『出発の日』  Feb. 20, 2005▲Top
nimotu.jpg  7泊9日間のインドネシアゴルフツアー出発の日が来た。集合場所の成田空港からは 21日朝の出発なのだが、関東地域の友人たちと合流の為一足早く家を出る訳だ。 今夜東京の弟の家に一泊して、明日朝、日暮里から京成電車で成田へ向かう予定だ。 弟は数日前にバンコックへ海外出張していて、丁度帰って来る日でもあるので、久しぶり兄弟で 酒が飲めることと、バンコックの話も聞ける楽しみがある。また、私の帰国後は、もう一人の 弟と一緒に食事をする予定もあり、今回の旅行は行き帰りにも楽しみが一杯である。 インドネシアと言えば、先月の大地震と津波災害と昨日も地震があったばかりだが、今回の 旅行中は平穏無事で有ることを祈っている。

『ゴルフ道具』  Feb. 19, 2005▲Top
bolmark.jpg  明日からインドネシアへ出掛ける荷物の準備で、一番大事なものはゴルフ道具だ。 今回も8日間滞在の内、最低6回のゴルフを予定している。雨季の最中なので、場合に よっては雨で中止も有るかも知れないが、念のため雨具は用意した。 但し過去の体験では、一度雨が降り出したら、日本の雨と違って、瞬く間にグリーンも フェアウエーも水浸しになるような降り方で、カッパや傘など全く役に立たない事が多い。 それでも、降っている時間は短いので、少し雨宿り出来れば、何とかプレーを続ける事は出来る。 コースのフェアウエーには、池や川等ハザードも多く、近隣の現地人があらかじめ川の中で 水着を付けて待ちかまえて居て、ボールは取られてしまう。返して貰うには金を払わないと 駄目なのだ。自分のボールを買い取るのは悔しいので、余裕を持って多めに持参する必要がある。 キャディへのおみやげに喜ばれるのが、ボールマークだ。日本のゴルフ場では無料で色々な 色のボールマークを置いてあるので、日頃から集めておいて、分けて上げるととても喜ばれる。 今回も一握りほど準備した。

『空港宅配便』  Feb. 18, 2005▲Top
 最近は定番になってきた宅配便だが、海外に出掛けるときなど、空港まで大きな荷物を持たずに 、手ぶらで行かせてくれるのは有りがたい。今ではゴルフに行く時でもゴルフバックを 提げて電車に乗るなんてダサイと言われるこの頃である。昔は通勤電車で揺られて会社にいくとき、 ゴルフバックを持って乗ってくる連中を、うらやましく思った時代もあった。人が働いている時に ゴルフが出来るなんて・・・と思ったものだが、今ならバックを担ぎ、電車に乗ってゴルフなんて 貧乏人がと、笑われるのがオチである。格好良くバッグは宅配便で送るのが定番である。 海外に出掛けるのでも、空港まで大型のスーツケースを持って、電車に乗り込んでくると、宅配便代 までケチって出掛けるのかと、陰で笑われているのかも。 実際のところ、空港宅配便に荷物を頼むと、出発ロビーの階で受け取り、航空カウンターまで キャリアーに載せて行けば済むので誠に簡単である。往復便で頼んでおけば、帰りも到着ロビーで 荷物を預ければ、後は手ぶらで家まで帰れるのだ。明日は家まで集配に来てくれるはずである。

『部屋の片づけ』  Feb. 17, 2005▲Top
 マンション生活は、一軒家の生活に比べて、防犯システムや庭周りの手入れ不要など、 安全と手間いらずで快適である。しかし、一方では間取りの設計に無駄がない分、物を仕舞う 押入や物置が少なく、長年住んでいて家財が増えてくると、片づける場所に困ってくる。 わが家も、以前は息子が一緒に住んでいた時代があり、独立して出て行くときに残していった 物は、我々には不要品となり、片づける場所が無く部屋の中で無駄なスペースを取っている。 そしてその後増えた家財道具と相まって、少なくとも一部屋は完全な物置部屋になっている。 来月、その息子夫婦が、泊まりがけで帰って来ると連絡が有ったが、二人が寝られる部屋を確保 するためには、相当思い切った不要品の処分が必要になってきた。普段は殆ど使うことも無く、 処分して良いはずの物なのに、いざとなると、どれも捨てられなくて片づかず、困っている。

『インターネット接続』  Feb. 16, 2005▲Top
 先日来、CATV回線によるインターネット接続の不調が続いている。外線の引き込み 部分に由来するノイズや減衰が原因ではないかと考えて、ケーブルの引き直し作業をしたり、 中継部分にブースターを入れて、信号レベルの増幅を試みたりして、その時は接続成功 かと思われたが、いずれも結果は失敗で、しばらく運用していると接続が不調になっている。 これまでの対策として、配管部分の許容限界までケーブルを太くしたし、コネクター部分 からのノイズを抑える対策もした。モデムも、既に何台か取り替えた。信号の減衰を 補う為のブースターもいろいろ取り替えてみた。しかし、いずれも完全ではなかったようで、 昨日昼まで安定していた接続が、何故か昨日も夕方から不通となった。 他に対策方法が考えられないので、念のためもう一台用意しておいたスペアーのモデムと 取り替えてみたら、今は正常に接続出来ている。いつになったら、安定した接続が出来るのか。 マンションの様な、配線が複雑な集合住宅は業者泣かせのようだ。

『スーツケース』  Feb. 15, 2005▲Top
 海外旅行へ行くときは、着替え用のスーツケースは必須だ。ケースにはハードタイプ とソフトタイプがあり、それぞれ長所短所が有る。寿命を考えると、ハードタイプが お薦めである。サイズは旅行の目的によって異なってくるが、私の場合大中小の3種類 を使い分けている。ビジネスだけの時は、荷物は極力少なくして機動性を主に考えて アタッシュケースだけで1週間程度の滞在に対応した事がある。基本的には毎日洗濯を するなら、下着とシャツ、靴下をそれぞれ2枚づつあれば充分間に合う。洗濯が間に 合わない時は、ホテルのランドリーサービスを頼めば、翌朝までに間に合わせてくれる。 ゴルフ等、遊び目的で出掛けるときは、普段着とゴルフウエアーと、一応正装に近い服を TPOで着替えるため、意外に持ち物が増えてしまう。従って大型のスーツケースが 必要となる。またスーツケースに余裕があると、つい余分なものまで持って行ってしまい 、実は旅行中一度も袖を通さない無駄なシャツも出てくる事になる。でもやはり万一という 事があるので、結果が無駄になっても、着るものに余裕が有る方が安心して旅行が出来る。

『米粉パン』  Feb. 14, 2005▲Top
 最近、週に1回、隣の西条市のJAに野菜の買出しに出かけているが、そこで見つけた米粉で焼いた フランスパンに凝っている。このパン、焼きたての香りがたまらない。パンをちぎって食べようとすると、 粘っこくてなかなか千切れない。パンの外側はパリッとしているが、口に入れたときのもっちり、 しっとり感が、なんともいえない食感なのだ。日本人は欧米人に比べ水分量の多い食べ物を食べてきたが、 米粉パンは小麦パンに比べ水分含量が高いのも日本人好み。水分含量の違いはパンの固形物含量の違いを 意味する。小麦粉パンは65〜62%に対して、米粉パンは58〜55%となり、同じ重量のパンの場合、米粉パン は小麦粉パンに比べ低カロリーなのだ。 10年以上も前から全国各地のパン屋、大手ベーカリー、食品メーカーが開発・研究してきたが、 原料である米粉の製造技術、パンを膨らますグルテンの割合・配合などが非常に難しく、商品の 完成には時間が掛かったと言う。米粉パンは日本で生まれた「日本のパン」なのだ。

『インドネシア旅行』  Feb. 13, 2005▲Top
 毎年恒例のインドネシアゴルフツアーが一週間後に近づいてきた。ぼつぼつ出発に合わせて スーツケースに詰める荷物の準備をはじめている。同行のH氏からは、下着の着替えは2〜3枚 で、こまめに洗濯すれば充分間に合うと言われているが、私の場合これまで、一週間の滞在中 万一洗濯出来ない場合を考えて、7日分の着替えを持って行った。しかし、結局は毎日風呂に 入りながら洗濯したので、H氏の言うとおり、旅行が終わって帰って来たら、一度も袖を通さ 無かったシャツが半分以上あった。また着るものは、現地で買い物をする楽しみも有るので、 余り持って行く必要は無いようだ。ひげ剃りや、カメラの充電器などは、日本と電源電圧が 違うので、変圧用のコンセントを忘れないようにしなければならない。 スーツケースは、余裕のある大きめが良い。初回の時は、持参する荷物にぴったりのサイズを 持って行ったが、おみやげを入れる所が無くて苦労した。友人達を見ると行くとき中は ガラガラながら、帰るときはびっしりとおみやげを詰めていたので感心した事がある。 今回は、私も余裕のある大きめのスーツケースを持って行くことにした。

『バレンタインデー』  Feb. 12, 2005▲Top
chocolate.jpg  間もなくバレンタインデーが来る。デパートやコンビニの店頭には贈物用のチョコレート が山と積まれて、女性達が思い思いにチョコレートを大量に買い込んでいる。 見ていると、明らかに本命用と思われる豪華なチョコレートに、派手なリボンをかけたものと、 義理チョコと言われるものと組合せで買っている。多分本命を隠すために、それとなく周りの 人たちにもばらまき、カモフラージュする作戦か。 バレンタインデーの始まりは、14世紀頃からとされているが、目当ての恋人にチョコレート を贈る様になったのは、第1次世界大戦後のアメリカからと言われている。 日本では昭和50年代から本格的に広まった。 昭和50年代初めの日本は、バブル時代と言われた頃で、デパートの売上げ作戦で、大量の義理 チョコをばらまく風習を作り上げたものだ。現在バレンタインデーに売れるチョコレートの 総売上げは600億円とも言われ、成人女性一人あたり平均1000円は使っている事になり、 そこから推定すると、一人の女性から男性3〜4人が義理チョコを貰っている勘定になる。 義理チョコを貰った男性は、 3月14日のホワイトデーにキャンデーを贈る事をお忘れなく。 無論本命と目されたお方は、それなりの愛情でお返しをどうぞ。

『ケーブル』  Feb. 11, 2005▲Top
 私のインターネットへの接続環境は、現在CATVのケーブルを利用している。 これまでの所、特に大きな問題は無く運用できていたが、最近ときどき接続が出来ない 時があり、CATVに来て調べて貰った。調査結果、信号レベルの加減で旨く接続 出来ないことも有ることが分かり、ブースターを装着して、解決出来たと思っていた。 そもそも、通信信号に問題が起きるのは、マンションなどの集合住宅等で、建設当時に 電話線以外の通信ケーブルの事は、考えられて居なかった事から、配管の容量が貧弱な 為、CATVの太いケーブルを引くのに苦労すること、中継ポイントが多くて、ノイズの 影響を受けやすいこと等が、障害になっているらしい。昨日、思い切って引き込み線の ラインを大容量タイプに張り替えて貰い、再調整した結果、部屋の受信レベルが大幅に 改善され、全て解決した。 工事の為しばらく接続が出来なかったので、今朝まで更新作業が遅れてしまった。

『サッカー』  Feb. 10, 2005▲Top
 異常なまでの厳戒態勢で行われた、日朝サッカー戦は、苦しい戦いだったが、日本の勝利 に終わった。日本の得点は、試合開始4分過ぎ頃、FKを得た小笠原のシュートが 見事なカーブを描いて、左ゴールに吸い込まれ、幸先の良い初ゴールで、今日の試合は楽勝 かと思わせた。しかし、この失点に、めげない北朝鮮は、しばしば日本ゴールを襲い、終始 日本は押され気味の試合展開だった。後半戦中頃、北朝鮮が左サイドの攻撃から出た球を鋭い 蹴りで、日本ゴールを落とし、同点に追いつかれた。試合は同点のまま、ロスタイムに入り 終了直前、大黒のシュートが見事にゴールし、試合終了となった。結局日本は試合開始直後 と、試合終了直前の2ゴールで、間の80分間は、ハラハラどきどきのスリルを楽しませて くれた事になる。これで試合に負けた北朝鮮の選手は、平壌に戻って、金正日に何と言い訳 するのだろうか、何故か哀れな感じがする。

『ふぐ供養』  Feb. 9, 2005▲Top
 ふぐは昔から食通の間ではもてはやされて、各地の名物料理になっている。 しかし、ふぐ料理は素人が扱うと命と引き替えになることがある。徳川幕府時代にも ふぐ毒に当たって死ぬ人が多いので、ふぐの食禁止令が出ていた。明治大正とふぐの禁止令 は続いていたが、昭和28年全国条例でふぐ調理師法が適用され、免許者だけがふぐの調理を 許されるようになった。人に食されるふぐの供養を始めたのは、徳川時代から行われている と記録もあるが、今ではふぐを取り扱う築地や下関、ご当地新居浜などでだけでなく、 なんと京都市の霊山観音でもふぐ供養は行われていると言う。2月9日は、29(フク)の 数字に掛けてふぐの日と呼び、各地でふぐ供養が行われる。 魚類で供養祭を行うのはふぐだけではない。うなぎやタコ、アナゴなど、魚種別に供養祭を 行うところもあれば、市場などでは魚全体を供養する「魚供養」を行なうところもある。 わが家でも、釣りの外道で釣れる草ふぐや名古屋と呼ばれる小型のふぐは、捨てずに持ち 帰り、丁寧に水で流しながら料理して、ちり鍋や唐揚げにして食べている。これまでの所 少ししびれた事はあるが、まだ命は失っていない。今日はふぐ供養をしておこう。

『減量』  Feb. 8, 2005▲Top
 一週間ぶりに家内が帰って来てくれた。まだしばらくは単身生活を覚悟していた ので、正直ホッとしている。一人の食事では、気分的にご馳走を食べたい気持ちでは 無かったので、取りあえず腹に収まれば満足という食生活だった。しかしその結果、 体重が1.5kg減量していた事は、嬉しかった。毎日フィットネスへ行って、有酸素 運動で脂肪を減らす努力を続けていても、1kgの減量はなかなか大変な努力なのだが 特別な運動をしなくても、これほど効果的に減量出来るなら、もうしばらく続けたい 所だった。多分明日からは元の食生活に戻ってしまうので、また減量作戦を実行しな ければならないだろう。家内にしてみれば、私の健康を考えて栄養のバランスの取れた 食事を作ってくれている訳なので、体重の事など、口を滑らせるわけにはいくまい。 毎日美味しいご馳走作ってくれて、ご苦労様と言わなければ・・・・・

『打ちっ放し』  Feb. 7, 2005▲Top
 昨年夏過ぎ頃から、めっきりゴルフの成績が落ち込み、練習場に行っても、何故か 集中力が続かず、思うように打てなかった事から、しばらくプレーを休むことにした。 12月と1月の月例競技は全て断り、ゴルフクラブに触ることもしなかった。今月は 21日から9日間、恒例のインドネシアゴルフツアーを予定しているので、昨日は 3ヶ月振りに打ちっ放し練習場へ行き、300発程打ってみた。3ヶ月の空白期間は、 身体の筋肉を使って居なかった所が、久しぶりの運動できしみを起こし、夜になって あちこちが痛んだ。練習中の集中力はどうしても昔の様には戻ってこないが、せめて インドネシアでのプレーが楽しめるようにと、練習に努めた。数年前よりは格段に 落ちた飛距離は、どうしようもないが、まだ何とかなりそうな打球に少し安心した。 久しぶりにクラブを握った手には、うっすらと豆の気配だが、まだ日にちは有るので、 今の内、少し慣らしておく必要がある。

『単身生活』  Feb. 6, 2005▲Top
 今日で6日間家内の居ない単身生活が続いている。義理の姉がガンで高松の病院 に入院したその付き添いであるが、症状は良くないので、しばらく長引きそうだ。 一人で生活してみて感じた事は、家の中が寒いのが身にしみる。自分の居る部屋は、 ストーブを付けているので、それなりに暖かいが、一歩部屋を出ると、家の中は冷え 切っている。丁度寒波の来襲した日から始まった単身生活で、一番痛切に感じた事だ。 一人で居ると食事時間を忘れ、また食事も最低限度の準備で済ませようとしてしまう。 ご飯はラップに包んだストックが冷凍庫に10個ほど有ったので、もっぱら、それを電子 レンジで温めて食べている。おかずは、買い置きの缶詰を次々と開けて食べている。 栄養バランス上必要な野菜類は、これも買置きのあった、キャベツとレタスを適当に 千切って食べた。料理したのは、目玉焼きを一度作ったのと、即席ラーメンを2度ほど 作ったが、入れるべき適当なトッピングを思い付かなかったので、袋入りの即席麺だけ を鍋で炊いて食べた。外出したときは外で食べる事もあるが、このまま単身生活が続くと、 偏った食事の影響がでること間違いない。

『再犯者』  Feb. 5, 2005▲Top
 またも凶悪な殺人事件が起こった。安城市のスーパーに買い物に来ていた親子に 突然刃物を振り回して、生後僅か11ヶ月の小さな幼児の頭に突き刺したと言う。側に いた母親は子供をかばう間もなく刺されたもので、救急車で病院に運ばれたが間もなく 死亡したと言う。犯人はすぐ逮捕されたが、数日前に刑務所から出所したばかりだった。 この手の犯罪者は、少々の刑務所暮らしで、罪を悔い改めると言う事は無いのだろうか。 最近の殺人事件のニュースを見ていると、何れも過去に犯罪を犯し、刑務所の経験を 経ているが、こうして再犯を繰り返すのを見ると、刑務所の生活は、意外と快適で、 下手なホームレス生活より楽なので、自ら逆戻りを望んで犯罪を繰り返しているのでは 無いだろうか。再犯の恐れのあるものを、社会に戻す前に打つ手はないのか考える 必要がある。

『ふぐの日』  Feb. 4, 2005▲Top
 身が凍るような寒い日が続いていたが、この時期の食べ物では身の締まったふぐが美味い。 2月9日をふぐの日に制定している。言いだしは下関ふぐ連盟らしい。因みに下関では ふぐと言わないでフクと呼ばせるのは29の語呂合わせから。ふぐの日は他にもあり、 9月29日も、ふぐの日と決めている。理由はふぐが解禁になるのが9月からか。 更に10月29日も有るが、こちらは料理に使われるトラフグの10から来ているようだ。 代表的なふぐ料理は、ふぐ刺し、ふぐちり、唐揚げ、新居浜が発祥の名物ふぐざく、 そして最後の仕上げのふぐ雑炊は、ざくの残りタレを入れてかき混ぜて食べるのが堪らない。 飲み物は、なんと言ってもひれ酒だ。ふぐひれを乾燥させ、こんがりと焼いて酒を注い だひれ酒は、香りも良くて、つい飲みすぎてしまうほど旨い。

『誕生日』  Feb. 3, 2005▲Top
 本日人生70年目を迎えた。杜甫の詩じゃないが70歳は古来稀なりと言う。最近は100歳 を超える長寿者が増えている。きんさん、ぎんさんの二人が揃って100歳というコマーシャルも あった。100歳の人から見れば、70歳はまだはな垂れ小僧ぐらいかな。長生きしても、人の 世話になるようでは、生きている価値がないので、なるべく元気でいられるよう心がけている。 今日は節分の日だが、鬼は外、福は内のかけ声で、この不景気風と身体の毒気を追い出し、 長寿に繋がる福を取り込み、せめて100歳まで元気で過ごしたい。両親は仲良く揃って73歳で この世を去ってしまったが、二人の過ごした人生は、死の直前まで充実していた。お互い元気な内は 好きなことをし、晩年は一生懸命人のために尽くしていた。親の背をみて育った身としては、せめて 両親の、爪のアカを煎じて飲む位の覚悟で、残りの人生を全うしたい。

『潜在意識』  Feb. 2, 2005▲Top
 自分の将来について確かな目標を持ち、それをいつも心に念じ続けるとそれが潜在意識となり 、それはいつの間にか実現に向けて独りでに進んでいくと言うポールマイヤーの話を聞いた。 ポールマイヤーはアメリカの保険の一セールスマンだったが、世界でも指折りの億万長者に なったと言う成功者なのだ。彼は自分の人生の中で体験し、実践し、成功した色々な事例を 元にサクセス・モチベーション・インターナショナル(SMI)を提唱し、人間が生まれながら に持っている潜在能力をより大きく生かし、その可能性を充分に発揮することを目的に設立した。 SMIでは、「成功とは、自分自身にとって価値ある目標を前もって設定し、段階を追って実現 することである」と定義している。つまり、成功とは目的地そのものではなく、そこに至る までのプロセス(旅路)だということ。SMIでは、個人、企業、家庭などでモチベーション を高めるため幾つかのプログラムが用意されている。彼の書いた本は世界24カ国で発売されて 居るという。自分も成功者に成りたいと考えている方は、一度読んでみる価値がある。

『古希』  Feb. 1, 2005▲Top
2月3日で70歳を迎える事になるが、人生のめでたい節目の「古希」だ。昔の言葉では 「古稀」と書いたもので、「人生七十古来稀なり」という杜甫(とほ)の詩の引用 からきた言葉だ。 私の生まれた昭和10年頃は、平均寿命は女性49.63歳、男性46.92歳で、今では考えられないほど 短命だったので、70歳まで生きることは誠に稀な事だったのだ。詩人の杜甫は肺病で770年湖南の 舟中で病没している。杜甫は自らの詩に「人生七十古来稀」と詠んだとうり59歳でこの世を去った。 現在我々の平均寿命は長くなっているが、肉体的生理的な寿命であり、精神的には果たして どうなのだろう。長生きすることはめでたいことで、我が国ではいろいろと祝賀の対象とする 習慣がある。年を取る毎に祝う年齢は40歳にはじまり、10年ごとにこれを祝うのは平安時代から の記録にある。中世以後10年ごとの賀は衰退し、長寿の賀は61歳(還暦)からはじまり77歳 (喜の草体を七十七と読んで喜寿)、88歳(米寿)、99歳(白寿)となったが、70歳の「古希」の賀だけはどうゆう訳か残っている。

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