『年越しそば』  Dec. 31, 2005 ▲Top
soba.gif  大晦日と言えば今では、どこも年越しそばを食べて新年を迎えると言う 習慣が根付いている家庭が多いのではないだろうか。始まりは、江戸時代から 定着した食習慣とされ、そばは細く長くのびることからの縁起説は、寿命を延ばし、 家運を伸ばしたいという願いがこめられている。また、そばは切れやすいことから、 一年の苦労や災難、あるいは負債を断ち切るという意味があるともいわれる。 一方、そばにはたんぱく質・ミネラル・ビタミン・ルチン等が豊富で、そばを食べる ことによって、元気に暮らせることの知恵を、昔の人が知っていたからこそ、事の始め や終わりにすすんで、食べるようになったとも考えられる。 また、昔、金箔を使う細工師は飛び散った金粉を集める時に練ったそば粉を使った。 そこから、そばは金を集めるという縁起で食ベるようになったという説がある。 いかにも現世利益が繁盛した江戸時代らしい発想の由来説といえよう。 除夜の鐘が鳴り終わる前に1年を振り返りながら、一家で年越しそば頂くことにしよう。

『ウイスキー』  Dec. 30, 2005 ▲Top
 普段、晩酌など習慣性のある酒飲みではないが、夕食のおかずが、酒の肴向きだなと 感じたときは、より美味しく料理を楽しむために、冷蔵庫の缶ビールを出してくる。 但し、習慣性がないだけに、いつもビールが冷蔵庫にあるとは限らない。そんな時は、 飾り棚に置いてあるウイスキーのボトルを出してきて、水割りを作るのが常道になっている。 ウイスキーの良いところは、その時のシチュエーションに合わせて、水で割る比率を変える ことで、アルコール度を調整して楽しむことが出来るところだ。 いちばんウイスキーの味がわかる飲み方は、ウイスキー1に対して水1の割合で薄める方法。 ブレンダーもウイスキーを口に含む時は、この比率にすると言う。水で薄めると、ストレート の時にはなかった別の香りが立ってくるし、アルコールの刺激が和らいで、味がよく分る。 この呼び名は、トゥワイス・アップと言う。 氷が2〜3個入ったグラスに水を7分目まで入れ、そこにウイスキーを静かにに注いで、 水の上にウイスキーを浮かべるとウイスキーフロートと言う。 私の若い頃、ハイボールと言う飲み方が流行した。氷が2〜3個入ったグラスにウイスキーを 注ぎ、ソーダで割ったもので、昭和30年代、スタンドバーとともに流行した。トリスとかニッカ 等の、安いウイスキーを楽しんだ懐かしい時代だった。

『自分の十大ニュース』  Dec. 29, 2005 ▲Top
平成17年も色々あったがその内の10大ニュースを挙げてみた。
1位 11月 椎間板ヘルニアで初めての腰痛に、1週間激痛にうなされる。
2位 9月 手の平のデュプイトラン拘縮切除手術で、高松の病院へ1週間の入院。
3位 2月 毎年恒例の海外遠征で、インドネシアバンドンへ9日間のゴルフツアー。
4位 10月 山形県真室川町の最上電機(株)OB会に参加、昔の職場場仲間と再会。
5位 5月 福島県霊山町のパーシモンカントリークラブで32明工会ゴルフ大会参加。
6位 10月 埼玉県高坂カントリークラブで昔の職場仲間と第140回福和会記念ゴルフ参加。
7位 10月 茨城県水戸ゴルフカントリークラブで第53回32明工会ゴルフ大会参加。
8位 8月 広島厳島神社、原爆記念館見学後、孫達と埼玉県所沢市へドライブ。
9位 10月 前立腺がんPSA検査、11月 大腸がん検査全て異常なしセーフ。
10位 5月 古くなった車買い替え、トヨタエスティマ購入、ETC取り付け。

『BGM』  Dec. 28, 2005 ▲Top
 いつの間にかクリスマスイベントが終わってしまったが、何となく町の中が静かになった。 それは、11月の終わり頃から町中に流れていたBGMのクリスマスソングが消えたから。 この1ヶ月の間、どこへ行っても聞こえていたのが、ジングルベルや赤鼻のトナカイなど、 25日が終わった途端に、静かなBGMに変っているのに気がつきましたか? 買い物客に、 リズムに乗せて、はやる気持ちを起こさせるような、鈴の音が鳴り、テンポの速い曲が 多かったので、ついつい不要なものまで買いこんでしまったのは、お店の作戦だったのだろう。 残念ながら、残る歳末の買い物客を盛り立てる適当なBGMがないのだ。どの曲を聴いても 財布の紐は開かない。皆さんには、買い気を起こすような印象に残る曲が架かりましたか。 どうやらクリスマスソングの間に使い切ってしまったのでは。残る買い物はおせちぐらいかな。 後は、お正月初売りの、福袋に全てを賭ける人達ばかりだろう。

『健康』  Dec. 27, 2005 ▲Top
 今年1年間、振り返ってみると、唯一11月の椎間板ヘルニアによる腰痛を除いて、 風邪も引かず内科的には何とか健康で過ごせた。人間ドックにはここ数年間懸かって いないが、行きつけの内科医には、何度か機会を作って、血液、小便などから内科的チェック を受け肝臓、腎臓、血圧などを見てもらったが、いずれの場合も病気と言えるほどの症状はなく 無事だった。また、病院の勧めで、70歳以上の老人なら検査費用が無料と言うことで、 高血圧症・心臓病・高脂血症・肝臓病・大腸がん等の検査を受けたが、何れも異常は なかった。40歳代から、前立腺肥大と診断され、気にしていたのと、同級生の友人が、 血液採取だけで判ると言うPSA検査で、前立腺ガンを発見・手術したと言う話を聞いて、 私もすぐ血液採取して検査した。4以上なら要注意という所、数値は1.15と全く問題はなかった。 先月、再度大腸がん検診と言うことで、大便の採取をして指定検査所に送った。便の採取の 際、中に赤い血のような色を発見して、気になったが、検査結果、ガンに関しては 陰性という判定で安心した、心配した赤いものは、食べ物のカスだったのか。 来年も健康には最大限の注意を払いながら、元気で過ごして行きたい。

『大晦日』  Dec. 26, 2005 ▲Top
 まもなく1年の終わり、12月31日の大晦日が来る。本来晦日とは三十日のことで、 三は「み」と呼び、十は「そ」と言うので、三十は「みそ」であり、日は「か」として 続けると「みそか」である。そこで月の終わりを「みそか」と呼んできたのだが、実は月末を 晦日と言うのが一般的になり、大の字を加えると、1年最後の日、12月31日を、大晦日と 呼ぶようになった。大晦日のことを別名「大晦(おおつごもり)」と言うが、つごもりの語源は、 月隠(つきごもり)が訛ってつごもりになったもの。陰暦では、月の15日は満月となり 、月はその後欠けていき、最後には月が隠れて見えなくなることから、月末になると、つきごもり 「晦日」の字が当てられるようになった。逆に月が見え始める「一日」を「ついたち」と 呼ぶのは「月立(つきたち)」の音読みからきたもの。 因みに「20」の和語は「はた」。こちらも「二十日(はつか)」、「二十歳(はたち)」の 呼び方が残っている。

『大正天皇』  Dec. 25, 2005▲Top
taisyo.jpg  12月25日はイエス降誕の日とされているが、日本では大正天皇が崩御された日である。 何故か、日本歴代天皇の中でも大正天皇に関する印象が非常に薄いのを感じる。近代日本の 中でも、父の明治天皇と大正天皇の後を継いだ昭和天皇が歴史に名を残した偉大さゆえに 影が薄いのかもしれない。大正天皇は、明治天皇と昭憲皇太后の間に子供が出来ず、側室との 間の4人の子も亡くなり、典侍の柳原愛子との間に生まれた子を正室の養子とし、明宮嘉仁親王と 命名し、皇太子となった。幼少の頃から体が弱く学業はあまり進まなかったと伝えられている。 21歳のとき、当時15歳の九條節子と結婚したが、これを機に幼少期以来優れなかった健康が 回復し日本各地を回られたと言う。1912年、明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王は第123代 大正天皇として皇位を継承した。1917年頃から公務や心労などが重なって再び健康状態が悪化。 このため公務を休むことが多く、1919年には皇太子裕仁親王が摂政に就任した。 1926年12月25日、大正天皇は葉山御用邸にて心臓麻痺で亡くなられた。47年間の短い生涯は あまり恵まれたものでは無かったようだ。

『クリスマス』  Dec. 24, 2005▲Top
xtree.gif  そもそも、クリスマスの起源は、古代ヨーロッパの「冬至の祭り」から始まったという説がある。 12月25日には、昔からさまざまな宗教の祭典が行なわれていた。なかでもローマ帝国時代に信奉されていた ミトラス教の冬至祭 、農耕の神サトゥルナーリア祭 、そしてゲルマン人の冬至祭という、3つの 古代宗教の祭典は25日を祭りの日としてきた。ミトラス教は、光の真理の神ミトラを崇めてきた新興宗教。 冬至祭は太陽がエネルギーを取り戻し、復活するとされた冬至の日に行なわれていた。古代ローマ帝国で 農耕の神を祝うサトゥルナーリア祭も、さらにはヨーロッパ大陸の先住民であったゲルマン人たちも、 悪霊が駆け回る暗黒の冬が終わり、生命の息吹が目覚める冬至の日を祝って祭典を行なってきた歴史がある。 当時の暦で12月25日は冬至の日。中東地域からヨーロッパへと、布教を拡大していたキリスト教は、 この冬至の日とイエスの降誕を結び付けることを考えついた。長く厳しい冬が終わり、暖かい季節の到来を 告げる冬至の日。この日をキリスト生誕日とすれば、キリスト教は人々に愛され、ますます勢力を拡大する ことができるはずと、こんな思惑によって、12月25日がクリスマスとして定められた。思惑は見事に成功、 数世紀を経た現在、キリスト教は世界中に広まり、クリスマスは世界最大のお祭りとして定着したのだ。

『かけ湯』  Dec. 23, 2005 ▲Top
 我々年配者の小さいころは、自分の家に風呂がある家は少なかった。又は風呂が あっても、毎日沸かすのは経済的でなかったのか、大抵は町内にある銭湯へ出かける のが一般的だった。そこでは大人と子供の交流を通して、色々な教育も行われていた。 まづ、風呂に入る前に、丁寧に掛湯をして体の不浄な部分を洗い流して入るのを基本 として教え込まれた。しかし、最近の若者達は、大抵自宅のお風呂で育った者達で、 公衆と一緒にお風呂に入る習慣がなかったこととも相まって、温泉やゴルフ場の風呂に 入るにも、体を洗うこともせず、汗かいた体で、いきなり風呂に飛び込むものが多い。 我々は、プールなどでも、最初にシャワーで、体を流してから入るのが当たり前のことと 身についているが、現実若い人たちは、脱衣場から、そのままプールに飛び込む人が多い のに驚く。水泳教室に来ている子供たちにはコーチが、最初と最後のご挨拶を大きな声で 言うことと、事前のシャワーについても、基本の躾として丁寧に教えていた。 こんな基本的なエチケットやマナーを知らないで育った世代が多いのも現実なのだ。

『お風呂』  Dec. 22, 2005 ▲Top
yuzuyu.jpg  冬の寒い時期になると、温かいお風呂は有難いものだ。冷え切った体も熱いお湯で温められて 風呂から出ても、しばらくはぽかぽかと火照って気持ちがよい。お風呂で温まったところで、 布団に包まれば、朝までゆったりと寝られよう。お風呂に入るとき、適温に沸くまで待ちきれず、 30度くらいの時から入ると、お湯が冷たく震えるほど肌寒く感じるが、同じ30度の室温なら、 寒いと感じないのは、なぜなのか不思議に思う。水温30度の風呂に入った場合、実は、体に接触 している水は、直接肌から熱を奪っていくので、体温36度を保とうとしている体からは、どん どん熱が失われていく。それに較べて、外気にされされた体の体温が36度で、外気が30度の 場合、空気が体から熱を奪っていくのは、緩やかな時間で奪っていくので、熱伝導率の違いなのだ。 暑い冷たいは外部温度ではなく皮膚の温度で決まるのだ。さて、今日は冬至だが、日本の風習では かぼちゃやこんにゃくを食べたり、風呂に柚を入れたりする日だ。ZENさんイラストもゆず湯に 入りかぼちゃを頂いている。

『子供の安全』  Dec. 21, 2005▲Top
 最近のニュースを見ていて、通学途中の子供達が犯罪者の犠牲になる報道を見るたび 心を痛めている。我々の子供のころは、町内の子供達が学校に行く場合、必ず皆が集合し 上級生が先導して学校に行ったものだ。父兄達も、町の角々に立って、子供達の安全な通学 を見守っていた。また自分の子供達が通学するころも、同じような習慣が続いていた。 最近は子供達の自立心に任せて、そんな管理を止めていたのだろうか。それとも子供達の 安全を考えていない親ばかりなのだろうか。そんな事態を重く見た政府はようやく、犯罪対策 閣僚会議を開き、子どもの安全確保のため、6項目の緊急対策をまとめ、来年3月までに すべての小学校通学路の緊急安全点検を行い、安全マップを作るほか、路線バスを 「スクールバス」として登下校に活用することを検討することにしたという。 それぞれの地域でも、安全確保のための活動に、大人たちが積極的に参加することが大切だ。 少子化した現代、貴少な子供たちをつまらぬ犯罪者達の犠牲にしてはならない。反対に老齢化 した社会なので、子供たちの通学時間帯に、暇な老人は町に出て子供たちの安全確保の為に、 運動代わりのパトロールするのはどうだろ。

『朝令暮改』  Dec. 20, 2005▲Top
 「朝令暮改」と言う言葉は、偉い人が、部下に向かって、朝決めたことを夕方には変えてしまうと、 いう場合に使う、どちらかと言うと上司を批判するとき等の悪い例として使う場合がある。 極端な場合、さっき言ったことを、全く正反対の命令を出す場合もあり、たいていの場合部下側は キレてしまう例だ。同じような言葉で「君子豹変」とか「君子は日に三転す」という言葉もある。 実は、君子豹変の本来の意味は「豹の毛が鮮やかに抜け替わるように、過ちを素直に認めて善に移る」 ということ。つまり、優れた人は過ちを認めればすぐに直す、というのが本当の意味なのだ。 現実には、上司の命令で行動している部下にとって、コロコロ変る命令にはついていけないと言う 反発はあるだろう。しかし君子は、時勢の進展というものを刻々と見て、それによく対処しているから、 一日に三回意見が変わっても不思議ではないのだ。現代はもっとテンポの早い時代である。そうした 時代に、古い概念で、ものを見たり考えていては判断をあやまることも多いだろう。昔ですら君子 たるものでも、一日に三転もしたものだ。テンポの早い今なら、日に五転も十転もするほどの識見と 判断の迅速性を持たねばなるまい。

『年賀状』  Dec. 19, 2005▲Top
 今年も残り10日程になってきた。遠方の方々や、日頃なかなかお会いすることが 出来ない方々に、新年のご挨拶を寿ぐために、年賀状は大切な役割を果たしている。 お年玉付き年賀はがきは、早い時期から400枚を購入して準備していたが、喪中確認の 為に、実際の作業は名簿作りだけにして来た。年末も押し迫り年賀状の受付も始まった ので、やっと腰を上げて、年賀状書きを始めた。宛書は一括プリントで印刷仕上げのあと、 相手先別に、お年上または自分より上位の方、同級生または同じ仲間レベルの方、若い 人達、家族親類縁者の4種類に分けて図柄挨拶文のデザインを其々に印刷。その上で 一枚一枚、あて先氏名の方のお顔を思い浮かべながら、思いを込めて自筆の一言を 書き添えて仕上げていく。多くの方から頂く年賀状の中に、ほんの一言書き添えられた 言葉ながら、その時々の出来事や、ご機嫌伺いの気持ちが現われていて、その心遣いに 嬉しく感じたことから、それ以降自分も必ず一言を書くようにしている。

『お菓子』  Dec. 18, 2005▲Top
 我が家では、家内の暇つぶしに小麦粉をこねては、色々なお菓子を焼いて、隣近所の 子供や親戚知人等に配るのを趣味にしている。クッキー、西洋煎餅、パウンドケーキ等 レパートリーは結構ある。味はまづまづの評判らしい。もちろん貰った側は只では悪いと 思って、必ずお返しがある。もともとお返しに期待しているわけではないが、もらい物ですと、 紙袋に詰めた煎餅や、自家栽培の野菜等を頂いたときは、喜んで貰えたと、こちらも嬉く罪の 意識は起きないが、中には明らかに高級店で買ってきたと思われるような高価なお返しもある。 こちらからは、暇つぶしの安い自家製なのに、お返しにお金が掛かっていると判ると気の毒で、 申し訳ない気持ちになる。更に、この間のお菓子、とても美味しくて、家族みんなで喜んで 頂きました等と言う話を聞くと、明らかに何処か言葉に無理がある感じがしてしまう。 あれだけのものを買えるお金を出せば、よほど美味しいお菓子でも食べられるものを・・・。 こちらの好意で差し上げたものなので、機会があるとまた差し上げることになるが、 相手にとっては、お世辞のつもりのほめ言葉に、お返しが大変なことになっていないだろうか。 家内にはいい加減にするように言うが、止められないらしい。近所迷惑になってなければいいが・・・

『おさかな』  Dec. 17, 2005▲Top
sakankun.jpg  先日のテレビに、釣った魚だけで1週間船の上で過ごす番組があった。魚に大変詳しい 「さかなくん」と「アドゴニー」という黒人が、自分たちで釣った魚をいろいろ料理して 食べるのだった。 「さかなくん」の素性を調べてみたら、高校3年生で「第3回TVチャンピオン魚通選手権」 に初出場で準優勝。第4回から現在まで無敵の5連覇を達成というスーパー魚通なのだ。 魚の釣り方から、釣った魚の種類は全て知り尽くし、その料理法も習得しているのは驚きだ。 職業は魚のイラストレーターという事で、ホームページを拝見すると、色々な魚の特徴を 巧みに捉えたスケッチから、漫画、イラストまで、なかなか多彩で面白い絵を描いている。  ところで、魚には色が赤いと「赤身」、白ければ「白身」と思われがちだが、学術的には、 100gあたりの「ヘモグロビン」と「ミオグロビン」の含有量が10r以上は「赤身」の魚、それ以下が 「白身」と分類されている。 「白身」の「かれい」や「平目」は、筋繊維が柔らかく脂肪が少ないので、病人や、離乳食として 適している。鮭や鱒のように「脂溶性カロチノイド(アスタキサンチン)」で赤くなる魚もあって、 見た目だけでは判断できない。

『馬鹿力』  Dec. 16, 2005▲Top
 日頃から体を鍛えていると、試合等で集中すると、鍛えた力を100%出すことが出来る。 普段あまりトレーニングなどしていない人たちは、本当の力を出し切ることは出来ず、 精々80%程度の力を最大限として認識している。なぜ100%の力が発揮できないのかと言うと、 脳からの指令によって100%の力を出してしまうと、関節等を痛めてしまうからという仮説 がある。しかし、「火事場の馬鹿力」という、火事などの危険な時に、普段よりも強い力が 発揮されるということがある。日頃足腰もあまり立たない老婆が、寝たきりの息子を火事場 から背負って救い出した等と言う話を聞いたことがある。  人間の筋肉は筋繊維で出来ていて、力を入れて何かを持ち上げなければならないときには、 脳から伝達される命令で筋繊維の収縮が行われ、普段は制御されていて発揮したこともない力が、 緊急時にその制御が外れ、運動神経と交感神経が筋肉に対して働くようになり、思わぬ力が発揮 されると言う。その制御が外れる何かと言うのが、アドレナリンの爆発的な分泌などが起こって いる可能性が考えられている。普段隠されているターボエンジンやブースターが働くのだろうか。 本当の理由は判っていない。

『シウマイ』  Dec. 15, 2005▲Top
hyochan.jpg  シウマイと言えば、何といっても懐かしい思い出のある横浜駅前、崎陽軒のシウマイだ。 決して「しゅうまい」とは言わないで「シウマイ」という呼び方にもこだわりがある。 昭和32年に東京で就職し、四国との往復で列車が横浜駅のホームに入ると、赤い服を着た シウマイ娘が売りにくる。もう忘れたが、たしか1ヶ200円位だったと思う。まもなく 終着東京駅なので、本格的に腹ごしらえするほどでもなく、丁度いいつなぎ腹になる。 やや小ぶりなサイズで、冷めたシウマイなのだが、おいしさのこだわりは、オホーツク海で 育ったホタテ貝柱と厳選された国産豚肉を、塩、胡椒、砂糖等で味付けされていてうまかった。 また、楽しみは醤油差しの「ひょうちゃん」が人気者だった。食べ終わった 容器はゴミ箱に入れて帰るが、ひょうちゃんはお土産に持って帰り、弁当の醤油入れに 使うのだ。このひょうちゃんは、昭和30年、「フクちゃん」を書いた有名なマンガ家 横山隆一が48種類の表情を描いたことでも有名で、その表情の違うひょうちゃんを集める のも一寸した流行だった。

『湯たんぽ』  Dec. 14, 2005▲Top
yutanpo.jpg  今年の冬、初めての大寒波が全国的に押し寄せている。数日前から四国山脈の峰々は 真っ白い雪を被っているが、昨日はふもとあたりまで雪がちらついた。部屋の中の暖房に 電気ストーブだけでは、追いついていない。昨夜は布団には入っても、なかなか温まらない 冷たい足に、夜中まで寝付かれなかった。今夜は寝不足にならぬよう湯たんぽを用意した。 昔の湯たんぽといえば、ブリキ製のものが普通だった。危険防止のため厚手の布で十分包んで 使わないと、暴れて布がはがれて、直接金属部分が足に触ると大やけどをすることがあった。 現代の湯たんぽは、プラスチック製なので、金属ほどの危険度はないが、一応コールテン地 の布で作った袋に入れて使用している。 湯たんぽのよさは、寝る前に熱湯を入れて布団の中に入れておくと、適度な温度で足元が 暖まり、朝まで十分持つので経済的である。これでこの冬の寝床対策は十分準備できた。

『BGM』  Dec. 13, 2005▲Top
 毎年、年末が近づいてくると、いたる所から流れてくるBGMは決まってクリスマスソングだ。 元々日本人の多くはクリスチャンではないので、教会に出かけていって十字を切って神に祈る とか、ミサに参加する習慣はない。当然賛美歌だって歌うこともないはずである。しかし何故か クリスマスのイベントだけは、欧米人並みに皆で楽しむ習慣が根付いている。その影響でか、 商店街やデパート、コンビニに至るまで、11月の中旬あたりからBGMの曲目は、クリスマス ソング一辺倒である。何気なく流れていたので気づくのも遅かったが、毎日通っているフィットネス クラブのBGMもクリスマスソングだった。改めて考えてみると普段BGMにはどんなジャンルの 局が流れていたのか、思い出せない。更に25日のクリスマスが終わると、どんな曲が流れるのか 興味がわいて来た。日本にも年末に歌う童謡に、「もういくつ寝ると、お正月・・・」というのが あるが、その手の曲が流れていたのだろうか。

『10大ニュース』  Dec. 12, 2005▲Top
 今年を振り返り10大ニュースをリストUPしてみた。2月インドネシアゴルフツアー9日間参加。 5月福島県伊達郡霊山町のパーシモンカントリークラブでコンペ。6月山形県最上郡真室川町で 昔の勤め先のOB会出席。8月広島原爆記念館・厳島神社見学。8月東京六本木の金魚で ミユジカルショー見学。 9月高齢者基本健康診査結果全て異常なし。10月埼玉県高坂カントリークラブで、昔の勤め先 仲間とのゴルフコンペに参加。10月茨城県水戸グリーンカントリークラブで大学時代の同級生 とのゴルフコンペに参加。 11月PSAによる前立腺がん検査結果全く異常なし。11月椎間板ヘルニアで初めて痛みに苦しむ。 相対的には1年間の身体状態はすこぶる元気で、国内外に出かけて行って、昔仲間との再会や ゴルフコンペを楽しんだ。 また、内科的検診では、心配したガンもとりあえず発見されなかった。唯一自信のあったはずの 肉体的健康面では、無理な姿勢での作業が影響して、椎間板ヘルニアの症状が出て、1週間の 苦しい期間を過ごしたが、いつまでも若いつもりの無理は効かなくなったことを痛感した。 来年はもう少し自分の体を労わって、海外でのゴルフの付き合いも続けて行きたいと思う。

『ETC取付』  Dec. 11, 2005▲Top
 高額のハイウエイカードが廃止されて、ハイカの割引率って1万円当たり500円だけと なり、プリペイドカードの特典はほとんどなくなった。更に最近では、人件費削減を目指して 現金決済とハイカで通過できるゲートも少なくなった。いよいよETC化が本格的になって 来たので、先月オークションで本体+アンテナ内蔵タイプを落札して置いたが、機器も入手し 車への取付を迫られていた。取り付け説明書に従って、ダッシュボード下の電源配線状態を 覗いたが殆ど隠されていて判らない上、狭い車内で覗き込む姿勢が、ようやく腰痛の治りかけた 腰に負担がかかり、再発しそうだったので、無理を止めて、結局はディーラーに持ち込んだ。 あらかじめ電話で取付を依頼しておいたので、待っている間の20分程で簡単に取り付け完了。 ダッシュボード真ん中前方に、固定されたETC機器にはまだカードがないので、車を始動 する度に、カードが挿入されていませんとメッセージが流れている。現在WEBからカードの 申し込みをしているが、手元に届くまで2〜3週間掛かると言われている。さてETCによる 高速道路利用は、年内に出来るかどうか瀬戸際のようだが、何とか初詣にはETCを試したい。

『耐震強度偽装問題』  Dec. 10, 2005▲Top
 本来、国が行うべき建築確認審査を民間に委託して行ってきたのが、忙しさ、人が足り ない、馴れ合いなどから、手抜きの検査で合格したものが、実は震度5以上の地震では 確実に建物が壊れるとわかった。結果、早急に壊して立て直さなければならないところまで きてしまった。建替えの費用の一部は国が持つことになったが、その金は国民の税金が 使われるのだ。欠陥住宅を設計した者、建築許可を出したもの、販売したものは十分儲けた はずであるが、騙されて買った人たちは、なけなしのお金をはたいて、確かに気の毒な話だ。 購入者に過失がない点では、理解できるが、購入物件が不良品で失敗だったと言うことで いちいち国が補償していては、同じく被災者に過失のない地震や洪水で家を失った人達には そんな計らいをしてきたのだろうか。今回の姉歯建築士の設計分のみが問題視されているが あくまでも氷山の一角で、これ以外にも設計に問題のある建築物はゴマンとあると言われている。 これから先、それらが表面化してきても同じ対応をしていくのだろうか。いつまで続くのか、 どこかで区切りをつけないと、国の借金は更に増え続けることになる。

『忘年会』  Dec. 9, 2005▲Top
  酒好きにとって、年末が近づくと、飲む機会が多くなり、楽しいシーズンと言えよう。 12月は仕事にも追われて忙しいからと、早いところは11月に、忘年会を始めるところも ある。本命の12月は、色々な付き合いの仲間から、次々と忘年会の誘いがくる予定だ。 とは言っても、サラリーマンをやめて年金生活に入ると、どうしても付き合いの幅は狭く なり、誘いの掛かってくる回数は随分減った。それでも3〜4回の忘年会はこなすことになる。 首を長くして楽しみにしていた肝心の忘年会シーズンなのに、先月はあいにくの腰痛で 寝込んだこともあり、治療で飲む薬の関係もあって、酒は控えてきた。そして早い時期の 酒の誘いも、お断りせざるを得なかった。しかし治療の効果もあって、腰の痛みも大分楽に なってきたので、我慢してきた酒を飲むべくこれからの忘年会には参加するつもりになっている。 明日は、今年初めての忘年会なので、思いっきり飲んでストレスを解消したい。 

『喪中はがき』  Dec. 8, 2005▲Top
 年末が近づくと、毎年多くの喪中はがきが配達されてくる。簡単な文章にまとめ られてはいるが、家族を失った方々の悲しみは、はがきの文面に現れている。 年賀の喜びの挨拶状を出すべく準備した年賀名簿一覧から、次々と住所録を消して行く 作業をやむなく進めていくが、今年もすでに15枚もの喪中はがきが溜まっている。 少なくとも私の身の回りの人々の身内の方の、15名は天国へ召されたことを意味 している。しかも、このうち2名は、70年で人生を終えた私の同級生だった。 人の命には限りがあり、いずれ誰にも訪れる瞬間なのだが、このはがきを受け取る毎に、 やがてわが身と思うわびしさを感じる。 出来ることなら、これ以上はがきが配達されないことを神に祈りたい。 毎年ながら、年末ぎりぎりまでこの種はがきを受け取る可能性があり、最終的に年賀状を 出すのも、12月25日の締め切り間際までポストに入れるのを躊躇している。

『師走』  Dec. 7, 2005▲Top
 1年最後の12月を師走と呼んでいるが、年の瀬になって、今年1年間の清算と来年に 備えて、いろいろな準備をする、慌しい月であることから、師でも走り回る月と言うことか。 「師走」とは旧暦の12月の別称だが、いまでは新暦12月のこととして普通に用いられている。 実は、師走とは当て字で、語源には色々な説があり、正確な語源は未詳である。 師走の主な語源説として、師匠の僧侶がお経をあげるために、東西を馳せる月と解釈する 「師馳す(しはす)」説がある。この説は、平安末期の「色葉字類抄」に、「しはす」の 注として説明されている。現代の「師走」と漢字の意味も近く、古い説であるため有力に 思えるが、「師馳す」説は民間語源で、この説を元に「師走」の字が当てられたと考え られている。その他、「年が果てる」意味の「年果つ(としはつ)」が変化したとする説。 「四季の果てる月」を意味する「四極(しはつ)」からとする説。 「一年の最後になし終える」意味の「為果つ(しはつ)」からとする説などもある。

『コルセット』  Dec. 6, 2005▲Top
colset.jpg  腰痛の原因がMRI検査の結果、椎間板ヘルニアと判り、痛み止め薬の飲用、貼り薬として 経皮鎮痛消炎のモーラステープ、さらに腰の動きを正常に保つためのコルセットの着用等、セット で対応している。無論毎日の回復処置として、整形外科医院のリハビリ施設で、腰椎に対し、 電気マッサージを続けている。マッサージ効果が確実に効いていると思うのは、当初の様な 激痛は取れ、腰の重さも段々解消されつつあることを感じている。フィットネスも再開した が、まだ水中ウォークや、サウナ浴、ジャグジー風呂での泡マッサージ程度にしている。 昨日、試しにクロール泳ぎを500mほど試してみたら、昨夜は背中に痛みを感じたのは、 やはり背筋のひねりにまだ無理があるようなので、しばらくはやめることにした。 日常的に締めているコルセットは、体の不自然な動きを制限するためには大変効果的であるが、 ややきつめに着用している所為か、締められていた場所が痒くて仕方がない。 ZENさんイラストは、私のために描いてくれたコルセット姿のZENさんを紹介しよう。

『体調』  Dec. 5, 2005▲Top
 健康であるという状態は、心身共に肉体も正常な状態をさすものだ。日ごろは健康を 持て余し、食事に気をつけ、適度な運動を少しでも怠ると、確実に体重計はリミットを 超えてしまう。しかし、精神的に悩みを抱え込んだり、体の調子を崩したときは、特別 運動をすることなく体重は減少している。2週間前、突然腰の痛みで、苦しんでいた時、 僅か1〜2日の間に2kg近い体重の減少が起きていた。それまで毎日ハードな トレーニングでカロリーを消費して、僅かの体重減少も、翌日には確実に元に戻っていた。 この1年間で継続的に1kg以上体重が落ちたことはなかった。それが、腰の痛みで、 夜寝るのも苦しんでいた間に、確実にダイエットしていた。 病院でレントゲンやMRIによる検査結果で対応が行われ、痛みが止まった翌日には、 不思議に体重は元に戻っていた。何年か前、ある事件で脅迫を受け、心身が疲れ果てたとき やはり数日の間に3kg近い体重の減少が起きた。知人の紹介で警察に相談し事件は解決、 問題は解消した。そのときも精神の安定と共に、数日の後に、元の体重に戻ってしまった。 せっかくダイエットできたのにと思ったが、やっぱり健康が一番いいのだ。

『ブレーキ』  Dec. 4, 2005▲Top
 日ごろ整備された車を運転しているときは、ブレーキの性能を信頼して、いざという時は どんなスピードからも止まってくれると思い込んでいる。今から50年ほど前、レンタカーに 相当する、ドライブクラブという所で、車を時間借りしてドライブを楽しんだ時代がある。 4時間程のドライブが終わりに近づいて、東京駅八重洲口前交差点を通過するとき、信号が 黄色となったので、ブレーキを踏んだが止まらない。焦ってサイドブレーキを必死に引いたが、 走っている車のサイドブレーキはほとんど効かない。それでも何とか対向車や横方向からの 車を避けながらしばらく走った末、左側歩道のやや上り坂の部分に乗り上げて止めた。 ブレーキが効かなくなる前のスピードが40km前後だったのと、時間帯が日曜日の夜で、 車が空いていたことも幸いして、事故にはならなかったが、間一髪だった。原因は油圧 ブレーキのパイプが裂けて、オイルが漏れていたのだ。そういえば、帰り道のブレーキの 効き具合が悪く、スピードを落とす度に、絶えずダブルブレーキを踏んでいた。きっと そのときすでにパイプには小さな穴があいていたのだろう。 それを繰り返すうちに、ついにオイルが無くなってブレーキが効かなくなったもの。 借りたところに電話して代車を持って迎えにきてもらい、無事にドライブは終了した。 今でも夢の中で、ブレーキの効かない車を運転する怖い場面を見ることがある。ブレーキの 効かない車なんて決して乗るものではない。

『干し柿』  Dec. 3, 2005▲Top
hosigaki-1.jpg  毎年年末が来ると、干し柿を作っているが、今年も西条JAで渋柿10kg入り を買ってきた。昨年は枝がついていなかったので、剥いた柿に穴を開けて紐を通して 吊るしたが、今年の柿は枝付きだったので、吊るすのは楽だった。 柿にビタミンCやAがたっぷり含まれているのは、あまり知られていないかも知れない。 ビタミンCは、風邪に対する抵抗力をつけたり、過酸化脂肪などの酸化毒の生成を抑える 作用や、アルコールを分解する作用もある。柿は二日酔いに利くと言うが、それはこの 効能を言っている。また柿には豊富なカリウムによる利尿作用もあり、さらにタンニンが 血液の透過作用を高めてくれるので、ますます二日酔いに利くのだ。  ところで、干し柿にした場合はどうなのだろう。干し柿で優れているのは、食物繊維が 豊富であるということ。食物繊維は整腸作用があり腸内バランスを整えてくれる。 また発ガン物質やコレステロール、過剰な食塩などを吸収して排出してくれるので、  干し柿はまさに、健康食品なのだ。

『老化防止』  Dec. 2, 2005▲Top
  人は年とともに衰えるのは仕方がないと思われている。しかし衰えることは仕方がない としても、老化の速度を遅らせることで、寿命を延ばせることが判ってきた。 これまで、脳細胞は、死滅する一方で、再生することはないと考えられてきたが、最近 の研究で、老化で衰えた脳細胞も、ちょっとした工夫でよみがえらせることも出来るらしい。 100歳前後の超高齢者の日常生活を調べてみると、冷水摩擦、棒体操を数十年来続けて いるとか、60歳過ぎから韓国語を、95歳から中国語の学習を始めたなど、頭と体を 磨き続けて、脳をいつまでも生き生きと保つ秘訣があるという。 老化のスピードを早めているのは、身体の細胞の中でエネルギーが作り出されるときに 生まれる“活性酸素”だ。日米の最先端の研究から、100歳近くになっても活動的な 超高齢者たちは、実にうまく活性酸素をコントロールする生活を長年送ってきたことが 明らかになっている。活性酸素が増殖しすぎると細胞組織を酸化させてサビつかせて しまう。細胞が酸化してサビついてしまうと機能が低下して老化やシミ・シワの原因に なったりする。本来人のからだはSODという活性酸素を除去する酵素が存在しているが、 これは25歳を境に減少する。活性酸素をどう体策するかはビタミンC,EやSODといった 抗酸化物質を摂取することがあげらる。酸素はたしかに貴重な存在だが活性酸素は からだを蝕むとは、なんとも矛盾している。

『ナイロン』  Dec. 1, 2005▲Top
 現在ではナイロンという言葉のフレーズは、あまり一般的な使い方はしないように なったが、少し前までは、ものの例えに、戦後強くなったものに女とナイロンという 言い方をした時代がある。戦前、女性用靴下は日本製のシルクが高級品として世界に 名をなしていたが、戦争により日本製シルクの輸出は陰を潜め、代わりにアメリカ製の ナイロン靴下が一世を風靡した。女性が強くなったのは、戦後やっと女性の参政権 が認められて、発言力が増したことによる。ナイロン素材は、何度洗濯しても破れる こともなく、強いものの代名詞となった。我々が戦前に穿いていた靴下は、数度の 洗濯ですぐに穴が明き、破れた靴下の繕いぐらいは自分でやっていた。 ナイロンは、米デュ・ポン社の発明によるが、研究から製品化までに、10年の 歳月と多額の研究費をかけたという。1939年の歯ブラシ、工業用ブラシを皮切りに、 翌年には婦人用、紳士用靴下に及び、ナイロン靴下のマーケットは急速に拡大した。

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