暦に記して戒めとしてきた昔の人の智恵を見直す必要がある。

『水洗トイレ』  Sep. 10, 2005▲Top
 9月10日は全国下水道促進デーとなっている。日本の下水道整備状況は 欧米に比べると遅れており、総人口に於ける普及率は50%程度だという。 それでも、下水道の未整備地域は浄化槽式ではあっても、トイレの水洗化は 相当進んでいる。実は水洗トイレの歴史は、なんと紀元前3800年ころに すでに存在していたというから驚く。クレタ島のミノス王の宮殿にはトイレ の下に溝があり、そこを水が流れていた形跡が発見されている。また古代 ローマでも家々の中から下水道に通じる大理石のトイレが設けられていた。 現代のような水洗便器は1775年にイギリスで特許権が認められたのが始まりと されている。東南アジアなど旅行すると、日本の田舎に多い汲み取り式でなく 水洗式トイレが多い。果たして完全な下水道があるのかどうか不明だが、 明らかにトイレには、シャワーの設備か、バケツに水が用意されている。 そして、我々に取って困るのはトイレットペーパーは存在していない。 万一紙でふき取っても、流すことは出来ないので、屑篭に入れるしかない。 今もって、彼の地を旅行中は、ホテル以外での用便は遠慮している。

『救急の日』  Sep. 9, 2005▲Top
ambulance.jpg  9月9日を救急医療関係者の意識高揚を図ることを目的に、昭和57年に救急の日 と定められた。以来、毎年9月9日を「救急の日」とし、この日を含む1週間を 「救急医療週間」として、全国各地において応急手当等の講習会を中心とした 救急に関する様々な行事が実施されている。 突然の事故や病気などのとき、救急隊が現場に到着するまでの間に、救急現場に 居合わせた人が、迅速な119番通報や、適切な応急手当を実施することに より、傷病者の救命効果が確実に向上する。また、傷病者の救命のためには、救急 現場に居合せた人による応急手当、救急隊員の応急処置と搬送、医療機関での 処置の連携がスムーズに行われることが不可欠である。1年前、図らずも自らが、 119番通報をして、救急車の世話になった。通報から5分後には救急隊が駆けつけ 要領よく病状を聞き取り、搬送先の病院到着時には適切に医師に伝えていた。 連携した病院側も素早い処置に入ったが、これこそ救急関係者の訓練された姿と 感じ取れた。

『台風一過』  Sep. 8, 2005▲Top
 アメリカ南部を襲って大被害を与えた、カトリーナ以上と言われた台風14号も、九州の 西端を通り日本海へ抜けた。上陸付近の九州南部では、暴風だけでなく、降り始めからの 総雨量は最大1500mmにも達すると言う豪雨で、各地に大きな土砂崩れを起こし死者も出た。 台風接近直前には、貯水量0と言われていた早明浦ダムが一気に満水となったのも、如何に 雨量が多かったかが分かる。まだ、完全に台風が治まった訳ではないので、総合的な被害 状況は集計出来ないが、これまでの報道では、死者18名、行方不明者8名と発表されている。 台風には慣れている日本は、この程度の被害で済んだが、アメリカのカトリーナでは、未だに 被害者の全容が掴めていない。被害の一番酷いルイジアナ州だけで、避難した人が100万人 とか、死者は1万人を超えるとも言われているが、実態はまだ294人が死者として確認された だけである。イラク戦争では多くの戦費を使っているが、こんな大きな被害も予想できる治水 対策に出費を惜しんだ結果が出たのだろう。今後の対応には大統領の首も掛かってくる。 昨年大きな被害を出した新居浜市は、今回、早めの対応で市の水防対策本部を設け、ネット やCATVによる速報も怠らぬ行政の働きで、被害は最小限度に抑えることが出来たようだ。

『手術』  Sep. 7, 2005▲Top
shujutu.jpg  9月1日、思い立って高松市の形成外科医を訪れ、半年程前から出来ていた掌の平の こぶ状のシコリによって薬指が伸びなくなって居たのを診断してもらった。病名は デュプイトラン拘縮といい、掌の平の皮下にある腱膜が硬くなって、薬指、小指が 曲がってしまうもので、中年過ぎに多い症状とのこと。ワザワザ行ったので、急遽 手術することになり、局部麻酔を掛けて1時間ほどの手術を受けた。 すぐ帰れると思っていたが、1週間の入院が必要との事で、予定に無い入院を余儀なく された。これまで無断でホームページ更新をサボったことが無いので、訪問者の反応 を気にしていた。一週間ぶりにパソコンを覗いてみたら、案の定、友人から病気では 無いかとのメールが入っていた。毎日訪問してサイトを見てくれる友人はありがたい ものだ。写真は少し生々しいが手術後6日目の状態である。 切開は、手相の筋に沿って5箇所に切り目を入れて、中の組織を取り出した。腱に 沿って一文字に切れば、1本の切開でいいと思うが、手相を変えないため?いや、 これが手術の常道らしい。縫合は17針も縫っていた。完治にはあと1週間程掛かる ようだ。指の機能回復には屈伸のリハビリが大切と言われた。

『防災の日』  Sep. 1, 2005▲Top
kanitoile.jpg  今から82年前、1923年9月1日午前11時58分、関東大震災が発生した。このときの死者 9万1802人、行方不明4万2257人、倒壊や焼失した家屋13万軒余りの大きな被害をもたらした。 後に政府は9月1日を防災の日と定め、今日を中心とした「防災週間」には、全国各地で 防災訓練や、防災施設の点検などが行われるようになった。今の都市生活で震災のとき 一番困るのが、断水になったり、下水管が壊れて、水が使えなくなると、水洗化が進んだ 日本のトイレはたちまち使えなくなることだ。最近、ダンボール型洋式簡易トイレと言う のを見つけた。この商品は、水が容易に得られない地震や断水等の災害時に最適で、高性能 の吸収シートが尿や糞を瞬時に吸収、そのまま可燃物ゴミとして簡単に処理できる。 そのほか非常持ち出しとして、水、食料品、懐中電灯、救急セット、タオル、ヘルメット 等をリュックサックに詰めて常時準備しておくことが大切である。

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