新居浜市
瀬戸内歴史文化研究室5月例会
Up date may. 6, 2018
   
 平成30年5月6日の定例会は、大島に渡り、大島交流センター3階で行われました。 前回の報告では、調査した限り村上義弘が生まれ育ったのは新居大島と言われて来た 史実は確証がないと言う結論となったが、大島には実力のあった村上氏が居たと言う 話はあることが分かった。丹生川に長福寺と言うお寺があり、1330年代に予章記と言う 記録があり、1365年に村上義弘が新居大島に居住すと言う記録がある。ただ、この時代に 関する記録は、大火の影響で、ある期間の記録が殆ど消失したと言われ、村上義弘に 関する正確な記録が残っていないのが定説と言う。そこで、資料のない村上義弘の話は さて置くこととし、1400年には細川満元への書状で、新居大島が細川氏の所領となった事。 1582年には小早川隆景が、能島村上氏の家臣である東氏に、弓削島・岩城島を与えたと記録がある。 1585年の天正の陣に新居大島の海民が後方支援として参陣。1592年頃には福島正則が、 新居大島に番所を置き、その後、1650年頃には新居大島の庄屋を務めることが認められた と言う記録が多くある。
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大島公民館建物 大島公民館玄関
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張 永慶、神野健二、加藤 徹、大石美登、内海清慈 加藤 徹、大石 美登、内海 清慈、張 永慶
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加藤 徹、大石 美登、内海 清慈、張 永慶、神野健二 内海清慈、張 永慶、前野敏彦
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神野健二、前野敏彦、加藤 徹、大石美登 内海清慈
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神野健二、加藤 徹 神野健二、加藤 徹、大石美登、内海清慈、張 永慶