『ゴルフ会』  Oct. 31, 2005▲Top
mito.jpg  毎年秋、恒例の32明工会ゴルフ大会に参加のため茨城県水戸まで出掛けてきた。 このゴルフ会は、原則、春と秋の年2回行われるが、秋は水戸グリーンカントリークラブ、 春は全国からの参加者其々の地元で回り持ちするように配慮している。そうすることにより、 全国の変化に富んだコースを体験できるし、また土地の美味いものを食べ、飲み、余生を楽しむ ことが出来ると言う趣旨だ。来年の春は中部地区、愛知県方面の予定。初期の頃の大会は常時 20名以上の参加者があったが、歳に逆らえない人の寿命で、年々減っているのが寂しい。 今年は、いつものメンバーが病気や仕事の都合などで、参加者は僅か12名と少なかった。 大会の優勝者は、大幅なハンディカットをして、次回入賞を難しくするようしているため、 これまでの入賞者は、段々ハンディがなくなり、参加しても賞品が貰えないという不満で、 参加者が減っていることもあり、今回の内容で新ハンディキャップに改正することに なった。私も、毎回少しずつハンディを切り上げられ、いつの間にか0になっているが、 これでは皆に勝てるわけが無く、参加することにのみ意義を求めているのが実態だ。

『更新お休み』  Oct. 25, 2005▲Top
yasumi.jpg  昨日の一言で、触れたが明日から茨城県水戸市で行われる、同級生によるゴルフ大会 に出掛けるため、更新はお休みします。ZENさんイラストは、更新お休みバージョンになりました。 昭和32年に明治大学工学部を卒業したメンバーと言うことで、32明工会と銘打って、 毎年2回、全国から参加する学友達が、其々の故郷のコースで皆に楽しんで貰おうと いう企画で、続けてきたが今回が第51回、52回大会となる。これまでに北海道から 沖縄までの各地に出掛けた実績がある。四国にも既に3回きており、新居浜、松山、高知 で開催した。一部のメンバーによるオプションだが、年に1回、インドネシアツアーもあり、 結構日ごろから元気な身体つくりが必要だ。しかし、このメンバーも、歳に逆らえずこの世を 去っていった仲間も有り、持ち回りの優勝カップは、最後まで生き残った者の取り切りが 約束されている。誰が最後の勝利者になるかが、いつも皆の話題で酒の肴になっている。

『洋服のサイズ』  Oct. 24, 2005▲Top
 今週末、茨城県で行われる同級生とのゴルフに出掛けるのに合わせて、新しい ウエアーを買うために近くのショップに出掛けた。少し前は、自分の体型に合うサイズ として、シャツはLサイズを求めていたが、最近購入して着てみると、寸法的には 昔の裁断よりも大きめに出来ていることに気がつき、求めるサイズはMで丁度良い 事が分かった。多分、日本人の体型が段々大型化してきたので、標準サイズの基準を 少し大きめに変えたのだろうと思うのだが、正確な事実関係は分からない。我々が 求めているのは、実は純国産ではなく、東南アジアで縫製されたものが多いので、 外国での標準が大きめなのかも知れない。と言うわけで、購入後家に帰ってまづ 試着して確認したが、確かにMでも昔のLサイズ程度に仕立てられて丁度よかった。 ジャケットについては、20歳代は痩せていたのでサイズはAY4だった。30歳代には 標準のA4になり、40歳代にはAB4とやや太め体型に、60代ではB4サイズと 明らかにデブサイズになっていた。昨日買ったジャケットは、B4ではやや苦しくて、 BB4が少し余裕のある程度のサイズだった。何と、いつの間にかまるでビヤダルの ような体型になっていた。

『電信電話記念日』  Oct. 23, 2005▲Top
 136年前の今日、日本で最初の公衆電信の為の電線架設工事が、東京ー横浜間 で始まった日で、この日を記念して電電公社(現在のNTT)が電信電話記念日と 制定した。当時はまだ電話は発明されてなかったので、電信のためだけだった。 電信機が日本に伝わったのは、1854年にペリーが黒船で2度目の来日をした時。 電線架設のあと横浜市内で電信による通信実験が始められた。 ベルが電話を発明した翌年の、1877年11月には、すでに日本に電話機第1号が 輸入されている。その後東京を中心に一般加入者155名で電話業務が始められた。 遠く離れたところまで声が届くのを不思議に思った人たちが、高い電柱に登り電線に 風呂敷に包んだ荷物をつるし、相手に届けようとしたと言う話が残っている。 当時は、肉声が電線を通じて遠くまで届く理屈が、不思議に感じた時代だった。

『はぜ釣り』  Oct. 22, 2005▲Top
 慌ただしかった、新居浜の太鼓祭りも終わり、撮った写真も大体の整理が済み、 ホームページへのUPが一段落したところで、天気に誘われて久しぶり、はぜ釣りに 出掛けた。場所は新居浜から東に行った土居町豊岡の漁港だ。も少し早い時間の 出発なら香川県の仁尾海岸へと思っていたが、同伴の家内の寝起きに時間が掛かり 遅くなったので、急遽近場で済ませることになった。餌は日本ごかいを買いに行ったが、 お祭り後で、餌屋の在庫がなくて、仕方なくやや大振りの朝鮮ゴカイを買って出掛けた。 はぜ釣りやキス釣りには、餌の大きさが、小ぶりで元気の良い日本ごかいが最適だが 朝鮮ゴカイは大きくて長いので、2〜3cm程度に千切って針につけた。 港の外側に向けて投げた私には、キスばかり、逆に港の内側に投げた家内には 狙い通りはぜが釣れていた。正午頃に満潮の潮どまりになり、当たりが少なくなった ので、納竿して家路についた。夕食のおかずには、はぜとキスは開いて天ぷらに、 外道に釣れたふぐは、後日食べるため、頭と内臓を外してチリ鍋用に、冷凍保存にした。

『WEB サーバー』  Oct. 21, 2005▲Top
 現在、私のホームページの為に契約しているサーバーは、2つの業者を使っている。 当初は、独自ドメインの契約料が安いことを理由に、選んだプロバイダーだったが、 コンテンツが増えるごとに、契約容量が一杯になり、更に人気コーナーへのトラフィック が制限を越えるようになり、トラフィック無制限のサーバーに切り換えた経緯がある。 しかし、更にコンテンツが増えるごとに、増量契約をする手間が大変となり、ローカルの 安いサーバーに、新しい領域を確保し、容量の大きなコンテンツはそちらに移して、 問題の解決を図ってきた。しかし増え続けるコンテンツは、メインのサーバーの制限 容量に限りなく近づき、大量に押し寄せてくる迷惑メールに、時々サーバーの受容量 を超えることがあり、そんな時、通常メールの受信が出来なかったり、CGI関係の 作動に異常が発生し、度々カウンターがリセットされることが起きてきた。 これらの問題に対応するには、古いファイルを消去していけば簡単なのだが、折角 これまで築いてきたコンテンツは、ぜひ残しておきたいのと、経費を掛けないで続ける 方法を模索している。費用的に安いローカルサーバーをもっと活用すればいいのだが 100Mのコンテンツの移動が大変なので躊躇している。

『距離表示』  Oct. 20, 2005▲Top
 ゴルフの競技では、1ラウンド18ホール約6500ヤードを回るのに、規定打数72 を如何に攻略して少ない打数で回るかを争う競技だ。各ホールは長・中・短と距離の異なる コースを組合わせてあり、必要な距離を運ぶのに14種類のクラブを使い分けて攻略する。 コースを攻略するのに、コース上には距離を表す標識が立てられ、目的のホールまでの距離が 分かるようになっている。元々英国で始まったゴルフは、ヤード表示が当たり前だったが、 国際的な計量法の批准でゴルフの距離表示も昭和51年、突然メートル表示に切り替えられた。 しかし、身体で覚えた距離感はヤードとメートルの違いを頭の中で換算しきれず、無意識に 飛距離に狂いを生じ、ショートしてしまう失敗に悩まされ続けた。 やっと頭と身体の距離感が身についた頃、ゴルフの距離表示は、ヤードでもOKとなり、 殆どのゴルフ場は、元のヤード標識の立換えをして、我々の混乱を解消してくれた。 今でも外国に行くと、コースによって、ヤード表示とメートル表示がまちまちで、事前に 確認しないと、ひどく距離感の違いに悩まされることがある。

『ペット』  Oct. 19, 2005▲Top
wani.jpg  人間って、一人ぼっちじゃ生きていて楽しくないし、寂しすぎる。周りに家族や、話し相手、 遊び仲間など居ないと生きている気がしない。すごいと思うのは、戦争の末期から、ルバング島 で、30年間も一人ぽっちでゲリラ活動を続けていた小野田寛郎さんだ。さすがに陸軍中野学校で 諜報活動の訓練を受けていたので、あらゆる方法をとり、村人に発見されることもなく30年間も 一人で過ごすことが出来たのだ。それにしても、よく一人ぼっちで居られたもの、もしかして ひそかに何かペットのような生き物でも飼っていたのではないかと思った。 昔から寂しい人の心を癒す目的で、色々な生き物が飼われてきたが、中にはとてもペットとして 信じがたいものもある。自分だけの世界で飼われているのなら、他人に迷惑を掛けることもないが、 突然逃げ出して、近隣の人を脅かしたものに、さる、イノシシ程度ならともかく、最近話題に なったにしきへび、さそり、イグアナに加えてワニまで、うろうろされたら、もうペットの レベルではない。一人だけで楽しむものなら、人様を恐怖に陥れるような不注意だけは 慎しんでもらいたい。

『太鼓祭と喧嘩』  Oct. 18, 2005▲Top
kenka.jpg  新居浜の太鼓祭りは、昔から男祭りと言われてきたが、理由はかき夫達の 激しい気性から、互いの太鼓台を鉢合わせする、喧嘩が当たり前だったからだ。 毎年、各地区の代表者が事前に平和運行を申し合わせるが、現実は関係なく鉢合わせ が始まってしまう。きっかけは、過去の因縁を引きずっていたり、時の勢いだったり、 観客の期待を感じてついやってしまうこともあるようだ。警備の警察官も現場にいるが 喧嘩が始まると、危険すぎて間に入ることは出来ない。辛うじて観衆が巻き込まれて けが人が出ないようにするくらいで、成すすべはない。大抵は狭い会場なので観衆の 逃げ場はなく、必ずと言っていいほど、けが人が出てしまう。今年も、川西地区、 川東西部地区の、各かき比べ会場で、数組の鉢合わせが行われ、其々けが人が出て、 救急車の出動があった。太鼓祭りに喧嘩がないと、寂しいお祭りと感じてしまうし、 けが人が出ると、来年こそは平和運行をと誓うのだが、やっぱり今年も激しい喧嘩を 期待する観衆が大勢詰め掛けていた。どうやら懲りない面々ながら、必要悪のようだ。

『鳥居』  Oct. 17, 2005▲Top
torii.jpg  新居浜の太鼓祭りが始まり、初日が終わった。太鼓台には其々の氏神さまがあり、神社の 神輿に伴って、太鼓台が奉納するという儀式を行う。太鼓台は鳥居や山門を通り抜ける事から 太鼓台の大きさは、其々の神社に通じる道路事情や、鳥居、山門などの幅・高さが基準となる。 従って、各地の太鼓台には一定の規格があるのではなく、地域の事情によって制限されている。 鳥居は神社の参道の入口にあり、神のいる聖域であることを表す神道のシンボルとなっている。 神社につきものの鳥居は、文字どおり鳥の止まり木を型どったもの。 もとは雄鳥を神社に奉納するときの止まり木で、2本の柱の上に2本の横木が取り付けられている。 鳥居に止まるのは、長鳴き鳥といってにわとりのこと。昔から夜の闇には悪霊や災いがひそんで いるとされ、夜明けを告げるにわとりの声は、悪を祓うものとされていた。天照大神の神話でも、 神が天の岩戸から出てきたときに、高天原中のにわとりが一斉に鳴いたと書かれている。神社に 鳥居が建てられているのは、神様のさきぶれであるにわとりが止まった姿を象徴しているのだ。

『折畳み自転車』  Oct. 16, 2005▲Top
oritatami.jpg  今日から新居浜太鼓祭りが始まる。お祭り間は毎朝早くから弁当のおにぎりと、 ビデオカメラ・デジカメ・電池・メモリー等をリュックサックに詰め、車で撮影に 出掛けるが、太鼓台の集まる会場に近づくと、人ごみを避け、駐車場を探すのに いつも苦労する。会場で写真を撮り終えると、すぐ次の会場へ移動するので、 混雑している会場からスムースに抜け出す為、駐車場所も少し離れた場所に停める ようにしている。そこから先の移動は車に積んだ折畳み自転車を組み立てて走るのだ。 この方法を考えるまでは、友人のバイクを借りていたが、それでは友人の足を奪う ことになるので、数年前に軽量な折畳み自転車を購入した。普段は殆ど利用することも ないので、お祭りの時だけ、車に積み込むが、それ以外の期間は、部屋の中に折畳んで しまっている。昨日1年ぶりに車に積み込む際、タイヤに空気を入れ、1年間の埃を 払って準備をした。今日から3日間、この自転車が活躍することになる。

『太鼓祭り』  Oct. 15, 2005▲Top
taiko.jpg  新居浜市民が、1年間指折り数えて待ち望んだ太鼓祭りが、いよいよ明日16日から 3日間行われる。江戸時代以前から伝わる瀬戸内地域でも一番有名な男祭りである。 住友の別子銅山で栄えた歴史により、太鼓台の飾りも年々豪華絢爛さを極め、各太鼓台 が新調するごとに、古い太鼓台が近隣部落に嫁入りして、瀬戸内地域の太鼓台の歴史を 作ってきたとも言えよう。今年新調したのは、中須賀、西町、新田の各太鼓台と、昨年の 喧嘩で破損した田の上太鼓台が、飾りの修復で出直した。今年新調した中須賀太鼓台を譲り 受けた、川東西部松之木地区が新たに新規参入し市内の太鼓台総数は49台となった。 昨年山根公園のかき比べで、喧嘩騒ぎとなった喜光地と高祖太鼓台は自粛して今年の出場を 辞退している。 新居浜祭りの幕開けは、16日午前4時から、上部内宮神社の太鼓台石段かき上げの行事 から始まる。この後3日間は、全市内、会社も商店も全て閉めて太鼓祭り一色となる熱い 祭りへ突入だ。

『まつたけ』  Oct. 14, 2005▲Top
matutake.jpg  代表的な秋の旬の食べ物として、誰もが思い浮かべるものは「まつたけ」だった。 林野庁の資料によると、1960年には3509トンも扱った国産まつたけの生産量が、70年代 には1000トン、昨年はわずか149トンと、国産のまつたけは激減し、入荷量の95%は 外国産となっている。東京都中央卸売市場によると、昨年扱ったまつたけは合計340トン で1キロ当たりの平均卸売価格は外国産が6055円なのに、国産は2万9550円と高根の花だ。 そんな背景を反映して、若者のまつたけ離れが顕著で、もっと安い他のきのこに消費の 傾向が移っていると言う。今の中高年層がいなくなれば、旬の味としてマツタケを 大事にする風潮も失われつつあるのではと懸念されている。 われわれ子供のころは、裏山に行けば、いくらでもまつたけが見つけられたが、今は なぜこんなに品薄になったのか。背景には、里山の荒廃などで、国産マツタケの生産量 が減少してしまったのだろう。いろいろなキノコが安く出回る中で、マツタケは外国産 でも高い。食品全体が低価格化している中、消費者の価値観も明らかに変わってきている。

『神無月』  Oct. 13, 2005▲Top
 旧暦で言う10月は、神無月と呼ばれている。この月は、日本中の神様が出雲に集まり、 其々の土地の神社には神様が居なくなることから、神無月と呼ぶようになったと言う。 因みに、9月は長月だが、菊の季節であることから菊月、菊間月とも呼ばれるが、もっとも 知られる長月とは、日毎に夜が長くなることからきた呼び名。11月は霜月と言う。 霜が降りる季節であることからつけられた名。旧暦では真冬であるために雪見月、雪待月の 名もある。また神無月の10月に出雲に出かけていた神様が、帰ってくることから、神帰月 ともいう。その反対に、出雲では神在月(かみありづき)となる。陰暦では神無月はもう冬の 始まりである。10月16日〜18日の3日間はこの地方のお祭りで、絢爛豪華な太鼓台が 市内に49台が出揃い、商店も会社も全て休んで、市内は祭り一色となる。遠くから祭りを 見に来る観光客にはお構いなしなので、旅行者は自衛策を取らないと、3日間食いはぐれる こともあり得るので注意が必要。

『自然災害』  Oct. 12, 2005▲Top
 昨年は、わが町でも台風による豪雨で、あちこちに山崩れが発生、多くの死者を 出し、自然の恐ろしさを身近に感じた。今の日本では台風などによる災害の場合、 気象衛星などによる予報が徹底し、ある程度の対応が出来る様になっているはず。 今年アメリカ南部を襲ったハリケーンカトリーナは、予報を甘く見た多くの市民を、 大洪水が襲い多数の死者と棲家を追われ、未だに復旧が遅れている。 昨年末のスマトラ沖地震による大津波では、インドネシア、スリランカ、インド、 タイ等、近隣諸国を含めて合計225,000人もの死者と大きな被害をを出している。 今回イスラマバードを襲ったマグニチュード7.6の地震災害では、現在判明 しているだけで、死者4万人以上と報告されているが、昨年の新潟県山古志村の 地震の時と同じように、山岳地帯のために交通網が寸断され、救助隊のアクセス が制限されて、被害者の救援活動にも困難を極めている。 自然を甘く見たツケが怖いことを改めて知らされた。

『体力維持』  Oct. 11, 2005▲Top
 年とともに衰えてくる体力を、少しでも長く維持しようと、スイミングを始めて15年に なる。初期の頃通っていたスイミングプールにも、各種筋トレの設備もあったが、その頃は あまり熱心ではなかった。後に、本格的なフィットネスクラブに移ってから、もっと脂肪を 燃焼させるために筋肉をつけることが必要と分かり、何種類かの筋トレを加えて運動 するようになった。初期には全く出来なかった鉄棒の懸垂も20回以上上がるようになったし、 腹筋起き上がりも100回は出来るようになっていった。スイミングも初めは平泳ぎだけだった が、コーチの指導により、クロールが出来るようになり、昨年までは一気に2000mくらいは 平気で泳いでいた。しかし最近手の手術で入院したり、旅行などでトレーニングを休んで居るうち、 気力体力が落ちたのか、スイミングはいつの間にか1000mで目一杯。腹筋は30回程度で息が 上がる様になってしまった。何よりも自分の年齢が70歳を超えてしまったことを理由に、今更 無理をしてまでと言う、自己暗示が効いて、すっかり根性が無くなったようだ。 まあ、無理して身体を壊しても仕方ないし、競技に出る訳ではないので、楽しく続けることが 一番と、自分を慰めている。

『はぜ釣り』  Oct. 10, 2005▲Top
 暑い夏も終わり、秋空の下での海釣りもまた乙なもの。数日ぐずついていた 天気も、久しぶり晴れの予報に、弁当を持って今治のいつもの釣り場に出掛けた。 狙いは「はぜ」だが、昨年の台風で、海岸線の様子がすっかり変わっていた。 昔から得意にしていた釣り場に、魚が居るのか不安だった。潮加減は午後2時頃が 満潮と調べていたので、満ち返しの9時頃釣り場に到着した。雨ばかり気にして風は 確認していなかったが、北東の強風と波が高く海岸線を狙う釣りには不向きな 条件だった。でも折角来たので竿を出してみた。意外に最初の1投にすぐ食いついた ので、腰を落ち着けてしばらく頑張ることにした。その後も風は治まることもなく 竿が風に煽られて、魚の当たりが分り難く、餌を取られるだけで釣果は低調だった。 3時間程で、用意したゴカイの殆どを餌取りに取られ、帰り支度をする頃に、風が 少し治まり、はぜもまた、釣れだした。 残り少ない餌を騙しだまし使い何とか12匹、晩のおかず分は釣り上げた。

『デジタルテレビ』  Oct. 9, 2005▲Top
 長い間親しんできたアナログテレビの方式が、デジタル方式に変わると言うことは、 うすうす感じていた。いづれまだ時間があるのだと思っていたら、契約しているCATV の放送の一部が打ち切られ、デジタル放送に切り替わってきた。CATVの映画番組を 楽しみに見てきた家内から、深刻な悩みを聞き、慌ててデジタルチューナーへの切り替え を頼んだ。この地方のローカル放送は、まだ来年まで、デジタル化への切り替え工事期間が あるので、従来の放送に、変化は無いが、さすがにデジタル放送の画質は素晴らしい。 走査線1125本200万画素はハイビジョン並み、しかもゴーストのない、くっきり画面は やはりこれからの映像社会の進化を物語っている。新しいチューナーでのチャンネル数は どれを選ぶか悩んでしまうほど多く、また画像だけでなく文字放送も多重化されて、映画を 見ながら、字幕でニュースを見ることも出来る。まだ対応はしていないが、ネットワーク 機能もあり、今までのパソコンテレビから、テレビでメールへと機能の幅が広がってきた。

『電気剃刀』  Oct. 8, 2005▲Top
kaeba.jpg  20年近く使っていたブラウンの電気剃刀も、数年前から充電式電池の寿命が尽き、直接 ACコードを繋いで使い続けていた。しかし、半年程前思い切って買い換えることにした。 新しいモデルは、充電の際ホルダーに装着すると、刃先を洗浄する機能が付いていて、いつも 清潔に維持出来た。数日前、ひげを剃りながら、ふと刃先をみると、いつの間にかブレードに 傷がつき、穴が空いていた。以前の剃刀の時も、いつものように剃っていたら、何故か顔から 血が出て、調べたらブレードに小さな穴が開いていたことがあった。今回は早く気づいたので、 ケガは無く済んだ。しかし、この状態では危険なので、昨日大型電気店に出掛けて、替え刃を 買った。昔から敬服するが、ブラウンの販売体制は、この手の補充パーツはよく揃えていて、 長い間使っても安心して補修出来るところだ。しかし、今回の替え刃は、構造的に複雑な設計で、 割引してもらったにも関わらず、3500円もしたが、国産品ならば、同じような形の最新 モデルの製品が買える値段なので、一瞬躊躇した。しかし、電気店では、替刃の置き場所を 自分で探すことが出来ず、店員に頼んで探してもらった手前止めるわけにもいかず、無理 して買って帰った。でもやっぱり高かった。

『天気予報』  Oct. 7, 2005▲Top
 亡くなった母は、明日の天気が気になると、必ず裏の海岸へ出て西の空を観察し、 翌日の天気予想をしてくれたが、良くあたっていた。別に、その日の天気でも 同じ方法で予測してくれた。我々はそれを、ばあちゃん天気予報と言っていた。 昔の人達も夕焼けを見て翌日は天気だと言ったそうだが、 日本付近の天気は、西から東へ一日千キロくらいの速さで気象が移動する春や秋 にはそうなることが多いが、夏や冬はあまり当てにならないそうだ。 反対に朝焼けは、東の方がよく晴れているということだから、お天気が下り坂に 向かっていることを教えている。明け方や夕方は太陽光が大気中を斜めに通って くるので、波長の長い赤や黄色だけが遠くまで届いて、朝焼けや夕焼けになる。 西の空が夕焼けに染まるのは、これから移動してくる天気が、雲が少なくいい天気だ ということを示している。 春や秋でも東西に伸びる帯状高気圧のときは天気は崩れない。

『秋の空』  Oct. 6, 2005▲Top
 秋の天気は、変わりやすいもので、昔から、女心と秋の空とも言うが、いつの世も男に とって女心ほど読みきれないのが、秋の空なのだろう。天気はもともと周期的に変化する ものだ。低気圧が日本上空に現れる平均数は一年のうちで10月が最も多く、過去の統計に よると、その数は7〜8個らしい。低気圧が来る度に天気が悪くなるので、3、4日ないしは その倍の7日ぐらいの周期で天気が変わる。中国の言葉にも三寒四温と言い、天気の変化は 7日間位の周期で変化しているのだろう。日曜の行楽や行事の予定を雨で延期したのに、 次の日曜も雨、なんてことが起こりやすいのも、この周期に関係しているのだ。 もちろんお天気のことだから、必ずそうなるとは限らないが、秋は一週間の単位で雨天 順延は避けた方がよさそうだ。

『時刻表』  Oct. 5, 2005▲Top
 日本の文化では、JRやバス等に乗るときは、予め時刻表を見て、待ち時間を調整して、 準備をするのが当たり前である。JRの時刻表が初めて発売されたのが102年前(1894年) の今日だと言うから、それ以来、国内のあらゆる乗り物には時刻表が決められてきた。 運行時刻を正確に守ることに於いては、世界一だろう。あまりに正確であろうとした為、 JR尼崎事故の様なことも起きてしまった悲劇もある。しかし、外国では、時刻表があっても、 余り守られてない。昔、韓国へ仕事で行ったとき、バスに乗るのに、運行時間も停留所も 分からず、困ったことがある。バス停は、大体の場所が決められているようだが、多くのバスが 止まるので、其々のバスの運転手は、適当なところで乗客を降ろし、乗る人がそのバスを 見つけて乗り込まない限り、平気で行き過ぎてしまう。バスの行き先を書いた韓国語が読めないと、 何処行きのバスか分からない。バス停の看板があるからと言っても、必ずしもその前には止まって くれないのだ。自分の行き先のバスが近くに来たら、いち早くバスの方向へ移動し、素早く 乗らなければ、目的地に行き着けないことを知った。

『茶碗の足』  Oct. 4, 2005▲Top
chawan.jpg  少し前になるが、息子夫婦から手作りのやや小ぶりな夫婦茶碗を貰った。旅先の焼きがまで 作ったものだそうで、我々の名前が入れられていた。本人達は粘土を捏ねて、名前を入れるまで の工程で終わり、窯元から直送されて来たので、焼き上がりの状態は知らなかった。受け取った 後、写真に撮り、メールで送り報告した。普通茶碗には、周りより高くなった足のようなものが 付いている。この部分は、ろくろから切り離すときに糸状のものを使うので、糸じりとか糸底と いわれているが、これはデザインのためではなく、窯で陶器を焼くときのためにつけられるもの。 陶器は収縮率が高く、焼くと原型より2割も小さくなる。このとき底がべったりとついていると、 底の抵抗でひずみが生じ、形が歪んでしまうのだ。そこで、足をつけて底の抵触面積を小さくし、 ひずみを防いでいるのだ。足のおかげで熱い湯飲みや茶碗も持ちやすくなるから、一石二鳥の 働きをしていることになる。しかし、息子達の茶碗は、べた足で、底はどっしりと平らに 仕上がっていた。そのせいで、出来上がった湯飲みはやや重く、やはり底の安定度も若干悪い ようだが、折角、息子の愛情の品なので二人で愛用の茶碗にしている。 そう言えば、10月4日の今日は陶器の日だ。

『旧友との再会』  Oct. 3, 2005▲Top
  今回、昔の職場のOB達と再会する機会があり上京したが、3日間で合計120人以上の 旧友と会うことが出来た。上京初日は、35年前の職場だった生産技術課で一緒に活躍した 部下達2人が、私の上京の機会を知って、ぜひ会いたいとメールがあり、更に当時入社した ばかりだった女性も誘い4人で、狭山湖が一望できる菊水亭で中華料理で昼食会、懐かしい 話に話が弾んだ。翌日は、昭和40年頃ブームとなったゴルフに、当時職場の同好の志士が 集まって命名した福和会コンペが、140回記念大会と言うことで26名が参加。 成績では昔の実力を出せなかったが、互に元気な姿を見せ合った。 メインは3日目、昭和35年以来所属したスピーカー販売部門を中心とした、旧スピーカー 事業部のOB会に、約100名が参加した。 当時まだ幼顔だった人たちも、いつの間にか頭も薄くなり、見た目は年の差を逆転した人も 大勢いた感じだった。私自身は会社を自己退社して以来20年目なので、懐かしい顔に再会 できる機会はありがたい企画だった。日ごろ遠く離れて生活しているので、度々参加できないが、 また次の機会にも出掛けて行きたいものだ。

Home