『車の手入れ』  Mar. 31, 2005▲Top
 最近、毎日のようには車に乗らないので、車の洗車はあまり熱心な方ではない。偶に 100円コインの自動洗車機で洗う程度。 車の色によって汚れの目立つのと、目立たないのとがあり、黒など濃い目の色は、極端に 汚れが目立つので、度々洗車が必要になる。私の車は灰色系のせいか汚れは目立たない。 冬場の露天駐車は、霜や露が降りるので、埃がへばり付いて汚れが付きやすい。 また露天駐車は鳥などの糞公害も受けやすく、放っておくと、汚れがこびり付き、時に さびの原因にもなる。オイル交換はディーゼルエンジン長持ちの秘訣でもあるので、 4000キロ毎真面目に交換している。タイヤは高速走行時の命にも影響するので、 3万キロで交換している。昔のタイヤはよくパンクしたが、最近のタイヤは、殆どパンク の経験が無いほど少なくなっている。中古車を買ったものなので、少々の傷はあったし、 その後の細かい傷は殆ど気にしたことはない。今の車も、もう17万キロ走ったから、 充分元を取った。そろそろ買い換え時かも、6月の車検が決心の時期だ。

『ケーブル』  Mar. 30, 2005▲Top
 我が家のインターネット接続は、CATVケーブルによる1.5Mbpsトライヤルの契約 である。契約当初は何の問題もなかったのが、昨年暮れ頃から時々接続ができなくなる ことが多くなり、その都度技術の担当者にきて貰い、屋内の配線改善やモデムの交換等 して対応してきた。その時はそれなりに接続ができるようになるのだが、しばらくすると また、接続不良になる。今回は、どうしても接続が回復せず、最後の手段として、契約 上は、最高スピード品質の10Mbpsの接続を試してみた。一応これで接続は回復したが、 接続のスピードは、実測3Mbpsにも至っていない。以前1.5Mbpsの契約でも数年前までは、 実測3.0Mbps以上のスピードが出ていたのに、なぜなのだろう。ケーブル会社でもこれ 以上のことは出来ないと言う。現在ファーストの接続をしているけど、他の方法では 接続が保障できないので、この状態での料金は最低品質の金額しか請求できないはず である。

『選抜高校野球』  Mar. 29, 2005▲Top
 第77回選抜高校野球大会が始まった。プロ野球の贔屓チームとは違って、やっぱり地域の 代表高校を応援するのが自然である。今年は愛媛県から新田高校と西条高校が出ていたので、 応援にも力が入るところだった。しかし新田高校は早々と敗退してしまったので、後は西条高校 に絞って応援だ。28日の緒戦は接戦ながら西条高校が取りあえず勝ち進んだ。試合観戦の最中、 相手高校の埼玉代表は、以前自分達が25年も住んでいた地域でもあるので、埼玉側を応援する 家内とは少し対立した。しかし勝ち残った以上今後は愛媛代表を応援することになる。野球観戦 と言っても、無論テレビにかじりついての事だが、亡くなった父はホントに野球が好きで、 テレビも無かった時代、仕事を休んでは、夜行日帰りで甲子園まで出掛けて応援していた。 私も高校時代、春休みを利用して何度か父に付き合わされたが、そのころの鉄道は座席も 悪くて、充分寝ることも出来ず大変疲れたことだけはよく覚えている。

『睡眠時間』  Mar. 28, 2005▲Top
 最近、夜寝る時間が段々遅くなり、気がつくと午前1時を回っていて、慌てて寝床に 入ることが多い。なぜ慌てるかというと、夜寝る時間がどんなに遅くても、朝は5時半に 目覚めてしまい、それ以降は起きる事になってしまうので、健康を考えて、睡眠不足に ならぬようにと思うからである。ただ、家にいる限りは、昼食後最低40分は昼寝をする ことにしているので、夜の睡眠時間は4〜5時間寝られれば、1日の総睡眠時間は何とか 辻褄はあうのである。会社に勤務していた頃は、椅子に浅く座り頭を背もたれに載せて 寝たり、ソファーに横になって寝ていた。偶に外に出掛けていて昼食を外で食べるときは、 昼寝の場所が取れず、我慢しても眠くなる時間帯が出来てしまう。そのまま会議や講演等 あると辛いことになる。眠たいと言う現象は自然現象なので、我慢は出来ない。出来るだけ 周りに悟られぬよう、また、鼾などで周りに迷惑を掛けないよう気遣って寝るしかない。

『飛距離』  Mar. 27, 2005▲Top
 この数年の間に、ドライバーショットの飛距離が信じられないくらい落ちてきた。ゴルフを 始めた20代の頃は、今のような性能の良いクラブもない時代だったが、良く飛んでいた。 その後、いろいろな製造技術が発達して、カーボンシャフトやチタン合金など、軽くて強い 素材が使われるようになり、非力な女性にも良く飛ぶ道具が氾濫してきた。私自身で言うと、 60歳の頃でも、チタンヘッドとカーボンシャフトのクラブを使って、キャリーで250ヤード 以上は確実に飛んでいた。しかし、65歳を過ぎるころから、少しずつ飛距離が落ち始め、 70歳の声を聞く頃には、いつの間にかキャリーで200ヤード程度の飛距離になっていた。 当然ティーマークもゴールドになり、女子の赤マークと余り変わらない位置まで前進して打てる 訳だが、そこから打っても、10年程前まで、後ろの青マークから打って飛んでいた所までも、 届かないと言う悲哀を感じている。体力の衰えだけではない何かの作用が働いて居るに違いない のだが、理由が分からず、飛ばすというゴルフの醍醐味を失った。

『サッカー』  Mar. 26, 2005▲Top
 アウエーでのイラン戦は、苦戦を覚悟していた。昼間の北朝鮮対バーレーン戦では アウエーの不利を克服して、バーレーンが勝ち点4を取っているだけに、日本としては 何としてもイランには勝ちたいプレッシャーもあった。 試合は絶えず身体を寄せてきて、日本選手の袖を引いたり、わざと前に転んでファール を取りに来るイラン選手の、巧みな試合運びに惑わされ、日本選手の攻撃はちぐはぐしていた。 イラン側の先制ゴールで、苦しい試合展開のなか、福西のゴールで同点に返したときは、 うまくいけばと感じていた。しかし再度不意をつかれた相手ゴールで得点を許した後、 日本側にも息を飲むシーンは何度かあったが、やはりアウエーでの日本側サポーターの 応援は、ついに選手には届かず2−1で負けてしまった。 この結果バーレーン、イランの勝ち点が互いに4で、日本は3位となった。勢いに乗った バーレンと30日の他、残り試合にはまだ勝ち点0の北朝鮮が、死に物狂いで、向かって 来ると思われるので、日本は苦しい立場に追い込まれてきた。

『ウォシュレット』  Mar. 25, 2005▲Top
 現在のマンションを購入するとき、トイレの便座は、全く仕掛けのない普通の便座だった。 以前住んでいた家でも、まだウォシュレットの設備にはして居なかったが、きっかけがあれば 改造したいと考えていたので、購入決定にはウォシュレットに交換することを条件にした。 爾来約20年経ち、最近便座にヒビが入り、そのままでは座ったときお尻が割れ目に挟まれるので、 布を張って、何とか耐えている。今日ホームセンターへ行って、交換用ウォシュレット便座を 探してみたら、1万9千円から最高13万円まで随分幅のあることが分かった。価格の差は メーカーのブランド名と、ワイヤレスコントローラー等、高級仕様の差であるが、実質的には 一番安いものでも実用上問題はなさそうと思われた。実際工事では、唯一水回りの接続に不安は あるが、解説では誰にも出来ると書かれていたので、取り替え工事は素人でも出来る様だ。 今週中に、自分で取り替え工事にチャレンジしてみることにした。

『ストレス』  Mar. 24, 2005▲Top
 ストレスとは、もともと物理学用語として使われていた言葉を、カナダの生理学者である ハンス・セリエ博士が1936年にイギリスの雑誌「ネイチャー」誌に「ストレス学説」を発表 したことから、この言葉が使われ始めたとされている。ストレスとは 、物体に圧力がかかって、 歪みを起こした状態 のことをいう。このような事から、人の生活の中でも、内部、外部の要因 にかかわらず、色々な圧力が掛かった時に、人の心や肉体に変化が起きるが、その変化を ストレスと定義した言葉である。ストレスが生物の生態に大きな影響を与える事は、マウスの 実験で証明され、ストレスが起こす問題の解明に利用された。私も実際に4年ほど前、 ある事で、心に大きな動揺を受け、そのストレスから食欲を無くし、生きる意欲まで深く影響 したことがあった。それは僅か数日のことで解決はしたのだが、その数日の間に体重が4kg程 減少したのだ。それまで、ダイエットに何年努力してもなかなか実現できなかった目標体重に 僅か数日で落ちたのだが、ストレスが解消した途端に、すぐ元の体重に戻ってしまった。 このときほど、精神的ストレスの身体に与える影響を感じたことはなかった。 もしそのストレスが長引けば、命まで縮めた可能性が有っただろう。

『文旦』  Mar. 23, 2005▲Top
buntan.jpg  毎年の事ながら、この時期になると、大好きな高知の文旦が店頭に出てくる。大きくて 皮が厚く、むくのに苦労するが、中の身は食べ易く味はあっさりとして美味い。実は大きい ので1日1個食べるのが精一杯である。そして食べ終わると、皮の部分を水に漬けてとって おいて、2〜3個分溜まると、砂糖で煮付けてマーマレードにする。時には硬めに煮付けて、 砂糖菓子ふうにして食べることもある。文旦の皮で作ったマーマレードは、口に 入れたとき、少しピリリとする苦みが、何とも言えない刺激的な味で好きである。 朝食で食べるトーストに載せて、2つに折って挟んで食べるのが、気に入った食べ方だ。 この時期、このマーマレードが無いと寂しいので、文旦を切らさぬよう買い置きし、 食べる毎に皮を煮て作り、瓶に詰めて保存するようにしている。

『ゴルフクラブ』  Mar. 22, 2005▲Top
3iron.jpg  日曜日に行われた滝の宮ゴルフ場での月例コンペで、別子コース4番ホールの第1打は 少し当たりが悪くて、コース200ヤード地点右側のラフに止まっていた。ボールのライは 悪くはなかったが、やや球は沈んでいた。グリーン迄の距離は約180ヤードと判断して、 3番アイアンを持ち、グリーン手前右側のバンカーを避けて、やや左を狙ってショットした。 打った瞬間、クラブヘッドはボールにクリーンに当たったはずなのに、冴えない音がした。 頭を上げて打った方向を見ると、ボールが飛んで行くのと、他にも変な物体が10m程先に 落ちるのが見えた。同時に振り終わったクラブのシャフトから先が急に軽くなった。 クラブシャフトと、ヘッドのつなぎ目から先が折れて飛んだものと分かったが、打ったボール はグリーン左のエプロン近くに飛んでおり、狙った通りのショットではあった。 しかしこの瞬間、3番アイアンはヘッドから見事に折れて使い物にならなくなった。折れた 部分を観察するとスチールシャフトの金属疲労と見られた。保険には入っているので、 キャディの証明を貰い、折れたクラブの写真も撮って、早速修理に出すことにした。

『CATVケーブル』  Mar. 21, 2005▲Top
 最近、CATVケーブル接続の調子が悪い。昨日も夜中から朝方まで全くネット接続が 出来ない状態となり、メールは読めない、ホームページの更新が出来ない状態だった。 大抵は、早朝には起きてホームページの更新をし、今日の一言を書き終えてUPすること から1日が始まるのに、昨日はどうしても繋がらないままだった。しかも朝1番スタート の月例ゴルフが控えて居たので、ついに更新も出来ないまま、家を出るしかなかった。 幸い早いスタートなので、1時頃のプレー終了後、急いで帰り接続状態を見たら、回復して いたので、すぐ更新をして一息ついた。昨年までは比較的安定していたライン接続が、今年に 入ってから、頻繁に接続不良になる。その都度CATVの担当者に来て貰って、モデムを 変えてみたり、屋内配線のケーブルを引き直し、分岐や中継ポイントの改善をいろいろ やっているが、改善の効果は得られていない。しかし全く接続出来ないのではなく、自然に 直るので、仕方なく放置している。今後も更新が遅れたら、ライン不調と見て欲しい。

『日本の外交』  Mar. 20, 2005▲Top
 最近、日本の外交問題に疑問が多い。何故か日本のマスコミは外国側についた解説が多く、 いかにも日本が駄目な様に煽る傾向が感じられて、余計憂鬱になってしまう。日本の総理大臣 が靖国神社に詣でることが、何故これほど中国や韓国から非難を受けなければならないのか。 対馬・竹島問題での韓国の過剰な反応。尖閣列島に対する中国の領土主張問題。無論北方四島も ロシアと揉めたままだ。BSE牛肉問題では、米国のライス長官が強硬な姿勢を打ち出して きている。日本人にとって、危険な牛肉を排除するのは、当然の権利だし、敢えて売り込むなら 日本側が納得する全頭検査をすれば良いだけのことなのだ。国際社会では、どちらを向いても 日本は孤立しているような錯覚を受けるが、どの問題も内政干渉以外の何者でもない。日本政府 も弱腰だが、日本のマスコミの論調までが敵側に回ったのでは、国民は自信をなくしてしまう。 少しは北朝鮮の様な、他国の言い分に動じない腰の据わった外交姿勢が取れないものだろうか。 やっぱり、国を守る軍隊の居ない国の宿命、とあきらめなければならないのか。情けない。

『同級生の葬儀』  Mar. 19, 2005▲Top
 朝、新聞を見ていて、見覚えのある名前を見つけて読み直した。それはお悔やみ情報だった。 その名前は、高校時代の同級生で、数年前から入退院を繰り返し、最近は車いす生活と 聞いていた。少し前まで、同じ同級生と事業を共にして、社長、副社長の間柄だったが、 社長の方が先に亡くなり、後を追うように副社長の彼も体調を崩していた。しかし今年も例年 の様に年賀状を貰っていたので、まだまだ元気と思っていたが、ついに力尽きたのだろう。 朝刊を読み終わって一服していた7時半ころ電話が鳴り、同級生の女性からも、知らせが有った。 こちらもいま新聞で知ったところだと応えると、午後2時からの葬儀場所と、告別式に行くよう 要請があった。午後1時45分頃、葬儀の会場に着いたが、集まった同級生は2名だけだった。 連絡をしてきた女性も来ていない。皆70歳過ぎた今、既に多くの同級生が昇天してはいるが、 まだ元気な者も大勢居るはずだ。連絡網も伝わっているにも関わらずこの調子だと、自分の番 には果たして何名来てくれるのか気になった。

『厄除け祈願』  Mar. 18, 2005▲Top
goshoji.jpg  今年42歳、本厄の息子の厄除け祈願に、香川県宇多津町の郷照寺へお参りした。 郷照寺は四国八十八カ所お遍路では第78番札所でもあり、多くのお遍路さんが訪れていた。 また、厄除けの寺としても有名で、毎年お正月には厄除け祈願の人たちが全国から参拝に 訪れて賑わっている。私も61歳の厄除け祈願に来たことがあり、無事に厄年の1年を過ごす 事が出来た。これまで色々な厄に悩まされてきた息子も、四国へ来た目的でもある厄除け 祈願に郷照寺を選んだもの。受付で申込書に住所氏名、生年月日等所定の項目を記入し、 料金を払い付き添いの家族と共に本殿で待つことしばし。 法衣をを付けたお坊さんが来場すると、仏前で護摩を焚き厄払いのお経を上げ、最後に両肩に 交互に手を載せてポンと叩いて終わる。お祓いの最終段階で、肩をポンと叩かれた瞬間ふっと 何かが身体から抜けていったと、身震いしながら息子がポツリ。 きっと疫病神が取れたのだろうと話し合った。同じく数日前から肩凝りを訴えていた家内も お祓いのあと、いつの間にか肩凝りが治ったと言っていた。

『大型犬』  Mar. 17, 2005▲Top
sara.jpg  昨夜から、静岡の息子夫婦が久しぶりの里帰りをしている。しかも大型の犬を連れて。 犬の種類はゴールデンレトリバー名前はサラ。飼い始めた頃は、毛がモコモコと小さくて 可愛くて、家の中で飼っていても邪魔にならなかったが、あれからもう5年、体長も育ち 1mを超える大きさは、わが家のマンションの中で、動き回ると狭くて窮屈だ。 日頃のしつけが良いのか、もともとこの系統の犬がそうなのか、全く声を出すことはない。 息づかい以外は、吠えることもなく静かでおとなしい性質なのだが、体が大きいので力はあり、 甘えて近づいてくると、持てあましてしまう事はある。日頃は家外の犬小屋で飼っているが、 夜は家の中で過ごさせているので、旅行中のわが家でも部屋の中に入れている。本来ペット類 の飼育を禁じているマンションなので、エレベータに乗せることは出来ず、人の気配の無い 時間帯を選び、階段を利用して散歩や排便の時に外に連れ出している。 日頃階段を利用していないだけに、7階の上り下りは我々にとって大変な運動になっている。

『歯科医師』  Mar. 16, 2005▲Top
 高校時代の同級生に歯科医師をしている男が居る。私がUターンしてこの街に帰って来て 以来歯の治療は、彼に任せている。昔から口が悪くて、治療しながらしゃべる言葉が乱暴なので 嫌がる患者と、逆に突っ込んで会話を楽しむ患者が居る。余所の歯科医院は大抵予約なしでは 治療を受けられない所が多い中で、ここは、いつでも予約なしですぐ見て貰える便利さがある。 早い話、患者が少なくて何時も空いているのだ。跡継ぎが居ないし、週に2回透析に通う病人 なので、彼一代で医院は閉鎖する覚悟と、これ以上繁盛する事までは望んでないらしい。 最近歯の治療に行ったら、面倒だからと、必要以上の事や、余り細かいことには拘らず、適当な 治療で済ませることが多くなった。抜いて欲しい歯があっても、面倒だから我慢しろとか、 作り直した義歯が、具合悪いと言ったら、3度作り直してくれた事もある。しかし治療費は 1度分しか取らないし、何処よりも安いのが最大の魅力で長く付き合っている。

『続・血圧計』  Mar. 15, 2005▲Top
 わが家にも自家用の血圧計がある。以前ゴルフの賞品で戴いたもので、携帯型で、単4電池 4本で駆動させるものである。先月から風邪様の症状で体調を崩し、2週間近く寝ている家内 が、どうも血圧が低くて起きられないと言うので、まずは血圧を確認しようと、仕舞ってあった 棚から引き出してきた。しばらく使っていなかったので、電池が弱っていると思い、新しい電池 に交換した。測定用の腕帯を巻き、圧縮空気を送り込むゴム風船を絞って使う古いタイプだ。 まず自分からと、腕帯を巻いて空気を送り込んだが、何故か空気が入って行かない。 どうやらしばらく(10年近く・・・?)使っていなかったので、ゴムホースの どこかで、空気漏れが起きているらしく、空気圧のメモリの上がり方が遅くて、最高血圧まで 上がる前に抜けていく様子。何度か試したが、結局測定することが出来なかった。賞品で貰った 頃は、身体も元気で、血圧を測定しても、無論問題なくいざというときに役立てばと、仕舞って あったが、肝心の時に役立たない血圧計に、思わず役立たず!!と恨み節。残念!。

『血圧計』  Mar. 14, 2005▲Top
 毎日のようにフィットネスクラブに行ってトレーニングをする毎に、個人カルテ に毎回のデータを記録している。カルテには日付、血圧、脈拍、体重、体脂肪率など の他トレーニングの種類と、運動時間などを記入している。その測定データに不思議な現象 がある。血圧は測定するたびに数値が大きく変わるのだ。トレーニングルームは2階に あるので、勢いよく階段を昇っていきなり血圧を計ると、155以上の値が出る、もう一度 計ると、147位に少し下がる。改めて再度計ると135と計るたびに数値が変わって、どれが 正しいのか、分からなくなる。従っていつも3度程計って、一番数値が低い値を記録して 居るが、これは自分を納得させる為だけなので、最初に出る高い値が気になっている。 激しいトレーニングが終わって、血圧を測ると、なんと110位まで下がっている。 もう一つ、体重を量る秤で体脂肪率が表示されるのだが、昨日は19.5%だったのが、 何故か今日は26.5%の数値が表示された。えーーー?、体重は昨日と殆ど変わり無いが 体脂肪率って、一晩でそんなに変わるもの? 血圧と言い、体脂肪率にしろ、普段気に している大事な数値なのに、こんなにいい加減な結果が出るとどう判断すれば良いのか 分からなくなる。

『寒波』  Mar. 13, 2005▲Top
 昨日あたりから西高東低の冬型気圧配置の天気予報通り、厳しい寒さを感じている。 寒い日本を離れて暖かい南国で過ごしてきた体には、こたえる寒さである。その間寒さに 耐えて一人で留守宅を守っていた家内は、寒さで調子を崩している為に、食事の為の買い物は 私が代行している。しかし料理までは出来ないので、そのまま食べられるようなものだけ 買い込んできている。暖かい南の島から帰国以来10日程過ぎたので、真っ黒に日焼け していた顔も大分元に戻ってきた。しかし体は暑さに馴染んで居るので、寒波はとても こたえるが、三寒四温の気候の変わり目から言えば、寒さもあと少しの辛抱だろう。

『録画コピー』  Mar. 12, 2005▲Top
 旅行中のデジタルビデオの編集を終えて、いざダビングという段階で、VHSテープへの録画 は失敗しても、やり直しは何度でも出来る。ただ困るのは、1台のデッキでダビングするので、 1時間のテープはそのまま1時間掛かってしまう点だ。一方DVDディスクに録画するとき失敗 すると、ディスクはお釈迦にしてしまう。今回コピーの最後の書込時に何故か不具合が起きて、 失敗したディスクが6枚も出た。馴れていないので、何かの設定の間違いなのかコピーに1時間 ぐらい掛かった後、必ず最後の所で、駄目になったのだ。今も失敗の原因は分かってないが、 いずれにせよ成功したもの4枚なのに、失敗が6枚と歩留まりが悪かった。 でも、一応頼まれていた作業は全て終わったので、一段落した。これまで送った先からは、 皆さんメールで確認してくれたが、全て旨く行ったようでホット胸を撫でおろしている。

『トイレ』  Mar. 11, 2005▲Top
 これまで、何度もインドネシアへ行ったが、トイレに関してどうしても不思議な 事がある。それは、男子の小便用便器の取り付け位置が、異常に高いのである。 最初に、ジャカルタ空港に着いたとき、我慢できずにすぐに近くのトイレを探して 飛び込んだ。小便用の便器形状は日本式と大して違わない形であるが、チャックを下ろし 便器の前に立ったとき、私の背丈では少し背伸びしないと便器に触れそうな高さなのだ。 インドネシア人が、特別足が長いのなら理解できるが、我々と余り違わないと思う。 私の身長は165センチなので、私より背の低い男は結構居るはずで、果たして彼らは どうしているのか気になるのである。実際私より背の低い子供達はどうするのだろうと 思ってしまう。多分そんな時は、大きい方の便器にまたがってすれば問題は無いのだろう。 あと、大便用のトイレに、紙を置いていない所も多い。代わりにバケツに水を入れ、 ひしゃくが付いている。終わってひしゃくで水をどのようにして掛けるのか、未だに 分からない。多分要領が悪いとズボンを濡らしてしまう事だろう。仕方ないのでホテル 以外では用を足したことがない。

『ミネラルウオーター』  Mar. 10, 2005▲Top
 日本では、水道水を飲むことに通常は問題ない。神経質な人や、 特別の地域では、市販のミネラルウオーターを購入して飲み水にするケースも あるが、それは平均的な家庭とは言えない。しかし、日本以外の世界各地では、 飲み水に水道水そのままは、危険で誰も保証しないのが常識的である。 今回のインドネシアでも、飲み水は必ず市販のミネラルウオーターを購入する 必要があった。ホテルでは、1日1本のミネラルはサービスで置かれているが 冷蔵庫のミネラルは、1本4000ルピアを払わなければならない。一般市民は 正直どうしているのか実態は分からないが、至る所で売られているアクアと 呼ばれるボトルの価格は、1000〜5000ルピア程度までまちまちである。 大体は外国人と見ると、高めに売りつけられる可能性が有るが、馴れてきて 交渉すれば1500ルピアぐらいなら何とか売って貰える。しかし考えてみれば 5000ルピア払っても、日本円で僅か60円程度の事だった。

『狭心症』  Mar. 9, 2005▲Top
 気を抜くと、起きるので、ニトロは肌身離さず持ち歩いているが、インドネシア旅行中も 一度症状が出かけたので、急いでニトロを口にくわえた。状況は朝早くからのゴルフは炎天の 元で、汗びっしょり、シャワーもしないまま近くの食堂に飛び込み、食事の前に喉を潤す ビールを頼んだ。バンドンの下町で冷えたビールを置いてあるのも珍しいが、ここでは冷えた ビールが出された。なみなみと注がれたグラスを、一気に喉に流し込んだ途端、激しい胸の 苦しさを感じた。急に冷えたビールを飲んだため、血管が収縮して、心臓の毛細管が詰まった のだろう。急いで財布からニトロを出して口にくわえて、しばらく様子を見た。2〜3分で 普通の状態に戻ったので、改めて残ったビールを飲んだが、後は平気だった。その後のお店 では、あのときほど冷えたビールが出てくることも無かったので、無事に帰国まで持ったの だろう。暑いときに冷たいビールの一気飲みは気を付けよう。

『日焼け』  Mar. 8, 2005▲Top
 元々地ぐろの私だから、何もしなくても冬が来ると、会う人ごとにもうスキー に行って来たのかとか、夏が来ると随分焼けましたね、と暗に泳ぎに行ってきた かと言わんばかりの言われ方だった。 そんな私が、赤道直下のインドネシアで、7日間も炎天下のゴルフ で過ごしてきたのだから、顔の日焼けも尋常じゃない。真っ黒だ。 一緒に行った仲間は、半袖シャツでゴルフをしたので、みんな腕が真っ赤 に焼け、中には火傷の様に水ぶくれになっている人もいた。私は日本の夏でも 長袖シャツを着る習慣なので、腕の日焼けは無かったが、顔だけはどうしよう もない。自分で鏡を見てあまりの黒さにびっくりした。もう帰国して一週間 経ったがまだ、色は褪めていない。若い頃は、色黒は、たくましい男の象徴の ように思っていたが、今は皮膚ガンの方が怖い。

『ビデオカメラ』  Mar. 7, 2005▲Top
videocamera.jpg  今回のゴルフツアーには、いつものデジカメと、ビデオカメラを持参して、 旅行中の本格的なビデオ記録を目指していた。持ち運びに便利なようにと、中古 ながら、SONYのビデオカメラを購入し、予備の電池も充分用意したつもりだった。 ところが、家を出るとき、肝心のビデオカメラをすっかり忘れてしまい、東京に 着いてから、家に置き忘れてきたことに気づいたが後の祭りだ。仕方なく 東京の弟のものを借りることで間に合わせた。カメラはVICTORの 最新式超小型で、メディアはハードディスク、電池も小型専用電池で充電が 間に合うのか心配だったが、低消費に設計されているのか充分撮影出来た。 メディアは内蔵式ハードディスク、撮影単位でファイル化されるので、その都度 無用の部分を編集してカットし、ウルトラファインで1時間は記録できた。 ポケットに入る超小型ビデオカメラは何処へでも大活躍で、素敵な記録ビデオが 完成し、参加者全員にコピーして差し上げることになった。

『洗濯』  Mar. 6, 2005▲Top
 7日間の海外旅行に際して、荷物を減らしたい思いと、万一洗濯が出来ない場合を 考えて、やはり着替えは余裕を持って行きたかった。結局下着類は6枚づつと、 シャツは長袖のシャツ4枚と、半袖シャツ4枚、Tシャツ3枚、靴下は10枚もって 出掛けた。靴下はゴルフの後、履き替えを考えると、毎日2枚以上必要と考えた。 実際に旅行中の洗濯は都合2回しかできなかったし、冷房の効いた部屋では乾燥が 遅くて、完全に乾くまで3日は掛かっていた。同室の相棒は風呂場一杯に干したため 自分の分は、仕方なくロッカーに干したが、なかなか乾かず湿っぽいまま着た。 ゴルフ場は連日の雨で、下がぬかるみズボンも一度は洗う羽目になった。 早く乾燥させるために、テレビを付けっぱなしにして、そのテレビの上に載せて 乾燥させたら、一晩で乾かすことが出来た。これは意外な名案で今後も使える方法だ。

『豪雨』  Mar. 5, 2005▲Top
 今年もインドネシアで7日間のゴルフツアーを催行したが、本来雨期のこの時期ながら毎日の プレーは、支障なく出来た。但し、毎日午後を過ぎると、雷を伴ったものすごい豪雨が降った。 降っている時間は、短ければ1時間程、長い時は夜中近くまで降っていたこともあるが、夜が 明ける頃には止んでいた。我々がプレーを開始する頃には、前日の雨が何処へ流れたかと 思うほど、大抵は水が捌けている。中には水捌けの悪いコースも有ったが、多少我慢すれば何とか プレー出来た。念のため雨傘を持って行ったが、日本の様に傘をさしてゴルフをすること等は出来ない。 恐らくカッパを着ても無理と思うほどの豪雨なのだ。 以前、バリ島の廣済堂バリハンダラゴルフ場でプレーした時に、雨に降られたときは、コースの 中に設けられた東屋に避難すると、クラブバスが迎えに来たが、瞬く間に、コース全体が水没して しまい、プレー続行は全く不可能だった。 幸い今年は、一度も中断することなく予定の6回のプレーが出来たのは、日頃の心がけが良かったのか。

『帰国』  Mar. 4, 2005▲Top
 2月21日から出掛けていたインドネシアツアーから、無事帰国することが出来た。 成田に帰着後、2日間、所沢の娘の所で孫達に再会し体を休め、また在京の弟とも会い 久しぶりに六本木の夜も徘徊してきた。真夏のインドネシアから、朝晩零下の寒さの東京は 暑さに馴染んだ体に、少しこたえた。旅行中6回のゴルフでは、顔も真っ黒に日焼けし、 インド人もびっくりという所だ。帰国後、娘と会ったとき、顔の痣はどうしたのかと聞かれ、 改めて鏡を見て驚いた。どうやら最終日のジャカルタのレストランで、透明なガラスドア に気づかず、思いっきり顔からぶつかった時、眼鏡が顔に当たり、目の周辺が黒く隈に なっていた。良く観察すると、二重瞼の重なって居る所が浅黒く内出血していた。 帰国準備で忙しく、痛さを感じながらも手当もせずばたばたしていたので、内出血は続いて いた様だ。最初は殴られたボクサーの様だったが、既に4日程経っているので、今はもう 目立たなくなった。

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